ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第二章 使命を探す旅

第27話 大洪水の跡

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 フィオナが鞄から取り出した紙きれを見て、飛翔は驚いたように声を挙げた。

「フィオナ、それはもしかしてお金なのか?」
「え? そうよ。飛翔は紙のお金を初めて見たの?」
「ああ、俺の国では金貨だったから」
「金貨! それは今ではお金持ちの特権だわ。私達一般庶民はこの紙のお金よ。一クルムが一番小さい単位で、千クルムは一トルガっていうお札と一緒の価値があるんだけど、市場でトルガを使うようなことはないわね」

 そう言いながら、紙のお金を飛翔にも見せてくれた。

「うちのお父さんの話によれば、隊商の人達にとって金貨を持ち歩くのは重くて危険だから、紙の支払い証明書を使って取引していたそうよ。その支払い証明書を換金してもらって金貨とか銀貨に替えていたらしいんだけど、金とか銀が足りなくなってきて、そのまま紙のお金を使うようになったって」

 金貨はお金持ちの物。
 飛翔はなるほどと思いながらも、少し寂しい気持ちになった。

 聖杜国に居た時、飛翔は金細工の加工を学んでいた。
 モノづくりが好きだと言うことが一番の理由であったが、国の貨幣づくりに関わると言う重大な責任感もあった。
 如何に、偽造されにくい通貨を作るか。それは貨幣経済を取り入れている全ての国にとって、信用に関る大切な問題だったからだ。
 その技術を身につけることは、国の経済を支える要となれるはず。

 でも今はもう、金のお金は必要無いのか……

 そう思った瞬間、新たな疑問が湧いた。

 紙のお金の方が偽造されやすいのでは無いだろうか?

「フィオナ、紙のお金は燃えてしまったら、灰になってしまうよな。それに、簡単に刷って配りまくることもできるよ。そんな危険なお金で大丈夫なのか?」
「燃えないようには気を付けているわよ。でも、簡単に印刷なんてできないわよ。スッゴク難しい模様なんだから。バンドスには、そう言う高度な技術があって、お金の印刷はバンドスでしか行われていないのよ。他のところで作ったお金は没収なの。この壮国では、壮国のヂュィンと言うお金と、貿易通貨のクルムとトルガの二種類の通貨があるんだけど、どちらもバンドスで作られているのよ。この二つのお金は一定の基準で交換することができるわよ」

 そう言う事か……金に細工を施すのでは無くて、印刷の型を作る仕事があるんだな。
 バンドスには、優秀な細工師がいると言うことか。
 だから偽造できないくらい緻密な原版を作ることができるのだろう。

 飛翔は陽春ヨウシュンという先輩細工師を思い浮かべた。

 陽春さんくらい上手な人がいたら安心だろうな。


「お疲れ様でした~」
 飛翔の背中から大きな荷物を降ろすのを手伝いながらフィオナが言った。

「飛翔って、結構体が強いのね。こんなたくさんの荷物を持ったまま、あの坂道を登るのに、息も切らせずに登れるなんて、凄いわー! 背は高いけど結構細いから、ひ弱かと思ってたわ」

 フィオナには、自分がひ弱な人間に見えていたのだと、軽くショックを受けながら、飛翔はフィオナとの怒涛のような買い物を思い返す。

 市場中の食料品店を全部一巡りしてから、一番値段の安い店に行って、更に値切り交渉をするたくましい姿に、内心舌を巻いた。
 自分にはとてもできない芸当だと思うと同時に、生きていく力強さを感じて、勇気づけられた気がした。

 値切り交渉と言っても、世間話をするような楽しい会話の一部だった。元気で率直なフィオナの明るさがみんなの気持ちを明るくして、みんなもフィオナが大好きだということが伝わってきた。

 飛翔はふとフィオナとは対照的な、物静かなリフィアを思い出していた。

 リフィアはどうしているだろう……
 今頃泣いているだろうか。
 いや、リフィアのことだ。
 きっと、心の中では泣きながらも、機織り機の前に座り続けているに違いない。
 何も言わず、作品に想いを込め続けているんだろうな。

「ちょっと! 飛翔聞いてる?」
 フィオナに腕を引っ張られて、飛翔は現実に引き戻された。

「庭のぶどうレザンを収穫するの手伝って欲しいんだけど。いいかしら?」
「ああ、もちろん」


 ドルトムントが言っていた通り、かなり自然任せの畑の横に、簡単な棚が作られていて、ぶどうの木が植えられている。まばらな実の付き方から自然栽培の限界が感じられるが、味のほうは案外甘みが強くて美味しかった。

 丘の斜面を眺めながら、飛翔はフィオナに尋ねた。

「フィオナ、この丘の南側が今さっき行った町だよな。反対の北側は、俺が倒れていた砂漠で合っているか?」
「そうよ。南側がミザロの町よ。西から東へ川が流れているんだけど、途中で東と南に分岐するから、南の海洋都市バンドスへ荷物を運ぶ起点にもなっているのよ」

 フィオナはそう言いながら、今度は飛翔を北側の斜面に連れて行く。

「こっちの北側はなだらかな丘陵が続いているけど、その終わりから先はシャクラ砂漠が始まっているわ」
 心なしか北側の斜面の方が、草木が少ない気がする。

「面白い話なんだけどね」
 フィオナは思い出したように話を続けた。

「お父さんのお友達の地質学者のヘリオスの話だと、ミザロの町は千年くらい昔に、大洪水があったんですって。地層にそれが表れているって言うのよ。こんな砂漠で大洪水って、いったい何があったのかしらね? スルスの湧き水が溢れかえったのかしら?」
「大洪水の跡?」
「ええ」

 千年前に何が起こったというのだろうか?
 あの緑豊かな聖杜国が砂漠になり、砂漠のミザロに洪水が起こった。
 飛王たちは巻き込まれて被害を受けたり、命を落としたりしたのではないだろうか?

 飛翔が不安を覚えて考え込んでいると、フィオナがさらりと尋ねてきた。

「ねえ、飛翔。双子のお兄さんの飛王ヒオウって、あなたと顔がそっくりなの?」
「飛王は……顔は似てると思うよ。でも、飛王の方は髪が濃い群青で、瞳の色も琥珀色に近いな。飛王は俺よりがっしりしていて、頼りがいがあって、武術が得意で、強くて、優しくて、自慢の兄だよ」

 難しい顔をしていた飛翔のまなざしが、急に和らぐ。

「うわぁ、素敵なお兄さんなのね。お兄さんは武闘派か~じゃあ、飛翔は何が得意だったの?」
「俺は、細工師の修行中だったんだ。小さいころから物を作るのが好きでね」
「おお~ハダルの予想通り!」
「ハダルが何て?」
「指にタコの跡があるから、物づくりをしていたんじゃないかって!」
「すごいな。ハダルには、そんなことまで分かってしまうんだ!」
「そうだ! 飛翔! お父さんの倉庫に積みあがっているガラクタ使って、あなたのその物づくりのセンスを生かして、売れる商品に変身させるってできるかしら? そうしたら、少しは家計の役に立つと思うんだけど」
「はっはっは! フィオナはたくましいな!」

 飛翔は思わず大声をあげて笑った。

 昨日ハダルも言っていたけれど、確かにフィオナはしなやかで強い!

「そんなに笑う事ないじゃない~」
 フィオナは顔を赤らめた。

「がめつい娘って思ったんでしょ! どうせ私は、お金の亡者よ!」

 今度はぷりぷりと怒っていたが、ふと思い直したように言った。

「でも、飛翔が明るくなって良かったわ。笑った顔素敵よ! これからもいっぱい笑って過ごせるといいわね」

 今度は飛翔が顔を赤らめる番だった。笑った顔が素敵だなんて、面と向かって言われたのは初めてだった。
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