光へ、と時を辿って

サトウ・レン

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タイムリミットが近付く中で、嘘と。

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 まず僕はどうするべきか、と考えた時、まずソウの顔が頭に浮かんだ。
 僕にとって、この過去の世界で唯一、意思疎通のできる相手がソウであり、やっぱりそんな相手がそばにいると心強いのは確かだ。公園に戻ってみるが、そこにソウの姿はなく、田中少年が来る時間もまだまだで、いないほうが自然なのだが、やはりがっかりした気分にはなってしまう。

 僕の記憶が確かならば、田中少年が来るのは夕方頃のはずで、いまはまだ正午を過ぎたばかりだ。
 時間的には放課後なので、僕と光は、学校から一緒に公園へ行くのも可能だった。そうなるともう、待ち合わせ、とは言えないうえに、それなら公園にも行かずに、ふたりで一緒に帰りながら話せばいいだけのことだ。その行動を取っていれば、彼女が死ぬこともなかった。後悔しようと思えば、どんなことでも後悔に繋げられる、と自分自身に言い聞かせてみるけれど、この感情を切り離すのは難しい。

 だって僕はもう未来を知ってしまっているのだから。
 あの頃のまだ未来も知らずに馬鹿な顔をしている田中少年とまだ自分が死ぬなんて知りもしない光の、ふたりがいる学校へ、とりあえず僕は向かうことにした。

 僕たちが待ち合わせの約束をした細かい時間なんてまったく覚えていないけれど、学校に着いてから見た田中少年の落ち着かない様子を見る限り、もう彼女との約束は終えているみたいだった。

 僕は、僕自身の記憶の中でそのあとの田中少年を知っている。だから田中少年の様子を一度だけ確認したあとは、光を探すことにした。

「ねぇ、光」

 探し回って、ようやく見つけた光は空き教室にいて、彼女はひとりではなく、光と村瀬がふたり向かい合うように立っていた。

「どうしたの、急に」
 と光は困惑したような表情で、村瀬を見ていた。

「実は、私、大竹に告白したんだ」
「えっ、そうなんだ」その表情から、光が落ち込んでいるのかどうか、判断ができなかった。「それで……どうだったの?」
「振られた。なんて言われた、と思う? 好きな子がいるんだって」
「えっ、誰?」
「とぼけたみたいな顔して、本当は、さ。自分のことだって分かってるんでしょ」
「えっ? いや、そんなこと思ってないよ……」
 村瀬の思いのほかきつい言葉に、光は困惑を強めたようだった。

「……ごめん。光のことが、好きなんだってさ。……ねぇ、光も大竹のこと好きだよね?」
「私、は……」

 その言い淀みの中に、僕は含まれているのだろうか。

「好き、って言ってよ。そうじゃないとライバルもいないのに、ただ振られるだけの私が馬鹿みたいじゃない。たとえ振られたとしても付き合えない、って大竹からはっきりと言われた。誠実な振りしたいのか知らないけど、ああいう時は、ずるくても、希望のある返事してよ、って思っちゃう」
「私は、別に大竹くんから直接何か言われたわけじゃないし、本人から何も言われてないことに、私は答えられないよ。それに……」
「最近、さ。よく田中と一緒にいるよね。付き合ってるの?」
「違うけど……、でもこの間、告白されたんだ」

 点と点が繋がって線になるように、『……光、さ。たぶん田中のこと好きじゃないよ』とあの時、村瀬が僕を呼びとめた行動がようやく腑に落ちた気がする。僕の記憶の時系列的には、おそらくこの会話の後に、村瀬が僕を呼びとめることになるのだろう。

「で、どうするつもりなの……」
「うん、答えは決まってる。きょう、伝える予定」
「そっか、長い付き合いだから、すぐに分かる。光がどう返事するのか、どっちを選ぶのか。なんか、さ。ずるいな、って。分かってるよ、もちろん。そんなこと言っても仕方ないのは」

 村瀬の口調は冷たいものの、そこまで責めてるふうに見えないのは、その表情がつらそうに見えるからかもしれない。いまにも突然泣き出してしまいそうな表情があるとしたら、いまの村瀬の顔に浮かぶそれほど、その表現に合うものはなかった。

 長い付き合いのふたりは、本当に仲が良かったのだろう。そして仲が良く、相手の気持ちが分かってしまうからこそ、複雑な感情もあるのかもしれない。

 僕とは違って、年季がある。
 だって僕はいまの光の表情を見て、どう返事をして、どちらを選ぶかなんてまったく分からないからだ。でもこの会話の後に、村瀬が僕を呼びとめている、という事実がある。

『私は昔から、光のこと、知ってるから。だから分かるの。光が好きなのは、田中じゃないよ。最近、一緒にいるでしょ、あんたたちふたり。親切で言ってあげるけど、やめたほうがいいよ』

 確かに村瀬は、僕にそう言ったのだ。
 正直なところ、本当に親切なのかどうかは分からないし、そもそも村瀬が僕に親切心を抱く理由がまったく思い付かない。ただ彼女の言葉が本心だったとしたら、光は僕ではなく、大竹を選んだことになる。そしてそれは当たっているような気がした。ネガティブな考えになるのは良くない、と思いながらも、そっちのほうへと深く潜ってしまう感覚を僕は抱いてしまっている。

 それだけじゃない。
 光が交通事故に遭ったところは僕との待ち合わせ場所の通り道とまったく関係ない、という事実もある。

 信じたくはないけれど、もしかしたら光は待ち合わせ場所に来るつもりがなかったのかもしれない。仮に来ないにしても、光の性格を考えれば、ドタキャンのようなことはせず、行けない時は事前にちゃんとそう伝えてくれるはずだ。そう思いたいけれど、たとえば村瀬の話を聞いて、急に強く大竹に気持ちが傾いて、僕との約束なんてどうでもよくなってしまった、とかだって、絶対にないとは言えない。

 考えはじめると、際限なくその思考は、悪いほう悪いほうへ、と向かっていく。
 気付けば、結構な時間が経っていた。

 もう授業が終わり、すでに田中少年は学校を離れて、光との待ち合わせ場所に向かっている時間だ。僕は光がその時どうしていたのかを知るため、学校に残って、彼女の後を追うことにした。

 光が校門を出ようとしたのは、僕が校舎を出てから三十分くらい後で、特別な用事があって学校に残ったわけではなく、僕と時間が重なるのを避けたような感じだった。

「光!」
 と学校から出ようとする光を呼びとめるように、彼女の後ろから大きな声で叫んだのは村瀬だった。

 振り返る光は、焦ったように後ろから追いかけてきた村瀬を見ながら、どうしたの、と驚いたような表情を浮かべていた。

「どうしたの……?」
「大竹が、倒れたんだって!」
「え! どういうこと!」
 と光が驚いた表情を浮かべているが、光と同じく、僕もびっくりしていた。

 大竹が倒れた。それは僕も初めて知る情報だったし、昔の記憶をすべて詳細に覚えているわけじゃないけれど、そんな出来事が過去にあっただろうか、という気持ちもあった。もしかして僕がいまここに来たことで過去の状況に変化が、と一瞬そんな思いも浮かんだが、過去に一切関わることのできない僕が、過去に変化を与えられるとは考えられない。

 そんなはずはない、と僕は不安になりそうな自身の心に言い聞かせた。

「さっき先生のところに、大竹のお母さんから電話があったらしくて、ちょうどその時、私、職員室に用事があって近くにいたから、それで知ったんだけど」
「でも、大竹くん、バレー部の練習に行ってるんじゃ……」

 大竹はもう三年生だから部活自体は引退してしまっているけれど、確か、高校でもバレーを続ける、ということで後輩に混じって練習していたはずだ。

「今日は体調悪いから、って休んだみたい。命に別状があるとかじゃないよ、もちろん。でも、心配で……。もしかしたら、まだ病院かもしれないけど、とりあえず一緒に、大竹の家まで行こうよ」
「あっ。……うん」
「もしかして、田中のこと、考えてる? 大丈夫、すこしくらい遅れた、って許してくれるよ」
「……そうだね。じゃあ、先に一度、大竹くんの顔を見てから。やっぱり心配だし、大竹くんのこと」
「ありがとう」
「急ごう!」
「私、教室に荷物を置いてきたから、それ取ってくる。追いかけるから、先に行って」
「うん」
 と駆け出した光の背を見ながら、僕はその後の彼女に訪れる悲劇を想像しながら、目を閉じていた。時間を考えると、もうあとわずかだ。光は大竹の家に向かう途中で、事故に遭う。追いかけようか、とも思ったが、悲惨な状況を見ることになるだけだ。それを直視したくない、と避けるのは逃げだろうか。たとえその言葉が正論であったとしても、僕はその正しさを受け入れる気はなかった。見たくないものは、見たくない。光が死ぬ姿なんて。

 その時、背後から声がした。

「兄貴、ここにいたんだ。公園に行っても、むかしの兄貴しかいないから、どこにいるんだろう、って探したよ」
 振り返ると、ソウがいて、そして、その向こうに……そこにいてはいけない人物がいた。僕はソウに言葉を返す前に、まるでそこに誰もいないかのような独り言を呟いていた。

「なんで、嘘をついたんだよ……」
 怒りは不思議となく、困惑や戸惑い、と僕の心の中はそういった感情で占められていて、それこそがもう光の死が過ぎ去ってしまった出来事のように感じられて、無性に悔しかった。

 僕の視線の先には、下校しようとする大竹の姿があった。

「兄貴? ……兄貴が俺のいない間に見てきた話、聞きたいのは山々なんだけど、どうも俺も時間がない、っぽい」

 そんな寂しそうなソウの声を聞いて、僕の意識がソウに向かった時、僕はその姿に思わず息を呑む。驚くような出来事、というのは、何の脈絡もなく起こり、まるで運命が存在するかのように連続する、とふとそんな考えが頭に浮かんだ。

 大竹や村瀬のことも気になるが、まずはこっちだ。
 あったはずの、ソウの足が消えている。

「ソウ、その足、って……」
「さっきからすこしずつ。たぶん俺はここでの役目を終えた、って、そういうことなんだよね?」
『それは、私たちには決められないことです。また急に気付けば、この駅に乗っていて、その時は元の世界へと向かって走行していることでしょう』

 前に、そんなふうにあの老人が言っていた。死と同じで、自分の望む時までいつまでも待ってくれるようなものではないのだ。分かった気でいながら、何も分かっていなかったのかもしれない。そして分かった時には、時間がなくて、ただ焦ることしかできない。

「ソウ……、いままで、どこ、行ってたんだ?」
「親父のところ」
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