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第六章 古の泉
第55話 一夜の出来事
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朗月に照らしだされた思い出の庭は、夏を彩る色鮮やかな花々が咲き乱れている。
そこに、待ちわびたかのように揺れる白花一輪。
飛王は自分の想いが通じたことが嬉しくて、急いで駆け寄った。
「リフィア」
呼びかけに振り返ったリフィアには、いつもの温かな笑顔が浮かんでいる。
「飛王、お疲れ様。毎日大変ね」
「まあな、それが王の役目だからしかたないな」
リフィアはふふふっと笑うと、飛王に青い大きな布を差し出した。
「今夜は会えそうな気がしたの。持ってきて良かった」
「これは! 青花布の肌がけ!」
「夏真っ盛りで暑いでしょ。少しでも寝苦しさが解消されるといいなと思って。さらさらしていて青花布は涼しくて気持ちいいからね」
「ありがとう! リフィア。嬉しいよ」
飛王は心の底から嬉しそうな顔になる。
「ちゃんと眠れてないんじゃない?」
リフィアがちょっと心配そうに飛王の顔を覗き込むと、飛王は慌てて視線を逸らした。そのままリフィアの瞳を見つめたら、思わず抱きしめてしまいそうになったから。
リフィアもそんな飛王の様子に気づいたのか、慌てて横の花に視線を移した。
「昨日、久しぶりに翠生翁に会ったよ」
「父のところにもいらしたの。私も久しぶりにおしゃべりしたわ」
「ああだから」……と言いながらリフィアは話を続ける。
「飛王の瞳、迷いが吹っ切れたみたいだったから、ちょっと安心したわ」
「そう見えるかい?」
「ええ」
「そっか……」
「翠生翁のおかげね。きっと」
「ああ」
二人はそのまま、取り留めのない話を続ける。
リフィアが話してくれる工房の仲間たちの失敗談や面白話に、飛王は声をたてて笑った。
そんな飛王を見て、リフィアも嬉しそうに笑う。
どちらかと言うとおしゃべりをするより、おしゃべりを聞いている方が多いリフィアが、飛王を笑わそうと一生懸命思い出しながら話す様子が愛おしくて、飛王の目が優しくなった。
こんなふうに、何の憂いも警戒も無く笑ったのはいつぶりだろう……
飛王はリフィアの顔を見つめながら、一時の癒しに身を委ねた。
その頃、聖杜国の牢の中では、鉄格子から差し込む満月を見上げて、真成が居住まいを正して座っていた。
外の見張りは二人。
事件の起こらない平和な聖杜国にとって、この牢が使われる日がくるとは誰も考えたことは無かった。
不慣れな見張りでは役に立たないだろうと、瑠月は腕利きの近衛兵の中から交代で見張りをさせていたのだった。
捕らわれた真成の方は、事が失敗したと言う割に落ち着いていた。
その理由は、自分はいずれこの牢から出られると確信していたからだった。
「お待ちしておりましたよ。遅かったじゃないですか」
決して弱くはないはずの見張りの兵を、声も出させずに倒した相手を見て、真成は不満そうな声を挙げた。
「失敗しておいて、よくもぬけぬけとそんなことを」
「でも一人になりましたから、その分殺すのも半分になりましたよ」
「何を言っている。肝心の星光石の指輪は、時の彼方へ行ってしまったわ」
「そうでした。これは失礼を。開項様が欲しかったのは、星砕剣と星光石の指輪の二つの神器でしたね」
ほの暗い牢の灯りに映し出された右宰相、開項の顔を見て、真成は小ばかにしたような笑みを浮かべた。
そんな軽口を苦虫をかみつぶしたような顔で聞き流す。
「まさか、天空国の暗殺部隊を聖杜に直接引き入れるなどと、無謀なことをするとは思わなかったぞ。神親王にこの地の場所がばれてしまったでは無いか」
「神親王様に『ティアル・ナ・エストレア』を継承していただけばよいのですから、何の問題もありません」
開項》はため息をつくと重ねて尋ねる。
「その考えを変えるつもりは無いのか?」
「ええ、神親王様は決して私利私欲で動いている方ではありません。それはお会いした私には分かるのです」
「私利私欲で動いていないわけがないだろう。侵略戦争を何のためらいもなくやる奴だぞ」
「こんな小さな衰退に向かっている国は、天空国に吸収された方が、よっぼど豊かになりますよ」
「もう一度聞く。その考え方を変えるつもりは無いのか? 神親王に神器を渡し、『知恵の泉』も渡すと言う考え方を止めるつもりは?」
開項はそう言って、真成を氷の眼差しで見つめた。
「無い!」
そう答えた真成の目は決意に満ちていたが、やがて引きつり、恐怖に見開かれていった。
「それは残念だ」
次の瞬間、真成の体は力なく頽れた。
開項の影から、もう一つの人影がすっと現れた。
近衛兵の服を着たその男は、開項の息子の偲斎であった。
無口で腕の立つ偲斎は、近衛兵の中でも瑠月の信認が厚かったので、今日の見張り役として任についていた。
だが、開項の意を受けて、近隣まで送り込まれた天空国の密偵達の暗殺など、影の仕事もこなしていたのだった。
「悪いな、真成。お前は我々とは考えが違う。いずれこの国に害を及ぼすだろう」
「ご子息に殺させるとは。あなたも酷いですな」
そう言って牢の入り口から姿を現したのは、左宰相の斉覚。
「一つの国を守るためには、誰かが引き受けなければならない仕事だからな。国を害するものは、容赦なく殺害する」
「たとえ王でもですか?」
「当たり前だ。愚王のために滅びた国などごまんとあるわ」
「では、いよいよ聖杜国も、新しい時代の幕開けといきますか」
宰相二人が目指すのは、どんな聖杜国の時代なのか。
「不肖ながら、私もお供しましょう」
左宰相の|斉覚は、そう言って開項に頷いてみせた。
真成殺害の報告は、明け方近くに飛王の元にもたらされた。
急報に飛び起きた飛王の顔が蒼白になる。
一体誰が?
まだ黒幕が居るということなのか?
いったいこの聖杜の国に、何が起こっているというのだ?
そこに、待ちわびたかのように揺れる白花一輪。
飛王は自分の想いが通じたことが嬉しくて、急いで駆け寄った。
「リフィア」
呼びかけに振り返ったリフィアには、いつもの温かな笑顔が浮かんでいる。
「飛王、お疲れ様。毎日大変ね」
「まあな、それが王の役目だからしかたないな」
リフィアはふふふっと笑うと、飛王に青い大きな布を差し出した。
「今夜は会えそうな気がしたの。持ってきて良かった」
「これは! 青花布の肌がけ!」
「夏真っ盛りで暑いでしょ。少しでも寝苦しさが解消されるといいなと思って。さらさらしていて青花布は涼しくて気持ちいいからね」
「ありがとう! リフィア。嬉しいよ」
飛王は心の底から嬉しそうな顔になる。
「ちゃんと眠れてないんじゃない?」
リフィアがちょっと心配そうに飛王の顔を覗き込むと、飛王は慌てて視線を逸らした。そのままリフィアの瞳を見つめたら、思わず抱きしめてしまいそうになったから。
リフィアもそんな飛王の様子に気づいたのか、慌てて横の花に視線を移した。
「昨日、久しぶりに翠生翁に会ったよ」
「父のところにもいらしたの。私も久しぶりにおしゃべりしたわ」
「ああだから」……と言いながらリフィアは話を続ける。
「飛王の瞳、迷いが吹っ切れたみたいだったから、ちょっと安心したわ」
「そう見えるかい?」
「ええ」
「そっか……」
「翠生翁のおかげね。きっと」
「ああ」
二人はそのまま、取り留めのない話を続ける。
リフィアが話してくれる工房の仲間たちの失敗談や面白話に、飛王は声をたてて笑った。
そんな飛王を見て、リフィアも嬉しそうに笑う。
どちらかと言うとおしゃべりをするより、おしゃべりを聞いている方が多いリフィアが、飛王を笑わそうと一生懸命思い出しながら話す様子が愛おしくて、飛王の目が優しくなった。
こんなふうに、何の憂いも警戒も無く笑ったのはいつぶりだろう……
飛王はリフィアの顔を見つめながら、一時の癒しに身を委ねた。
その頃、聖杜国の牢の中では、鉄格子から差し込む満月を見上げて、真成が居住まいを正して座っていた。
外の見張りは二人。
事件の起こらない平和な聖杜国にとって、この牢が使われる日がくるとは誰も考えたことは無かった。
不慣れな見張りでは役に立たないだろうと、瑠月は腕利きの近衛兵の中から交代で見張りをさせていたのだった。
捕らわれた真成の方は、事が失敗したと言う割に落ち着いていた。
その理由は、自分はいずれこの牢から出られると確信していたからだった。
「お待ちしておりましたよ。遅かったじゃないですか」
決して弱くはないはずの見張りの兵を、声も出させずに倒した相手を見て、真成は不満そうな声を挙げた。
「失敗しておいて、よくもぬけぬけとそんなことを」
「でも一人になりましたから、その分殺すのも半分になりましたよ」
「何を言っている。肝心の星光石の指輪は、時の彼方へ行ってしまったわ」
「そうでした。これは失礼を。開項様が欲しかったのは、星砕剣と星光石の指輪の二つの神器でしたね」
ほの暗い牢の灯りに映し出された右宰相、開項の顔を見て、真成は小ばかにしたような笑みを浮かべた。
そんな軽口を苦虫をかみつぶしたような顔で聞き流す。
「まさか、天空国の暗殺部隊を聖杜に直接引き入れるなどと、無謀なことをするとは思わなかったぞ。神親王にこの地の場所がばれてしまったでは無いか」
「神親王様に『ティアル・ナ・エストレア』を継承していただけばよいのですから、何の問題もありません」
開項》はため息をつくと重ねて尋ねる。
「その考えを変えるつもりは無いのか?」
「ええ、神親王様は決して私利私欲で動いている方ではありません。それはお会いした私には分かるのです」
「私利私欲で動いていないわけがないだろう。侵略戦争を何のためらいもなくやる奴だぞ」
「こんな小さな衰退に向かっている国は、天空国に吸収された方が、よっぼど豊かになりますよ」
「もう一度聞く。その考え方を変えるつもりは無いのか? 神親王に神器を渡し、『知恵の泉』も渡すと言う考え方を止めるつもりは?」
開項はそう言って、真成を氷の眼差しで見つめた。
「無い!」
そう答えた真成の目は決意に満ちていたが、やがて引きつり、恐怖に見開かれていった。
「それは残念だ」
次の瞬間、真成の体は力なく頽れた。
開項の影から、もう一つの人影がすっと現れた。
近衛兵の服を着たその男は、開項の息子の偲斎であった。
無口で腕の立つ偲斎は、近衛兵の中でも瑠月の信認が厚かったので、今日の見張り役として任についていた。
だが、開項の意を受けて、近隣まで送り込まれた天空国の密偵達の暗殺など、影の仕事もこなしていたのだった。
「悪いな、真成。お前は我々とは考えが違う。いずれこの国に害を及ぼすだろう」
「ご子息に殺させるとは。あなたも酷いですな」
そう言って牢の入り口から姿を現したのは、左宰相の斉覚。
「一つの国を守るためには、誰かが引き受けなければならない仕事だからな。国を害するものは、容赦なく殺害する」
「たとえ王でもですか?」
「当たり前だ。愚王のために滅びた国などごまんとあるわ」
「では、いよいよ聖杜国も、新しい時代の幕開けといきますか」
宰相二人が目指すのは、どんな聖杜国の時代なのか。
「不肖ながら、私もお供しましょう」
左宰相の|斉覚は、そう言って開項に頷いてみせた。
真成殺害の報告は、明け方近くに飛王の元にもたらされた。
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