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出会った二人は……
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その頃、お城では――――――
舞踏会で楽しげにダンスをする人々を、一段高い場所にある椅子に座った皇太子が悩ましげに眺めていた。
今回の舞踏会は皇太子の妃選びも兼ねており、参加者から臣下まで見えない緊張感に包まれている。そのうち、しびれを切らしたように臣下の一人が皇太子に声をかけた。
「皇太子殿下、気になる方はおりましたでしょうか?」
「……この中にいると思うか?」
ざっと周囲を確認した臣下が苦笑いを浮かべる。
「見ただけでは分かりませんから。皇太子殿下、自らがお話になるべきかと」
「なら、そう命令してくれ」
「皇太子殿下に命令などできません」
きっぱり否定され落ち込みながらも、ゾクゾクという快感に皇太子殿下の顔が緩む。
「あぁ……誰か私にキツく命令をしてくれる理想の女性はいないか……」
皇太子殿下の呟きに臣下たちが一斉に目線をそらし、聞かなかったことにする。
(このドM趣味さえなければ有能で優秀な皇太子なのに)
全員が心の中でため息を吐く。今回の舞踏会も収穫はなしか、と諦めムードが漂い始めた時、それは起きた。
会場で踊っていた人々がざわめき、自然と引いて道ができる。その中心を少女が歩いてきた。
太陽のように輝く金髪を結い上げ、海のように青い大きな瞳を煌めかせ、水色のドレスの裾を揺らしながら進む。
神々しいまでの姿に周囲から感嘆のため息が零れる。
皇太子も例外ではなかったようで、硬直したように見惚れた。その様子に臣下が希望を持つ。
(妃候補が現れた!)
歓喜の雰囲気となり、空気が盛り上がる。しかし、皇太子から出た言葉は……
「なんて素敵な人なんだ。命令されたい。声をかけてくれないだろうか」
臣下たちは絶望した。女性たちは皇太子から話かけられること待つのが当然であるため、自分から声をかけることはない。ましてや命令なんて、ありえない。
(やはり、今回も……)
再び諦めムードが漂う。しかし、臣下たちの予想を裏切って少女はズンズンと進んでくる。勢いと気迫を背負ったまま少女が皇太子の前に立った。
椅子に座った皇太子を見下ろしたまま少女が無言で右手を出す。その態度に臣下たちが怒鳴った。
「無礼だぞ!」
「近衛兵! こいつをつまみ出せ!」
騒然とする会場。そこに皇太子の声が響いた。
「このままでよい!」
鋭い声に全員の視線が皇太子に集まる。そして、人々はまさかの光景に息を呑んだ。
恍惚な表情で差し出された少女の手をとる皇太子。その様子に満足そうな笑みを浮かべる少女。二人は無言のまま会場の真ん中へ移動してダンスを始めた。
長年連れ添ったパートナーのように踊る二人。その様子に羨望の眼差しが集まる。
皇太子が踊りながら少女に訊ねた。
「名は?」
「人に名を聞く時は自分から名乗りなさい、と教わりませんでしたか?」
見下すような冷えた少女の声。皇太子がうっとりと表情を崩す。
「これは、失礼した。プリンス・チャームだ」
「シンデレラと申します」
「シンデレラ……良き名だ」
「灰被りが良き名ですか」
視線を鋭くするシンデレラに皇太子の顔がますます崩れる。
「あぁ。灰被りに捨てられる灰になりたい」
「では、そのようにしましょう」
シンデレラが突然、手を離した。そのまま出口へと走る。
「なっ!? 待ってくれ!」
12時になろうとしている時計を横目にシンデレラが階段に足を踏み出した。
「待っ……うわっ!」
皇太子がバランスを崩し、シンデレラとともに階段を転がり落ちる。
「いたた……」
二人は顔をあげた。そして、叫んだ。
「「私がいるっ!?」」
お互いを指さして口をパクパクさせる。
ゴーン、ゴーン……と時間を知らせる鐘が響き、シンデレラのドレスがボロボロの服に戻った。
「はっ!? な、何が起きているんだ!?」
パニックになっているシンデレラに皇太子が早口で言った。
「いいですか? これから城下町にある赤い屋根の屋敷に行ってください。その屋敷の一番奥にある倉庫のような部屋があなたの部屋です」
「え? 赤い屋根? 倉庫?」
理解できない様子のシンデレラ。階上から臣下たちの声が響く。
「皇太子殿下! ご無事ですか!?」
応えようとしたシンデレラの両肩に皇太子が手を置く。
「今日から、あなたがシンデレラよ。行きなさい!」
「はい!」
ほぼ反射で返事をしたシンデレラはガラスの靴を残して城下町へと走った。
舞踏会で楽しげにダンスをする人々を、一段高い場所にある椅子に座った皇太子が悩ましげに眺めていた。
今回の舞踏会は皇太子の妃選びも兼ねており、参加者から臣下まで見えない緊張感に包まれている。そのうち、しびれを切らしたように臣下の一人が皇太子に声をかけた。
「皇太子殿下、気になる方はおりましたでしょうか?」
「……この中にいると思うか?」
ざっと周囲を確認した臣下が苦笑いを浮かべる。
「見ただけでは分かりませんから。皇太子殿下、自らがお話になるべきかと」
「なら、そう命令してくれ」
「皇太子殿下に命令などできません」
きっぱり否定され落ち込みながらも、ゾクゾクという快感に皇太子殿下の顔が緩む。
「あぁ……誰か私にキツく命令をしてくれる理想の女性はいないか……」
皇太子殿下の呟きに臣下たちが一斉に目線をそらし、聞かなかったことにする。
(このドM趣味さえなければ有能で優秀な皇太子なのに)
全員が心の中でため息を吐く。今回の舞踏会も収穫はなしか、と諦めムードが漂い始めた時、それは起きた。
会場で踊っていた人々がざわめき、自然と引いて道ができる。その中心を少女が歩いてきた。
太陽のように輝く金髪を結い上げ、海のように青い大きな瞳を煌めかせ、水色のドレスの裾を揺らしながら進む。
神々しいまでの姿に周囲から感嘆のため息が零れる。
皇太子も例外ではなかったようで、硬直したように見惚れた。その様子に臣下が希望を持つ。
(妃候補が現れた!)
歓喜の雰囲気となり、空気が盛り上がる。しかし、皇太子から出た言葉は……
「なんて素敵な人なんだ。命令されたい。声をかけてくれないだろうか」
臣下たちは絶望した。女性たちは皇太子から話かけられること待つのが当然であるため、自分から声をかけることはない。ましてや命令なんて、ありえない。
(やはり、今回も……)
再び諦めムードが漂う。しかし、臣下たちの予想を裏切って少女はズンズンと進んでくる。勢いと気迫を背負ったまま少女が皇太子の前に立った。
椅子に座った皇太子を見下ろしたまま少女が無言で右手を出す。その態度に臣下たちが怒鳴った。
「無礼だぞ!」
「近衛兵! こいつをつまみ出せ!」
騒然とする会場。そこに皇太子の声が響いた。
「このままでよい!」
鋭い声に全員の視線が皇太子に集まる。そして、人々はまさかの光景に息を呑んだ。
恍惚な表情で差し出された少女の手をとる皇太子。その様子に満足そうな笑みを浮かべる少女。二人は無言のまま会場の真ん中へ移動してダンスを始めた。
長年連れ添ったパートナーのように踊る二人。その様子に羨望の眼差しが集まる。
皇太子が踊りながら少女に訊ねた。
「名は?」
「人に名を聞く時は自分から名乗りなさい、と教わりませんでしたか?」
見下すような冷えた少女の声。皇太子がうっとりと表情を崩す。
「これは、失礼した。プリンス・チャームだ」
「シンデレラと申します」
「シンデレラ……良き名だ」
「灰被りが良き名ですか」
視線を鋭くするシンデレラに皇太子の顔がますます崩れる。
「あぁ。灰被りに捨てられる灰になりたい」
「では、そのようにしましょう」
シンデレラが突然、手を離した。そのまま出口へと走る。
「なっ!? 待ってくれ!」
12時になろうとしている時計を横目にシンデレラが階段に足を踏み出した。
「待っ……うわっ!」
皇太子がバランスを崩し、シンデレラとともに階段を転がり落ちる。
「いたた……」
二人は顔をあげた。そして、叫んだ。
「「私がいるっ!?」」
お互いを指さして口をパクパクさせる。
ゴーン、ゴーン……と時間を知らせる鐘が響き、シンデレラのドレスがボロボロの服に戻った。
「はっ!? な、何が起きているんだ!?」
パニックになっているシンデレラに皇太子が早口で言った。
「いいですか? これから城下町にある赤い屋根の屋敷に行ってください。その屋敷の一番奥にある倉庫のような部屋があなたの部屋です」
「え? 赤い屋根? 倉庫?」
理解できない様子のシンデレラ。階上から臣下たちの声が響く。
「皇太子殿下! ご無事ですか!?」
応えようとしたシンデレラの両肩に皇太子が手を置く。
「今日から、あなたがシンデレラよ。行きなさい!」
「はい!」
ほぼ反射で返事をしたシンデレラはガラスの靴を残して城下町へと走った。
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