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(26)カエル公女の胸の内は
しおりを挟む「い、イアン……今日のイアンはとっても素敵ですね!」
まるで薄い氷を何層も重ねたかのように、照明を反射してキラキラ輝く薄水色のドレス。裾には彼女の金髪と同じ金糸の細かい刺繍が揺れている。
「リスト嬢もそのドレスがとてもよく似合っているよ」
ラーラをエスコートするイアンは白を基調として、ラインがシルバーだったり、小物が薄水色だったりする正装だ。
『…………いい』
控えめに言ってとてもいい! 何だ、この視覚の暴力は?!
そんなイアンを見た私の脳内は、朝からずっとお祭り騒ぎだ。
キラキラしいという単語を今作ってもいいかな?
最近一緒にいる時間が増えて、見慣れてきた感のあったイアンの顔だけれども。全然そんなことなかった! 脳内アンリが鼻血をふかなくなったので油断をしていたみたいだ。
拝みたい! 拝み倒して教会の祭壇に祀りたい! いや、祭壇に祀ってから拝み倒すべきか──待って。何だか脳内が混乱しているようだ。
ちょっと落ちついて情報を整理してみよう。
今私がすべきことは、このイアンを私の目に焼きつけること、ただそれだけ!
「嬉しい! このドレス、イアンとお揃いの色なんですよ! 王妃様が用意してくださったんです」
「そうなんだ」
「それから、これからあたしのことも名前で呼んでくださいね!」
「名前で……?」
「そうですよぉ。恋人同士なんだから当然です!」
「わかったよ、ラーラ」
「はい、イアン……いよいよですね。あなたと婚約できるなんて、本当に夢みたいですぅ……」
イアンに見とれながらうっとりした表情でつぶやくラーラ。
ラーラを見つめて微笑むイアン。
うう……胸焼けがしそうだ。
何だかバカップルの会話のようで聞いていられないな。胸焼けじゃなくてヤキモチなんじゃないかって?
そんなはずはない。
だって私は、イアンがどんな選択をしようと祝福するって決めたんだから。
「準備はいいかい、ラーラ? そろそろ行こうか」
「はいっ!」
手を取りあって、舞踏会場の手前の大きな鏡の前から立ち去る二人。
そんな私は今日も、しっかりイアンの胸ポケットに収まってるわけだけど。
──────────
王妃に呼ばれて応接間を訪れたイアン。
この前の謁見の間のような、息が詰まるような緊張感はあまり見られなかった。
私はと言えば、ソファの下から顔を覗かせた瞬間彼に見つかり、サッと回収されていつもの定位置(つまり彼のポケットの中)に。
イアンはやっぱり王妃に婚約破棄の意思確認をされて、一瞬だけ面食らった顔をしたけれど、すぐにその話を肯定していた。
そうか、どうあっても私たちの婚約は破棄される運命らしい。
まぁ、仕方がないか。
元々いずれは解消される性質のものだったのだし。
いじめの醜聞は学園中に広まってしまっていて、もはやもみ消せるような段階のものではない。遅かれ早かれイアンと私の婚約は解消および破棄されることは確実だろう。
ラーラも言っていた通り、あの偽アンリは容易く他人を害する可能性がある。学生同士のいじめですんでいるうちはまだいいが、社交界に出たらそうはいかないだろう。
私がイアンの立場でも婚約は破棄するだろうと思うし。まぁ、できれば私の将来のためにも穏便に解消して欲しかったような気がしなくもないが、それはわがままというものだろう。
そもそも国王が気まぐれで定めた、イアンが王太子になるまでのつなぎの婚約なんだから。
だから、ちょっと寂しいとか思ってはダメだ。
泣きたくなんかなってないんだから。
これはきっと、イアンが私に相談せずに決めてしまったから少し寂しいだけなんだ。
この前は『何でも包み隠さず話そうね』って自分で言ってたのに──そう思うけれど。
でも私たちは十五歳だ。もう、大手を振って子どもと言えるような歳でもないんだ。自分のことだって自分で決めて当然だろう。
百歩譲って婚約破棄は仕方がないが、これからもこの件を手伝ってもらえるのだろうか。いや、手伝わせてしまってもいいのかな?
今までは、婚約者なんだから手伝ってもらって当然だと思っていた。婚約者という立場に甘えてしまっていたんだろう。婚約者でなくなってしまえば、彼との接点は何もなくなってしまうというのに。
この先私はいったい誰を頼ればいいのだろう。
──あれ? 何だか泣きそうだ。おかしいな。
私にそれを嘆く権利はない。婚約者という立場がなくなってしまえば、ただの幼馴染でしかないのだから。
それに、私は例え婚約を解消しても彼の将来を支えると決めていたではないか。
婚約破棄が彼の将来のために必要なことならば甘んじて受けよう。
新しい婚約者を迎えることだって、笑って──笑って祝福しなければ。
私はそう自分に言い聞かせて、荒れ狂いそうな感情を何とか押しこめていた。
そして数日が過ぎ、あれよあれよという間に、王妃主導のもと婚約破棄の舞台は整えられていった。
不思議なことに、王妃とラーラの会話を聞いて欲しいと言ったイアンはあの日、自室に戻ってからも私にそのことを尋ねることはなかった。
その代わりというか、戻ってすぐにオーダーで作らせたという例のパジャマやらドレスやらを何度も(何だかたくさんあった……)着せ替えられた。
さすが王室御用達のおもちゃ屋さん。使っている生地も半端なく上等で、着ているのに重さを感じさせないというか、とにかくおもちゃ用だとは思えないほどの出来の衣装ばかりだった。
その時のイアンはとても楽しそうにしていて、特段変わったところはなかったように思う。
なのにあれからイアンは、ぼーっと考え込むことが多くなったような気がする。
執務をしている時もチャーリーと遊んでいる時も何だか上の空でちょっと心配になる(ちなみにチャーリーは私のことなんてすっかり忘れて、新しく手に入れたおもちゃに夢中になっていた。それはそれでちょっと悲しい)。
そして、ある日。
とうとうイアンは私を連れ歩かなくなってしまった。とはいってもそれはほとんど学園に行く時だけで、王宮に帰ってこれば「ただいまアンリ」っていつもの笑顔で言ってくれるんだけど。
──だから、忘れられたわけじゃないよね?
婚約破棄をするという舞踏会の衣装の採寸をしていても、イアンの顔は何だか晴れない。そう思うと突然私の背中を撫でたり。
それでも私は、段々と自分の存在がイアンの邪魔をしているのではないかということに気がついていった。
イアンはこう見えても責任感の強い人間だ。私を元の身体に戻すと約束したことで、約束を反故にできず悩んでいるのかもしれないと、今頃になってようやく思い当たったのだ。
学園帰りのイアンから時折、あの花のような香りがしてくるようになって、ますますその確信を深めた。
──そうか。
『イアンはもう、あたしのことを愛し始めているんです』
彼女のその言葉が不意によみがえり、まるで呪いのように頭をグルグルとする。
──そういうことならば。
彼の幸せの邪魔をすることは私の本意ではない。悩みの種となるくらいならば、私は身を引くべきだろう──というか、笑えることにおもちゃの私には、引く身体もあったものじゃないけれど。
あとは私の問題だ。
彼は私がいる限り、責任感から私を放り出したりできないだろう。だから、イアンが私と婚約破棄をした後、私は偽アンリについて実家へ戻ろうと思う。
まぁ、そうは言っても現状、カエルから戻る見込みはないわけで。実家に帰っても、偽アンリをそばで見守ることくらいしか私にはできないだろうけど。
カエルになっていることをどうやって家族に伝えたものか迷うが、イアンに翻訳紙をもらって帰ればいいのかもしれない。
貴重な魔道具だと思うのだけれど、長い間婚約者だったのだし、幼馴染のよしみでそれくらいはわけてくれるかもしれないよね? やっぱり図々しいかな?
あとは──説明を頑張るしかないな。説明するのは偽アンリが学校へ行って不在の間がいいだろう。
イアンに信じてもらった時のように、頑張って説明すれば家族だってきっと信じてくれるだろう。
「アンリ、おやすみ」
『おやすみ、イアン』
私は、いつものように私の背中を撫でつつ眠りに落ちるイアンの横顔を見つめた。
この寝顔を見られるのはあと何回くらいだろう?
イアンのそばにいるのが当たり前になり過ぎて。
彼と一緒にいられる時間が幸せすぎて。
イアンがいないこの先の未来なんて考えたこともなくて。
だから、頬を流れる涙の妄想を止めたくなくて。
私は布団の中に潜りこんだ。
──────────
そして、迎えた婚約破棄の舞踏会当日──。
──────────
*次話との間に冒頭(1話)の婚約破棄の場面があります。
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