夏夜と死の怪談会

サトウ・レン

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相瀬縁

女王と神のいた場所 中編

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 どこにでもいる平凡で善良なおばさん、っていう表現は、そのひとの個性を無視するあまり感じのよくない言葉だ、ってのは分かっているけれど、その同級生のお母さん……、じゃあハルエさんにしておこうか。もちろん仮名。私は鈴木さんとは違って、イニシャルは使わないから。

 いえいえ、別に嫌味でもさっきの順番を奪われた仕返しでもないですよ、鈴木さん。
 そうやって反発するようなことを言うのは、後ろめたさがある証拠じゃないですか?
 あぁごめん。話を戻すね。口論なんて時間の無駄だから。

 ハルエさんはすくなくとも、私、という視点に立った時に関しては、そう、どこにでもいる平凡で善良で、ひとを信じ込みやすく、母の標的になりやすそうなタイプだった。同級生の母親、って言っても、別に私とその同級生の子は仲が良いわけでもなかった。母も私たち子ども同士の関係についてはどうでもいいと思ってたはず。それどころか騙す対象だったわけだから、仲が悪いほうがいいくらいに考えていたんじゃないかな。

 もし仮に私たちの仲が良かったら、その子の存在が私のストッパーになってくれたかもしれないね。

「えっ、この子に」
「えぇそう。大丈夫。私とこの子に心を委ねてくれればいいから」

 ハルエさんはとても驚いた顔をしてた。私を挟んでの、ふたりの会話だったけど、私に口を挟むタイミングはなかったし、母がそれを嫌がる心は、簡単に読み取ることができた。この特殊な力が、もし私に備わっていなかったとしても気付けたかな。そう思えるくらい、母は分かりやすかった。

 誰か、というのは事前には聞かされてなかったけれど、何をすればいいのか、っていうのは事前に聞かされてた。と言っても、事細かく指示されてたわけでもなんでもないけど。

「ただ話を聞いてあげて。ゆっくりしたトーンで、はっきりと、自分は偉いんだぞ、って気持ちで、あなたがこのひとにとって良いと思えることを、言ってあげなさい。変に遠慮しては駄目よ」

 母にはそう言われてた。
 私はハルエさんと正面に向き合って、彼女の相談を聞いた。私はむかしからいまでも、ひとの話を聞いてばかりの人生だけど、こう改まって相談を受けた最初の相手は、この時のハルエさんだった。

 子どもながらに聞いても、ただただ退屈な話だった。そして不思議だったのが、娘の同級生の、しかも小学生にこれを話せる神経。まぁそれこそがハルエさんが母を信じ切ってる証、だったとは思うんだけどね。

 ハルエさんが私にとってどこにでもいる平凡なひとだったのと同様、その話の内容も、どこにでも転がっているような内容だった。と言っても、その頃の私はいまみたいに色々な人生を知っているわけでもなかったから、もちろんその時は心の底から驚いてたんだけどね。あとはどこの家庭も外側からでは見えない苦労や悲しみを抱えてるんだな、って同級生への同情もあったかな。

 結構長い話だった。でも無駄な部分が多くて、本題はその話の中の二割くらい。ハルエさん、わざわざ自分の幼少期の頃、どんなひどい環境を生き抜いてきたのか、どんな家族のもと育ってきたのかを事細かく話してくれた。話の下手なひとの悪い部分を煮詰めたような内容だった。

 だけど何かを相談しに来るひと、って大抵そうなんだけどね。別にハルエさんに限った話じゃない。いまでも占いの時に、そのまま人生相談になるひとは多いけど、会話だけで満足して帰っていくひとは結構いる。とにかく聞いて欲しい、って焦りも相まって、会話のキャッチボールが下手になる。もともと下手なのに、ね。

 要点だけ拾い出せば、旦那さんがたまに手も出る、暴言だらけの男ですごくしんどい思いをしている中、とても素敵な男性と出会って、不倫関係になった。さてどうしましょう。これだけの話。

 ねぇこんな話を小学生に相談に来る? まぁ来たんだからいるんでしょうね。私たちが知らないだけで、いない、と決め付けてしまうのは、傲慢な考えかもしれないね。

 まぁそれだけ母の、ひとの懐に入り込む能力が異常だった、ってことでしょう。

 私がやることは、たいしたことじゃない。別に難しい説教を聞かせるわけでもなく、ただ相手の言葉に肯定か否定をすればいいだけ。別にそれが正しいかどうかも関係ない。相手がどっちを望んでいるかを自分の能力に沿って。相手が肯定を望むタイプの人間ならば肯定をすればいいし、相手が否定を望むタイプの人間ならば否定をすればいい。大体、肯定の場合が多いんだけどね。彼らは結局、最後にもうひとつ背を押して欲しい、それだけ、なんだから。そしてその結果、相手が好ましい道を進むとは限らない。元々の望んだ先にある選択肢が外れなら、もう私にはどうしようもない。

 外れだって分かってても、相手が望むものを答えるのか、って?
 うん、そうだね。たとえ破滅する、って分かっていても。私はそう答える。母がそうしろ、って言ったから。別に自発的にやっていたことでもなく、私は母の言う通りに行動していただけだから。

 仮に私の言葉がハルエさんをはじめとした相談者たちを、あるいは母を、絶望の淵に落としたとしても、私の知ったこっちゃない、というのが正直な気持ち。私は命令されて嫌々やってるだけなんだから。すくなくとも母に関しては、いっそ落ちてしまえ、って思ってたくらい。じゃあなんで母の望む行動を取ってたか、って……?

 そんなの母が怖くて、鋭い人間だったからに決まってる。敵には回したくなかった。
 あぁ、で、ハルエさんなんだけど、彼女は離婚と、そして不倫相手の離婚を望んでいて、それを肯定して欲しい、って分かったから、肯定してあげた。

 なかなか旦那さんとの間で、離婚は難航していたようだったけど、結局は成立して、新たなその再婚相手と結ばれて。親権は父親に渡ったみたいな話はちらっと聞いたけど、詳しいことは分からない。別に知りたくもないし。

「ありがとう。縁ちゃんのおかげ」
 って私の手を握ってくれたのを覚えてる。べたべたして気持ち悪いな、って思ったから。で、あの母子はすごい、っていうのをハルエさんが悩んでるらしきひとに広めるから、私たちはさらに神格化されて、健康食品は売れるし、やけに物を貰ったりする。その辺のやり取りは私の目の届かないところで行われていたから、実際にどんな言葉が交わされたのか、までは分からないんだけど、ね。

 同級生のその子は変わらず学校に来てて、いつも通りを振る舞っていたな。振る舞っていただけで、平常心ではいられなかったと思うけど。あとどこまで知ってたのかは分からないけど、私を避けている雰囲気もあった。

 みんなが普通の学生生活を送っている中で、私ひとりだけが歪な子どもになっているみたいな異様な気持ち悪さがあって、嫌な時代だった。本当に。なんで私ばかりこんな目に。全部お母さんのせいだ、って積もっていく憎しみは外への吐き出し方も分からず、心の中で駆け巡っているだけだった。

 だけど母は私の気持ちも知らずに、あぁいやもしかしたら分かっていて知らない振りをしていただけ、なのかもしれないけどね。次へ次へと、私にひとを紹介した。みんな可哀想な母の獲物たち。

 色んなひとがいた。やっぱり多かったのは、ハルエさんみたいな、いわゆるママ友的なひとたちだけど、どこで知り合ったんだろう、ってひとも結構いた。

 男のひとも、ね。フリーターの若いお兄さんやお医者さん、弁護士、あと教師もいた、かな。私のいた学校の先生じゃないよ。いつも不思議だった。これ、本当に。不思議で不思議で仕方なかった。立派なひとも立派じゃないひともいたけど、すくなくとも大人になるまで年齢を重ねたひとたちが、なんでこんなに年端もいかない少女の言うことをすんなり受け止められるだろう、って。馬鹿じゃないか、と。もちろんそこに母の存在があったのは知ってるよ。でも、それにしてもどうなの、ってね。なんで信じるかな、こんな信用できない人間たちを。母にも腹が立ったけど、騙されるひとたちにも同じくらいの怒りがあった。

『大学生活がうまくいかない』
『彼女との同棲生活が喧嘩ばかり』
『病気の息子がいる』
『モンスターペアレントに悩んでいる』
『医療ミスを隠蔽してしまった』
『会社の金に手を付けた』
 こんな内容を、小学生に聞かせるの、おかしいと思わない?

 でもすこしだけ気持ちが分かるのが、まったく関係ないひとだからこそ話せるみたいなところはあったのかもしれない。しかるべきひとに相談しなさい、というのがたぶん一番誠実な答えで、間違いないんだけど、たぶんそう答えるひとは相談者に向いてはいないし、他人から相談をされにくいひとだ、と思う。

「そんなの分かってる。分かってるけど」と屈折して複雑な思いも抱えていたんだろうな、あのひとたちは、っていまになればそう感じるんだけど、ね。

 面倒くさい?

 そうだね。でも大体、相談なんて面倒くさいものだから。人間関係も、この世のルールめかしたあれやこれやも全部、面倒くさい。でも面倒くさくても生きていかないといけないから、私たちみたいなひとがいるんでしょうね。

 そして私は何十人もの相手から相談を受けた。

 もうその頃には、私は一部のひとから熱狂的に崇められて、リピーターのように何度も話に来るひともいた。母にとって私は最初、信頼を勝ち得るための道具でしかなかったはずだけど、これ自体もお金になる、って踏んだんでしょうね。高額な依頼料も取るようになった。私たちの身なりは良くなって、生活水準も三ランクくらいはアップしたかな。私は何も楽しくなかったけど、母は楽しそうに、もっと、もっと、とその状況に何より熱狂していたのは、私でも依頼者でもなく、母だった、と思う。

 まぁでも、こんなことはいつまでも続かない。
 もし続くとしたらそれは本物だけで、本物に似せただけの紛い物には無理。私の能力は本物だったかもしれないけど、能力を扱う私自身とそしてひとを騙すだけの母は、ただの紛い物でしかなかった。

 私は誘拐された。
 そこからが、はじまりだった。私たちの、終わりの。

「なぁ喉、渇いてないか。ちょっとしたお礼に。ジュースでも」
 それは私の子ども時代、最後に相談を受けた相手だった。ハルエさんの元旦那さんで、私も意外に思ったし、母も多少はそのひとが相談に来たことを不審には感じていた、と思う。だって彼は、私たちに好意的な感情を抱いているはずがないんだから。恨みこそすれ、ね。だけど母は成功体験が続いて、警戒心が緩んでいたのかもしれない。彼を招き入れた。私ははじめて彼の顔を見た瞬間、ぱっと不思議なイメージが頭に浮かんだ。彼がナイフを隠し持っていて、母の胸にまずそれを突き刺し、そのあと私の顔を傷付ける。そして彼がそのまま、おのれの喉もとを掻き切る。一生残りそうな傷がほおについた私だけが生きていて、母と彼の血で溜まりのできた部屋に、私だけが生きている。実話ではなく、ただのイメージ。

 その絵が浮かんだ時、私は何を考えた、と思う?
 いっそ、そうなってしまえ。
 私は、そんなことを考えていたの。この下らない茶番みたいな世界から解放される方法はそれしかない、って思ったから。
 実際は相談中にそんなことが起こることはなかった。

 全然想像とも違うハプニングが起きたのは、相談が終わったあとのこと。マンションの下にある自販機に、彼が私を誘ったの。そうさっきの佐藤さんと夢宮くん、みたいに。ふふ、気にしないで。何も他意はないから。別に佐藤さんが誘拐犯……犯罪者だとは思ってないよ。

 ねぇ佐藤さんは、誘拐犯、ってどんな顔していると思う?
 私の知っている誘拐犯は、ごく普通のおじさんだった。普通とか平凡とか、さっきから使ってばかりいるね。佐藤さんは言葉を扱う人間だから、やっぱり気になるかな。ごめんね。でもどうしても使っちゃうんだ。

 あぁでも、おじさん、ってあれだね。その頃はそう見えてたってだけで、いまの私の年齢とあまり変わらないわけだから、どうもおじさん呼びは複雑な気持ちになるね。当時の私からすればおじさんだったのは間違いないんだけど。

 で、自販機にふたりで行った時……。
 えっ、母は心配して付いてこなかったのか、って?

 そんな優しい母だったら、どんなに良かったことか。道具としてではない私には、何の興味もなかったから、あのひとは。本当に困ったひとだ。

 もしもすこしでも私に愛を持っていたなら、すこしは変わったのかな。私の運命も、母の運命も。
 まぁいいか。話を戻すね。
 で、私と彼はマンション下にある自販機まで行ったところで、「ちょっと来い」って腕を思いっきり引っ張られて……。抵抗はそんなにしなかった。あっこれが誘拐なんだ、私、死ぬかもなぁ、まぁいいや、このままお母さんと一緒にいるよりは……。たぶんそんな感じだったんだ、と思う。

 そして私は彼の自宅だと思われる場所に連れてこられた。本当に彼の部屋だったかどうかは分からない。聞かなかったから。

 部屋には倒れている女性がいた。
 一目で死んでいる、と分かったそのひとは、ハルエさんだった。
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