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第三章 飛王の即位
第38話 聖杜の日常
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飛王の即位式が無事終わり、聖杜にはいつも通りの平穏な日々が戻ってきたように思えた。
少なくとも、見かけは平和だった。
彰徳王暗殺を自白した真成が捕まり、暗殺部隊が全滅したことで、天空国の脅威は終わったように思っている人々もいた。
だが、こんなことであきらめる神親王ではないはずだ。
この国の存在を、『知恵の泉』の存在を知ってしまったのだから。
飛王は瑠月に、周辺調査を強化するように依頼した。
敵の襲撃にいち早く気づき、被害を抑えるための警備網を敷く必要があったからだ。
近衛兵の中でも、一番剣術の腕が立つ李秀に飛王の警護を委ねて、瑠月自らが周辺調査へ赴いて行った。
慌ただしい瑠月たちとは違い、王立学校や工房、研究施設では、今まで通りの生活に戻っていた。毎朝、明るい子ども達の声が王宮内に溢れる。みんな学校で学ぶために登校してくるからだ。
そして、工房や研究施設でも、それぞれの専門分野にそって修行や実験が行われていた。
そんな施設の一角に、機織機がずらりと並んだ部屋がある。
たくさんの織手が一心に手を動かしていた。
並んでいる機織機にも種類があるようだ。
一つ目は、腰機。
輪にした縦糸の束の片側を織る人の腰で支えることによって、張力を調整しながら織っていく方法で、地べたに座る格好で織り上げていく。織手の技量によって、織り上がった布の風合いが変わってくるので、まさに手作りの原点とも言うべき機織機だ。
学び始めたばかりの子は、まずここから習い始めるので、年若い織手が必死に糸と格闘している様子が微笑ましかった。
ある程度修練を積んだ生徒たちは、高機という椅子に座って織れる織機を操作している。こちらは縦糸を足踏みペダルで交互に上下させて、緯糸が通る隙間を一気に開けられるようになっている。後から張力を調整し辛い分、最初にたるまないようにきちっと縦糸を張って置く必要があった。
高機の良いところは腰機より幅の広い布が速く織り上げられるところ。
そこで、生徒達の課題の一つに、聖杜国の人々の青い下着用の布地づくりも入っていた。
年に一度、工房や研究所で学んでいる生徒が一斉に聖杜の川のほとりに集まって、夜光虫の繭集めをする。みんなにとっては遠足気分で楽しみな行事の一つでもあった。その後は、染色や機織を学んでいる生徒が、製糸、染色をして織り上げていくのだ。今年もみんな一生懸命織り上げている最中であった。
そんな沢山の織手に交じって、リフィアも一心に機を織っていた。
リフィアの機織機は、他の人たちと違って一段と大きく、木製では無くて鉄製の綜絖(縦糸を通す部分)がはめ込まれていた。綜絖板の数も多く、より複雑な模様が織れるようになっている。
「よう! リフィア」
飛王たちの仲間の一人で、製鉄職人の修行中である冬青が、慣れた様子で機織部屋に入ってくると、リフィアの横へやってきて、気軽にドカッと腰を下ろした。
「織機の調子はどうだい?」
「冬青。ありがとう。すごく調子良いわ。滑らかに動いてくれるからとってもはかどるのよ」
「そうか、良かった」
リフィアほどの織手はそうそういない。
複雑な模様を編み込むことに長けていて、労力も惜しまないので、若い織手から憧れの目で見られていた。
そんなリフィアの能力を更に発揮してもらおうと、より丈夫で滑らかに動く鉄製の機織機が作られたのだった。
腕の良い製鉄士見習いである冬青も機織機の作成班に加わっていた。
「飛翔……どうしているかな」
冬青はちょっと声を落としてリフィアに言う。
リフィアはにこやかな表情を変えずに、
「きっと大丈夫よ」
と答える。
「そうだよな」
冬青も自分で自分に納得させるように、その言葉を繰り返した。
すると、リフィアに次ぐ腕前の持ち主の杏里と茶織が、牽制するように二人の間に入って来た。
「冬青! 飛翔がいないからって、気安くリフィアに近づいたら、私達が許さないんだからね」
威勢のいい杏里がそう言うと、
ぎょっとした冬青は、慌てて腰を浮かす。
「なんだよ。織機の調子を見にきただけじゃないか。人を悪人呼ばわりするなよ」
「そんなこと言って、リフィアを慰めるフリして、いい人ぶって話しかけているじゃないさ」
茶織も負けじと言う。
「二人とも、何を心配しているの?」
当のリフィアはちんぷんかんぷんで驚いている。
冬青が実はリフィアを好きだという事は、本人以外にはバレバレであった。
冬青は、かしまし娘二人に責められては分が悪いと悟ったのか、早々に引き上げていった。
杏里と茶織は笑いながら、冬青の背中にべーと舌を出している。
「二人とも、どうしたのよ?」
恋愛に疎いリフィアは、疑問符が噴出した顔をしているが、杏里と茶織はリフィアに向き直って、お昼にしようと声を掛けた。
三人で連れ立って食堂へ行けば、既にいつもの仲間たちが集まって来ていた。
先ほどの製鉄士見習いの冬青も既に来ていたのだが、その他には
将来は造船士になりたいと思っている考建
船の防水用塗料の開発者を夢見る沙泉
蒸気の研究をしている良生
楽器作りと自身も音楽家の藍楽
農作物の品種改良をしている誠也
香りと医療の研究をしている流花
染色の勉強をしている紫蘭
そして織手の杏里と茶織とリフィア
本当はこの中に、飛王と飛翔と瑠月も入っていた。
みんな仲の良い仲間であった。
彰徳王の死が無ければ、今頃まだこんなふうに、みんなで昼を食べながら、将来を語り合っていたはずだった。
いつもと変わらない昼食風景。
でも、いないメンバーを思いながら、口にすることもままならず、みんな必死に笑っていたのだった。
少なくとも、見かけは平和だった。
彰徳王暗殺を自白した真成が捕まり、暗殺部隊が全滅したことで、天空国の脅威は終わったように思っている人々もいた。
だが、こんなことであきらめる神親王ではないはずだ。
この国の存在を、『知恵の泉』の存在を知ってしまったのだから。
飛王は瑠月に、周辺調査を強化するように依頼した。
敵の襲撃にいち早く気づき、被害を抑えるための警備網を敷く必要があったからだ。
近衛兵の中でも、一番剣術の腕が立つ李秀に飛王の警護を委ねて、瑠月自らが周辺調査へ赴いて行った。
慌ただしい瑠月たちとは違い、王立学校や工房、研究施設では、今まで通りの生活に戻っていた。毎朝、明るい子ども達の声が王宮内に溢れる。みんな学校で学ぶために登校してくるからだ。
そして、工房や研究施設でも、それぞれの専門分野にそって修行や実験が行われていた。
そんな施設の一角に、機織機がずらりと並んだ部屋がある。
たくさんの織手が一心に手を動かしていた。
並んでいる機織機にも種類があるようだ。
一つ目は、腰機。
輪にした縦糸の束の片側を織る人の腰で支えることによって、張力を調整しながら織っていく方法で、地べたに座る格好で織り上げていく。織手の技量によって、織り上がった布の風合いが変わってくるので、まさに手作りの原点とも言うべき機織機だ。
学び始めたばかりの子は、まずここから習い始めるので、年若い織手が必死に糸と格闘している様子が微笑ましかった。
ある程度修練を積んだ生徒たちは、高機という椅子に座って織れる織機を操作している。こちらは縦糸を足踏みペダルで交互に上下させて、緯糸が通る隙間を一気に開けられるようになっている。後から張力を調整し辛い分、最初にたるまないようにきちっと縦糸を張って置く必要があった。
高機の良いところは腰機より幅の広い布が速く織り上げられるところ。
そこで、生徒達の課題の一つに、聖杜国の人々の青い下着用の布地づくりも入っていた。
年に一度、工房や研究所で学んでいる生徒が一斉に聖杜の川のほとりに集まって、夜光虫の繭集めをする。みんなにとっては遠足気分で楽しみな行事の一つでもあった。その後は、染色や機織を学んでいる生徒が、製糸、染色をして織り上げていくのだ。今年もみんな一生懸命織り上げている最中であった。
そんな沢山の織手に交じって、リフィアも一心に機を織っていた。
リフィアの機織機は、他の人たちと違って一段と大きく、木製では無くて鉄製の綜絖(縦糸を通す部分)がはめ込まれていた。綜絖板の数も多く、より複雑な模様が織れるようになっている。
「よう! リフィア」
飛王たちの仲間の一人で、製鉄職人の修行中である冬青が、慣れた様子で機織部屋に入ってくると、リフィアの横へやってきて、気軽にドカッと腰を下ろした。
「織機の調子はどうだい?」
「冬青。ありがとう。すごく調子良いわ。滑らかに動いてくれるからとってもはかどるのよ」
「そうか、良かった」
リフィアほどの織手はそうそういない。
複雑な模様を編み込むことに長けていて、労力も惜しまないので、若い織手から憧れの目で見られていた。
そんなリフィアの能力を更に発揮してもらおうと、より丈夫で滑らかに動く鉄製の機織機が作られたのだった。
腕の良い製鉄士見習いである冬青も機織機の作成班に加わっていた。
「飛翔……どうしているかな」
冬青はちょっと声を落としてリフィアに言う。
リフィアはにこやかな表情を変えずに、
「きっと大丈夫よ」
と答える。
「そうだよな」
冬青も自分で自分に納得させるように、その言葉を繰り返した。
すると、リフィアに次ぐ腕前の持ち主の杏里と茶織が、牽制するように二人の間に入って来た。
「冬青! 飛翔がいないからって、気安くリフィアに近づいたら、私達が許さないんだからね」
威勢のいい杏里がそう言うと、
ぎょっとした冬青は、慌てて腰を浮かす。
「なんだよ。織機の調子を見にきただけじゃないか。人を悪人呼ばわりするなよ」
「そんなこと言って、リフィアを慰めるフリして、いい人ぶって話しかけているじゃないさ」
茶織も負けじと言う。
「二人とも、何を心配しているの?」
当のリフィアはちんぷんかんぷんで驚いている。
冬青が実はリフィアを好きだという事は、本人以外にはバレバレであった。
冬青は、かしまし娘二人に責められては分が悪いと悟ったのか、早々に引き上げていった。
杏里と茶織は笑いながら、冬青の背中にべーと舌を出している。
「二人とも、どうしたのよ?」
恋愛に疎いリフィアは、疑問符が噴出した顔をしているが、杏里と茶織はリフィアに向き直って、お昼にしようと声を掛けた。
三人で連れ立って食堂へ行けば、既にいつもの仲間たちが集まって来ていた。
先ほどの製鉄士見習いの冬青も既に来ていたのだが、その他には
将来は造船士になりたいと思っている考建
船の防水用塗料の開発者を夢見る沙泉
蒸気の研究をしている良生
楽器作りと自身も音楽家の藍楽
農作物の品種改良をしている誠也
香りと医療の研究をしている流花
染色の勉強をしている紫蘭
そして織手の杏里と茶織とリフィア
本当はこの中に、飛王と飛翔と瑠月も入っていた。
みんな仲の良い仲間であった。
彰徳王の死が無ければ、今頃まだこんなふうに、みんなで昼を食べながら、将来を語り合っていたはずだった。
いつもと変わらない昼食風景。
でも、いないメンバーを思いながら、口にすることもままならず、みんな必死に笑っていたのだった。
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