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第七章 バンドスの船乗り
第61話 初めての海
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バンドスまでは、町の中央を流れるヌフィルス川から船で一直線に向かうことになった。
このヌフィルス川は、途中で東と南に分岐する。
南に下って行けばそのままバンドスの港に到着するため、西から港へ抜ける航路として重用されていた。
ハダルのお陰で飛翔達は、荷物船に乗せてもらえることになっていた。
ミザロの船着き場にはたくさんの船が係留されている。
川幅はあまり広くないので、船の大きさもそれほど大きくは無いが、五組のオールと一枚の縦帆によって、人の手でも風でも航行することができるようになっていた。
「ちょっと狭いけどがまんしてくれや!」
船長のムガルに言われて荷物の横に座る。
大きな船では無いので、二手に分かれた。
一方には、飛翔とドルトムント。もう一方にはハダル、ジオ、フィオナの三人。
同じムガル親方の船なので、二つの船は前後して出発した。
船着き場を離れるとそのまま砂漠の中を進んで行く。
しばらくは風による航行が可能なようで、漕ぎ手の船員も、のんびりとした雰囲気で帆を操っている。
ヌフィルス川は川下に向かって右側を上りの船が、左側を下りの船が進むと言うことが、暗黙の決まり事になっているようだ。流れの緩やかな川だったが、水の量は豊富で船の動きはスムーズだ。
川沿いには椰子の木が並木のように並んでいて、水面に影を落とし日除けとして船旅を助けていた。
まるで聖杜の川のようだな。
飛翔は聖杜の川とアマルの並木道を思い出す。
アマルの木は聖杜にしか生息していない貴重な樹木で、思い出深い木でもあった。
初春には淡いピンクの花が満開になり、春は夜光虫の光に包まれ、初夏は夜光虫の繭から糸を紡ぐことができる。
秋は赤い実が甘く実り、冬は黄色く葉が色づいて、一年を通して人々の心を和ませてくれた。
そう言えば、みんなで花見に行ったことがあったな。
あの時は飛王と瑠月と流花と……リフィアと。
冬青に孝建、沙泉に良生もみんな一緒で、大騒ぎして楽しかったな。
ほんの数か月前のことなのに、何年も前の出来事のように思えた。
懐かしい思いを心に秘めながら、川沿いの風景を眺めていると、ドルトムントが声を掛けてきた。
「飛翔君、君は海を見たことはあるかい?」
「いいえ。見てみたいと思っていました」
「そうか! 明後日の昼すぎにはバンドスに着くから見られるぞ! 海は広いぞー」
ドルトムントは楽しそうにそう言うと、飛翔の目を真っ直ぐに見て続けた。
「バンドスでは何がわかるかな?」
「俺もワクワクします」
「何か新しい事がわかるといいね」
「はい」
飛翔は、ドルトムントのその言葉に、単なる歴史学者としての好奇心では無くて、労いの響きを感じて不思議に思う。
ドルトムントは、俺の正体に気づいているのだろうか?
そんなはずは無いか。
船は半日ほど砂漠をゆるやかに下って行ったが、やがてアトラス山地が見えてきた。
ここで船は南へ進路を変えた。
流れの速くなってきた川は、山肌を縫って蛇行しながら進んで行く。
船員の顔に、やや緊張が見られた。
山の緑は濃く川辺りまで迫っており、断崖絶壁が続いている。確かに、船旅でなければ、山越えをしなければならず、時間のかかる旅になるところだった。
「船に乗れてよかったですね」
飛翔がほっとしたようにそう言うと、
「ああ、ハダルに感謝感謝!」
ドルトムントは片目をつぶってにっこりした。
その夜は山際につくられた停泊拠点に船を係留させて、船の中で眠りに着いた。
暗い山からは、獣の鳴き声が聞こえてくる。
バンドスで何がわかるだろうか?
飛翔は横になりながら考えた。
何かわかるといいと思いながらも、聖杜からこのアトラス山地を超えてバンドスへ向かう旅が、どれほど大変な旅だったかを想像すると、自信が無くなってきた。
みんな山越えしてまでバンドスになんて行ったのだろうか?
瑠月が預けたと思った方位磁針だって、たまたま後世の誰かが発掘して持ち帰っただけかもしれないじゃないか!
それでも、みんなの無事を見つけ出したい。
次の日はまる一日断崖の狭間を進み、更に次の日の朝日が昇り切る頃、ようやく山を抜けきることができたのだった。
ジオが言っていたとおり、アトラス山地の山向こうにはぶどう畑が広がっていた。
麓には白い家々。
ミザロの町は砂レンガで作られていて、茶色と赤の配色の建物だったが、バンドスは白い建物に青い屋根の明るい町並み。印象がガラリと変わって、飛翔は眩し気に目を細めた。
ミザロの砂漠の太陽とは違う柔らかな日差しは、白壁に反射してキラキラと輝いていた。
河口に進むにつれて、建物の数が増し、川の両側が賑わってくる。
ここがバンドスか!
不思議な解放感を感じて、思いっきり伸びをしたくなった。
「着いたぞー!」
ドルトムントが無邪気に万歳する。
終点の船着き場でムガル船長に礼をして、ドルトムントの友人の家へと歩き始めた。
フィオナとジオは、ドルトムントと一緒に来たことがあるらしい。
ハダルは生まれ故郷であったが、船から逃げ出してからは一度も訪れてはいなかった。流石にもう十年も昔のことであり、ハダルの面差しも大きく変わっているので、そう簡単に面が割れることは無いだろうと思われたが、珍しく強張った面持ちのまま歩いていた。
バンドスの町は港に近づくにつれて、水路が家々の間にも巡らされていて、水上の都とも呼ばれていた。水路の上には橋が渡され、水路を行き来するための小型の船も見える。
時折、その船の上での演奏会もあり、賑やかで活気のある町だった。
「大きくて活気のある町ですね」
「だろう! まずはお待ちかねの海を見てから行くとしよう!」
そう言ってドルトムントは港の方へ向きを変えた。
少し湿り気のある風が肌を撫でる。
「これが海の香なんですね!」
潮の香に気づいて、飛翔は深呼吸した。
飛王も連れてきてあげたかったな……
千年前はバルディア国と呼ばれていたのだが、バンドスは今も昔も港町で、船乗りと商人の町だった。
彰徳王が城門を閉じる前のことだが、聖杜に年に一度、異国の商品を届けに来ていた、リュミエールと言う年若き商人がいた。彼の父親の代からの付き合いで、彰徳王の信頼も篤く、異国の情報を得るために、積極的に交流していたのだった。
飛王と飛翔は、リュミエールが来るのを楽しみにしていた。
彼は商人らしく話上手で、いつも商談が終わった後に色々な旅の話や異国の話を聞かせてもらっていたのだった。
飛王は彼の冒険談さながらの旅のハプニングをワクワクした気分で聞いては、海への憧れを膨らませていた。いつか、絶対大きな帆船に乗って、大海原を旅してみたいと言っていた。
「広い……」
視界いっぱいに広がる青い海。
果ては遠く水平線まで広がっていて、遠くへいくほど青みが濃くなっていく。
白波が太陽に照らされて煌めいていた。
飛王が見たら、さぞ喜んで大興奮だっただろうな!
飛翔は、今度会ったら飛王に話してやろうと思い、目に焼き付けた。
今度……
いつになるだろうか?
次に、港に停泊している大きな船に視線を移した飛翔は、更に目を丸くした。
あれがリュミエールが言っていた、三角帆の船か! 一つの船に三本も帆があるぞ。
何人くらい乗れるんだろう? ご飯も作って中で寝ることもできるんだよな!
そういえば、孝建が一生懸命考えて作っていた模型と似ている形だ!
なんて名前を言っていたっけ?
そうだ! カラベル船とか名付けていたな。
孝建は飛翔と同い年の友人で、造船士を目指して修行中だった。だが彼の夢は、聖杜国で使う川船を作る事では無かった。
もっと大きな、遠い海へ漕ぎ出していけるような船を作ってみたいと言っていたのだ。
だから、飛王から聞いたり見せてもらったりした絵を基に、一生懸命に帆船の模型を作っていたのだった。
孝建にもこの船を見せてやりたい!
きっと自慢げに、『俺の考えていたことは実現可能だっただろう!』なんて言うに決まっているな。
飛翔はキラキラした瞳で飽きることなく港と海を見回していた。
そんな様子をドルトムントもフィオナもニコニコしながら見ていた。
ハダルとジオは、周りの視線の中に微かな圧迫感のようなものを感じ取って、警戒を強めていたのだが。
「そろそろ満足したかな?」
「すみません。ここへ来た目的を忘れてました」
「じゃ、そろそろ行くか!」
ドルトムントは元来た道を戻り始めた。
このヌフィルス川は、途中で東と南に分岐する。
南に下って行けばそのままバンドスの港に到着するため、西から港へ抜ける航路として重用されていた。
ハダルのお陰で飛翔達は、荷物船に乗せてもらえることになっていた。
ミザロの船着き場にはたくさんの船が係留されている。
川幅はあまり広くないので、船の大きさもそれほど大きくは無いが、五組のオールと一枚の縦帆によって、人の手でも風でも航行することができるようになっていた。
「ちょっと狭いけどがまんしてくれや!」
船長のムガルに言われて荷物の横に座る。
大きな船では無いので、二手に分かれた。
一方には、飛翔とドルトムント。もう一方にはハダル、ジオ、フィオナの三人。
同じムガル親方の船なので、二つの船は前後して出発した。
船着き場を離れるとそのまま砂漠の中を進んで行く。
しばらくは風による航行が可能なようで、漕ぎ手の船員も、のんびりとした雰囲気で帆を操っている。
ヌフィルス川は川下に向かって右側を上りの船が、左側を下りの船が進むと言うことが、暗黙の決まり事になっているようだ。流れの緩やかな川だったが、水の量は豊富で船の動きはスムーズだ。
川沿いには椰子の木が並木のように並んでいて、水面に影を落とし日除けとして船旅を助けていた。
まるで聖杜の川のようだな。
飛翔は聖杜の川とアマルの並木道を思い出す。
アマルの木は聖杜にしか生息していない貴重な樹木で、思い出深い木でもあった。
初春には淡いピンクの花が満開になり、春は夜光虫の光に包まれ、初夏は夜光虫の繭から糸を紡ぐことができる。
秋は赤い実が甘く実り、冬は黄色く葉が色づいて、一年を通して人々の心を和ませてくれた。
そう言えば、みんなで花見に行ったことがあったな。
あの時は飛王と瑠月と流花と……リフィアと。
冬青に孝建、沙泉に良生もみんな一緒で、大騒ぎして楽しかったな。
ほんの数か月前のことなのに、何年も前の出来事のように思えた。
懐かしい思いを心に秘めながら、川沿いの風景を眺めていると、ドルトムントが声を掛けてきた。
「飛翔君、君は海を見たことはあるかい?」
「いいえ。見てみたいと思っていました」
「そうか! 明後日の昼すぎにはバンドスに着くから見られるぞ! 海は広いぞー」
ドルトムントは楽しそうにそう言うと、飛翔の目を真っ直ぐに見て続けた。
「バンドスでは何がわかるかな?」
「俺もワクワクします」
「何か新しい事がわかるといいね」
「はい」
飛翔は、ドルトムントのその言葉に、単なる歴史学者としての好奇心では無くて、労いの響きを感じて不思議に思う。
ドルトムントは、俺の正体に気づいているのだろうか?
そんなはずは無いか。
船は半日ほど砂漠をゆるやかに下って行ったが、やがてアトラス山地が見えてきた。
ここで船は南へ進路を変えた。
流れの速くなってきた川は、山肌を縫って蛇行しながら進んで行く。
船員の顔に、やや緊張が見られた。
山の緑は濃く川辺りまで迫っており、断崖絶壁が続いている。確かに、船旅でなければ、山越えをしなければならず、時間のかかる旅になるところだった。
「船に乗れてよかったですね」
飛翔がほっとしたようにそう言うと、
「ああ、ハダルに感謝感謝!」
ドルトムントは片目をつぶってにっこりした。
その夜は山際につくられた停泊拠点に船を係留させて、船の中で眠りに着いた。
暗い山からは、獣の鳴き声が聞こえてくる。
バンドスで何がわかるだろうか?
飛翔は横になりながら考えた。
何かわかるといいと思いながらも、聖杜からこのアトラス山地を超えてバンドスへ向かう旅が、どれほど大変な旅だったかを想像すると、自信が無くなってきた。
みんな山越えしてまでバンドスになんて行ったのだろうか?
瑠月が預けたと思った方位磁針だって、たまたま後世の誰かが発掘して持ち帰っただけかもしれないじゃないか!
それでも、みんなの無事を見つけ出したい。
次の日はまる一日断崖の狭間を進み、更に次の日の朝日が昇り切る頃、ようやく山を抜けきることができたのだった。
ジオが言っていたとおり、アトラス山地の山向こうにはぶどう畑が広がっていた。
麓には白い家々。
ミザロの町は砂レンガで作られていて、茶色と赤の配色の建物だったが、バンドスは白い建物に青い屋根の明るい町並み。印象がガラリと変わって、飛翔は眩し気に目を細めた。
ミザロの砂漠の太陽とは違う柔らかな日差しは、白壁に反射してキラキラと輝いていた。
河口に進むにつれて、建物の数が増し、川の両側が賑わってくる。
ここがバンドスか!
不思議な解放感を感じて、思いっきり伸びをしたくなった。
「着いたぞー!」
ドルトムントが無邪気に万歳する。
終点の船着き場でムガル船長に礼をして、ドルトムントの友人の家へと歩き始めた。
フィオナとジオは、ドルトムントと一緒に来たことがあるらしい。
ハダルは生まれ故郷であったが、船から逃げ出してからは一度も訪れてはいなかった。流石にもう十年も昔のことであり、ハダルの面差しも大きく変わっているので、そう簡単に面が割れることは無いだろうと思われたが、珍しく強張った面持ちのまま歩いていた。
バンドスの町は港に近づくにつれて、水路が家々の間にも巡らされていて、水上の都とも呼ばれていた。水路の上には橋が渡され、水路を行き来するための小型の船も見える。
時折、その船の上での演奏会もあり、賑やかで活気のある町だった。
「大きくて活気のある町ですね」
「だろう! まずはお待ちかねの海を見てから行くとしよう!」
そう言ってドルトムントは港の方へ向きを変えた。
少し湿り気のある風が肌を撫でる。
「これが海の香なんですね!」
潮の香に気づいて、飛翔は深呼吸した。
飛王も連れてきてあげたかったな……
千年前はバルディア国と呼ばれていたのだが、バンドスは今も昔も港町で、船乗りと商人の町だった。
彰徳王が城門を閉じる前のことだが、聖杜に年に一度、異国の商品を届けに来ていた、リュミエールと言う年若き商人がいた。彼の父親の代からの付き合いで、彰徳王の信頼も篤く、異国の情報を得るために、積極的に交流していたのだった。
飛王と飛翔は、リュミエールが来るのを楽しみにしていた。
彼は商人らしく話上手で、いつも商談が終わった後に色々な旅の話や異国の話を聞かせてもらっていたのだった。
飛王は彼の冒険談さながらの旅のハプニングをワクワクした気分で聞いては、海への憧れを膨らませていた。いつか、絶対大きな帆船に乗って、大海原を旅してみたいと言っていた。
「広い……」
視界いっぱいに広がる青い海。
果ては遠く水平線まで広がっていて、遠くへいくほど青みが濃くなっていく。
白波が太陽に照らされて煌めいていた。
飛王が見たら、さぞ喜んで大興奮だっただろうな!
飛翔は、今度会ったら飛王に話してやろうと思い、目に焼き付けた。
今度……
いつになるだろうか?
次に、港に停泊している大きな船に視線を移した飛翔は、更に目を丸くした。
あれがリュミエールが言っていた、三角帆の船か! 一つの船に三本も帆があるぞ。
何人くらい乗れるんだろう? ご飯も作って中で寝ることもできるんだよな!
そういえば、孝建が一生懸命考えて作っていた模型と似ている形だ!
なんて名前を言っていたっけ?
そうだ! カラベル船とか名付けていたな。
孝建は飛翔と同い年の友人で、造船士を目指して修行中だった。だが彼の夢は、聖杜国で使う川船を作る事では無かった。
もっと大きな、遠い海へ漕ぎ出していけるような船を作ってみたいと言っていたのだ。
だから、飛王から聞いたり見せてもらったりした絵を基に、一生懸命に帆船の模型を作っていたのだった。
孝建にもこの船を見せてやりたい!
きっと自慢げに、『俺の考えていたことは実現可能だっただろう!』なんて言うに決まっているな。
飛翔はキラキラした瞳で飽きることなく港と海を見回していた。
そんな様子をドルトムントもフィオナもニコニコしながら見ていた。
ハダルとジオは、周りの視線の中に微かな圧迫感のようなものを感じ取って、警戒を強めていたのだが。
「そろそろ満足したかな?」
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