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大晦日ですが、簡単には終わりそうにありません
しおりを挟む満腹になった私はバイクで黒鷺にアパートまで送ってもらった。
心も体もポカポカで満足。
なのに、アパートに帰ることを考えると、足が重くなる。どうしてだろう、自分の家なのに。
私は被っていたヘルメットを外し、笑顔を作って黒鷺に返した。
「ありがとう。今日は楽しかった」
「……正月は?」
「え?」
「仕事の予定です」
照れ隠しなのか、少しぶっきらぼうに聞かれた。ちょっとだけ期待が膨らんでしまう。
「大晦日は仕事だけど、正月は休みよ」
「じゃあ、大晦日の仕事が終わったらメールしてください。迎えに来ますから」
「……いいの?」
また、あの楽しい空間に、私がいても。
「年越しそばと、おせちを準備しておきます」
「いやぁーん! 黒鷺様、大好き!」
気持ちがあふれた私は黒鷺に抱きついた。黒鷺が両手をバタつかせて慌てる。
「あの、ちょっ、離れてください! 酔っ払い!」
「うぬぅー。事実とは言え、ちょっと傷ついたぞ」
確かにお酒の勢いもあった。それは認める。けど、そんなに拒否しなくてもいいじゃない。
私は渋々離れたが、よく見れば、顔を逸らした黒鷺の耳が真っ赤。あー、大学生には刺激が強かったか。
目を細めていると、黒鷺が顔を背けたまま手を付き出した。その手には、ラッピングされた小さな袋。
「なに?」
「クリスマスプレゼントです」
「ほえ?」
間抜けな声がでた。だって、完全に不意打ちなんだもん。
「でも、さっきオシャレなビアグラスをもらったし」
「あれはウチに置いておく用ですから」
「じゃあ、これは私の家用のビアグラス? でも、この大きさはビアグラスじゃないでしょ?」
私は袋を受け取った。手のひらに収まる大きさで、軽い。入っているモノが予想できない。
「開けていい?」
「どうぞ」
カラフルな包装紙をゆっくりと剥がしていく。
何が入っているのかドキドキする、この感覚。ずっと忘れていた。
中から出てきたのは、赤茶色のシュシュ。派手過ぎず、かと言って地味過ぎず。絶妙な色合い。
「これ、職場で付けるのに、ちょうどいいわ。ありがとう」
「あと、これも」
ついでのように袋を渡された。こっちの袋は胸に抱えるぐらい大きい。どこに持ってた!?
「いらなかったら、姉さんにでもあげてください」
「え?」
止める間もなく黒鷺がヘルメットを被ってバイクで走り去る。
「は、早い……」
さっきまで部屋に戻るのが憂鬱だった。なのに今はこの袋を開けたくて、ウキウキしてる。我ながら単純だなぁ。
軽い足取りで部屋に戻り、暖房を入れる。荷物を片付け、部屋が温まったところでプレゼントが入った袋を開けた。
「かわいい!」
ハリネズミのぬいぐるみがひょこりと顔を出す。
「あ、ぬいぐるみなんて子どもっぽいって、断られると思って逃げたな」
そう予想した私は唸った。
「こんなにたくさんプレゼント……マグカップ一つとコーヒー豆だけじゃあ釣り合わないよね」
腕を組んで考え込む私に一つの案が浮かんだ。
「そうだ! お年玉を奮発しよう! ポチ袋ってコンビニに売っていたよね」
我ながら良きアイデアだ。
「それにしても、可愛いなぁ」
ハリネズミのぬいぐるみに思わず顔がにやける。
つぶらな目に、ツンと尖った鼻。針はグレーや黒の毛糸。お腹は肌触りがいい生地で顔を埋めたくなる。しかも抱きしめると、ちょうどいい弾力。
その日から私は、ハリネズミのぬいぐるみを抱いて寝るようになった。
※※※※
大晦日。病院は休みだけど、病棟には入院している患児がいる。そして、救急で外来を受診する患児も。
平穏な正月を迎えるためにも、必要な仕事は終わらせておかないと。
「指示出しも終わったし、これで年内の仕事は終わりかな」
私は最終確認のために外来に顔を出した。
待合室には椅子に寝ている七歳ぐらいの男の子が。確か、喘息持ちで定期的に通院している……そう、春馬だ。
「春馬君、どうしたの? 発作?」
私に気が付いた母親が頷く。
「少し前から急に息が苦しいって言いだして。吸入薬をしたんですが、楽にならないので来ました」
「ちょっと、胸の音を聞かせて」
私は首にかけていた聴診器を装着して、春馬の胸の音を聞いた。狭窄した空気音。喘息とは違う。
私はすぐに診察室へ駆け込んだ。
「レントゲンの予約! 急いで取って!」
看護師が首を傾げる。
「誰のレントゲンですか?」
「春馬君の!」
「春馬君はまだ診察していませんし、順番が……」
「私が担当するから! すぐにレントゲンを撮って! あとSpO2を計って!」
「はい!」
矢継ぎ早な私の指示に、緊急性を感じ取った看護師が動き出す。
「気のせいだといいんだけど……」
私は祈るように呟いた。
※
「やっぱり……」
レントゲンには気管支に詰まった異物が写っていた。
春馬を処置室のベッドに寝かせ、私は母親に現状を説明する。
「この部分に何かが詰まっているのですが……なにか心当たりはありますか? 息が苦しくなる前に食べていた物とか、遊んでいた物とか」
母親は動揺しながらも、必死に思い出していた。
「苦しくなる前は宿題をしていて……あ! アーモンドを食べていました」
「アーモンド!?」
アーモンドは気管にある水分を徐々に吸って大きくなり、そのうち気管支を塞いでしまう。早く取り出さないといけない。
私はすぐ看護師に指示を出した。
「すぐに耳鼻科の先生に連絡をして。あと麻酔科の先生にも。手術室の準備もお願い」
「手術!?」
母親から驚きの声が上がる。私はしまった、と思いながらも、冷静に説明をした。
「アーモンドを取るためには、動いてはいけません。ですが、春馬君が動かずに我慢できるか、というと難しいと思います」
「はい」
母親が大きく頷く。
それだけで、春馬が普段はどれだけ元気かよく分かる。喘息がなければ、外で遊びまわりたい子なのだ。
「ですので、麻酔で眠らせてから、アーモンドを取り出したいと思います。ただ、麻酔をかけるためには手術室でなければいけません」
「そういうことですか」
「はい。喉の奥なので、耳鼻科の先生に取ってもらうようになりますけど」
母親が深々と頭を下げる。
「分かりました。よろしくお願いします」
※
春馬は一度小児科病棟へ移動し、手術まで待機となった。その間に耳鼻科への紹介状を作成する。
そこに、慌てた様子で看護師がやってきた。
「せっ、先生! 大変です!」
「どうしたの!?」
「じ、耳鼻科の先生が、誰もいなくて!」
「なんで!?」
思わず立ち上がった私に、息を切らせた看護師が説明をする。
「今日、耳鼻科の忘年会で……それで、先生たちがいなくて」
「一人ぐらい呼び戻せるでしょ!?」
「それが、年末の交通渋滞に加えて、途中で事故があったらしく、タクシーが動かなくて……」
「走って戻って来なさいよ!」
息が整ってきた看護師が呆れながら私に突っ込む。
「そんな近くにいたら、とっくに走って帰ってきてますよ」
「あー、もう。こうなったら、救急車でよその病院に……」
ふと甦る記憶。
『すぐ近くに病院があっただろ! 遠くの病院に運んだ、おまえのせいだ!』
大声で罵倒させる。動けなくなる。体が縮む。
「……先生? ゆずりん先生?」
看護師の声で我に返る。
「……ゆずりんじゃなくて、柚鈴よ。麻酔科の先生はいる?」
「はい。手術室で準備しています」
私は悩んだ。
こうしている間にも、春馬の喉に詰まったアーモンドは水分を吸って膨らんでいる。しかも、水分を含めば含むほどアーモンドは柔らかくなり、取り出す時に崩れる可能性がある。
もし崩れたら、そこから肺炎など次の病気を起こす危険も。
私は立ち上がった。
「春馬君の両親をカンファレンスルームに呼んで」
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