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出会い

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 今日も壊れたラジオから君の歌が聞こえる――――――


「また、ガラクタを拾ってきたのか、キラ? そんなんだから、女子に相手にされないんだぞ」

 僕は、伸びた黒髪をかき上げ、声を尖らせて悪友の言葉に反論する。

「だから、ガラクタじゃなくて、お宝だ! それに、女子は関係ないだろ」
「壊れて動かないなら、ガラクタだろ。しかも、そこら辺にいっぱい転がってる。あと、女子にモテない人生は寂しいぞ」
「転がっているけど、転がってないんだよ。女子にモテようとするぐらいなら、寂しい人生でいい」
「そんな壊れた機械なんて、道を歩けばいくらでも転がってるじゃないか。それと、オレたちの人生はこれからだぞ」

 AI暴走による機械と人との大戦のあと、世界は廃材だらけとなった。人工知能による世界統制。気候さえも自在に操れ、自然は消え、動植物はすべて管理下に。
 史上空前の繁栄を遂げた人類。

 しかし、それはAIの反乱によって呆気なく壊れ去った。

 人類の繁栄がすべてを亡ぼすとAIが判断した結果だという。

 かろうじて人が勝利したが、その傷は深かった。人口は半分以下になり、かつての栄華は見る影もなく。

「あ、ヤバい。雨だ」

 悪友の困った声につられて顔をあげれば窓がポツリ、ポツリと濡れ始めていた。
 防弾ガラスに反射して映った自分の黒い目から逃げるように依頼品と傘を手にする。

「これ、直しといたから帰ってから動くか確認して。あと、これぐらいの雨なら、この傘でしのげるよ」
「おまえ、傘なんて持ってたのか?」
「君が言う元はガラクタだよ。ちゃんと修理すればガラクタはガラクタじゃなくなるんだから」
「へい、へい。おまえのお得意の技術だろ? 頭が悪いオレにはわからないんだよ。じゃ、借りていくな」

 軽い声を遮断するように重い鉄の扉が閉まる。

「……また、新しい傘を探さないとな」

 たぶん傘は返ってこない。

 僕は窓の外に映る鉛色の空を見上げた。


~※~


 良く晴れた日だった。曇りでもなく、濁ったガスもなく、澄んだ青が空を覆いつくしている。こんな日は滅多にない。
 それだけでガラクタの山を登る足が軽くなる。

 ここは通称、ごみ捨て山。大戦時に壊れた機械が山積みになっている。

「使える物が見つかるといいな」

 AIに裏切られたとはいえ、人類は機械なしに生活はできない。生活をするのに必要な機械はこうしてゴミ山から発掘して、修理して再び使えるようにするのが僕の仕事。
 元々は祖父が教えてくれた技術だった。物心がついた時には親はおらず、偏屈で有名だった祖父に育てられた。
 人付き合いが苦手で機械と正面から向き合っていた祖父。その腕は確かなもので、修理の依頼が多くあった。

「そのおかげで僕も生活ができているから、いいけどね」

 修理に必要な部品もここから見つける。モノクロの世界に少しだけ色が付く瞬間。宝探しのようなウキウキした感覚。

 けれど、今日は……

「あー、ダメだぁ」

 茜色に染まった空の下、僕はガラクタ山の山頂で大の字になって寝転んだ。

「ここまで収穫がないなんて」

 探している修理部品も、使えそうな機械も、見つからない。いつもなら一つや二つはあるのに。

「……帰るか」

 日が落ちれば真っ暗闇になり、動けなくなる。そうなる前に帰らなければ。

 体を起こして立ち上がろうとした僕は不意にバランスを崩した。

「……え?」

 一瞬の浮遊感のあと、全身を打つ痛み。世界がまわり、あっという間にガラクタの山から転げ落ちた。

「いてて……」

 頭を起こすと周囲には一緒に滑り落ちた廃材たち。

「もう、今日は厄日かなぁ」

 祖父がよく口にしていた言葉がつい出てくる。あまり良くない言葉だと知っているから、普段は言わないようにしていたけど。

 ジットリと睨むように転げ落ちた山を見上げると、その途中に白いナニかが突き出ている光景が目に入った。

 夕陽が眩しくて目を凝らす。見慣れない物体が何なのか、僕の頭が理解するのに数秒かかった。

「手ぇぇぇ!?」

 それは、正確に言うと手でなく腕だった。

 四つん這いに近い状態でガラクタの山を駆けあがる。その勢いのまま、僕は突き出た腕の周辺を急いで掘った。


 ――――――そして。


 出てきたのは人型精密機械アンドロイドだった。

「…………っ」

 言葉にならない声を呑み込む。

 モノクロのガラクタに埋もれた象牙色の肌。人ではありえない、青にも緑にも見える長い髪。閉じた瞼から伸びる長い睫毛。形が良い鼻に可憐な唇。それが小さな顔におさまっている。

 それから、僕は日が暮れても手探りで掘り続けた。ガラクタの山が崩壊しないように慎重に。暗闇の中を手探りで彼女・・を少しずつ掘り出していく。

「やった……」

 全身が現れた時、空はうっすらと白くなり始めていた。

 朝日が彼女の長い手足を弾く。旧時代の服を纏い、足にはブーツ。外見的には目立った損傷はない。

「エネルギー切れか、中が壊れているのか……持って帰って調べないと分からないか」

 僕は彼女の腕を掴んで背負った。

「……軽っ!?」

 それ相応の重さを想像していた僕は足を踏み外しかけた。



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