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怪物のいた村、1997

怪物のいた村、1997 第八話

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 その日を終えると、それまでの日常が崩れ、地続きではない非日常の明日が待ち構えていると思っていた。

 だけど翌朝になっても、僕の家に警察が訪ねてくることはなかった。いつもと同じように、母が、おはよう、と言って、父はもう仕事に出ていて、窓越しに見える家の前の通りには、足早に、学校や仕事へと向かうひとの姿がぽつぽつとある。

 何も変わらない、朝だ。

 いや昨夜の遅く僕が眠るまで降り続けていた雨は、すでに上がっていて、僕を見下ろす太陽はいつもより鮮やかに見えた。とても綺麗な空は昨日の出来事を嘘のように思わせるが、もちろんそんな都合の良いことはない。

 太陽は僕のためにあるのではなく、僕の想いや状況など関係なく、美しい時は美しい。

 僕は確かに岩肩を殺した、とこの手が覚えている。外へ行くのが怖い。学校が怖い。目に入る人間、すべてが怖い。いつもと同じ日常はもう壊れる時を待っているだけで、あとはそれがどのタイミングで訪れるか、という話でしかない。いっそ早くその瞬間が来てくれ、と思いながらも、自分から罪を家族に告白する度胸もなく、ただ待つことしかできなかった。

 その瞬間がやってきたのは、学校に着いてすぐのことだ。
 だけど僕を迎えた非日常は想像していたよりも、もっと歪なものだった。

「岩肩が行方不明になった、らしい」

 教室に入ると、岩肩の話題で持ち切りになっていて、だけどそれは岩肩が死んだ、という話ではなかった。行方不明になった、と聞かされた時、僕は自分の頭がおかしくなったのか、とまず自分自身の頭を疑い、次に考えたのが、彼が実は生きていた、という可能性だが、あの様子で生きているとは思えないし、仮に生きていたとしても病院に行くか、途中でまた倒れるか、僕に復讐しに来るか……、どんな形にしても行方不明にはならないだろう。

 トイレの死体がまだ見つかっていないのか、とも思ったが、この時間まで誰も公園のトイレを利用しないなんてあるだろうか。朝に、あそこを利用しているひとは意外と多い。僕は敢えていつもの通学路を避けて、公園を通らずにきたのだが、それを後悔するほど、いまの公園の様子が気になりはじめた。

 放課後になっても、僕を、人殺し、と糾弾する声はひとつもないままだった。

 僕は学校が終わると、誰よりも早く教室を出て、僕は岩肩を殺したあのトイレに向かう。公園には親子連れが二組、ベンチの辺りでのんびりと話しているだけだった。

 男子トイレに入ると、そこには誰もいなかった。死体もない。

「どうしたの?」
 と僕の肩が叩かれ、心臓がびくりと強く音を立てた。

 先生、だった。

「どうして……、ここ男子トイレ……」

 無理やり絞り出した声は震えていた。

「死体なら、私がもう片付けた」
 と先生は何でもないことのように僕に言って、ちいさく口の端を上げた。
「なんで……」
「なんで? でも私が片付けないと捕まってたでしょ。捕まりたかったのかな?」

 僕は首を横に振ることしかできなかった。なんで、彼女が僕の罪を知っている。なんで、彼女が死体を片付けた。なんで、トイレに僕が来るのと同じタイミングで現れることができた。この、なんで、には色々な意味が含まれていたが、先生を前にして具体的に説明する余裕なんて僕にはなかった。

「まぁ説明してあげるから、ちょっと付いてきなさいな」
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