昭和少年愚連隊 外伝

リル

文字の大きさ
上 下
2 / 5
外伝

古沢

しおりを挟む
 
 

私はガソリンスタンドでバイトをしていた。
 
 
 
そこに古沢が新しいバイトとして入ってきた。
 
古沢は、私と同い年で、とても気があった。
 
そのうえ、彼は他のガソリンスタンドでの経験があり、色々教えてくれた。
 
私は上手いワックスがけの方法も知らなかった。
 
「こうやるとキレイになるよ」と古沢は懇切丁寧に教えてくれたものだ。
 
 
 
古沢は、車とバイクを所有していた。
 
車はCR-X、バイクはあの頃としては珍しい125ccのスクーターバイクであった。
 
私にはとてもバイト代だけではとても手に入らないものだった。
 
家が金持ちなのか?などと思っていた。


 
なぜなら、車やバイクを所有している割には、人にジュースや昼飯などをよくおごるのだ。
 
私も昼飯に近くのラーメン屋でおごってもらったことがある。
 
とてもローンで苦労しているようには見えなかった。
 
 
 
古沢は温厚なおとなしい人だった。
 
顔もやさしい顔をしていて、笑うと八重歯が見え
 
クルクルっとした天然パーマだった。 


仕事もまじめで、風邪をひいていても出てきて皆に心配されながら仕事をする。
 
相当なことでなければ欠勤なんぞ一回も無かった。
 
上司からの信頼はとても厚かった。
 
 
 
私とは大違いだった。
 
私といえば、酒を飲みすぎては休み。
 
ちょっと風邪をひいては休み。
 
上司からは生意気だと言われ、信頼なんぞこれっぽっちも無かった。
 
 
 
そのころのガソリンスタンドは「セルフ」など無く
 
ガソリンを入れる以外にも車の整備点検を客に勧めていた。
 
「オイル交換したほうがいいですよ?」
 
「洗車はいかがですか?」
 
「ラジエーターの点検をします」
 
などと言って、ガソリン給油以外のサービスを率先して売っていた。
 
そうすると、客はスタンド内の待合室に行ってサービスのまずいコーヒーを飲みながら、車の点検や洗車が終わるのをじっと待っているのだ。
 
 
 
特に今と大きく違うのは洗車だ。
 
ボディを洗車機で洗ったあと、車内を掃除機で掃除する。
 
これで2000円。
 
客もよく払ったものだと思うが、時代はバブル。
 
今では考えられない簡単なサービスでお金が取れた。
 
 
 
車内を掃除機で掃除をしていると、
 
イスの下に落ちていた小銭を吸い取ってしまうことがある。
 
それを我々バイト仲間は、ごみ捨ての際、搾取し「臨時収入」として皆でジュースなどを買っていた。
 
スタンドのY所長は、そのことを知っていたが黙認していた。
 
 
 
ある日、私が客の車を洗車機に入れると、Y所長が、わざわざ見にきた。
 
「なんですか?」と聞くと
 
「いや、なんでもない」と行ってしまう。
 
そんなことが何度があった。
 
また、ある日、掃除機で車内を掃除していると
 
またまた、Y所長が後ろに立って見ている。
 
何度も聞くのは野暮なので無視して掃除を続けていると
 
いつの間にか居なくなっている。
 
「なんか、やり方に文句があるのか?」
 
はたまた「臨時収入」の件がヤバイのか?」と思っていたが
 
いそがしいので、すぐに忘れてしまった。
 
 
 
古沢が来て半年ほど経ったとき
 
新しいスタンドがオープンするのでY所長と古沢が、そのスタンドに勤務することになった。
 
私は「せっかく仲良くなれたのに」と思い、なごり惜しかった。
 
しかし、それも日々の忙しさで忘れていった。
 
Y所長の代任は、伊藤さんが昇格して所長となった。
 
 
 
古沢がいなくなって2週間ほど経ったとき
 
会社の「ガソリンスタンド事業部」の飲み会があった。
 
この会社はガソリンスタンドを5箇所も経営していて
 
バイトも含め皆が集まると、たいそうな人数になった。
 
「久々に古沢に会えるな」と思って出かけていくと
 
会場に古沢は居なかった。
 
Y所長が居たので「古沢は?」と聞くと
 

なにか、誤魔化す感じではっきりとした返事がない。
 
「変だな?」と思い、他の人にも聞いてみるが
 
皆、誤魔化している感じがする。
 
そのうち酒も入ってきて、その事はどうでもよくなった。
 
 
 
次の日、伊藤所長から古沢についての話があった。
 
「古沢くんはね、Y所長のところに行ったのではなく、クビになったんだよ」
 
「え?なんで?」
 
「Y所長ののサイフから、お金を盗んでいたんだ」
 
衝撃的な話だった。
 
あんなに、まじめな古沢が泥棒だった?
 
「なんでわかったんですか?」と私は聞いた。
 
スタンドの奥に事務所があり、そこに個人用ロッカーがあった。
 
事務所では、ご飯を食べたり、着替えをしたりする。
 
誰かが、そこに居ることは普通のことであったが
 
夕方、仕事が終わって着替えるときは、
 
順番で着替えるので一人になることが多かった。
 
 
 
伊藤所長は言った。
 
「Y所長が、お金が無くなっているのに気づいたのは数ヶ月前からだったんだ。
 
でもなくなる金額が800円とか、1300円とか半端な金額なんで
 
 最初はおかしいな?自分の勘違いか?と思っていたけど、
 
 あまりに無くなるので、 ちゃんと数えておいて、
 
 誰かが着替え終わって、帰るたびに
 
 ロッカーに行ってお金を数えたら、
 
 いつも古沢くんが帰ったあとにお金が無くなっていた。
 
 まじめだと思っていた古沢くんが犯人と知ってショックだったな。
 
 最初は誰が犯人かわからなかったし、
 
 客のお金に手をつけられてはと思って
 
 皆の行動を監視したりしていたんだ。
 
 よく、Y所長が見に行ったりしていただろう?」
 
 
 
「と、いうことは自分も疑われていたんですね?」と私が聞くと
 
「そういうことになるかな」と伊藤所長は言った。
 
 
 
その日は、皆、黙って帰った。
 
 
 
人は見かけや、その態度だけでは判断できないなぁ。
 
と思った二十歳のころであった。
 
 
 
しばらくして私はスタンドのバイトを辞めた。
 
 
 
3ヵ月後にスタンドに行ってみると、知った顔は誰も居なくなっていた。
 
古沢の事件で、皆、居づらくなってしまったのか?
 
誰か居ないかな?と事務所を覗くと、Y所長が居た。
 
伊藤所長と入れ替わり、こちらに戻ってきたという。
 
「そりゃ、皆、辞めるわけだ。」と思った。
 
Y所長は、
 
「おお、久しぶり。また一緒に働かない?」と声をかけられたが
 
「滅相もございません」と訳のわからない受け答えで話をはぐらかした。
 
 
 
あれから数十数年。
 
今やスタンドは潰れ廃墟となっている。
 
また、その親会社も去年潰れてしまった。
 
 
 
皆、どうしているのかなぁ?
 
いまだに、古沢に教わった車の磨き方は忘れていない。
 
 
 

 
しおりを挟む

処理中です...