夏夜と死の怪談会

サトウ・レン

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夢宮勇気

友達の消えた日 前編

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 こういうの、ってどこから話せばいいか迷いますね。
 僕の通っていた小学校は、S小学校って海沿いにある一学年二クラスしかない学校でした。全校生徒が五百人よりすくない、他の学校のことはあんまり知らないんですけど、ちいさめの学校なんだと思います。この辺に住んでいた佐藤さんももしかしたら名前を聞いたら、知っているかもしれませんね。規模の問題かは分かりませんが、あまりトラブルも起こらない、平和を絵に描いたような学校でした。名前は神原さんも知っている、と思いますけど、ちょっと言うのはやめておきます。

 もちろん生徒みんなそれぞれ、周りの知らないところで問題を抱えたりしていたりしますから、外側から見るほど、平和ではなかったのかもしれませんが、外側から見てしまえば分からない以上、平和、っていう言葉で括ってしまうしかないんです。

 もちろん嫌いな子だ、っています。田舎のちいさな社会が仲の良さに満ちている、と思っているひとがいるなら、それは幻想です。ちょっと生意気な言い方かもしれませんが、これ僕の言葉じゃなくて、学校の先生が言ってたんです。その先生は東京から来たひとで、なんというか、これも自分で言ってたんですけど、田舎幻想みたいなものがあったらしいんです。イメージと全然違ってた、って言って、去年教師を辞めて、東京に帰った、と母づてに聞きました。

 やっぱりね、って母が言ってました。目立つから、って。目立つひとは疎まれるんです。でも別にそれは田舎だけの話なのかな、って。ここ以外知らないくせに、僕はそう思うんですけど、でも口に出したら、知らないくせに、って言われちゃうんで、周りには言わないんですけど。それに僕のいた小学校のクラスメートでも、目立つ子は良く思われませんでした。

「あの子、生意気じゃない」「あいつ、調子に乗ってるな」

 こういうの、ってクラスの分かりやすいボスみたいな子がいて、そういう子が声高に叫ぶのが、ドラマとかだと定番ですけど、僕の知っているそういう場面はそんな感じじゃなかったです。何人かで集まった時に、特にボスでもなんでもなく、誰かがなんとなく言い出すんです。で、それが伝播していって、みんなで共通敵をつくって、仲を団結させたりするんです。気持ち悪いですよね。気持ち悪いんです。でも何が気持ち悪い、って、全員が自覚せずにやっているところがすごく気持ち悪いんです。そして気持ち悪いと知りながら、その気持ち悪さの外側にいる勇気はなく、内側にいてしまう自分にも気持ち悪くなるんです。

 全然平和じゃない、って?
 平和ですよ。何、言ってるんですか。
 外側から見たら、何も起こってないように外側のひとは見るわけですから。内側のひとの気持ちなんて何も知らずに。
 俯瞰的に物事を見れるんだな、って? ……自分を守る唯一の術でしたから。

 標的になってしまったのが、転校生の女の子でした。標的、というと、すこし語弊があるかもしれません。嫌がらせや暴力とか、そういうのがあったわけじゃないですから。いやあくまで僕が知っている範囲だけの話なので、もしかしたらそういうこともあったのかもしれませんが。みんなからちょっとずつ距離を取られて、彼女がそれに困惑する。ずっとそんな感じでした。

 ハルちゃん、って女の子です。本名はもちろん言いません。ただ僕たちは彼女をよく、ハルちゃん、って呼んでました。
 僕たち、っていうのは、クラスメート全員のことを言っているわけじゃなくて、僕ともうひとりの僕と仲の良かった男の子がそう呼んでいたんです。

 トシヤくん、って言うんです。こっちももちろん本名は言いませんよ。

 ハルちゃんのこと、悪く言う子に対して、
「あんまりそういうの、言うなよ」
 って周りに言える男の子でしたね。でもそれが原因で、「あいつ空気読めないよな」みたいな、標的が彼に移り変わることもないさりげなさもあって。あまり自己主張ができない僕とは正反対な性格でした。

 親友だったか……?
 うーん、どうなんでしょう。仲は良かったんですけど、親友、って言葉がどうも信用できなくて。親友って僕が思ってても、相手が思ってなかったら、とかそういうのも考えちゃいますし。

 ということで、これは僕たち三人のお話なんです。
 まず僕と彼女が仲良くなったきっかけから話したほうが、いいですよね。

 はじめは夏に入ってすぐの頃だった、と思います。まだ夏休み前で、でももうすぐ夏休みになるから、みんながちょっとウキウキしている時です。僕もみんなと同じ感じで、浮かれていました。夏休みを喜ばない小学生なんて、家が嫌いな子くらいです。数としては、そっちのほうがすくないと思います。たぶんですけど。

 でもそんな子が、うちのクラスにもいました。
 ハルちゃんでした。

 なんで知っているか、っていうと、ハルちゃんが自分で言ってたからです。家が嫌いだから、って。学校でいつも威張っている子、っていますよね。そういう子なら、王様気取りに学校にいたい、って感じになるのも分かるんですけど、ハルちゃんは……あんまりこういう言い方はよくないんでしょうけど、ちょっとクラスで浮いている雰囲気だったから、なんでそんなこと言うんだろう、って思ってました。やっぱり家が嫌いだったんですかね。

 で、そんな時期なんですけど、放課後、帰ろうとした時に、ハルちゃんの姿を見掛けたんです。
 明らかにいつもの下校ルートじゃないところで、周りを気にするように歩いてて。

 あっ、いえ。僕はハルちゃんの家、知らないんです。ただ転校してきたばかりの時、女の子たち同士で、「どこに住んでるの」って話が聞こえてきて、「私と一緒の地区だね」って言ってる女の子がいたんです。その子の家はたまたま知ってたので。だから全然違う場所に歩いてるな、って思ったんです。

 本当なこんなことしちゃいけない、って分かってるんですけど、僕はハルちゃんの後ろをばれないように追い掛けたんです。もちろん心配だな、って気持ちです。秘密を暴いてやろうと思ってたわけじゃないんです。
じゃあ声を掛ければいいって?

 うん、そ、そうですよね。ごめんなさい。でもあの時はそんな当たり前のことができなくて。
 ハルちゃんが向かっていたのは、学校からずっと北に向かって歩くと、田舎、って感じのあぜ道が続いているんですけど、そこを十五、六分歩くと、昔の家が何棟か点々と建っているんです。元々はもっといっぱいあったんだとは思うんですけど、たぶん取り壊したか何かで、本当にすくない数だけ。全部を確認したわけじゃないんですけど、たぶんそこの家に住んでいるひと誰もいないんです。こういう空き家って、この辺によくあるんです。他の田舎は知らないんですけど、田舎あるある、なんですかね。

 そのうちのひとつの家に入っていく、ハルちゃんの姿が見えました。
 建っている家々の中で、一番、こう言ったら失礼なんですけど、ボロボロな家でした。僕はその前に立つと、ひとつ息を呑みました。どうしよう入ろうかな。やめようかな。そう悩む感じです。単純に見知らぬ家に入ることへの怖さもありました。もし勝手に入って、悪いことが起こったら、って。幽霊が出てきてもおかしくないような雰囲気もありましたから。でも僕の歩を進める足を何よりもためらわせたのは、ハルちゃんに見つかった時に、どう答えるか、でした。だって僕はいま、まるでハルちゃんのストーカーじゃないですか。もちろん何度も言いますけど、そんなつもりは本当にないんです。さっきも言いましたけど、ただ心配だっただけです。変質者が出るなんて話も、先生からたまにありましたから。

 だけど本心がたとえそうでも、ハルちゃんからどう思われるかは分からないので。別に好き、とかじゃないですけど、嫌われたくはないので。

 僕が迷っていると、
「どうしたの、夢宮くん」
 って声がして、振り返ると、ハルちゃんが立っていたんです。さっき家に入っていったはずのハルちゃんが。

 びっくりしました。

「あれ、なんで」
 僕が言うと、ハルちゃんが、くすり、と笑いました。

「いや窓から、家の前で立ち止まっている夢宮くんが見えたから。裏口から回って。ちょっと驚かそうかな、って」
「そっか。ハルちゃん、なんでこんな場所に」
「ここは私の秘密の隠れ家なの。誰にも教えないつもりだったんだけど、まさかばれるなんて」
 とハルちゃんが舌を出しました。

「ここは?」
「前に、私のお祖母ちゃんが住んでたんだ。でも急に、蒸発、っていうのかな。いなくなっちゃって。それからは私が勝手に使ってるの。もしかしたら戻ってくるかもしれないでしょ。たぶん戻ってこない、と思うけど。お祖母ちゃんが戻ってくるまで、私がこの部屋の守り神なんだ」
「いいの?」
「たぶんお母さんとかお父さんに知られたら怒られちゃうかな。『危ないでしょ』って。でも、だから秘密の隠れ家なんだよ。なんで気付いちゃうかなぁ」
 とハルちゃんが怒ったように言いました。

「その……、気になって」
「こっそり付いてきたの?」
「ま、まぁ」
「ふーん、じゃあ今回は許してあげる。でもあんまりこんなことしちゃ駄目だよ。夢宮くん、女心に鈍感だから。ほら前もあったじゃない、バレンタインデーの事件」

 バレンタインデーの件は、僕にとっては思い出したくないことでした。バレンタインデーにクラスの女子のひとりからチョコを貰ったんです。僕のだけちょっと違う気がして、僕は本命チョコだ、って思ってたんです。それで僕もその子のことが好きになっちゃって、告白するタイミングを狙って、その子の周りで悩んでいたら、その子に、ストーカー、って泣かれちゃって。そんなつもりはなかったのに。先生にはすごい怒られましたね。

「いや、本当にそういうのじゃ」
「まぁ良いよ。ばれちゃったなら仕方ないし。入る?」
 別にそこはハルちゃんの部屋でもなんでもないんだから、『入る?』ってわざわざ僕の言うのも変な感じがしました。でも文句を言うのもおかしいので、うん、って言って、僕は家に入りました。もうその家に住んでいるひとは誰もいないからか、だいぶ色んな場所にほこりが溜まっていました。

 机の上に溜まったほこりを撫でるように指で取ると、

「夢宮くん、お姑さんみたいだよ」
 って、ハルちゃんが笑いました。

「そ、そんなつもりはないよ」僕は話を変えるように、ハルちゃんに聞きました。「どうして、いつもここに」
「さっき言ったでしょ。お祖母ちゃんが戻ってくるまでの守り神だよ」
「本当の理由」
「……うーん、まぁちょっと嫌なことがあった時とか。ひとりになりたい時、かな。本当のことを言うとね。うちはあんまりお母さんとお父さんが仲良くないから、そういう時に家にいても、もっと嫌な気持ちになるだけ、だから」
「そうなんだ」

 寂し気な表情のハルちゃんを見て、僕は心配になりました。学校でもあまり好かれてなくて、家でも落ち着けない。せめて僕だけでも守ってあげられないかな、ってそんなふうに思っちゃったんです。生意気ですよね、小学生のくせに。でも心からそう思ったんです。世界がきみを憎んでも、僕だけはきみを守る、って。たぶん嬉しかった、というのもあります。他のひとの悩みを自分にだけは打ち明けてくれた、っていう嬉しさです。

 僕は廃屋探検みたいな気持ちで、家の中を眺め回して、その間に、ハルちゃんとクラスメートのことや好きなテレビやアニメの話とかをしました。で、気付くと、夕方になっていました。

 この時間がずっと続けばいいなぁ、って思ってましたね。もちろん無理なんですけど。

 別れ際、
「私たちの秘密だから、絶対、他のひとには言わないでね」
 とハルちゃんが僕の手を握りました。すごく、どきどきしたんです。モテるトシヤくんと違って、いままでこんな経験、一度もありませんでしたから。
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