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第六章 古の泉
第56話 信念と信念
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議事堂内の『対話の間』で、宰相たちを待っていた飛王と瑠月は、廊下を歩いてくる足音の異様な雰囲気に、警戒感を募らせていた。
扉の向こうから現れたのは、開項と斉覚、数人の近衛兵。
そして、縄を打たれたグリフィス先生。
飛王は驚きと怒りに声を震わせた。
「これは一体どういうことだ!」
「パパ!」
心配でそのまま後を付いて来たらしいリフィアを、扉横に控える近衛兵が押しとどめている。
「飛王、この場で決していただきたいことがあります!」
開項は良く通る声で、いきなりそう告げてきた。
「話はグリフィス先生の縄を解いてからだ!」
「それでは意味がありません」
「脅しているのか!」
「どうとっていただいてもかまいません。が、人の命がかかっているのは同じことなのです」
開項はそう言うと、飛王に有無を言わさず決断を迫ってきた。
「今この時より、聖杜国《セイト》が自国を守るための軍を持つことを許可してください。そして、速やかに軍事訓練を始めることと、武器の製造を推し進めてください」
「何を言う! 聖杜国は今まで自衛の近衛兵以外は持たないことと決めてきたでは無いか。それを今更……」
「ええ、今更です! もう遅いです。 でも、備えないよりはマシでしょう。飛王、あなたは武力も無く、この先どうやって備えるつもりなんですか! 聖杜の民の命をどうやって守るつもりなんですか!」
開項の問いかけに、その場にいるみんなが飛王の顔を注視した。
確かに、天空国の軍はもうすぐ近くにまで来ているに違いない。
一体、どうやってこの国を守れば良いのか?
「大丈夫だ。今までだって、この国は大きな力によって守られてきている。だから今回もきっと大丈夫だ。もし軍を作ってしまったら、それこそ戦の連鎖が始まってしまう。ここはじっと耐えて……」
「だから、甘いのです。あなたも! あなたの御父上も!」
その言葉に、飛王は全てを悟った。
父王が殺された本当の理由。
天空国の脅威に対抗するために、恐らく右宰相の開項と左宰相の斉覚は再三にわたり、軍を組織するように上申していたのだろう。
だが、彰徳王はそれを拒否し続けた。
聖杜国にとって、『ティアル・ナ・エストレア』の言葉は絶対的なものだった。
そして今までは、彰徳王の言葉を信じていれば大丈夫と人々は思っていた。
だが、天空国からの侵略の恐怖を前にして、その信頼は遂に崩れ去った。
父上の毒殺も、禊祭の暗殺事件も、開項と斉覚との合意があったから、真成は事を起こしたのだ!
なんということだ!
俺は何も気づいていなかった……
飛王は己の無知と無力さに、唇を噛んで俯いた。
開項は努めて冷静な声で続けた。
「飛王! そろそろ目を覚ましてください。もう軍を持たないなどと言っている場合では無いのです。目の前まで天空国の兵が迫っているのですぞ!」
「我々自身の手で国を守るしかないのです。それなのに、彰徳王は頑なに軍隊組織の構築を拒まれた。そして、迫りくる天空国の脅威に何もしなかった。だから今こんなに窮地に陥ってしまっているのです。飛王! これは最後のお願いをしているのですよ」
斉覚もなだめるような視線を飛王に向けて言った。
「だから真成に父を毒殺させ、天空国の暗殺部隊を引き入れたのか!」
「暗殺部隊は真成の独断です。我々は軍を配備した後、速やかに天空国とは友好関係を結ぼうと思っています。何も戦争を起こそうと言っているわけではないのです」
「神親王の目的は『知恵の泉』だぞ! 友好関係を結ぶためにこの都へ招き入れたら、一瞬で全滅か、属国にされるかもしれないんだぞ」
「なら、なおさら、我々は自分達を守るための武器をもたなくてはならない。武器を背景に話し合いをしなければ、簡単に滅ぼされるだけです。飛王、あなたの言っていることは矛盾だらけだ」
開項は苛立ちを隠しもせずにぶつけてきた。
「飛王、あなたも、彰徳王も軍は持たないと言う。それは一見綺麗な理想の国です。誰の血も流さないで生きる……とても平和で清らかな国です。でも!」
開項は周りの近衛兵たちを見まわしてから、もう一度飛王を睨んだ。
「今までだって、天空国からの脅威は度々近くまで迫っていたのです。それに立ち向かってきたのは、自衛のために組織された近衛兵たちです。命を張って守ってきた近衛兵たちがいたから、聖杜国の平和が成り立っているのです! 彼らの犠牲が、命が、今まで一滴の血も流れていないなんて、よもや思っていないですよね」
飛王は突き付けられた真実に、言葉を失った。
確かに、不戦と言うのは簡単だ。
だが、何の犠牲も無く平和に……それが絵空事なのも確かだ。
飛王は、平和と言う温かい言葉の後ろに隠されていた犠牲を改めて思い、自分の考えの甘さや至らなさに申し訳なくなった。
確かに、近衛兵たちには辛い思いをさせておきながら、何の見返りも栄誉も、感謝の気持ちでさえも、足りていなかった……
「彰徳王は、我々の意見など無視して、そこのグリフィスなる異国人の意見を徴用しておられた。戦わない美学なんて、危機的状況の中では何の意味も持たない! とにかく、時間が無いのです! ご決断を!」
斉覚も迫ってきた。
確かに、父はグリフィス先生を信頼していた。
その揺るぎない信条を尊敬していたからだ。
事情を知る飛王は悲しい気持ちになった。
かつてグリフィスは、キリトの優秀な科学者だった。
鉱物資源の豊富なキリトでは、その採掘に力を入れていた。
より短時間で、より多く掘り出す技術。
そのために研究を進めていたのがグリフィスだった。
そして、固い岩山を崩すための爆薬の開発に成功したのだった。
ところが、キリト国は、それを軍事利用しようとした。
大量殺戮兵器として。
人々の豊な生活を夢見て開発した技術が、人々を殺すために使われようとしている!
なんとか阻止しなければと思ったグリフィスは、技術に関する資料を全て灰にし、家族を連れて逃亡する。
厳しい氷の宝燐山を越え、途中で妻を失いながらも、リフィアと二人この国へ逃れてきたのだった。
彰徳王がグリフィスを信頼していたのは、その高潔なる精神ゆえにだった。
大量殺戮兵器と言う抑止力を持つこと、それは決して人々を幸せにはしないと彰徳王は思っていた。
だが、その使用をちらつかせることが戦争を抑止する力を持っていることも、また悲しい事実であった。
その狭間の中で、父王が、グリフィス先生が、ずっと悩み続けていたことを飛王は知っている。
どうして人間は、争うことを止められ無いのだろう……
溢れるばかりの叡智を得て、優しい心も持っていながら、なぜ!
飛王は苦し気な表情で、それでも意を決したように告げた。
「近衛兵たちの命の犠牲の上に聖杜の平和があった。それは紛れもない事実だ。私はこれからその思いに答えていかなくてはいけないことは分かった。でも、だからと言って、その犠牲者を増やすようなことは、やっぱりしたく無いんだ。軍を組織すれば、命を張る人の数が増えることになるだけだ。それで戦いが起こらないと言うのであれば、いいかもしれない。でも、それは絶対に戦の連鎖を生む。だから、頼む!
引いてくれ。グリフィス先生も開放してくれ! 俺はやっぱりイエスとは言えない!」
「それがあなたの答えですか?」
飛王が悲痛な面持ちで頷くと、
「では、我々があなたを倒すまでです」
開項と斉覚が、自ら剣を抜き放った。
「『ティアル・ナ・エストレア』の交代を要求します!」
扉の向こうから現れたのは、開項と斉覚、数人の近衛兵。
そして、縄を打たれたグリフィス先生。
飛王は驚きと怒りに声を震わせた。
「これは一体どういうことだ!」
「パパ!」
心配でそのまま後を付いて来たらしいリフィアを、扉横に控える近衛兵が押しとどめている。
「飛王、この場で決していただきたいことがあります!」
開項は良く通る声で、いきなりそう告げてきた。
「話はグリフィス先生の縄を解いてからだ!」
「それでは意味がありません」
「脅しているのか!」
「どうとっていただいてもかまいません。が、人の命がかかっているのは同じことなのです」
開項はそう言うと、飛王に有無を言わさず決断を迫ってきた。
「今この時より、聖杜国《セイト》が自国を守るための軍を持つことを許可してください。そして、速やかに軍事訓練を始めることと、武器の製造を推し進めてください」
「何を言う! 聖杜国は今まで自衛の近衛兵以外は持たないことと決めてきたでは無いか。それを今更……」
「ええ、今更です! もう遅いです。 でも、備えないよりはマシでしょう。飛王、あなたは武力も無く、この先どうやって備えるつもりなんですか! 聖杜の民の命をどうやって守るつもりなんですか!」
開項の問いかけに、その場にいるみんなが飛王の顔を注視した。
確かに、天空国の軍はもうすぐ近くにまで来ているに違いない。
一体、どうやってこの国を守れば良いのか?
「大丈夫だ。今までだって、この国は大きな力によって守られてきている。だから今回もきっと大丈夫だ。もし軍を作ってしまったら、それこそ戦の連鎖が始まってしまう。ここはじっと耐えて……」
「だから、甘いのです。あなたも! あなたの御父上も!」
その言葉に、飛王は全てを悟った。
父王が殺された本当の理由。
天空国の脅威に対抗するために、恐らく右宰相の開項と左宰相の斉覚は再三にわたり、軍を組織するように上申していたのだろう。
だが、彰徳王はそれを拒否し続けた。
聖杜国にとって、『ティアル・ナ・エストレア』の言葉は絶対的なものだった。
そして今までは、彰徳王の言葉を信じていれば大丈夫と人々は思っていた。
だが、天空国からの侵略の恐怖を前にして、その信頼は遂に崩れ去った。
父上の毒殺も、禊祭の暗殺事件も、開項と斉覚との合意があったから、真成は事を起こしたのだ!
なんということだ!
俺は何も気づいていなかった……
飛王は己の無知と無力さに、唇を噛んで俯いた。
開項は努めて冷静な声で続けた。
「飛王! そろそろ目を覚ましてください。もう軍を持たないなどと言っている場合では無いのです。目の前まで天空国の兵が迫っているのですぞ!」
「我々自身の手で国を守るしかないのです。それなのに、彰徳王は頑なに軍隊組織の構築を拒まれた。そして、迫りくる天空国の脅威に何もしなかった。だから今こんなに窮地に陥ってしまっているのです。飛王! これは最後のお願いをしているのですよ」
斉覚もなだめるような視線を飛王に向けて言った。
「だから真成に父を毒殺させ、天空国の暗殺部隊を引き入れたのか!」
「暗殺部隊は真成の独断です。我々は軍を配備した後、速やかに天空国とは友好関係を結ぼうと思っています。何も戦争を起こそうと言っているわけではないのです」
「神親王の目的は『知恵の泉』だぞ! 友好関係を結ぶためにこの都へ招き入れたら、一瞬で全滅か、属国にされるかもしれないんだぞ」
「なら、なおさら、我々は自分達を守るための武器をもたなくてはならない。武器を背景に話し合いをしなければ、簡単に滅ぼされるだけです。飛王、あなたの言っていることは矛盾だらけだ」
開項は苛立ちを隠しもせずにぶつけてきた。
「飛王、あなたも、彰徳王も軍は持たないと言う。それは一見綺麗な理想の国です。誰の血も流さないで生きる……とても平和で清らかな国です。でも!」
開項は周りの近衛兵たちを見まわしてから、もう一度飛王を睨んだ。
「今までだって、天空国からの脅威は度々近くまで迫っていたのです。それに立ち向かってきたのは、自衛のために組織された近衛兵たちです。命を張って守ってきた近衛兵たちがいたから、聖杜国の平和が成り立っているのです! 彼らの犠牲が、命が、今まで一滴の血も流れていないなんて、よもや思っていないですよね」
飛王は突き付けられた真実に、言葉を失った。
確かに、不戦と言うのは簡単だ。
だが、何の犠牲も無く平和に……それが絵空事なのも確かだ。
飛王は、平和と言う温かい言葉の後ろに隠されていた犠牲を改めて思い、自分の考えの甘さや至らなさに申し訳なくなった。
確かに、近衛兵たちには辛い思いをさせておきながら、何の見返りも栄誉も、感謝の気持ちでさえも、足りていなかった……
「彰徳王は、我々の意見など無視して、そこのグリフィスなる異国人の意見を徴用しておられた。戦わない美学なんて、危機的状況の中では何の意味も持たない! とにかく、時間が無いのです! ご決断を!」
斉覚も迫ってきた。
確かに、父はグリフィス先生を信頼していた。
その揺るぎない信条を尊敬していたからだ。
事情を知る飛王は悲しい気持ちになった。
かつてグリフィスは、キリトの優秀な科学者だった。
鉱物資源の豊富なキリトでは、その採掘に力を入れていた。
より短時間で、より多く掘り出す技術。
そのために研究を進めていたのがグリフィスだった。
そして、固い岩山を崩すための爆薬の開発に成功したのだった。
ところが、キリト国は、それを軍事利用しようとした。
大量殺戮兵器として。
人々の豊な生活を夢見て開発した技術が、人々を殺すために使われようとしている!
なんとか阻止しなければと思ったグリフィスは、技術に関する資料を全て灰にし、家族を連れて逃亡する。
厳しい氷の宝燐山を越え、途中で妻を失いながらも、リフィアと二人この国へ逃れてきたのだった。
彰徳王がグリフィスを信頼していたのは、その高潔なる精神ゆえにだった。
大量殺戮兵器と言う抑止力を持つこと、それは決して人々を幸せにはしないと彰徳王は思っていた。
だが、その使用をちらつかせることが戦争を抑止する力を持っていることも、また悲しい事実であった。
その狭間の中で、父王が、グリフィス先生が、ずっと悩み続けていたことを飛王は知っている。
どうして人間は、争うことを止められ無いのだろう……
溢れるばかりの叡智を得て、優しい心も持っていながら、なぜ!
飛王は苦し気な表情で、それでも意を決したように告げた。
「近衛兵たちの命の犠牲の上に聖杜の平和があった。それは紛れもない事実だ。私はこれからその思いに答えていかなくてはいけないことは分かった。でも、だからと言って、その犠牲者を増やすようなことは、やっぱりしたく無いんだ。軍を組織すれば、命を張る人の数が増えることになるだけだ。それで戦いが起こらないと言うのであれば、いいかもしれない。でも、それは絶対に戦の連鎖を生む。だから、頼む!
引いてくれ。グリフィス先生も開放してくれ! 俺はやっぱりイエスとは言えない!」
「それがあなたの答えですか?」
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