光へ、と時を辿って

サトウ・レン

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告白以降の記憶を、またソウと。

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『涼子ちゃん、大竹くんと付き合っている、って噂があるの』
『幼馴染なんだっけ』
『うん。なんかそれを聞いて、ちょっとね』

 図書室で光とのいくつもある会話の中、彼女がそう言って寂しそうに笑ったことがある。その記憶がやけに頭の中に貼り付いたまま、いまも剥がせずにいる。

 村瀬と光、そして彼女の会話の中に登場した大竹。
 三人は、小学校時代からの同級生だった。ふたりの話題を光から聞いて、ちりり、と胸が痛むような感覚を抱いたのはきっと、その頃にはすでに彼女に惹かれてしまっていたからだろう。彼女の寂しげな表情は、村瀬と大竹という昔から仲の良かったふたりが自分を置き去りにして遠く離れていくような感覚から来るものなのか、あるいは光が大竹に特別な興味を抱いていたからなのか。そのどちらなのか、僕はよく頭を悩ませていた。

 だから僕の告白を、保留にさせて欲しい、と光が言った時、僕がまず考えたのは、光の大竹への恋心だった。

 もしもそれが理由なら、僕は彼女にはっきりと言ってもらいたい、と思っていたし、その時はすんなり諦めようと考えていた。ただ実際に彼女からそう言われたわけではないので、もしもその状況になっていたとしたら、本当に諦めることができていたかなんて分からない。未練がましく彼女を追い掛けていた可能性だってある。いやたぶんそうなっていた気さえもする。それでも……。すくなくとも心持ちの上ではそう決めていた。

 恋愛はスポーツなんかよりもずっとジャイアントキリング、いわゆる番狂わせが起きやすい。
 たとえば僕は野球なんてほとんどできない。なので、急にプロ野球選手になりたい、と入団テストに潜り込んだ、としても、間違いなく落ちる。世の中に絶対は、なくて、あるのだ。まぁ足だけは速いので、そこくらいは評価されるかもしれないが、それだけだ。でも恋愛の場合は他者と比べて色々な部分が劣っていたとしても、結局のところ相手が良い、と言えばそれでいいところがある。このひと、それ以外はすべて駄目だけど、なんとなく一緒にいて居心地が良いな、とかそんな曖昧な理由でも。すくなくともスポーツの話よりかはずっと可能性があるし、そもそも恋愛の問題に勝ち負けの概念を持ってくること自体に意味はあるのか、とも思うけれど。

 ……と、まぁ頭では分かっていたとしても、実際に自分の好きな女の子が別の男子生徒に好意を持っていて、しかもその相手がどんな人物か知っている状況で、相手と自身をいっさい比較するな、心のざわつきは抑えろ、というのは無茶な話だ。

 彼と僕ならば、間違いなく選ばれるべきは彼で、僕には勝てないし、勝ってはいけないような気持ちにさえなっていたのだ。

 村瀬と大竹が付き合っている。その噂の真偽を、ふたりとあまり関係の深くない僕では判断のしようもないが、すくなくとも大竹は否定している、と他の同級生を通して聞いたことがあった。本人の口から聞いたわけでもないので、簡単に信用できるものではない。確かなことがあるとすれば、大竹と光が互いに好意を抱いているのならば、やはり諦めなければいけないのは僕のほうだ、と当時の僕はかたくなに信じていた、ということだけだ。

 大竹は、僕と比べて持っているものが多い。
 まずそこに劣等感を抱いていなかった、と言えば嘘になる。

 彼は県内でも強豪だったバレー部のエースで、勉学の面でもクラスで一、二を争う、とまでは言わないが、すくなくとも僕よりは上で、クラスの上位層には入っていた記憶があった。顔立ちも端正で、女子からの人気も高かった。三年の時、僕と光と、そして大竹は三人とも同じクラスで、特別仲の良い関係ではなかったが、それなりに話したこともあり、彼の性格の良さも知っていた。

 だけど一番の理由はそんなものではなく、もしもいま挙げた事柄だけが理由ならば、おそらく当時の僕は諦めなかったはずだ。

 小学生時代から知り合いの三人は、ただ学校が昔から同じ、というだけではなく、この三人には特別な親密さがあるように、僕は感じていた。光が口にしてはっきりとそう言ったわけではなくて、ふたりを語る時の口ぶりから、僕が勝手にそう思っていた、に過ぎないのだが、そんな関係に僕みたいなぽっと出の人間が踏み込んでいくことの気後れがあり、それこそが一番の理由だったのかもしれない。


「で、兄貴は、さ。その大竹さんがいるから、諦めたの?」
 僕が光に告白した話や光と大竹の関係についての話をソウに聞かせると、なんだかなぁ、積極性が足りないんだから兄貴は、とでも言いたげな表情をしていた。当時は四つしか年齢が違わなかったけれど、いまではふた回り以上も年齢が離れているソウ相手なので、より小馬鹿にされた感じもあって悔しいが、実際に積極性が足りないのは事実だ。

 ただ……。

「いや、諦める、というか、そんなところまでもいかなかったんだ」
「どういうこと?」
「本心を聞く前に、彼女が死んでしまったから……」

 あれは僕が彼女に告白してから、三日後のことだった。

『ねぇ、田中くん。このあと、暇?』
『あ、あぁ。うん。特に何も』

 僕の告白の後、お互いが告白を避けているような感じがあった。告白から三日後のその日が、彼女とそれ以来の会話で、どうしゃべったら良いのか分からず、うまく口が回らなかった記憶がある。

『きょう、放課後に、この前のこと話せないかな、って思って……』
 と光が言って、僕たちは待ち合わせる約束をした。場所は三日前に僕が光に告白したあの公園で、光との会話を終えて以降、僕の心のうちに期待みたいなものはひとつもなく、不安が内心を占めているような状態だった。

 さらに追い打ちをかけるように、村瀬が話し掛けてきたことを覚えている。

 それは本当にめずらしいことだった。人気者の村瀬と影の薄い僕との間に関係するものなんて、共通の仲の良い相手が光だ、という以外、何もなかったからだ。

『田中、って光のこと好きなの?』確かあの頃、村瀬は僕のことを田中と呼び捨てで、僕は、村瀬さん、と呼んでいたはずだ。『……光、さ。たぶん田中のこと好きじゃないよ』

 何でそんなことを言うんだろう、と思った記憶がある。怒りではなく、困惑に近い感覚だった。

『どうして?』
 僕は、それしか言えなかった。

 どうして、そんなことを言うのか。あるいは、どうして、そう思うのか。どっちの意味で言ったのかはまったく覚えていない。両方の意味を含んでいたような気もするし、ただ条件反射のように無意識に出ただけのような気もする。

 でも、村瀬は〈どうして、そう思うのか?〉という意味で捉えたみたいだった。

『私は昔から、光のこと、知ってるから。だから分かるの。光が好きなのは、田中じゃないよ。最近、一緒にいるでしょ、あんたたちふたり。親切で言ってあげるけど、やめたほうがいいよ』

 待ち合わせの前に、村瀬からそんなことを言われて、どんよりとした気持ちで僕は放課後、あの公園に向かった覚えがある。

「兄貴。村瀬さん、って兄貴が光さんに告白したこと、知ってるの?」
 と、ソウが聞く。

「正直、分からないんだ。僕は誰かに告白したことを、誰にも言った覚えがないから、もしも知っているとしたら、彼女が村瀬に相談した可能性が一番高いんじゃないかな、って思うけど……。ありそうな気もするし、無さそうな気もする」
「兄貴の感覚的なもので良いんだけど、それは本当に村瀬さんの親切、って感じだったの?」
「いやぁ、正直記憶がしっかり残っているわけじゃないけど、どうなんだろう……」
「村瀬さんのこと、俺はよく知らないし、別に全然疑うわけじゃないんだけど、そんなに兄貴とは仲が良いわけでもないのに、親切でそんなこと言うかな、って思うんだ。だって光さんが心配なら、光さんに直接言えばいい話だし、光さんの相手として兄貴が気に喰わないなら、兄貴にはっきりそう言えば、って思うんだ。嫌がらせって言うと言葉は悪いけど、すくなくとも何か」
「何か、他意があった、と……?」
 ソウの言葉を引き継ぐ。

「あぁ、ごめん。もちろんただの想像だし、本当に兄貴のことを心配してたのかもしれないよ。もしかしたら兄貴のほうにそんな印象がなかっただけで、村瀬さんは兄貴を憎からず思っていた、とかね」
「茶化すなよ」
「悪い悪い」

 ソウと軽口を叩き合っていると、僕も学生の頃に戻ったような気分にもなってくるから不思議だ。この時期のソウと話すのは、僕にとって初めてのことだが、それでももう永遠に話すことはできない、と思っていたソウとふたたび話せる日が訪れただけでも、僕は過去に戻れて良かった、という気持ちになっている。ただ実際のところ、僕とソウの状況は、現実に戻れるか戻れないか分からない状態でもあるので、嬉しがったりするのもどうなのかな、とは感じてしまうのだが……。

「でも、じゃあ兄貴にとって重要な日は、三日後なわけだ」
「……まぁ、そうなるな」
「そこで、光さんと、どんな話をしたの?」
「いや、話せなかったんだ」
「すっぽかしたの?」

 僕は首を横に振った。

「死んだんだ、その日に、だよ。交通事故に遭って。だから僕はあの場所で、彼女とは話していない。来れないことも知らずに、僕はずっと空野を待ち続けて、諦めて帰った後に、その死を知ったんだ」

 あの日、僕は悲しみよりも、信じ切れない想いと驚きが勝って泣くことさえできなかったことを覚えている。思考が停止してしまったように、何も考えることができなかった。いまになって冷静になって考えてみれば、ひとつだけ違和感を覚えていてもおかしくないことがあった、と気付くのだが、それを当時の僕に気付け、というのは無理がある。

 死なんてそんな身近ではない出来事が、身近なひとに、それも予想もしていない形で訪れたことにうちひしがれる僕に。
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