【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの挫折と秘密

クリスによる臆病な告白

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 クリスは手の温もりと、落ちてきた雫で目が覚めた。ぼんやりとした視界に映る濡れた琥珀の瞳。

「……なぜ、泣いているんだ?」
「師匠!」

 驚いたルドの顔。でも、一番見たいのは。

「お前はいつも笑っていろ」

 その言葉にルドが笑顔で頷く。

「はい」
「それでいい……」

 その顔が良い。その顔をずっと見ていた……と、意識が薄れかけたクリスは飛び起きた。

「なぜ私は寝ているんだ!? 治療は!?」

 ベッドから下りようとしてルドが肩を押さえた。

「師匠! 落ち着いて下さい!」
「離せ!」

 ルドの指が肩に食い込む。その痛みでクリスは顔をあげた。
 今にも泣き出しそうなルドの顔。そして、微かに震える手。

「師匠、あの女性は治せません。すべて終わりました」

 クリスの脳裏に記憶が蘇る。

 血の海と死の空気。自分を見失い、魔法を使いかけた。

 クリスは全身から力が抜け、ベッドに座り込んだ。

「そう……か。そうだったな……」
「師匠……」

 ルドがそっと手を離す。

「のど乾いていませんか? 何か飲み物を持ってきてもらいましょう」
「……そうだな」

 ルドが呼び鈴を押すと、カルラがやってきた。

「お呼びですか?」
「師匠が起きられたので、何か飲み物を頂けたらと思いまして」
「わかりました」

 少ししてカルラがホットミルクを持って来た。クリスの様子にカルラの顔が曇る。
 机にホットミルクを置いたカルラがルドに言った。

「ホットミルクを全部・・飲ませて、眠るまで側についていてください」
「わかりました」

 カルラが部屋から出て行く。ルドがカップをクリスに差し出した。

「飲めますか?」
「……あぁ」

 クリスは無表情のままカップを受けとり、一口飲むとカップを膝に下ろした。焦点は合わないまま呆然としている。

「師匠?」
「……なんだ?」

 クリスはルドの方を向いた。その表情にルドの全身が凍る。

 なんの感情もない。すべてが抜け落ちた……


 ――――――――虚無。


 何かあれば、どこまでも落ちていく危険な状態。

 ルドがクリスの手からカップを取り、机に置いた。クリスはされるがままで、何も言わなければ、動きもしない。

 ルドがクリスの両肩に手を置き、正面から見据えた。濁った深緑の瞳に琥珀の瞳が写る。

「あの、昨夜は治療を無理やり止めて、すみませんでした。自分を怒っても、怨んでもいいです。ですから、帰ってきて下さい」
「何を言っている? 私はここにいるだろ」

 ルドが手に力を入れる。

「全部、自分が受け止めます。師匠が心の中で抑えているモノも、ためているモノも。全部、一緒に持ちます。だから、戻ってきて下さい」

 ルドの必死な訴えに、深緑の瞳に少しだけ光が戻る。

 クリスはコテンと、ルドの胸に頭を預けた。心地よい温もりと心音。肩に触れた手が温かい。

「……お前はどこまでも私に甘いな」

 クリスは瞳を閉じてポツリと呟いた。

「お前は泣けない私の代わりに泣いていたんだな」
「あ、あの、あれは、その……」

 言い訳を考えるが、まったく浮かばない。ルドが見下ろすと、クリスはルドの胸に頭を預けたまま。

「師匠、さっきのは恥ずかしいので忘れて下さい」
「そう言われたら余計、忘れられないな」
「ですが……」

 困っているルドの顔を見るために、クリスは顔をあげた。そこでクリスの髪をまとめていたタオルが緩む。
 重力に従い、タオルが外れていく感覚。

「あ……」

 クリスは落ちていくタオルに顔を向けた。ルドの前で広がる金色の髪。

「師匠……?」

 呼ばれたクリスは顔をタオルからルドへ移す。その姿にルドが息を呑んだ。

 月の光のように輝く髪、エメラルドより濃い深緑の瞳。触れたら消えそうな幻想的な……

「……きれいだ」

 声に出ていたことに驚き、零れた言葉をすくうようにルドが自分の口を塞ぐ。
 小声すぎて聞き取れなかったクリスは首を傾げた。

「なんだ?」
「あ、いや、その……そ、それより、どうして髪の色が!?」

 クリスは広がった金色の髪をまとめながら、なんでもないことのように説明する。

「金の髪に緑の目だと“神に棄てられた一族”と騒がれるからな。普段はカリストの魔法で髪を茶色に変えて隠している」
「なら、本当に……」

 クリスは眉尻を下げて微笑んだ。

「幻滅したか?」

 神に棄てられた一族に関わると厄災が起こる、呪われる、滅ぶ、と非難され、人々が避ける様子を散々見てきた。

(ここで、もし同じことを言われたら……)

 急にクリスは体が冷えた。暖炉で十分温められているのに。それなのに、体が震える。

(これ以上、何か言われたら動けなくなる気がする)

 クリスはルドから逃げようと腰を浮かした……が、強い力で腕を掴まれた。

「こんなに綺麗なのに隠すなんて、もったいない!」
「は?」

 クリスは幻聴が聞こえたのかと思った。しかし、ルドが真剣に言葉を続ける。

あの頃・・・と同じく綺麗で! 月の精霊か妖精かと思いました! いや、男だから、光の化身か黄金の……」
「いい! それ以上、言うな!」

 クリスは顔を真っ赤にして、無理やりルドの言葉を切った。そして、ホットミルクを一気に飲む。蜂蜜で程よく甘いが、今のクリスに味わう余裕はない。

「落ち着け、落ち着け、落ち着け……」

 パニック寸前のクリスはひたすら呟き続けた。恐怖はされたが、綺麗と褒められたことは一度もない。初めてのことに心臓が暴走し、頭が回らない。
 その原因であるルドがおろおろと声をかける。

「あの、師匠? どうされました? 気分が悪いのですか?」
「だ、誰のせいだ!?」
「えっ!?」

 胸を押さえてクリスは顔をあげた。その頬はほんのりと赤く、瞳がうっすらと潤み、唇が艷やかに輝く。
 普段とは違うクリスの雰囲気にルドが圧される。

「何か言え!」

 ドゴッ!

 腹を殴られたルドが前屈みになり呟く。

「……痛いです」
「そうじゃない!」
「そう言われましても……」
「いいから、何か言え!」
「いや、でも、その姿を見ると何も言えなく……」

 その言葉にクリスは力なく目を伏せた。

「やはり呪われた姿は醜いか……」
「いや、その逆で! なんでそうなるんですか!?」
「別に無理することはないぞ」

 無理やり笑おうとするクリスに、ルドが思わず本音を叫んだ。

「違います! 綺麗すぎて言葉が出なくなるんです!」
「なっ、なっなななな……」

 頭から噴火しそうなほどクリスの顔が真っ赤になる。
 ルドがカップをクリスに押し付けた。

「とにかく! もう少し飲んで落ち着いて下さい!」
「あ、あぁ……」

 クリスは残り少ないホットミルクに口をつけた。ルドが大きく息を吐いて確認する。

「情報を整理しましょう。師匠は“神に棄てられた一族”で本当の髪は金色ですが、普段はカリストの魔法で茶色に変えている。ですよね?」
「そうだ」
「何故そのようなことを?」

 不思議そうに訊ねるルドに、クリスは驚いた。本当にそう思っているのかと。

「お前は知らないのだろうが、隠さなければ人と話すこともできないからだ。みな金髪、緑目と分かった瞬間離れる。それで終わりだ。関われば呪われるからな」
「それだと、その一族の人は生活できないですよね? 食料とか衣類とか、必要なものが手に入らないのでは?」
「疑問点はそこか。相変わらずズレているな」

 クリスはルドから逃げるようにホットミルクを飲む。ルドの反応にホッとしたのか、気が抜け、頭がフワンと気持ち良くなってきた。






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