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第六章 古の泉

第58話 落橋

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 リフィアの死を悼む間も無く、飛王の元へ急報が入った。

 玄灰川ゲンカイガワの橋向こうに、天空国チェンコンの軍が集結し始めていると言うものだった。

 飛王の顔が苦悩に歪んだ。
 やはり戦うしか手は無いのだろうか。
 開項カイコウ斉覚サイカクの忠告が、現実となって襲い掛かってきた。

 どうやってみんなを守れば良いのだろう……

 その時、開項と斉覚が申し出てきた。

「飛王、我々にあの爆薬をいただけないでしょうか」
「どうするつもりだ?」
「橋を落としに行きます」
「なるほど、あの爆薬があれば落とせるかもしれない。だが、もう軍が集結していると言うことは、簡単に落とすことはできないと思う。危険な任務になってしまう」

 開項と斉覚は豪胆な笑みを浮かべた。

「我々をみくびらないでいただきたい。それくらいの覚悟が無くて、今まで宰相など勤めてはおりません。それに、今回の危機を招いたのは我々のせいでもありますし」
 斉覚がそう言うと、
「恐れながら、息子の偲斎シサイも連れて行きたいのですが……」
 開項が願い出た。

「二人共……本当にすまない」
 飛王は自分の無力さに、拳を強く握り閉めた。

「飛王、先日の非礼、申し訳なかった。命を狙っておいて、こんなことを言うのもおかしいのだが……」
 開項は少し言いよどんでから、思い切ったように言葉を贈った。

「飛王、あなたは王であり、『ティアル・ナ・エストレア』なのです。そのことを忘れないでください。我々の『希望』であり象徴。だから、いかなる時も、まずは自分の身を守ることを第一優先にしてください」
 開項に続いて、斉覚も思いをぶつけてきた。
「あなたは直ぐに自分の命をみんなのために捧げてしまいそうだ。その優しさが民の信頼を厚くしているのも事実です。でも、あなたが死んでしまったら、誰が民を守るのですか? 導くのですか? だから、あなたは絶対に死んではいけません。それを覚えておいてくださいね」

 そう言って、瑠月に、飛王をどんな時も守り抜くようにと伝えた。
 それはまるで、遺言のようだった。

 悲しい行き違いがあったとはいえ、元々二人の宰相は、父王に心から仕え、飛王と飛翔の事を我が子のようにかわいがってくれていた。どれほどの葛藤の中で、飛王へ刃を向けてきたのかを思うと、申し訳なさとありがたさで、自然と頭が下がった。

「二人共、ありがとう」
 飛王は深く深く頭を下げた。


 聖杜国セイト青海国セイカイの間には、玄灰川ゲンカイガワと言う流れの速い大きな川があった。この川のお陰で、長く聖杜国が守られてきたことは疑いが無い。
 唯一行き来を可能にしていたのは、石造りの橋。
 いつ建造されたのかは分からないが、苔むした古い石を見ると、相当昔に作られた物だと言うことが伺えた。
 
 これを落とせば、軍の進撃は不可能になる。少なくとも次の攻撃までは、大分時間が稼げるだろう。

 二人の宰相と、偲斎は、命をかける任務に志願してくれた近衛兵たちを連れて、最速で橋へと駆けつけた。


 だが、時は少しばかり遅かった。

 細い橋は、一度に多くの進軍は許さなかったが、それでも、橋のこちら側へ移動が始まってしまっていた。

 橋に近づくのが容易で無いことは想像ができた。

 そこで、開項と斉覚は二手に分かれ、左右から態勢を整え切れていない天空国チャンコンの進軍兵へ襲い掛かった。
 
 突然現れた敵兵に、天空国の兵達は驚いたように慌てて応戦し始める。だが、指揮系統が乱れた軍は、何の戦略も無くやみくもに刃を振るっているだけだった。

 実は、天空国の兵達に襲いかかったのは近衛兵たち。
 開項と斉覚は土手伝いに、橋の袂へと移動していた。
 二人は爆薬を橋の足元へと結びつけた。

 丁度並べ終わって袂から離れようとした矢先、天空国の兵に感づかれた。
 袂へなだれ込んできた兵に囲まれて身動きもままならず、爆薬を庇いながら応戦する開項と斉覚。

 斉覚が開項に頷く。

 さあ、合図を出せと!

「開項、お前と共に過ごせて本望だったぞ」
「斉覚、俺も同じ思いだ。すまない。一緒に逝ってくれて嬉しいよ」

 そう言って、開項は偲斎へと合図を送った。

 火矢を打てと!

 偲斎は最後の思念を込める。

 父親もろとも橋を爆破する。
 その導火線に火をつけるのが息子の役目。
 それは、あまりにも惨い命令。
 
 これもまた、一人の人間が負うには辛すぎる使命だった。

 だが、これで聖杜の民は救われるはずだ!
 その思いを胸に、弓を引く……

 迷ったらだめだ。

 真っ直ぐに届け!

 何本も、何本も、火矢を打ち込む。
 
 届け! 届け! 爆薬まで届け!

 開項と斉覚は、爆薬と偲斎との間の矢筋を確保するために、必死で敵兵を退ける。
 

 そして……

 遂に、橋は轟音と共に崩れ落ちた。
 多くの命を巻き添えにして……

 それを見届けた偲斎は、霞む目をぬぐいもせず、天空国チェンコンの残兵の中に切り込んで行った。


 飛王の元に届いたのは、見事橋が崩落した知らせ。
 天空国の兵の撃退。

 そして、無残に傷ついた息の無い偲斎の体と、遺体すらない二人の宰相の死の知らせ。

 国を守ると言うこと、民を守ると言うこと。

 常に犠牲無くしてはすまない現実……

 飛王はあまりにも重い現実を、受け入れざる負えないことに、深く深く傷ついていった。
 
 
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