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雪斗の逆鱗
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最初は緊張もあったがライオネルの話はモデルとして興味深いことが多く、かなり勉強になった。酒は飲んでいないのに、ふわふわとした心地よい気分になる。
雪斗は頬を緩めて本心から会話を楽しんでいた。
「正直なところ、高級なお店での食事って緊張してお腹いっぱいにならないのですが、このお店は美味しい上にお腹いっぱいになって幸せです」
素直な褒め言葉にライオネルが頷く。
「だろう? ここは祖母が里帰りをするたびに通っていた店なんだ」
「日本へ里帰り?」
「あぁ。祖母が日本人でね」
「それで日本語が上手なんですね」
「日本語の発音と作法に厳しい人だった」
ライオネルが懐かしむように日本酒を口につける。それから、雪斗の方へ顔を向けた。
「おかげで、こうして君と会話を楽しむことができる。祖母に感謝だな」
穏やかだが、真剣な眼差し。その瞳に見つめられると心がざわつく。
雪斗はそんな気持ちから逃げるように湯呑みへ視線を落とした。
「べ、別にあなたが日本語を話せなくても英語ぐらい話せますから」
「おや、そうだったか。それは失礼した」
目だけで覗き見れば、大人びた笑みをしているライオネル。
その笑顔に胸の奥が熱くなり、なんとなく恥ずかしくなった雪斗は無言のまま俯いた。
こうして美味しい食事と、心地よくも魔法のような時間はあっという間に過ぎ去って――――――
すっかり暗くなった住宅街。
料理を食べ終えた二人はタクシーが走る大通りまでのんびり歩くことにした。
「楽しい時間だったな」
「……それは良かったです」
僕も、という言葉を呑み込む雪斗。
隣から伝わる温もりが優しく感じるのは、陽が落ちて肌寒くなってきたから。
決して……
「君と離れるのが惜しいぐらいだ」
考えていたことを言われて胸がキュッとなる。
雪斗は誤魔化すように軽く笑った。
「酔っているんですか? 日本酒は飲みやすいですし、結構飲んでいましたもんね。あ、そこの自販機で水を買って、公園で飲みましょう」
薄暗い道の中でぼんやりと輝く自販機。
急いで駆けた雪斗は水のペットボトルを買って戻った。
「はい、どうぞ」
すぐ近くにあった公園のベンチに二人で座る。
「ありがとう」
水を受け取ったライオネルはそのまま蓋を開けて一口飲むと夜空を見上げた。
「……ここは、あまり星が見えないんだな」
「住宅街で明るいですから」
「祖母が幼いころは、この辺りは田んぼばかりで夜は星が綺麗だったそうだ」
「そうですか」
少し冷えた風が吹く。
それが少し火照った頬には丁度良くて。
(このまま、時が止まってしまえばいいのに)
と、柄にでもないことが浮かぶ。
(いや! いや! いや! 何を考えているだ!)
ブンブンと頭を振ったところで、ライオネルが声をかけてきた。
「どうした? 虫でもいたか?」
「いえ、なんでもないです」
すぐに澄ましたモデル顔で答える。
そんな雪斗にライオネルがふわりと笑った。
「君といると楽しいな」
「ど、どういう意味です!? そんなに変なことばかりしてます!?」
初めての撮影でやらかしたのは認める。だが、それ以降は普通に対応したはずだ。
「いや、そう意味ではなく……そうだ。これは、内密の話なんだが」
「なんです?」
モデルの仕事は表に出るまでに時間がかかることも多く、守秘義務の情報も多い。そこら辺の事情は同業者として理解しているつもりだ。
「とある日本企業からCMのオファーが来ているんだが、そのCMの曲選びに難攻していてな。なかなかイメージに合う曲がないんだ」
「はあ」
話の流れが見えない雪斗が生返事をする。
「そこで、ネットに投稿されていたイメージにピッタリな曲をたまたま見つけたんだが、配信者について調べたら君の同居人だった」
「え?」
幼馴染でもあり、同居人でもある颯真は自作した曲をネットに投稿していた。趣味の延長で有名ではないが、固定のファンもいる。
そして、颯真には言っていないが、雪斗はこのことについて裏で駆け引きを持ちかけられたこともあった。
幼馴染の曲を仕事として採用する代わりに体の関係を迫られ……
「君の答え次第では、彼の曲をCMに推薦しようと考えているのだが、どうだ?」
その時のおぞましい記憶が一気に蘇る。ゾワリと全身の毛が逆立ち、怒りが込み上げてきて。
「…………おまえも、あいつらと同じか」
先程までの食事で回復しつつあったライオネルの評価が再び落ちる。己の欲望のために相手の弱みにつけこむ、最低な人間。
「あいつら?」
疑問の声をかきけすように雪斗が叫んだ。
「そうやって、利用するのか!」
勢いよく立ち上がり、ライオネルを見下ろす。
淡い髪が怒りに燃えあがり、色素の薄い茶色の瞳が鬱憤に染まる。
「颯真には才能がある! そんなことをしなくても、あいつは実力でメジャーデビューする! 僕の体が目的なら、そう言え! あいつの曲を利用するな!」
怒鳴った雪斗に深緑の瞳が丸くなる。それから、顔をそらすことなく真剣な眼差しで言った。
雪斗は頬を緩めて本心から会話を楽しんでいた。
「正直なところ、高級なお店での食事って緊張してお腹いっぱいにならないのですが、このお店は美味しい上にお腹いっぱいになって幸せです」
素直な褒め言葉にライオネルが頷く。
「だろう? ここは祖母が里帰りをするたびに通っていた店なんだ」
「日本へ里帰り?」
「あぁ。祖母が日本人でね」
「それで日本語が上手なんですね」
「日本語の発音と作法に厳しい人だった」
ライオネルが懐かしむように日本酒を口につける。それから、雪斗の方へ顔を向けた。
「おかげで、こうして君と会話を楽しむことができる。祖母に感謝だな」
穏やかだが、真剣な眼差し。その瞳に見つめられると心がざわつく。
雪斗はそんな気持ちから逃げるように湯呑みへ視線を落とした。
「べ、別にあなたが日本語を話せなくても英語ぐらい話せますから」
「おや、そうだったか。それは失礼した」
目だけで覗き見れば、大人びた笑みをしているライオネル。
その笑顔に胸の奥が熱くなり、なんとなく恥ずかしくなった雪斗は無言のまま俯いた。
こうして美味しい食事と、心地よくも魔法のような時間はあっという間に過ぎ去って――――――
すっかり暗くなった住宅街。
料理を食べ終えた二人はタクシーが走る大通りまでのんびり歩くことにした。
「楽しい時間だったな」
「……それは良かったです」
僕も、という言葉を呑み込む雪斗。
隣から伝わる温もりが優しく感じるのは、陽が落ちて肌寒くなってきたから。
決して……
「君と離れるのが惜しいぐらいだ」
考えていたことを言われて胸がキュッとなる。
雪斗は誤魔化すように軽く笑った。
「酔っているんですか? 日本酒は飲みやすいですし、結構飲んでいましたもんね。あ、そこの自販機で水を買って、公園で飲みましょう」
薄暗い道の中でぼんやりと輝く自販機。
急いで駆けた雪斗は水のペットボトルを買って戻った。
「はい、どうぞ」
すぐ近くにあった公園のベンチに二人で座る。
「ありがとう」
水を受け取ったライオネルはそのまま蓋を開けて一口飲むと夜空を見上げた。
「……ここは、あまり星が見えないんだな」
「住宅街で明るいですから」
「祖母が幼いころは、この辺りは田んぼばかりで夜は星が綺麗だったそうだ」
「そうですか」
少し冷えた風が吹く。
それが少し火照った頬には丁度良くて。
(このまま、時が止まってしまえばいいのに)
と、柄にでもないことが浮かぶ。
(いや! いや! いや! 何を考えているだ!)
ブンブンと頭を振ったところで、ライオネルが声をかけてきた。
「どうした? 虫でもいたか?」
「いえ、なんでもないです」
すぐに澄ましたモデル顔で答える。
そんな雪斗にライオネルがふわりと笑った。
「君といると楽しいな」
「ど、どういう意味です!? そんなに変なことばかりしてます!?」
初めての撮影でやらかしたのは認める。だが、それ以降は普通に対応したはずだ。
「いや、そう意味ではなく……そうだ。これは、内密の話なんだが」
「なんです?」
モデルの仕事は表に出るまでに時間がかかることも多く、守秘義務の情報も多い。そこら辺の事情は同業者として理解しているつもりだ。
「とある日本企業からCMのオファーが来ているんだが、そのCMの曲選びに難攻していてな。なかなかイメージに合う曲がないんだ」
「はあ」
話の流れが見えない雪斗が生返事をする。
「そこで、ネットに投稿されていたイメージにピッタリな曲をたまたま見つけたんだが、配信者について調べたら君の同居人だった」
「え?」
幼馴染でもあり、同居人でもある颯真は自作した曲をネットに投稿していた。趣味の延長で有名ではないが、固定のファンもいる。
そして、颯真には言っていないが、雪斗はこのことについて裏で駆け引きを持ちかけられたこともあった。
幼馴染の曲を仕事として採用する代わりに体の関係を迫られ……
「君の答え次第では、彼の曲をCMに推薦しようと考えているのだが、どうだ?」
その時のおぞましい記憶が一気に蘇る。ゾワリと全身の毛が逆立ち、怒りが込み上げてきて。
「…………おまえも、あいつらと同じか」
先程までの食事で回復しつつあったライオネルの評価が再び落ちる。己の欲望のために相手の弱みにつけこむ、最低な人間。
「あいつら?」
疑問の声をかきけすように雪斗が叫んだ。
「そうやって、利用するのか!」
勢いよく立ち上がり、ライオネルを見下ろす。
淡い髪が怒りに燃えあがり、色素の薄い茶色の瞳が鬱憤に染まる。
「颯真には才能がある! そんなことをしなくても、あいつは実力でメジャーデビューする! 僕の体が目的なら、そう言え! あいつの曲を利用するな!」
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