【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
46 / 63

事件ですが、痛い質問をされました

しおりを挟む
 リビングに入ると、私を見た黒鷺が安堵した顔になる。なんで!?


「ちゃんと隠していて良かったです」

「わ、私だって考えているんだから」

「今度から、もう少し考えて行動してください」

「でも、診察の時は脱がないといけないじゃない」

「それは分かりますが、僕は医者ではないんですよ」


 私はハッと気がついた。


「そうだ。診察の時と同じ感覚だったんだ」

「気づいてもらえて嬉しいです。右手を出してください」

「お願いします」


 右腕のラップを外されて涼しくなった。寒い冬でも蒸れるのは辛い。ギブスをしている患者さんの気持ちが少し分かった気がする。

 右腕が濡れてないか確認していると、黒鷺が言った。


「僕はシャワーをしてきます。眠くなったら自分の部屋で寝てください」

「はい、はい。いってらしゃーい」


 服を着た私はソファーに転がってテレビを付けた。


「明日も休みかぁ。何をしよう……って、なにもできないか。せっかくの休みなのにぃ」


 犯人が捕まっていないため、外出もできないし、傷があるから、あまり動かない方がいい。
 結局はテレビを見ながらゴロゴロするしかない……って、それはそれで滅多にできない贅沢な時間の使い方。

 テレビはクイズ番組をしていた。出演者が出題の途中でボタンを押し、どんどん正解していく。


「ふぇー、よく知ってるなぁ」


 気がつけば私は集中してテレビを見ていた。それもあっという間に終わり、ニュース番組へ。
 クイズ番組の軽い雰囲気が一転。汚職やら災害やら暗い話題に部屋の空気が重くなる。


「明るいニュースはないのかな?」


 ボーを眺めていると、職場である病院が画面に現れた。


「……ッ」


 反射的に手がリモコンに伸びる。チャンネルを変える直前でドアが開いた。驚いて振り返ると、スエット姿の黒鷺がいた。

 私の反応に黒鷺が目を丸くする。


「どうかしましたか?」

「あ、ううん。なんでもない」

「そうですか……あ」


 黒鷺の視線がテレビに移る。そこでは、アナウンサーが淡々とニュース原稿を読み上げていた。


『……犯人の手がかりはなく、依然として逃走中です。警察は防犯カメラの解析と、情報提供を呼びかけています。次のニュースは……』


 沈黙が重い。こうなるのが嫌だったのに。

 ニュースになった時、すぐ番組を変えておくべきだった。なにか、なにか明るい話題を……

 私が顔を上げると、黒鷺は何事もなかったかのようにキッチンへ移動していた。


「なにか、飲みますか?」

「あ、うん」

「適当でいいですか?」

「うん。お任せする」


 お湯を沸かす音。よかった。いつも通りで。

 静かだけど、寂しくない。どうしてだろう……人の気配があるからかな?

 心地良く、安心できる。時間がゆっくりと流れるって、こういう感じなんだろうなぁ。


 ソファーに体を沈めたまま、ボーとしていたらハーブティーが入ったカップを渡された。


「どうぞ」

「ありがとう」


 湯気とともにレモンの香りがする。


「昨日のとは違うんだね」

「レモングラスとミントのハーブティーです。爽やかな後味で、夏は氷を入れて飲むと涼しくなります」

「へぇ」


 私はそっと口をつけた。レモンの酸っぱさの後にミントの爽やかさが抜ける。

 黒鷺が私の隣に腰を下ろした。

 シャンプーの香りが鼻をくすぐる。横目で見ると、黒鷺もハーブティーを飲んでいた。

 シャワー上がりのせいか、カップに付ける唇が赤く艷やか。黒髪はしっとりと顔に絡みつき、薄い茶色の瞳が潤んでいる。
 そこに、いつもよりラフな格好で、妙な色気が漂い……

 急に恥ずかしくなった私は、慌ててハーブティーの感想を口にした。


「ほ、本当! スッキリして、夏も飲みたくなる味ね」

「じゃあ、夏になったら、また淹れますね」

「それよりカフェを開いたら?」


 黒鷺が肩をすくめる。


「また、その話ですか」

「だってさ」


 私はリビングを見回した。

 アンティーク調の家具で統一され、生活感がない部屋。適度に飾られた観葉植物。コタツの存在に目を瞑れば、どう見てもモデルルームか、カフェだ。

 しかも、こんなイケメンが作るのだから、女子が集まらないわけがない。味は文句なしに美味しいし。


「建物も食器もオシャレで、お茶もご飯も美味しいんだよ。ここでカフェをしたら、人気のお店になるよ」

「……そうですね。では、カフェをオープンしましょうか」

「え?」


 いつものネタ話で冗談半分だったのに。

 私が顔を上げると、黒鷺がこちらを向いて微笑んだ。


「ゆずりん先生専用のカフェを」

「わ、私専用!? い、いや、それは……って、それより私の名前は柚鈴ゆりよ」

「頑張って名前を訂正しますね。まあ、すでに専用カフェになっていますけど」

「でも、それは漫画の監修と引きかえでしょ?」

「んー……」

「違うの?」

「いえ、なんでもないです」


 どこか不満げな黒鷺を横目に、私はハーブティーを飲んだ。


 ――――――なんか視線を感じる。


 恥ずかしくなった私は逃げるようにカップを見つめた。


「……ゆずりん先生はどうして自分の名前を必ず訂正するのですか? 普通なら、ある程度で諦めると思いますけど」

「えっと……なんか、もう意地かな? どっちが先に根負けするか、みたいになってる。あとは、親がつけてくれた名前だから。ちゃんと呼ばれたいっていうのも、あるかな」


 たぶん、本音は後者。でも、それは私の勝手な気持ちだし、軽く訂正するぐらいでいい。


「……なら、僕が名前で呼んでもいいですか?」

「別に許可なんていらないわよ。普通に呼んで」


 黒鷺が私に顔を寄せる。薄い茶色の瞳に私が写る。あの、近くないですか?


 一呼吸おいて、真剣な顔をした黒鷺が口を開いた。


柚鈴ゆり


 低音のイケボイスが耳を直撃。全身が震えて、顔が赤くなる。なんか、すっごく恥ずかしいんだけど!? あ、不整脈まで!?

 私は半分パニックで叫んだ。


「そ、そこは先生を付けなさい!」

「柚鈴先生?」

「そ、そう!」


 それなら、まだマシ。なんとか平常心を保てそう。心臓はまだバクバクしてるけど。

 なのに、黒鷺は文句を言った。


「それなら、ゆずりん先生のほうが、愛嬌があっていいです」

「呼び名に愛嬌なんていらないから!」

「じゃあ、柚鈴で」

「じゃあって、なに!? じゃあって! 適当なの!?」


 パニックを引きずっている私は、恥ずかしさを隠すように、黒鷺をパシパシと叩いた。


「お茶が零れますよ」

「うぅ……」


 叩いていた手を押さえられる。仕方ないので、私はハーブティーを一気に飲み干し、カップをコタツに置いた。


「これならいいよね?」

「へ?」

「思う存分叩いても」


 私の言葉に黒鷺が慌てる。


「なんで、そうなるんですか!? それに、今叩かれたら僕のお茶が零れます!」

「なら、すぐ飲んで。それか、カップを置いて」

「叩かないという選択肢はないんですか!?」

「ないわ!」

「あー、もう!」


 黒鷺が観念したようにカップをこたつに置いた。


「よし。覚悟はいい?」

「待ってください」


 迫る私を黒鷺が手で制する。


「その前に、聞きたいことがあります」

「なに?」


 二人の間に冷めた風が抜ける。暖房が効いているのに、寒気を感じるほど、黒鷺がまっすぐ見つめてくる。


「犯人を、知っているんじゃないですか?」

「………………え?」


 恐れていた言葉に私は全身が凍った気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...