【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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大人の都合なので、関係ありません~黒鷺視点~

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 ここ一か月、柚鈴の様子がおかしい。

 もともと、おかしい雰囲気はあったけど…………医療漫画の連載が終了して、次の漫画の連載が決まったことを報告してから、拍車がかかった気がする。

 声をかけても上の空。かと思うと、なにか言いたげにこちらを見ている。

 なのに、声をかけようとすると逃げる。理由を聞きたいけど、聞けない。普通の会話はするのに、この話題を出そうとすると、いつの間にか姿を消している。


 まさか!? これが、空気を読むということか!? ジャパニーズ・ニンジャか!?

 …………そんなわけないか。


 あと気になるのは、柚鈴の私物が少しずつ減っていること。傷が治ってきたから、自分の家に帰ろうとしている、のか……



 ――――――――帰る?



 柚鈴がいる生活が当たり前すぎて忘れていた。

 一緒にお茶を飲む空間。何気ない会話。おいしいとご飯を食べる姿。それだけで、満たされる。癒される。

 柚鈴の帰りを楽しみに待つようになったのは、いつから?


 その生活が…………なくなる?


 グラリと地面が揺れた気がした。こんなにも柚鈴の存在が大きくなっていたなんて……手放すなんて、できない。

 この生活を続けるためには、どうすればいいか……


「こうなったら、あの手を使うか。気乗りしないけど」


 僕は白衣を掴んで家を出た。


※※


 病院内は白衣を着て堂々としていれば、どこを歩いていても何も言われない……と思ったが、今回は少し違うらしい。さっきから警備員がチラチラと僕を見ている。


(さすがに事件の後だから警備が厳しくなったか。見舞いに来たフリをした方が無難だったかも……)


 僕は急いで目的の人物を探した。警備員が徐々に近づいてくる。

 声をかけられそうになったところで、僕は手を振った。


「蒼井先生!」


 こちらに気づいたオジサンがギョッとした顔になる。早足で近づき、僕の肩を掴んだ。


「なんで、ここにいるんだ?」

「ちょっと、お聞きしたいことがありまして」


 蒼井と笑顔で話す僕の姿に警備員が離れていく。蒼井はキョロキョロと周囲を確認した後、僕を肩ごと引っ張った。


「ちょっと、来い」


 オジサンに肩を抱かれても嬉しくない。しかも、この光景を見ていた看護師から歓喜の悲鳴が上がる。


(……もしかして、腐女子とかいう、アレか? と、いうことは僕は今、どういう風に見られ……いや、考えるのは止めよう)


 僕は思考を放棄して、連れて行かれるまま歩いた。誰にも止められることなく小さな会議室に入る。

 蒼井は机に軽く腰掛け、胸の前で腕を組んだ。


「時間がないからな。用件は手短に言え」

「柚鈴に何かありましたか?」


 蒼井の肩眉が上がる。


「そんなの本人に聞けばいいだろ」

「どうも避けられているようで。聞こうとしたら逃げられます」

「フッ。そりゃいいな」


 蒼井が嬉しそうに意地悪く笑う。これは想定内。
 少しイラっとした感情を抑え、僕はニッコリと訊ねた。


「で、その原因を知らないかと思いまして」

「たぶん、アレかな」

「心当たりがありますか?」

「あぁ。だが、おまえに教える義理はな……」


 蒼井の言葉が終わる前に、僕は数枚のサイン色紙を取り出した。
 簡単に教えてくれるとは思っていない。それなら、さっさとこっちのペースに持ち込むまで。

 予想通り、色紙を見た蒼井の目の色が変わる。


「それは!?」

「この前、お好きだと言っていたキャラたちの絵です」

「なんだと!? あ、これカラーじゃないか! こっちはヒロインの愛美ちゃん!」

「どうします?」


 色紙の前で歓喜していた蒼井が慌てて顔を上げる。


「待て! なんか立場が逆転してないか!?」

「どうでしょう?」


 口角を上げる僕に蒼井が項垂れた。


「なんで、こんなのが、あの漫画の作者なんだ……」

「どうしてでしょうね」

「くそぅ……だが、あの漫画を愛するファンとして、背に腹は変えられない…………わかった、教える」


(あれ? もっとごねるかと思ったのに。そのために、他のグッズも準備していたけど、無駄になったな)


 拍子抜けしていると、蒼井は大きく息を吐いた。


「あの事件の後、柚鈴に異動命令が出た」

「異動命令?」

「あぁ。医者といっても個人病院でなければ、大抵は大学の医局に所属している。そこから、今度小児科を設立する病院があるから、そこに異動するようにって辞令が下りたんだ」


 事件の後といえば、もう一か月ぐらい経っている。それなのに、初耳だ。それを柚鈴は黙って、一人で抱えていたのか。
 しかも、僕はそれに気づくことができなかった。

 両手をきつく握りしめる。


「どこに異動なんですか?」

「隣の隣の県の海沿いにある町だ」

「もう少し具体的に教えてください」


 町名を聞いても知らない場所だった。あとで調べよう。


「なんで、そんなところに?」

「病院側としては、今回の事件でマイナスイメージがついたからな。これ以上、あらぬ噂をたてられる前に、原因を飛ばしたいんだろう」


 あまりにも理不尽な対応に僕は声を荒げていた。


「悪いのは犯人だし、噂は消えているでしょう!」

「けど、なにがきっかけで再燃するか分からない」

「だからって!」

「病院側としては、面倒事は避けておきたいんだよ」

「汚い大人の事情ですか」

「なんとでも言え」


 冷めた蒼井の目。でも、その奥は燃えている。この理不尽な処分に不満なのは同じなのだろう。

 僕は努めて冷静に質問をした。


「柚鈴はいつ異動ですか?」

「三月の下旬の予定だ」


 今は二月の上旬。時間がない。僕は白衣を脱ぎ捨てた。こんな場所に一秒もいたくない。

 ドアへ足を向けた僕を蒼井が呼び止める。


「なんですか?」

「おまえは柚鈴をどう思っている?」

「坊やから、おまえ呼びに変更ですか?」


 僕は嘲笑ったが、蒼井の目は真剣だ。その雰囲気に僕は話をはぐらかすのを止め、正面を向いた。


「それを聞いて、どうするんですか?」

「オレは柚鈴が好きだ」


 ヒュっと息が止まる。蒼井こいつが告白したら、柚鈴はなんて答えるだろう。


 外見は平均より良い。まぁ、柚鈴はそこを判断材料にしないだろうけど。
 医者で腕も良いみたいだから、将来は安定だろう。柚鈴と同期で気心もしれている。年齢も……


 僕が蒼井を値踏みしていると、薄く笑われた。


「安心しろ。柚鈴に言うつもりはない」


 意外な言葉に僕は目を丸くした。


「なぜです?」


 蒼井が視線を窓の外へ逸らす。乾いた風がカタカタと窓を揺らす。


「大学生の頃、オレの友人が柚鈴に惚れてな。二人を付き合わせたのが、オレだ」

「柚鈴を好きだったのに?」

「最初は、そんな気持ちはなかった。学生によくある、面白半分のノリみたいな感じでな。乗り気ではなかった柚鈴を、あいつとくっつけたんだ。その後も、オレがいろいろとフォローしていたが、気が付いたら柚鈴に惚れていた。だが、その時の関係を壊したくなかったオレは、黙って見守った。結局、二人ともすぐに別れたけど。その後もオレは友人として柚鈴と交流した」

「その気持ちが、ずっと続いて?」

「いや。大学を卒業して、仕事が忙しくなってから諦めた。そのうち、職場も別々になって会うこともなくなったしな。だが、オレが去年ここの職場に転勤になって、久しぶりに会ったら……気持ちが再燃した」


 蒼井が自嘲気味に笑う。


「自分なりに、そこそこアプローチしたし、普通なら気付くだろうけど、手応えなし。ま、柚鈴ははっきり言わないと分からないからな」


 柚鈴は自分へ向けられる好意に酷く鈍い。

 両親や育ての祖父母を亡くしている。もしかしたら、自分に好意を寄せてくれた人を亡くすことを恐れているのかもしれない。

 だから、好意に気づかないように、見ないように、しているのかも。

 僕は蒼井に訊ねた。


「なぜ、その気持ちを伝えないのですか?」

「……こう見えて、本気の恋には臆病なんだ。大人になればなるほど、あれこれ考えて動けなくなる」


(なんだ。そんなことか)


 僕はあからさまにため息を吐いた。


「大人は動かないために、言い訳を探すんですね」

「……なんだと?」

「本気で好きなら、伝えればいいじゃないですか。それで動けなくなることも。そこから、どうすれば動けるようになるのか、二人で考えればいい。大人になるほど動けなくなるんじゃない。一人で勝手に考えて、動けなくなっているだけです」


 蒼井が目を見開いて絶句した。そのまま固まること数秒。苦笑いの声とともに、額に手を当てた。


「さすが、あの漫画の作者だ。青臭くて、突っ走る主人公と同じだな。初めて納得した」

「それは、どうも」

「…………おまえは、オレみたいになるなよ」

「心配しなくても、なりませんよ」

「やっぱり可愛くねぇな」


 歩きだした僕の背中に蒼井がポツリと呟く。


「じゃあ、少しだけ動いてみるか」


 僕は無言のまま会議室を後にした。
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