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朽都に灯る火
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朽ちた都の一角。
崩れた石壁の内側で、火が焚かれていた。
大きな鍋はない。
粗末な土器がいくつか並び、
その中で、粟が静かに煮えている。
関羽は、青龍偃月刀を傍らに置き、
器を手に取った。
「……急いで用意した」
声は低く、飾りがない。
「こんな物しかなく、すまぬ」
差し出されたのは、
粟を煮ただけの粥。
塩も、ほんのわずか。
だが、湯気は確かに温かい。
謙信は、それを受け取り、香りを確かめる。
一口、運ぶ。
咀嚼はゆっくりだった。
「……これが、其方らの食している物か」
関羽は頷く。
「民と、同じだ」
謙信は、もう一口すくい、静かに言った。
「存外に、越後と変わらぬな」
その言葉に、幸村がわずかに目を細める。
火の向こうで、
足音が駆けてきた。
「父上!」
関羽が顔を上げる。
血と埃にまみれた若者が、
息を切らして立ち止まる。
関平だった。
「そのお方達は……!?」
問いは、警戒よりも驚きだった。
関羽は、器を置き、短く答える。
「助太刀に来てくれた」
その背後から、
もう一人、静かに姿を現す。
「……父上」
関銀屏。
手には短刀。
だが、目は落ち着いている。
関羽は、二人を見てから、
謙信と幸村へ視線を戻した。
「日の本という国の越後という場所の将、上杉殿だ」
謙信は、軽く首を下げる。
「名乗るほどの者ではない」
幸村は一歩下がり、名乗る。
「真田信繁。
かつて、この方のかつて、上杉殿の御子を主とした身です今は背後を預かっております」
関平は、二人の様子を見て、
戸惑いながらも頭を下げた。
関銀屏は、黙って器を見る。
「……同じ物を?」
関羽は頷く。
「同じだ」
関銀屏は、それ以上問わず、
粥を受け取った。
火のそばで、
四つの器が並ぶ。
誰も、急いで食べない。
誰も、礼も言わない。
ただ、
同じ物を、同じ場で口に運ぶ。
それだけで――
十分だった。
霧の外で、
異形の気配が、わずかに遠のく。
「暫し待て。真田の。
今、我の子を主と言ったか?
我の死後――どうなった?」
謙信の声は低い。
だが、逃げ場のない問いだった。
信繁は、一瞬だけ目を伏せる。
「……御家は、揺れました」
それだけを、まず告げる。
「跡を巡り、争いが起こり、
多くの血が流れました」
謙信は、何も言わない。
信繁は続ける。
「それでも――
最後に残ったのは、御子でした」
「上杉景勝殿」
名を、はっきりと出す。
「寡黙で、迷い多く、
決して強き主ではありませぬ」
一拍。
「……ですが」
顔を上げる。
「義を捨てぬお方でした」
「耐え、背負い、
語らずに、越後を守り続けました」
謙信の指が、わずかに動く。
「我は――
良き父であったか」
信繁は、即答しなかった。
だが、やがて静かに言う。
「良き“背”であったと。景勝殿は、
最後まで――その背を、越えようとはなさいませんでした」
霧が、静かに揺れる。
謙信は、空を見上げた。
「……そうか」
それだけだった。
だが、その一言は、
長い問いの終わりだった。
そして、再び前を見る。
「何やらお二方は同郷のようだが、錯誤があるようだ。今一度整理致そう。其方らは我を知っておるのか?」
「日の本の学僧、僧侶、大名、上級武士、皆が其方の事は義の象徴。英雄だと知っている」
謙信は間髪入れずに言う。
「我も唐土の書で其方の名を何度も読んだ。忠を尽くし、
敗れても義を捨てず、
最後まで刃を主へ向けなかったと」
「我は最後まで兄者や翼徳と共に在りたかった。兄者の天下を。民を思いやる劉玄徳の天下を。桃園の誓いは守れなかった。
だが、最後まで我は約束を果たそうと……。だが、麦城にて馬忠に捕まり処刑された」
「父上………俺もです」
「関平もだったか……あれ程逃げて、兄者を支えよと伝えた筈だが…」
関羽は目を逸らし、鼻を啜る。
「すまぬ。見苦しい所を見せた。是非、兄者に会わせたいと思う御仁達だ。だが生憎、翼徳も兄者もここには居ない……寧ろこの可笑しな世界に居るかも分からぬ」
「分からぬ時はまずは調べる事こそ肝要。悪戯に守勢だけじゃいかぬ。まずは砦を作る」
信繁が話を割る。
「少々、その手に経験が…」
謙信が試すように聞く。
「ほぅ?」
「大坂城にて、出丸を築きました。徳川に上手く言い包められ、埋められましたが」
「我の後の世に大坂に城を築いたのか。その話も聞きたいが今はそんな余裕は無さそうだな。良い。真田の。お主が設計せよ。不恰好でも良い。民に堀を掘らせ、最低限の出丸を築け。それができれば夜は安心して眠れる」
「分からぬ言葉が多いようだ……民を無下にせずに頼む」
「国は民があってこそだ。我と関羽殿は戦える民を見つける。娘子と息子殿は真田を手伝ってくれ」
崩れた石壁の内側で、火が焚かれていた。
大きな鍋はない。
粗末な土器がいくつか並び、
その中で、粟が静かに煮えている。
関羽は、青龍偃月刀を傍らに置き、
器を手に取った。
「……急いで用意した」
声は低く、飾りがない。
「こんな物しかなく、すまぬ」
差し出されたのは、
粟を煮ただけの粥。
塩も、ほんのわずか。
だが、湯気は確かに温かい。
謙信は、それを受け取り、香りを確かめる。
一口、運ぶ。
咀嚼はゆっくりだった。
「……これが、其方らの食している物か」
関羽は頷く。
「民と、同じだ」
謙信は、もう一口すくい、静かに言った。
「存外に、越後と変わらぬな」
その言葉に、幸村がわずかに目を細める。
火の向こうで、
足音が駆けてきた。
「父上!」
関羽が顔を上げる。
血と埃にまみれた若者が、
息を切らして立ち止まる。
関平だった。
「そのお方達は……!?」
問いは、警戒よりも驚きだった。
関羽は、器を置き、短く答える。
「助太刀に来てくれた」
その背後から、
もう一人、静かに姿を現す。
「……父上」
関銀屏。
手には短刀。
だが、目は落ち着いている。
関羽は、二人を見てから、
謙信と幸村へ視線を戻した。
「日の本という国の越後という場所の将、上杉殿だ」
謙信は、軽く首を下げる。
「名乗るほどの者ではない」
幸村は一歩下がり、名乗る。
「真田信繁。
かつて、この方のかつて、上杉殿の御子を主とした身です今は背後を預かっております」
関平は、二人の様子を見て、
戸惑いながらも頭を下げた。
関銀屏は、黙って器を見る。
「……同じ物を?」
関羽は頷く。
「同じだ」
関銀屏は、それ以上問わず、
粥を受け取った。
火のそばで、
四つの器が並ぶ。
誰も、急いで食べない。
誰も、礼も言わない。
ただ、
同じ物を、同じ場で口に運ぶ。
それだけで――
十分だった。
霧の外で、
異形の気配が、わずかに遠のく。
「暫し待て。真田の。
今、我の子を主と言ったか?
我の死後――どうなった?」
謙信の声は低い。
だが、逃げ場のない問いだった。
信繁は、一瞬だけ目を伏せる。
「……御家は、揺れました」
それだけを、まず告げる。
「跡を巡り、争いが起こり、
多くの血が流れました」
謙信は、何も言わない。
信繁は続ける。
「それでも――
最後に残ったのは、御子でした」
「上杉景勝殿」
名を、はっきりと出す。
「寡黙で、迷い多く、
決して強き主ではありませぬ」
一拍。
「……ですが」
顔を上げる。
「義を捨てぬお方でした」
「耐え、背負い、
語らずに、越後を守り続けました」
謙信の指が、わずかに動く。
「我は――
良き父であったか」
信繁は、即答しなかった。
だが、やがて静かに言う。
「良き“背”であったと。景勝殿は、
最後まで――その背を、越えようとはなさいませんでした」
霧が、静かに揺れる。
謙信は、空を見上げた。
「……そうか」
それだけだった。
だが、その一言は、
長い問いの終わりだった。
そして、再び前を見る。
「何やらお二方は同郷のようだが、錯誤があるようだ。今一度整理致そう。其方らは我を知っておるのか?」
「日の本の学僧、僧侶、大名、上級武士、皆が其方の事は義の象徴。英雄だと知っている」
謙信は間髪入れずに言う。
「我も唐土の書で其方の名を何度も読んだ。忠を尽くし、
敗れても義を捨てず、
最後まで刃を主へ向けなかったと」
「我は最後まで兄者や翼徳と共に在りたかった。兄者の天下を。民を思いやる劉玄徳の天下を。桃園の誓いは守れなかった。
だが、最後まで我は約束を果たそうと……。だが、麦城にて馬忠に捕まり処刑された」
「父上………俺もです」
「関平もだったか……あれ程逃げて、兄者を支えよと伝えた筈だが…」
関羽は目を逸らし、鼻を啜る。
「すまぬ。見苦しい所を見せた。是非、兄者に会わせたいと思う御仁達だ。だが生憎、翼徳も兄者もここには居ない……寧ろこの可笑しな世界に居るかも分からぬ」
「分からぬ時はまずは調べる事こそ肝要。悪戯に守勢だけじゃいかぬ。まずは砦を作る」
信繁が話を割る。
「少々、その手に経験が…」
謙信が試すように聞く。
「ほぅ?」
「大坂城にて、出丸を築きました。徳川に上手く言い包められ、埋められましたが」
「我の後の世に大坂に城を築いたのか。その話も聞きたいが今はそんな余裕は無さそうだな。良い。真田の。お主が設計せよ。不恰好でも良い。民に堀を掘らせ、最低限の出丸を築け。それができれば夜は安心して眠れる」
「分からぬ言葉が多いようだ……民を無下にせずに頼む」
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