felice〜彼氏なしアラサーですがバーテンダーと同居してます〜

hina

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第三夜 新しい命の灯火

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「はー!やっと終わったー!!」

午後7時、産婦人科病棟にて。 
日勤勤務をしていた陽菜は今日も残業をし、やっと仕事を終えた。

奏多が病院を去ってから二ヶ月。
季節は移ろい秋になろうとしていた。
どこか鬱々しさを感じる季節の変わり目。
陽菜はそんな気分と疲労を癒そうと、今日はバーホワイトに茜を誘っていた。

そんな茜は最近付き合いが悪かった。
本人は夏バテだと言い張っていたが、なんだか怪しい。

通い詰めていたルーナにもここ数ヶ月行っていないと圭から聞いていた。
陽菜は新しい男ができたのに違いない、と珍しく付き合ってくれた茜に今日こそ言及つもりでいたのだ。


「いらっしゃい、お二人さん。久しぶりだね茜ちゃん。」
「お久ですー。」

バーホワイトに行くと、今日は週末だからか団体客もいていささか店内が混んでいた。
今日圭はキッチンで料理を作っているらしく、バーカウンターでマスターが対応してくれた。

「何飲む?」
「私シャンディーガフ。」
「私、シャーリーテンプルで。」
「「シャーリーテンプル??」」

陽菜とマスターは茜の頼んだノンアルコールカクテルの名前を復唱し、顔を見合わせた。
茜は強い酒が大好きで、いつもファーストドリンクはマティーニ、テキーラを頼んでいる。

「間違いだよね。それ、ノンアルコールだよ?茜?」

陽菜は動揺し茜に確認したが、茜はドリンクメニューを見てその名前を指差している。
そして二人の心臓が止まるようなことを、さらりと話したのであった。

「私はノンアルコールを飲むよ。だって私、妊娠中だもの。」

陽菜もマスターも絶句し、固まった。
茜はいつもと変わらない表情で、鼻歌混じりに食事メニューを見ていた。

「それ、本当なの?」
「そんな面白くもない嘘つくわけないじゃない。」
「ちなみに誰の子?」
「匠の子。」

茜は躊躇いもなく、すんなりとそう答えた。
確かに妊娠していたのであれば、ここ数ヶ月の茜がしていた不審な行動の辻褄が合う。
しかしどこを突っ込めばいいのか分からないほど、陽菜は困惑していた。

「あ、茜ちゃんいらっしゃい。」

そんな凍りついた空気の中、キッチンから料理を運んできた圭がバーカウンターに顔を出した。
圭もすぐに不思議な空気感に気付き、首を傾げている。

「久しぶり、圭。あのさ、私ね匠との赤ちゃんできたんだよね。」
「え…。」

茜の突然の告白に、圭が持っていた料理皿を落としそうになったのをすかさずマスターが支えて事なきを得た。
しかし圭が放った一言は雰囲気を一気に変えた。

「茜ちゃん、おめでとう。」
「ありがとう、圭。」

圭の無垢な微笑みに、茜の目付きが柔らかくなり口元が綻んだ。
圭らしい一言だと陽菜は思い、陽菜もまずは仲の良い同僚におめでたいことが起きたことを喜ぶべきだったと悔やんだ。

「はい、シャーリーテンプル。」
「ありがとう。マスター。」
「それで結婚はするの?」

マスターは容赦なく、茜に肝心なことを聞いた。
陽菜はまだ何も言えぬまま隣で茜の表情を伺ったが、茜はいつもと変わらずまたツンとした顔をしていた。

「しないよ。てか言ってないし。」
「え…。茜、それは。」
「むしろ産むかも迷ってたくらい。さすがにもうすぐ五ヶ月になるし、産もうと思ってるけど。」

茜が辛い心境を平然と話したことに、陽菜は胸が苦しくなっていった。
それは陽菜がこれまで四年間経験した仕事内容が思い出されたからだ。

二人が働く産婦人科病棟では、新しい命が産まれて幸福に包まれることだけが起きるわけではない。
異常妊娠や母体に関わる合併症で中絶をした妊婦、切迫早産になり長期間入院していたが死産した褥婦もいる。

儚い命に直面する仕事をしてきたからこそ、茜の迷いはその命の尊さをあたかも粗末にしているように陽菜は聞こえてしまったのだ。
ただこの憤りを、内心は不安定だろう茜にぶつけることはできないと胸の奥に閉まった。

「師長さんには話したの?」
「さすがにね。でもまだ産むか迷ってるって言ったまま返事はしてない。」
「匠くんには言わないの?」
「迷惑かけたくない。」

しかし茜が一人で抱えていた問題は、陽菜だけには受け止め切れないものであった。
ただ圭もマスターも仕事に忙しく、今茜に助言できるのは自分しかいない。
そんな陽菜の困惑さを知ってか知らずか、茜は話を続けた。

「私、学生時代に一度妊娠中期に赤ちゃん下ろしているの。その時、二度目はもうできないって産婦人科の先生から言われた。中絶も妊娠ももうできないんだろうと思う。」

茜はドリンクを飲みながら、また重い現実を告げた。
陽菜はつい目頭が熱くなり、そのまま横から茜を抱きしめ、直感で感じたことを告げた。

「茜は産みたいんでしょ?」
「…うん。」

茜の声は震えていた。
あっさりと話していたけれどもきっとこの数ヶ月一人で悩んで悩んで、やっと自分に話せたのだろうと陽菜は思った。
陽菜は茜の一番の味方でいようと、心に決めた。

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