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駆ける花と、逃げる本
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差し込んできた眩しい光に私は思わず目を細めた。
青い空に浮かぶ二つの太陽。何回見ても慣れない光景。
「今は太陽が二つなのね」
「一つはもうすぐ沈みますけどね」
「そういえば、どうやって行くの? 歩いて?」
「いえ。花駆けで行きます」
「花駆け?」
私の問いに答える前に、白い手が優しく足元の花を摘んで息を吹きかけた。すると、花がむくむくと巨大化して、熊ぐらいの大きさに。
小さな体が軽やかに花の部分に乗る。
「乗ってください」
「私が乗っても大丈夫なの?」
「はい」
差し出された手を掴んでラディの隣に座ると、景色が後ろに流れた。
「……シュールすぎでしょ」
二歩脚で地面を駆ける巨大な花。乗り心地はさほど悪くないから、それが余計に……
現実から目を逸らすように上を見れば、遥か上空に浮かぶ島と、魚。
……魚!?
目をこすっても、瞬きをしても、消えることはない。つまり、幻ではない。
私は慌てて隣に座るラディの肩を叩いた。
「ちょっ、ねぇ! 魚が空を泳いでいるんだけど!?」
「魚は空を泳ぐものでしょう?」
何を言っているんだ? と言わんばかりの口調。しかも、紺碧の瞳は私の反応を楽しんでいて。
なんとなく腹が立ち、ムッとしながら訊ねた。
「じゃあ、鳥は?」
「鳥は地中を飛ぶものです」
「飛ぶの意味が……じゃあ、水の中には何がいるの?」
「何を言っているんです?」
「え?」
「水は通路でしょ。繋がっている先は不明ですけど」
「水がどこかに繋がっているなら、お風呂はどうすれば!?」
体の洗浄は魔法で済ませてきたけど、そろそろ湯に浸かりたい。
すると、可愛らしい眉間にシワを寄せて呆れたような声が。
「風呂は風呂ですよ。何を言っているんです?」
「なんか理不尽!」
怒った私を見ながらラディが楽しげに笑う。
「まったく。本当に見ていて飽きないですね」
「なんか悔しい!」
ショタの笑顔なのに不快な感情の方が勝るなんて!
複雑な気持ちのまま案内された先は、巨大な大木をくり抜いた中に造られた大きな建物だった。
全体が視界に収まらないほどの巨木。その中心には、サグラダファミリアのようなツンツンとした形の高い建物。
「えっと……なんで、木の中に建物が?」
「本が安心するからです」
「……」
理解することを放棄した私の前で、背の高い両開きのドアが開く。
「うわぁ……」
視界いっぱいに広がる本棚。しかも柱のように天井まで伸びていて……その天井が高すぎて見えない。
「これ、どうやって目的の本を探せば……」
私の声に一部の本が本棚から飛び出した。私から逃げるように本が飛ぶ、駆ける、這う。
「欲しい情報が載っている本ほど、よく逃げます。わかりやすいでしょう?」
「わかりやすくて、ムカつくんだけど」
私は足元を這っていた絵本を手にとった。
『六つ目の太陽が現れる時、世界は闇に包まれ、滅びの道へと進む』
この世界は全部で五つの太陽がある。すべてが空に現れることはないが常に太陽があるため、この世界の人は夜を知らず、睡眠を必要としない。
そして、人々は暗闇を極度に恐れている。
原因の一つと思われるのが、この絵本。
どこの家にも一冊はあり、最初にこれを読んで育つという。
「むしろ、恐れるように仕向けている気がする」
呟きながら絵本を床に下ろすと、ズササササーと絵本が素早い動きで本棚へ戻った。
最初に這っていたのが嘘のような速度。
「……つまり、知っている内容の本は捕まえやすくて、欲しい情報がのっている本は捕まえにくいってこと?」
「そういうことです。まぁ、人によっては捕まえられませんけどね。手伝うことは禁止されているので、ご自分で頑張ってください」
差し出されたのは、虫取り編み。その先には小首を傾げた可愛らしい美少年の笑顔。
それだけで、私のヤル気が天元突破する。
「やってやろうじゃない!」
私は虫取り編みを片手に走り出した。
「……ちょ、休憩」
ゼェ、ハァ、と息を切らしながら机に突っ伏す。頭元に置いた鳥かごの中には、体力と引き換えに捕まえた数冊の本。
私の反対側には、ティーセットを前にして優雅にお茶を飲むラディ。しかも、窓からカーテンのように差し込む光がキラキラと照らして絵画の天使像のよう。
これで中身が大人じゃなかったら、と悲しみに沈む。
ようやく息が整ってきた私は思考を現実に戻した。
「どの本を読もうかしら」
頭の中に知りたい情報を浮かべると、鳥かごの中にある一冊の本が盛大に動いた。
「つまり、この本に載っているってこと。確かに便利かも」
私は鳥かごに手を入れて本を掴んだ。すると、あれだけ暴れていた本が静かになる。
「これなら、落ち着いて読めるわ。えっと、太陽が五つあるのに気温と重力が一定な理由は……」
この世界は様々な管理人によって管理され、髪の色が管理しているモノを表す。
気温は火炎管理人で赤髪。
重力は地中管理人で茶髪。
気候は風音管理人で緑髪。
水系は水海管理人で青髪。
他にも管理人がいるが、この世界が住み良いのはこの四大管理人たちによる力が大きい。
「だから、太陽が三つの時も一つの時も気温が変わらなかったのね」
私はふと正面に座るラディを見た。太陽のように輝く金髪。これは、何を表しているのか。
「……ま、いっか」
それよりも、今は少しでも情報を集めないと。
「次は太陽の軌道ような記録がある本……」
バサッバサッバサッ!
分厚い本が盛大に飛び立った。
「あの本ね!」
目で追っても追い付かないほどの速さで天井へ姿を消した本。
「それだけ欲しい情報が書いてあるってことね」
元天文物理学者として太陽の軌道は非常に気になる。何が何でも読みたい。
『羊角風よ、薄紗となりて我が足と舞い踊れ』
この世界でも前の世界の魔法が使えるため、私は使い慣れた魔法を詠唱した。
足に風が絡み、私の体を浮き上がらせる。
トンッと軽やかに床を蹴って、空中へ身を躍らした。
「待ちなさい!」
私の声に本がビクッと反応した後、飛ぶ速度をあげる。
「逃がさないわよ!」
私は本棚に手をかけ、蹴りを入れ、ひたすら本を追いかけた。無駄に広い書籍館が憎い。
そんな私に対して、ラディはお茶をすすりながら眺めるだけ。
「若者は元気ですねぇ」
ほのぼのとした声に怒りが沸くが、外見が超絶美少年のため、その光景は眼福でしかない……けど、やっぱり悔しい。
「少しぐらい手伝ってくれてもいいじゃない!」
「手伝って捕まえた本は固く閉じられて中が読めませんが、それでもいいですか?」
「やっぱり、そのままでいいわ!」
私は叫び声を力に変えて、近くにあった本棚の側板を思いっきり蹴った。そのまま全身を伸ばして本に体当たりする。
「やった!」
喜びとともに、ようやく捕まえた本を抱え込む。
「ハッ!」
そこで魔力が切れて、体が落下を始めた。
「キャー!」
衝撃に備え、本を胸に抱えて体を丸くする。
ドン!
背中と膝下に衝撃はあったけど、痛みはない。それから、爽やかなレモンの香りに包まれた。
「え?」
恐る恐る目を開けると、焦りに染まった紺碧の瞳が見下ろしていて。
「え? えぇ? えぇぇぇ!?」
私の体を支える小さな手と、細い腕。まさかのお姫様抱っこ!
(どこに、そんな力が!?)
呆然としている私の顔をラディが覗き込む。
「大丈夫ですか?」
いつもの呆れたり、からかったりしている様子はなく、真剣な声音。余裕がないラディの表情に思わず胸が跳ねる。
「あ、ううん、なんでもない! ありがとう」
私は急いで立ち上がった。それから、胸に抱えている本に視線を落とす。
「そういえば、これも手伝ってもらったことになるの?」
ここまで頑張って中身が読めないなんて、残念なことになりたくない。
「いえ。本を捕まえた後のことなので、手伝ったことにはなりません」
「それなら良かった。さっそく読もう!」
私はこれから読める本の内容に期待を膨らませて席へ移動した。
ラディが赤くなった頬を隠すように顔を背けたことに気づかないまま。
青い空に浮かぶ二つの太陽。何回見ても慣れない光景。
「今は太陽が二つなのね」
「一つはもうすぐ沈みますけどね」
「そういえば、どうやって行くの? 歩いて?」
「いえ。花駆けで行きます」
「花駆け?」
私の問いに答える前に、白い手が優しく足元の花を摘んで息を吹きかけた。すると、花がむくむくと巨大化して、熊ぐらいの大きさに。
小さな体が軽やかに花の部分に乗る。
「乗ってください」
「私が乗っても大丈夫なの?」
「はい」
差し出された手を掴んでラディの隣に座ると、景色が後ろに流れた。
「……シュールすぎでしょ」
二歩脚で地面を駆ける巨大な花。乗り心地はさほど悪くないから、それが余計に……
現実から目を逸らすように上を見れば、遥か上空に浮かぶ島と、魚。
……魚!?
目をこすっても、瞬きをしても、消えることはない。つまり、幻ではない。
私は慌てて隣に座るラディの肩を叩いた。
「ちょっ、ねぇ! 魚が空を泳いでいるんだけど!?」
「魚は空を泳ぐものでしょう?」
何を言っているんだ? と言わんばかりの口調。しかも、紺碧の瞳は私の反応を楽しんでいて。
なんとなく腹が立ち、ムッとしながら訊ねた。
「じゃあ、鳥は?」
「鳥は地中を飛ぶものです」
「飛ぶの意味が……じゃあ、水の中には何がいるの?」
「何を言っているんです?」
「え?」
「水は通路でしょ。繋がっている先は不明ですけど」
「水がどこかに繋がっているなら、お風呂はどうすれば!?」
体の洗浄は魔法で済ませてきたけど、そろそろ湯に浸かりたい。
すると、可愛らしい眉間にシワを寄せて呆れたような声が。
「風呂は風呂ですよ。何を言っているんです?」
「なんか理不尽!」
怒った私を見ながらラディが楽しげに笑う。
「まったく。本当に見ていて飽きないですね」
「なんか悔しい!」
ショタの笑顔なのに不快な感情の方が勝るなんて!
複雑な気持ちのまま案内された先は、巨大な大木をくり抜いた中に造られた大きな建物だった。
全体が視界に収まらないほどの巨木。その中心には、サグラダファミリアのようなツンツンとした形の高い建物。
「えっと……なんで、木の中に建物が?」
「本が安心するからです」
「……」
理解することを放棄した私の前で、背の高い両開きのドアが開く。
「うわぁ……」
視界いっぱいに広がる本棚。しかも柱のように天井まで伸びていて……その天井が高すぎて見えない。
「これ、どうやって目的の本を探せば……」
私の声に一部の本が本棚から飛び出した。私から逃げるように本が飛ぶ、駆ける、這う。
「欲しい情報が載っている本ほど、よく逃げます。わかりやすいでしょう?」
「わかりやすくて、ムカつくんだけど」
私は足元を這っていた絵本を手にとった。
『六つ目の太陽が現れる時、世界は闇に包まれ、滅びの道へと進む』
この世界は全部で五つの太陽がある。すべてが空に現れることはないが常に太陽があるため、この世界の人は夜を知らず、睡眠を必要としない。
そして、人々は暗闇を極度に恐れている。
原因の一つと思われるのが、この絵本。
どこの家にも一冊はあり、最初にこれを読んで育つという。
「むしろ、恐れるように仕向けている気がする」
呟きながら絵本を床に下ろすと、ズササササーと絵本が素早い動きで本棚へ戻った。
最初に這っていたのが嘘のような速度。
「……つまり、知っている内容の本は捕まえやすくて、欲しい情報がのっている本は捕まえにくいってこと?」
「そういうことです。まぁ、人によっては捕まえられませんけどね。手伝うことは禁止されているので、ご自分で頑張ってください」
差し出されたのは、虫取り編み。その先には小首を傾げた可愛らしい美少年の笑顔。
それだけで、私のヤル気が天元突破する。
「やってやろうじゃない!」
私は虫取り編みを片手に走り出した。
「……ちょ、休憩」
ゼェ、ハァ、と息を切らしながら机に突っ伏す。頭元に置いた鳥かごの中には、体力と引き換えに捕まえた数冊の本。
私の反対側には、ティーセットを前にして優雅にお茶を飲むラディ。しかも、窓からカーテンのように差し込む光がキラキラと照らして絵画の天使像のよう。
これで中身が大人じゃなかったら、と悲しみに沈む。
ようやく息が整ってきた私は思考を現実に戻した。
「どの本を読もうかしら」
頭の中に知りたい情報を浮かべると、鳥かごの中にある一冊の本が盛大に動いた。
「つまり、この本に載っているってこと。確かに便利かも」
私は鳥かごに手を入れて本を掴んだ。すると、あれだけ暴れていた本が静かになる。
「これなら、落ち着いて読めるわ。えっと、太陽が五つあるのに気温と重力が一定な理由は……」
この世界は様々な管理人によって管理され、髪の色が管理しているモノを表す。
気温は火炎管理人で赤髪。
重力は地中管理人で茶髪。
気候は風音管理人で緑髪。
水系は水海管理人で青髪。
他にも管理人がいるが、この世界が住み良いのはこの四大管理人たちによる力が大きい。
「だから、太陽が三つの時も一つの時も気温が変わらなかったのね」
私はふと正面に座るラディを見た。太陽のように輝く金髪。これは、何を表しているのか。
「……ま、いっか」
それよりも、今は少しでも情報を集めないと。
「次は太陽の軌道ような記録がある本……」
バサッバサッバサッ!
分厚い本が盛大に飛び立った。
「あの本ね!」
目で追っても追い付かないほどの速さで天井へ姿を消した本。
「それだけ欲しい情報が書いてあるってことね」
元天文物理学者として太陽の軌道は非常に気になる。何が何でも読みたい。
『羊角風よ、薄紗となりて我が足と舞い踊れ』
この世界でも前の世界の魔法が使えるため、私は使い慣れた魔法を詠唱した。
足に風が絡み、私の体を浮き上がらせる。
トンッと軽やかに床を蹴って、空中へ身を躍らした。
「待ちなさい!」
私の声に本がビクッと反応した後、飛ぶ速度をあげる。
「逃がさないわよ!」
私は本棚に手をかけ、蹴りを入れ、ひたすら本を追いかけた。無駄に広い書籍館が憎い。
そんな私に対して、ラディはお茶をすすりながら眺めるだけ。
「若者は元気ですねぇ」
ほのぼのとした声に怒りが沸くが、外見が超絶美少年のため、その光景は眼福でしかない……けど、やっぱり悔しい。
「少しぐらい手伝ってくれてもいいじゃない!」
「手伝って捕まえた本は固く閉じられて中が読めませんが、それでもいいですか?」
「やっぱり、そのままでいいわ!」
私は叫び声を力に変えて、近くにあった本棚の側板を思いっきり蹴った。そのまま全身を伸ばして本に体当たりする。
「やった!」
喜びとともに、ようやく捕まえた本を抱え込む。
「ハッ!」
そこで魔力が切れて、体が落下を始めた。
「キャー!」
衝撃に備え、本を胸に抱えて体を丸くする。
ドン!
背中と膝下に衝撃はあったけど、痛みはない。それから、爽やかなレモンの香りに包まれた。
「え?」
恐る恐る目を開けると、焦りに染まった紺碧の瞳が見下ろしていて。
「え? えぇ? えぇぇぇ!?」
私の体を支える小さな手と、細い腕。まさかのお姫様抱っこ!
(どこに、そんな力が!?)
呆然としている私の顔をラディが覗き込む。
「大丈夫ですか?」
いつもの呆れたり、からかったりしている様子はなく、真剣な声音。余裕がないラディの表情に思わず胸が跳ねる。
「あ、ううん、なんでもない! ありがとう」
私は急いで立ち上がった。それから、胸に抱えている本に視線を落とす。
「そういえば、これも手伝ってもらったことになるの?」
ここまで頑張って中身が読めないなんて、残念なことになりたくない。
「いえ。本を捕まえた後のことなので、手伝ったことにはなりません」
「それなら良かった。さっそく読もう!」
私はこれから読める本の内容に期待を膨らませて席へ移動した。
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