【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(33)ノックァーの森と廃教会

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 アンリエールの身体を抱えて、王都に戻ったイアン。
 その足でまだ開業前の街医者をたたき起こして私を運びこんだんだけど──。
 寝癖のついた頭を掻きむしりながらその医者は、ベッドの上の私と、イアンが差し出した革の塊おもちゃのカエルを交互に見やって首を横に振った。

「まず、そのお嬢さんの方ですが……外傷はないようですが、着付け薬を打っても意識が戻りません。頭を強く打ちつけでもしたのかも知れませんな。段々と心音が弱くなってきておりますので、今夜が山場だと思われます」
「そんな……」
「それから」

 医者は神妙な顔をして言った。

「私は人間専門の医者ですので、そちらのおもちゃの修理はできかねます」
「そ、そんな……」

 イアンはさっきよりも目に見えてガックリ肩を落とした。

「ああ、ちなみにもう一人のお嬢さんは命には別状なさそうですよ。ただ、腕や足だけではなく、腰や背骨など全身の骨が折れていましてね。治療にはかなりの日数を要しそうです。
 もう元のようには歩けないでしょうし、折れた骨が神経を傷つけているかもしれませんので、意識が戻ったとしても全身に麻痺が残るかもしれませんね」
「そう……まぁ、その女はどうでもいいや。死んでも別に構わないから適当にやっといて。後はよろしくね、シン」

 イアンは革の塊をポケットへしまうと、私の身体を再び抱え上げた。

「えっ、ちょっと?! でん……じゃなくてお坊ちゃま! どこへ行かれるんですか?! あなたはおうき……じゃなくて家へ戻ってやらなきゃならないことがあるでしょうっ?!」
「戻る前にやらなきゃならないことがあるから、行ってくるよ。ちなみに、邪魔するなら僕はもう二度と家には戻らないんだからね!!」

 焦ってイアンに声をかけたシンはその言葉で口をつぐんだ。

「──俺もついて行っていいですか?」

「シンには後処理を頼みたい。頼んだ件の証拠を集めておいて」

「──はぁ……ちょっと横暴じゃないですか? 時間外手当に加えて、ものっすごく高い特別手当を請求しますよ?」

「いいよ。好きにして」

「──うっ……ああっ! もうっ! 変なところで頑固なのはどこかの地味なご令嬢とそっくりですね!
 わかりました! わかりましたから。やることやって気が済んだらきちんとお戻りくださいね! ──絶対に!!」

「……ああ、ありがとうシン」

 イアンは振り返ってそれだけ言うと、そこを出て私の身体を抱えたまま馬に乗る。
 部屋を出る時にシンの深いため息が聞こえたけど、気づかなかったことにする。

 イアンはポケットに手を当てながらささやいた。

「アンリ──僕が必ず元に戻してあげるからね!」





 ──いや、戻ってるんですけどね!

 何故か全く身体を動かせないだけで!


──────────


 イアンは東へ向かっていた。

 王都の東にはノックァーと呼ばれる森が広がっている。手前には小さな村がひとつあるが、別名『魔の森』と呼ばれるその森に好んで足を踏み入れる者は少ない。
 昔から森に入ると呪われるとか、魔獣に食われて死ぬとか、悪魔がすんでいるとか、とかくそういった物騒な噂が付きまとう暗い森──それが私がノックァーの森に抱くイメージだ。

 イアンがノックァーの森へ向かっていると知った私は、例の自称呪い師の男の言葉を思い出していた。

『何か困ったことがあったら一度だけ助けてあげることにしましょう。オレの力が必要な時は、ノックァーの森の奥にある廃教会を訪ねていらっしゃい』

 そういえばそんなことを言っていたなぁ。
 もしかしてイアンはあの怪しい呪い師を訪ねようとしているのだろうか?

 ──えっ、大丈夫? 詐欺師だよ、あの男きっと!?

 一度詐欺師のカモになってしまうと、同じ人に何度も騙されたりその情報を買った他の詐欺師に騙されたりするらしい。カモになりやすい人はカモリストに登録されてしまい、時には詐欺仲間でそのリストを共有し合うのだそうだ。
 だから、金持ちになる壺を買った人のところには、幸運を招く水晶の玉や、身につけるだけでモテモテになるネックレスなどの眉唾品がわんさかと集まることになるのだと、我が心の姉マリッサが言っていた。

 しかし、いくら私が心配したところで、それを彼に伝える手段はもうない。

 私は大人しく馬の上で揺られることしかできなかった。



 それから二時間ほど走った私たちは、ノックァーの森の手前にある小さな村へ辿りつく。
 村の人に声をかけて、教会の場所について聞きこみをした後イアンは、私を乗せた馬を引いて森の中へ足を踏み入れた。

 元々この村の人たちは、何十年か前にノックァーの森を開拓しようと意気揚々と移住してきた人々の子孫らしい。
 しかし、人的だったり、土壌的なものだったり、様々な要因で予想以上に開拓が困難だったために、開拓は諦めて手前に村を作って住むことにしたのだそう──意外と適当な、村の誕生秘話。

 その開拓者の中には神父さんもいて、彼主導のもとで開拓に先んじて森の奥の方に教会を作ったらしい。その頃から悪名高かったノックァーの森の、厄祓い的な意味もあったそうなんだけど。
 しかし、開拓の計画は頓挫してしまい、教会だけが森の奥に取り残された形になってしまった。
 それでもしばらく村の人たちはその教会へ足を運んでいたそうなんだけど、神父さんが王都の方へ呼び戻されたことを機にその教会は廃されてしまったというわけだ。
 でも、教会の建物自体は残っているので、信心深い人なんかは時折勝手にお祈りしに行っているらしい。

 ──ちなみに、その教会に人が住んでるという話は聞かなかった。

 ほら、イアン! 絶対騙されてるって!

 しかしイアンは、ブツブツとポケットの中の革の塊に向かって何かしゃべってる。

 ──ねぇ、イアン? 私、もうそこにいないんだけど?

 あまり整備されていない小道を三十分ほど歩くと、突然視界が開けた。

 目の前に姿を現したのは、こじんまりとした白い教会だった。確かに薄汚れてはいるが、何十年も前の建造物にしては良好な状態だ。
 この国特有の白い石材が朝の光を反射してとてもキラキラしている。

 イアンもまた、しばらく息を呑んでその光景を見つめていたが、やがて彼は、苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいた。

「アンリを生き返らせるためなら、相手が神だろうが悪魔だろうがすがってやる……」

 いや、まだ死んでませんけどね?
 生きてまーす! 動けないだけでーす!

 ──って、伝えられたらいいのに。

 ──ゴトン、ゴトン!!

「はいはい、どなたですかぁ~? って、あら……」

 天使の飾りがついた、大仰なノッカーをたたいて教会から出てきたのは、先日市場で会った怪しい呪い師の男だった。
 彼は神父の格好をしていた。

「なっ……お前……まさか神父だったのか?」
「いいえ~? ここはもうとっくに廃止された教会ですし、神父がいるのはおかしいでしょう?」
「神父でないならば、なぜそんな格好をしているんだ?」
「だって、ここは教会ですし……ねぇ?
 お恥ずかしい話、オレは人さまの告解を聞くのが趣味でしてね。
 告解を聞くなら神父の格好が一番でしょう? この格好でいると、オレを神父だと勝手に勘違いして色々話してくれるんですよね。
 人が二度と取り返しのつかない過ちをおかし、懺悔する姿は絶望と同じくらいとても美しいんですよ、ふふ……ふふふっ! よければ中へどうぞ~」

 そう言って不気味に笑いつつ、イアンを教会の中へ誘う神父の格好の呪い師。

 何か怖い。
 この人、超絶イケメンだけどやっぱり好きにはなれないな。

「それで? 綺麗なお坊ちゃん……何か困ったことがあったからオレを訪ねていらしたんですよね?」
「あ、ああ……」

 イアンは話すのを逡巡しているようだった。

 わかるよ! この人怪しいもんね! 詐欺師じゃなかったとしても、きっとヤバい筋の人に違いない。
 もう帰ろうよ。きっとここにいても得られるものは何もないよ!

 しかしイアンは、何かを決心したように顔を上げると、ポケットからつぶれてしまったおもちゃのカエルを取りだして男に見せた。

「これが、先日話した新しい肉体うつわの方だ」

 男はその革の塊を見つめたまま、軽く一分ほどは絶句していた。

「えっ……えぇぇぇ──っ?! これ、原型とどめてませんけど、おもちゃか何かですよね?」
「ああ、そうだ。どこからどう見てもおもちゃのカエルだが……さっきまで魂は確かにこれに宿っていた」
「マジですか?! ──まぁ、今はどこからどう見てもおもちゃのカエルには見えませんけども。
 こりゃ面白い。まさかおもちゃに人間の魂が宿るなんてねぇ……くくく……初めて聞きましたよ。長生きはするもんですねぇ! あはは~!」

 男は興味深そうに、おもちゃのカエルだったものをたっぷりと眺めてから言った。

「でも、残念なことに、コレはもう空っぽですねぇ……魂は欠片も残ってません」
「…………やはり……そうなのか……」

 イアンが気落ちした声で応えた。そう言われるのを多少は覚悟してはいたのだろう。

「──魂を連れ戻して生き返らせる方法はないのだろうか?」

 彼がぽつりとこぼすと男の表情がすっと消えた。

「…………ねぇ、綺麗なお坊ちゃん?
 人間の生死を操るなんざ、神の御業でさぁ。さすがに死んじまった者を生き返らせるのは、悪魔ですら無理でしょうね。いち呪い師でしかないオレには当然過ぎたことですよ」
「ああ、そうか……それは、悪かったな……うっ……」

 イアンの泣きそうな声がする。でもまだ泣いてはいない。
 ああイアン、泣かないで! 私はここにいるから!

「いいえ~まぁ……ですが……」

 男はそこで言葉を切って、イアンが抱えているアンリエールの身体を指さした。

「さっきまでカエルに居座っていた魂は、今はどうやらこっちに移ってるようですがねぇ?」
「へっ?」

 ずいぶんと間の抜けた声がした。
 それから……私を抱きしめたままイアンがポロポロと泣きだした。

「そ、そうなのか? 魂が元の身体に戻れたと言うことなんだな?! よかった! 本当によかった…………っ!! じゃ……じゃあ、なぜ意識が戻らないんだ? 魂は戻ったのだろう?!」
「まぁ、こんなケースはオレの長い人生の中でも、見たことも聞いたこともないので、あくまで推測ですがね。そのお嬢ちゃんの魂がこのカエルになじみ過ぎたのが原因なんじゃないかと──」

 男は壊れたカエル──今やただの革の塊をつんつんとつつき回している。

「『…………えっ?』」

「よっぽどこのカエルの器にピッタリハマってたんでしょうね……くくっ!
 人間の身体に戻ったはいいけれど、恐らくピッタリ収まらずに何だかちょっとズレちゃってるみたいですね、魂の形が。状態としては半死半生ってとこですか。
 まぁ、まだ上手く人間の身体になじめないだけなんで、そのうちなじんでくるとは思いますが……。ただ、それがいつになるかはわかりませんので、はっきりいって、このままだと肉体の方がもたないかもしれませんねぇ。ひっひっひっ!」

 愉快そうに引き笑う男。引き笑い、気持ち悪い。

 ──ねぇ、それってどういうこと?

 おもちゃのカエルに私の魂がピッタリだったってこと?
 もしかして私、今こいつにディスられてるの?

 ──ぜんっぜん笑えないんだけど?!

「ふむぅ……形の違う肉体に無理やり宿ったり、何度か肉体の出入りを繰り返していると魂が摩耗して、普通は消えてしまうはずなんですが……そんな傾向は微塵も見られないですねぇ。いやぁ素晴らしいなぁ!
 こんなに強靭な魂を見たのは、何百年ぶりでしょうねぇ──いいや、ここまでのものは見たことがないかもしれない。千年に一度の逸材かも!? いいなぁ、いいなぁ。本当に愉快だ」

 よくわからないけど、褒められているようで馬鹿にされている気分になる。
 え……ちょっと待って……何百年ぶりとか言わなかった、今?
 男はどう見ても私のお父様より若い。呪い師って、そんなに長生きできるものなの……?
 怪しい! やっぱり怪しすぎるよ、この人!!!

 しかし、イアンは気にとめた様子もなかった。それどころか縋るような視線で男を見ている。

「い、いったい、どうすればいいんだ? 頼むから教えてくれ!」

「……幸い、最大の難関である魂の入れ替えはもう済んでますからね。
 オレとしても、魂を入れ替えてくれとか言われたら実のところお手上げでしたけども、ここまできちゃえば話は簡単です。人間こちらの世界の何かとえにしを持たせればいいんですよ」
えにし……?」
「ええ! たとえば、生まれた子どもには名前をつけるでしょう? あれも新しい器にやってきた魂をこちらと縁づかせるのが目的の儀式のようなものですからね。
 まぁ縁づけできればなんでもいいんですが、ここはやっぱりアレしかないでしょうね。
 古今東西、お姫さまを目覚めさせる儀式といえば、ほら? アレですよ、アレ・・! お決まりのものがあるでしょう?」

 そう言って、男はいたずらっぽく笑った。
 すると、真剣な顔で男の話に聞き入っていたイアンの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 えっ? 何なの、どういうことなの?

 アレって何?

 お決まりのものって何?

 私が知らないだけ?!

「確かに、物語の世界ではそういう話もある──だが、本当にそれで目覚めるのか?」
「まぁ、オレはやったことがないので保証はできかねますが……やってみる価値はあるんじゃないですかねぇ? 恐らく上手くいくと思いますよ。そのお嬢ちゃんの魂もあなたに強い思いを残しているようですし。信じるのも信じないのもどうぞご勝手に」
「──そうか。感謝する」
「いいえ~。非常に面白いものも見せていただきましたし、いただいた対価の分はお返ししないとですからね! こう見えても意外ときっちりしてるんですよ、オレ。
 あっ! この壊れたおもちゃはけんきゅ……じゃなくて、記念にいただいてもいいですかね?
 ではごゆっくり~」

 ヒラヒラと手を振りながら、男は教会から出ていった。
 だから、扉の向こうでつぶやかれたその男の言葉は、私たちの耳には届かなかった。

「ああ……人間たちの懺悔は、ゾクゾクしちゃうほど美味かったなぁ……。
 悪魔が神父なんて、我ながらシャレがきいてるよね!
 でも、もうこの姿ともおさらばかな。悪魔の神父、気に入ってたからちょっと寂しいけど、どうやらあの王子にはオレの正体を勘づかれちゃったみたいだしねぇ。
 そろそろアレ・・を回収に行かなきゃと思ってたところだからちょうどいいや。
 人を呪わば穴二つって言葉があるんだよねぇ。呪いってのは、解かれたら倍になって返ってくるっていう決まりになってるのさ。
 ま、あの御方の場合は自業自得だけどね。
 どうやら久しぶりに、いい感じでドロドロした魂が手に入りそうだし、ウキウキしちゃうねっ!」

 扉の外で神父服を脱ぎ去り翼を生やした男は、鼻歌を歌いながら空へと飛び立っていった。



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