完結•王女ですが国を救うため、軟派な執事と怪盗になります~本当は硬派な騎士と恋がしたいのに!~

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怪盗と騎士隊長

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 数日後。
 サボット侯爵の屋敷は厳重に警備されていた。わらわらと集まる警備兵。その中には数人の騎士の姿も。
 その光景をコーラルは隣の屋敷の庭にある高い木の上から眺めていた。長い髪を一つにまとめ、顔の上半分は仮面で隠した怪盗の衣装。
 ようやく城以外の場所で見ることができた騎士の姿にコーラルがうっとりと声をこぼす。

「あの中に私の運命の騎士がおりますのね」
『寝言は寝てからおっしゃってください』

 頭に直接響くジェットの声にコーラルが頬を膨らます。

「もう。どうして、そう簡単に夢を壊しますの?」
『今は夢より現実ですから』

 ジェットが調べた結果、人質はサボット侯爵が客人として軟禁状態にしていること。侯爵という高位貴族のため騎士隊長は内部告発もできず、渋々従っていること。
 しかもサボット侯爵は贈賄、恐喝、偽証、強盗などなど探ればいくらでも悪事が出てくる。

『人質は別塔の最上階におります。不正の証拠となる書類はサボット侯爵の寝室の隠し金庫の中です』

 目を閉じたコーラルが神経を集中させる。予告状には『サボット侯爵の家宝である“夜空の虹”をいただく』と書いたが本当の狙いは別。
 長い睫毛が揺れ、水色の瞳が月光を弾く。

「では、手筈通りにまいりましょう」

 一陣の風が舞い上がり、コーラルの姿が消えた。



 突如、サボット侯爵の屋敷内が騒がしくなる。
 金庫が置いてあるサボット侯爵の執務室に控えている魔導師が叫んだ。

「屋敷内で魔力を検知! 来ます!」

 サボット侯爵家の家宝である“夜空の虹”が入った金庫を守る兵たちに緊張が走る。全員が金庫を背にして隙間なく囲む。
 ジリジリと流れる時間。兵たちの気配がピリピリと鋭くなっていく。

「どこだ? どこから……」

 これ以上、怪盗の好きにはさせられない。地に落ちた威信を回復させるため、なにがなんでも捕まえなければならない。
 後がない警備兵たちが待ち構える中、怪盗姿のコーラルは別の部屋にいた。

 誰もいないサボット侯爵の寝室。
 誰にも見つかることなく部屋に入ったコーラルが豪華な寝台と家具を抜け、ズラリと本が並んだ本棚の前に立つ。目的はこの裏にある金庫の中身。

「まずは、こちらからいただきましょう」

 決められた順番通りに本を動かせば本棚の裏に隠された金庫が現れる仕組み。

「最初に宝石大全集と薬草辞典を交換して……」

 本へ手を伸ばしたところで天井から金属が擦れる音がした。

「えっ!?」

 ゾワリとした寒気が背中に走る。反射的に手を引っ込めたところで天井の一部が開き、鉄柵が降ってきた。

 ガシャン!

 重い音とともに柵の中に閉じ込められる。そこにドアが開き、聞き覚えがある声がした。

「こんなにあっさり捕まるとはな。小娘一人に警備兵は何をしていたのか」

 白髪交じりの茶髪を頭に撫でつけた壮年の男。ジャラジャラと過剰な装飾で身を包み、ジットリとしたこげ茶の目でコーラルを値踏みする。

(……サボット侯爵)

 国王が体調不良で政権から離れるとすぐに反国王派となった貴族の一人。コーラルへの不躾で無礼な態度をとる筆頭。
 コーラルは声に出さず、サボット侯爵の背後にいる騎士たちに目を向けた。

(あぁ! やっと近くで会えましたわ!)

 水色の瞳に映るのは騎士たち。キリッとした隙のない表情と態度は理想通りの堅物たち。

(この中に運命の騎士がおりますのね)

 ときめくコーラルを野暮な声が現実に戻す。

「恐怖で声も出ないか。私の言うことを聞けば悪いようにはせんぞ」

 交渉をするような口ぶりにコーラルは視線をサボット侯爵へ戻した。

「まず、今まで盗んだ宝石を隠している場所を言えば命は助けてやろう。それからのことは……」

 じっとりとした目でコーラルを眺める。仮面に隠れた顔からスラリと伸びた足先まで見た後、再び視線をあげて豊満な胸で止めた。

「おまえ次第だな」

 下心が見え見えの下卑た笑み。理想の騎士とは真逆のだらしない顔。
 今すぐにでもその目を潰したい気持ちを抑え、コーラルは柵を見上げた。

「その柵から抜け出すことは不可能だぞ。その柵は最強の硬さを持つアダマンタイトを素材に加えて作ったからな。重さも……」

 サボット侯爵の悠々と柵の強度について語るが、それを遮るようにコーラルの耳に声が響いた。

『早く不正の書類を盗んでください。予定が押してきてます』
「わかっておりますわ」

 コーラルはサボット侯爵には聞こえない小声で応えた後、右手を挙げた。

落雷フルメン

 目を焼く強烈な光とともにドガンという轟音が響く。

「何事だ!?」

 叫ぶサボット侯爵を守るように騎士が前に立つ。しかし、全員が光に視力を奪われたため何も見えない。
 時間とともに真っ白だった世界に色がついていく。

「なっ!?」

 ようやく見えた光景に絶句の声が落ちる。
 砕けた柵と床に散らばる本。そして、壊れた本棚と扉が開いた金庫。

「まさか、魔法だったのか!?」

 普段は口数が少ない騎士たちが驚愕の声をあげる。

「魔法は長文の詠唱が必要なんだぞ!」
「たった一言で魔法を発動させるなどあり得ん!」
「まさか、怪盗は魔族か!?」

 騎士たちが騒ぐ中、サボット侯爵が金庫に駆け寄る。

「クソッ! 中身を盗まれた! おまえら、さっさとあの小娘を捕まえろ!」
「ハッ!」

 声を揃えた騎士たちが一斉に動き出す。

「クソッ! 忌々しい小娘め!」

 サボット侯爵が怒りを含んだ声とともに壊れた柵を蹴り上げた。


 一方のコーラルは廊下を走りながら腰に付けているポーチに不正の証拠が書かれた書類を収めていた。
 見た目は小さい普通のポーチだが、魔力を組み込んで作られた魔道具でどんな物でも収納できる。

「次へ参りましょう」

 軽やかな足取りで目的の部屋へ。

「城内ではこんなに走れませんから、気持ちいいですわ」

 いつもは裾が長いドレスに歩きにくいヒールだが、怪盗の時は膝丈のスカートに動きやすいブーツ。体を締め付けるコルセットもない。
 コーラルは勢いをつけたままドアを開けた。そこには兵どころか人影すらない応接室。

「ここでよろしいの?」
『はい。八歩先の真上に金庫があります』
「では、金庫だけいただきましょう」

 右手を天井へ伸ばしたコーラルはそのまま大きく円を描く。

切断セクティオ

 天井に丸い穴が開き、床と金庫が降ってきた。

「金庫が消えた!?」
「いきなり穴が開いたぞ!」
「しまった! 下の部屋だ!」

 穴を覗きコーラルの存在に気づいた兵たちが騒ぎ出す。

「急げ! 下に降りろ!」

 ドタバタと部屋を飛び出し階段へと向かう警備兵たち。
 その足音を聞きながらコーラルは微笑んだ。

解錠アペルタ

 勝手に金庫のドアが開く。
 コーラルは金庫から虹色に輝く宝石を取り出した。手のひらほどの大きさの世にも珍しいブラックオパール。
 真っ黒なのに角度によって様々な色が浮かぶ。まるで夜空の月光に照らされた虹のような宝石。

「“夜空の虹”たしかにいただきましたわ」

 誰に言うともなく呟くとコーラルは宝石を腰のポーチへ入れた。それから窓を開け、外にある木へ飛び移る。枝を掴み、全身をバネにして上へと跳ねた。
 夜空にピンクゴールドの髪をなびかせながら屋根に着地する。

 視線の先にあるのは高くそびえたつ別塔。その最上階の窓に華奢な人影が映る。

「あそこですのね」

 走り出そうとしたところで頭に直接ジェットの声が響いた。

『魔……う、つか……せん。少……おまち……くだ』
「ジェット? どういたしましたの?」

 言葉が途切れて聞き取れない。
 状況が分からず周囲を探っていると聞いたことがない低い声がした。

「そこまでだ!」

 別塔とは反対側から騎士が屋根に登ってきた。
 短く刈り上げたくすんだ金髪に青い目。謁見の間で見たときよりやつれた顔をしているが、警備隊の騎士隊長。
 遅れて登ってきたサボット侯爵が騎士隊長の後ろで居丈高にコーラルを指さした。

「阻害魔法を発動した! 魔法では逃げられんぞ!」

 その言葉にコーラルが納得する。

「それでジェットの声が聞こえなかったのですね」

 試しに魔法を発動させようと魔力を練るがすぐに霧散する。神経を研ぎ澄ませば屋敷全体に魔法封じの魔法陣が敷かれているのが分かる。

「これだけの魔法陣を展開するなんて、魔導師たちはしばらく魔力切れで動けないでしょうね」

 コーラルはサボット侯爵たちと向かい合ったまま視線だけを別塔に向けた。予定では魔法で別塔の最上階の窓まで飛び、人質を盗んで逃げるという計画だった。
 しかし、魔法が封じられていては実行できない。

「さて、どうしましょう」

 白い手を顎に添えて考える。まるでお茶菓子を選んでいるような優雅さと気品。ただし、追い詰められた状況でする態度ではない。
 場違いな雰囲気にサボット侯爵が声を荒げた。

「こいつは警備隊の騎士隊長だ! いままでの兵とは実力が違う! 痛い目にあいたくなければ、おとなしく投降しろ!」
「そう言われましても……」

 騎士隊長の真剣な眼差しは正直美味しい。捕まってもいいかも、と気持ちがグラつくぐらい。誰にでも愛想を振りまくどこぞの軟派な執事とは違う。
 だが、少し視線をずらせば勝利を確信し、下劣で下心丸出しの顔をしたサボット侯爵。絶対、捕まりたくない。

「やはり遠慮いたしますわ」

 コーラルが大きくため息を吐いたところで、騎士隊長が剣を抜いた。

「あなたに恨みはありませんが、全力でいかせていただく」
「ダンスのお誘いでしてたら喜んでお受けいたしましたのに、残念ですわ」

 二人は屋根の上で向かい合った。

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