【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
47 / 63

苦い記憶ですが、話せそうです

しおりを挟む

 私は震えそうになる手に力を入れて訊ねた。


「どう……して、そう思ったの?」

「犯人に対して、まったく怒る様子がなかったので。初めは恐怖が強くて、怒りが出てこないのかと、思っていたのですが、どうも違うみたいですし。それなら犯人を知っているか、心当たりがあるのかな、と」


(普通にしていたつもりだけど、そこから推測されるなんて……)


 私が黙っていると、黒鷺がすまなそうな顔になった。


「言いたくないとは思います……ですが、知っているなら早く警察に言ったほうがいいです。なにより柚鈴にこれ以上、傷ついてほしくない」


 真剣な黒鷺の目。


(私を心配してくれているのは分かる。でも……)


 なにも言えない。答えられない。

 俯いていると、黒鷺がそっと私の右腕に触れた。


「犯人との間に、なにがあったのかは分かりません。けど、柚鈴がこんな傷を負うのは間違っているし、怯えて暮らすのも違うと思います」

「それは……」

「なにがあったのか言いたくないなら、言わなくていいです。ただ、犯人だけは教えてください」


 黒鷺が触れている右腕があたたかい。でも、今は…………

 私は逃げるように腕を引いて、ソファーに深く腰かけた。


 ――――――一年前の苦い記憶。


 乗り越えた、と思っていた。もう大丈夫、と思っていた。でも、勝手に胸が苦しくなる。体が小刻みに震え出す。記憶に、闇に、支配される。

 両腕で自分を抱きしめる。足を折り曲げ、体を小さくする。漏れ出そうになる声を必死にこらえる。


 ダメ。これ以上は……戻れなくなる。


 暗い、暗い、闇が両手を広げている。ゆっくりと迫ってくる。全身が凍る。息ができない。思考の海に沈んでしまう。



 私が……私が、いなければ…………私さえ………………



 ――――――――え!?



 闇から引き抜くように、抱き寄せられた。ふわりと全身が包まれる。


 柔らかな匂い。頬に触れるスエットの生地。
 少しずつ伝わる体温。ぬくもりで凍った体がとけていく。息ができる。世界が明るくなる。

 目を開けると、黒鷺に抱きしめられていた。


「すみません。泣かせたいわけではないんです。ただ……」


 力強い腕。耳元で聞こえる息づかい。肌で感じる、人のあたたかさ。


「……うん。もう……少し、待って」


 もう少しだけ、このまま…………


 広い胸。薄いスエットから微かに聞こえる心臓の音。生きて、そばにいるって、語りかけてくる。

 怯えていた気持ちが小さくなっていく。震えがとまる。心が落ち着く。


 いつもの私が戻ってくる。



 ――――――うん、大丈夫。



 体を離そうとしたところで、頭上から声がした。


「柚鈴が居て迷惑だから犯人が早く捕まってほしい、とか、そういうのではないんです。むしろ、ずっとここに居てほしい」

「でも、私がここに居ても何も出来ないし」


 怪我人だし、洗濯も掃除もろくに出来ない。そんな私が、ここにいて有益なことがあると思えない。

 しかし、黒鷺はきっぱりと断言した。


「何もしなくていい」

「けど、黒鷺君にメリットはない……あ、もしかして!」


(なにもできない私が、ここにいてもいい理由が浮かんだ!)


 自信満々に顔を上げると、黒鷺が驚いた顔をしていた。

 私は意気揚々と言った。


「私がここに居たら、いつでも漫画の監修、相談ができるから、作業効率が上がる! これでしょ!」


 黒鷺の顔がみるみる落胆して暗くなる。え? 間違ってた?

 心配する私に黒鷺が一言。


「いえ、もういいです」

「そんなに落ち込むこと!? じゃあ、ちゃんと教えてよ」

「気にしないでください。で、犯人は誰ですか?」


 まるで、今日の夕食は何にします? 的な軽さの声。さっきまでの重い空気は!?


「なんか聞き方が雑になってない!?」

「ソンナコト、アリマセンヨ?」

「なんで棒読み!?」


 ツッコミを入れた私に黒鷺が軽く笑う。安堵したような、ホッとした笑み。

 いつの間にか涙は引っ込み、肩の力は抜けていた。恐怖も寒さもない。
 私が話しやすいように、ワザとしてくれたのかな。


「ありがとう。ちゃんと、話すね」

「無理はしないでください」

「うん」


 私は軽く頷き、話を始めた。


「あれは去年の今頃だったわ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...