完結•flos〜修理工の僕とアンドロイドの君との微かな恋の物語〜

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それは、突然の

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 修理室の机に花があることが当たり前になってきた頃。
 僕はとある問題に直面していた。
 花を挿している入れ物は水が入ったコップのため、間違えて飲みそうになること数十回。

「他に丁度いい入れ物がないしなぁ。今度、ゴミ山に行った時に探すか」

 検索したら、旧時代では花瓶という花を飾る専用の容器があったという。せっかく花があるなら、専用の物を使ったほうがいいだろう。
 そう考えるぐらいに次の花を楽しみにしている自分がいた。

「旧時代の人たちが花を観賞していた気持ちが少しだけ分かる気がするなぁ」
「それは、どのような気持ちですか?」

 修理室の掃除をしていた彼女が質問する。
 僕は椅子に座ったままコップに挿さった青紫の花に視線を移した。中心から細長い花弁がいくつも広がっている。一輪だけだけど、存在感がある。
 確かFelicia(フェリシア)という種。

「なんか、ホッとするんだよね。修理で行き詰った時とか、ボーとしたい時とか、いつまでも見ていられるから」
「その感情はデータにないので、わかりかねます」
「だよね」

 思わず苦笑いが漏れる。人型精密機械アンドロイドはデータが基本。そこになければ理解できない。

(それでも、少しぐらい分かってほしいと思ってしまった)

~※~

「久しぶりだなぁ」

 僕はゴミ山を登っていた。空は眩しいほどの晴天。
 彼女を家に一人で残すのは少し心配だけど、必要な機材がないと修理もできない。

「さっさと見つけて帰ろう」

 家に待つ人がいる。それだけで、活力が沸いてくる……のだが。

「まさかの空振り……花瓶だけは見つけたけど」

 どれだけ活力があっても機材が見つからなければ意味がない。

「こうなったら」

 僕は賭ける気持ちで彼女と出会った山へ向かった。太陽は真上から下へ傾きかけている。
 彼女と出会った山は僕が滑り落ちた時、埋もれていた物が表面に出てきた。あと、彼女を掘り出すために、かなり掘り起こしている。

「あの時は暗かったから分からなかったけど、もしかしたら貴重な材料があるかも」

 滑り落ちた山に到着する。彼女を掘り出した穴もそのまま。まるで時が止まっていたかのように変わっていない。

 僕は彼女が埋まっていた場所を覗いた。すると……

「うわぁぁ」

 感嘆の声が漏れる。見たことがない機材ばかり。でも、全部壊れているからガラクタ。
 けど、僕にとっては宝の山に等しい。

「コレと、コレと……あ、コレもいいな!」

 僕は時間を忘れて漁りまくった。

 自分の影が長くなり、手元が暗くなる。顔をあげると太陽が沈みかけていた。

「しまった!」

 すぐに鞄を背負って山を駆け下りる。
 ここはゴミ山の中でも奥地。走ったとしても、明るいうちに家まで戻れるか微妙な距離。
 暗くなれば道を歩くのも難しいほどの闇に包まれる。

「急がないと!」

 転がるように、ひたすら走る。何度もガラクタに足を取られつつ、何度もコケそうになりつつ、それでも走り続ける。
 だけど、太陽は無情で。

 明るかった空が藍から黒へと色を変えていく。

「……しまっ!?」

 薄暗く見えなくなった足元。何かに思いっきり足を取られて地面に顔を突っ込んだ。
 あとは斜面を転がり落ちるだけ。

「いててて」

 ようやく落下が止まった体を起こす。太陽は完全に姿を隠し、あるのは暗闇だけ。とてもじゃないけど、動けない。

「ここで陽が登るまで待つか……」

 ざわざわと風の音が耳につく。少しの物音にもビクリと肩が跳ねる。

「あの時は平気だったのに」

 この前は彼女を掘り起こすのに必死で、気がついたら夜が開けていた。
 でも、今回は違う。何もすることがないので、時間が経つのが遅い。

 僕はガラクタの影で隠れるように膝を抱えて座っていた。額を膝につけ、腕で耳を塞ぐ。それから、一生懸命に他のことを考えて気を逸らした。

(今日、手に入れた機材と、あの機材を組み合わせて……あ、あのパーツも使えるかも。それに、これをくっ付けて……)

 ガタッ。

「ヒッ!」

 どれだけ他のことを考えても少しの物音で現実に戻ってしまう。少しの物音でも拾う耳。全身がビクビクと跳ねる。

「見えないだけで、こんなに怖いなんて……」

 見慣れた場所が黒い山となり襲い掛かってきそうに感じる。

 ジッと息をひそめていると、風と違う音が聞こえたような気がした。

(え? なに?)

 こんな暗闇の中でゴミ山を歩く酔狂な人はまずいない。そもそも、夜は真っ暗なため家の近くでも出歩かない。
 だから彼女が月光浴に行けたのだが。

(一人で待っているのかな……)

 暗い家で佇む彼女の姿が浮かぶ。
 この時間は温かな夕食をテーブルに置いて食べ始めている頃。食べるのは僕だけだけど、向かい合って座って食事をとる。

 最初は無表情だった彼女。だけど、僕が美味しいというと、ほんのりと口元を緩めるようになった。
 その顔が見たくて、僕はどんどん料理を褒めるように。

 ぐぅぅ……

 彼女が作った料理を思い出すだけでお腹が鳴る。それ以上に待たせている彼女が心配で。

「頑張って、帰るかな……」

 少しだけ頭をあげて周囲を確認する。四つん這いのままなら手探りで進めるかも。
 そう考えて腰を浮かした、その瞬間。

 ザリ……ザリ……とナニかを引きずるような音が耳を撫でた。

「ヒゥ!」

 叫びそうになる口を両手で押さえて耐える。心臓が内側から爆発しそうなほどバクバクと体を叩く。

 足音とは違う、聞いたことがない不気味な音が徐々に近づいてくる。

(な、なんの音だ……?)

 必死に息を殺して存在を消す。緊張で首が絞まり、自然と息ができなくなって……

あるじ?」

 聞き馴染んだ声。月光を弾く長い髪。大きな目がホッとしたように覗き込む。

「ど、どうして、ここに?」

 腰を抜かしていた僕は声を出すだけで精一杯だった。


 彼女に助け起こされた僕は手を引っ張られてガラクタ山を歩いた。

「右足の二歩先に穴があります」
「う、うん」
「左足の三歩先にコードがありますので、少し高めに足をあげてください」
「わかった」

 彼女の案内でコケることなく歩いていく。繋いだ手は冷たいけれど、心強い。
 僕は慎重に歩きながら訊ねた。

「あの、僕は家で待っているように命令したのに、どうしてここに?」

 それまでスムーズに歩いていた彼女の足が止まる。その様子に僕は慌てて言葉を続けた。

「別に怒っているわけじゃないんだよ。むしろ、助けに来てくれてよかったし。あのまま一晩、あそこで過ごすのは無理だったから」

 ゆっくりと彼女の髪が揺れる。青にも緑にも見える独特な色の長い髪。この暗闇の中で、唯一の色。

あるじ、空が見えますか?」
「空?」

 促されるまま僕は彼女と手を繋いだまま空を見上げた。

「え?」

 黒一色だと思っていた空は小さな灯りで満ちていた。足元を照らすほどの光ではないけれど、一つ一つは小さいけれど、しっかりと輝いている。

 そして、その中心には大きな満月。

「こんなに綺麗だったんだ」

 僕の声に彼女の声が重なる。

「私はいつか一緒にこの空を見たいと思っていました」
「え?」

 視線を前に戻すと、大きな目が嬉しそうに細くなっていた。でも、それはすぐに消えて。

「先程の質問の答えですが、命令違反だと理解していましたが、それよりもあるじの身に危険が及んでいるのでは、という判断により動きました」
「あぁ、人命を優先したんだね」

 実に人型精密機械アンドロイドらしい。いや、わかっていたこと。

 そこで僕はふと気がついた。
 彼女が現れる前の音。何かを引きずるような音は彼女の足音だったのではないか。
 主人が危険な状態になっている可能性があるとしても、それは予測の範囲内。命令違反をしてまで動くには弱い。
 だから、彼女のボディは反発して動きが悪かったのではないか。それでも、彼女は僕を探しに来てくれた。

 その健気さに胸がキュッとなる。

「たとえプログラムの優先順位に従った結果でも、君が僕を探してくれて嬉しかったよ」

 月光の下。手を握って向き合う二人。静寂と柔らかな風が包む。
 僕は膨れ上がる愛おしい気持ちを抑え、笑顔で言った。

「ありがとう。これからも、よろしくね」

 その言葉に、青から緑へ変化する瞳から雫が流れ落ちた。

「涙? どうして……」

 彼女の全身が内側から輝き、体が宙に浮く。突然の連続に理解が追いつかない。

「え!? どういうこと!?」

 まるで月に吸い込まれていきそうな光景に、僕は慌てて彼女の手を引っ張った。

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