ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第八章 イリス島

第71話 イリス島の娘

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 海の色は深い蒼から、水色、青緑色と美しいグラデーションを描き始めた。
 イリス島の手前にはサンゴ礁に囲まれた小島が点在し、白い砂浜と緑に彩られている。
 その間をゆっくりと、バルバドスの船に誘導されながら、浅い海底の珊瑚にぶつからないように進んで行く。

イルカデルフィーノ!」
 フィオナが叫んだ。

 動く船が面白いのか、追いかけるように、周りで戯れるように、流線形の美しい魚影が追いかけてきた。時々飛び跳ねては、海面に半円を描いていく。

「かっこいいー!」
「かわいいー!」

 ジオとフィオナが同時に叫んで、二人でどっちの言葉が相応しいか言い合っている。

 イルカデルフィーノに導かれた先には大きなイリス島が、もう目の前まで迫ってきていた。

「美しい島だろ。まさに女神イリスの島だよな」

 バルバドスの言葉通り清らかな島だった。
 小高い丘からなだらかに伸びる緑の木々は、温かな日差しに揺れている。
 所々に水の流れが見えて、小さな滝があることが伺えた。
 海岸線は、美しい白浜と切り立った大岩が交互にならび、大岩は波に削られて彫刻作品のような造形美を湛えている。

 古の美をそのまま残したような美しい島。

 だが、実際には、大陸から様々な事情で逃れてきた人達が辿り着いた、最後の生きる場所でもあったのだ。

 島をぐるりと回った大海側に、切り立った岩に守られるように囲まれた入り江があり、桟橋らしきものが見えた。
 入り江は思ったよりも水深が深い。
 バハルの船が近づけないのではと心配していたのだが、取り越し苦労だったらしい。

 入り江に入ったところに停泊させる。
 アドラスに船を任せて、そこからは小舟に移って桟橋へ向かった。
 
 村人たちがわらわらと海岸に集まってきた。

 バハルの船の大きさに、みな驚いた顔をしている。
 一瞬焦った顔になった人々もいたが、バルバドスが先に降りてみんなに説明を始めると、安心したようだった。


 薬屋メディキーナのことを尋ねると、みんなが一斉に丘へ向かう道を指差した。
 小道の両側には、様々な草花が咲いている。

 きっと薬の素材となる植物を栽培をしているに違いない。

 バルバドスの話によれば、他の島は珊瑚の欠片で出来ているのだが、この島は大きいので、珊瑚だけでは無く、黄赤色の土の部分が多い。決して肥沃な土地ではないが、作物を栽培することは可能なのだと言うことだった。

 ゆっくりと花畑の間を進む。

 色とりどりの花と葉。様々な香りが鼻腔をくすぐる。

 やっぱり、流花はこの島に来たんだと飛翔は確信した。

 
 丘の中腹に建つ建物は、木で作られた古い建物。
 入り口にはバルト語で、「薬あります」の文字。

 扉をたたくと、中から金髪に金色の瞳の若い女性が顔をのぞかせた。
 そして、「あ!」と驚いたような顔をすると、慌てて中の人を呼びに走った。

 しばらくして、扉が大きく開くと、そこには、金髪に緑の瞳の年配の女性が立っていた。先ほどの女性の母親のようだった。

「お待ちしていました」
 エストレア語でそう言うと、女性は飛翔に向かって頭を下げた。

「なぜ、私が訪ねて来ることを知っているのですか?」
 飛翔もエストレア語で問い返す。

「我が家には古き言い伝えがあります。『青い髪の青年が訪ねてきたら、必ず招き入れ、からくり箱を渡すように』と言うものです」
 そう言って、緑の瞳をほころばせた。

「からくり箱! もしかして、アマルの花の絵が描かれた箱ですか?」
「その通りです! やっぱりあなたで間違いなかったのですね! 申し遅れました。私の名は、シエルです。この薬処ファルマシアの四十五代目です」

 シエルは今度は流暢なバルト語でみんなを中に招き入れると、まずは一休みしてくださいとお茶の用意をしてくれた。
 少し甘い果物の香のついたお茶は、疲れ切ったみんなの心も体も解きほぐしてくれる。
 飛翔はお茶を飲みながら、横目にシエルの顔を見つめた。

 金髪に緑の瞳。リフィアと同じ。

 面立ちにリフィアの面影を探していた。

 探しながらも、心の中は揺れる。
 もし、この人がリフィアの子孫だとしたら、その結婚相手はおそらく飛王だろう。

 リフィアと飛王はこの島へ逃れてきて、恐らく結婚したに違いない。

 それは当たり前の流れであり、千年後にいる飛翔が何かできるわけでもない。
 おめでとうと心の底から言わなくてはいけない。

 頭では分かっていても、心はやはり波立つ。

 リフィア……

 だが、さり気なく観察したシエルの顔に、なぜかリフィアの面影は見いだせなかった。
 飛翔はほっと息を吐くと共に、そんな自分が情けなくなる。

 女々しい奴だな。



 一息ついたところで、互いに自己紹介をした。

「みなさん、バンドスからいらしたのですか! それは大変な旅でしたね。お疲れ様でした。お部屋を準備しますので、こちらでゆっくりと滞在して行ってください」

 シエルは人を泊めることに慣れているような感じだった。

 薬処ファルマシアは病人を休ませたり治療したりできるように、宿泊できるようになっていた。

 みんなを部屋へ案内し終わると、シエルは早速飛翔の元へ、言い伝えのからくり箱を持ってきた。
「開け方はご存じのはずと伝えられているのですが、実は私は開け方がわからないのです」

 飛翔は「分かっています」頷くと受け取った。

「それではごゆっくり」
 窓際の席に案内してくれた。
 窓の外には色とりどりの花々と、遠くに青い海が見える。太陽の光はまだ高く、窓辺の席は光に溢れていた。

 アマルの花の絵柄のからくり箱。

 これは幼い頃、父、彰徳王ショウトクオウが飛王と飛翔にくれた物だった。
 聖杜の木工細工のプロが、遊び心を持って作ったからくり箱。
 色々な仕掛けが駆使されていて、そう簡単には開けられない。
 飛王と一緒に一晩中考えて、あちらこちら動かしまくって、ようやく開けることができたのだった。

 ところがその箱をアッと言うまに開けてしまった天才がいた。
 瑠月リュウゲツである。
 瑠月はしばらくじーっと箱の切れ目などを眺めていたのだが、おもむろに箱を取り上げるとかたかたかたと動かして開けてしまった。

 飛王と飛翔はあっけにとられて見ていたのだが、内心ちょっと悔しい思いでいっぱいだったのだ。

 懐かしい……

 やっぱり、飛王はみんなと一緒にイリス島へ逃れて来ていたんだな。

 飛翔は慈しむようにからくり箱を指でなぞった。
 
 聖杜国エストレアが火砕流に飲み込まれたのは悲しい事だが、こうしてみんなは元気に生き伸びてくれたんだと思うと、ほっとする。

 飛翔はゆっくりと、慣れ親しんだ箱を開けた。
 中からは、想像どおりの白紙の紙の束が現れた。

 これに、夜光石が必要なんだよな。
 
 でも、もし俺が孝健の所へ立ち寄らなかったらどうするつもりだったんだろう。まあ、箱の中ではないどこかに、きっと予備があるはずだろうけどな。

 飛翔はクスリと笑って、懐から夜光石を取り出すと、紙にかざした。
 太陽の光と、夜光石。
 淡い蒼の光が、文字を映し出した。

 白い紙に現れ出たのは、懐かしい飛王の文字では無くて、流花の言葉だった。

『親愛なる飛翔へ』

 これは流花の手紙だ!

 慌てて他の紙にも夜光石を当てる。
 だが、その手紙は全て流花の筆跡で書かれていた。

 どういうことだろう?
 飛王のからくり箱に流花の手紙。

 みんなが一緒に逃れてきたと思っていたが、何かが違う気がする。

 胸騒ぎを抑えつつ、飛翔は流花の手紙を読み始めた。

『 親愛なる飛翔へ

 お帰りなさい。まずはこの言葉を送らせてください。
 一人で遠いところを旅してきたのでしょうね。
 とてもとても心細い思いをしたことでしょう。
 それでも飛翔のことだから、私達の行方を追って、必死になって探しまわってくれたのだと思います。
 ありがとう。
 見つけてくれてありがとう。
 私達に辿り着いてくれてありがとう。

 そして、本当にお疲れ様でした。
 
 飛王は心からあなたに会いたがっていました。
 今、ここに一緒にいられたら良かったのですが、残念ながらここにはいません。
 でも、今もあなたを待ち続けていると思います。

 これから飛翔には、あなたが『知恵の泉』に飲み込まれて姿を消した後の聖杜のことを、包み隠さずお知らせします。
 色々なことが……本当にたくさんの悲しいことがありました。
 どうぞ、心穏やかに読み進めてくれたらと願わずにいられません。

 とても残念なことに、聖杜国エストレア神親王シェンチンワンの侵攻を受けて、私達は逃れてきました。
 その後、宝燐山の噴火によって、聖杜そのものが埋もれてしまいました。
 あなたのいる時代の聖杜がどのようなところになっているのかは、わかりませんが、アマル暦二百十五年現在の聖杜は、火山灰の中です…… 』

 手紙の内容はまだまだ続いていた。

 そこには、飛翔が聖杜国を離れてからのことが、時系列に合わせて事細かに記されていた。

 飛王の即位、真成シンセイの暗殺、開項カイコウ斉覚サイカクの裏切り、グリフィス先生の爆弾を使っての落橋と天空国チェンコンを一時的に退けられたこと。
 
 そして、リフィアの死。

 飛翔はその文字を見た瞬間、動けなくなった。

 リフィアが死んだ……

 思考の止まった頭。
 瞳だけで、もう一度文字をなぞる

『 開項様と、斉覚様が、飛王に王位交代を要求された事件の時、リフィアは飛王を狙った矢を受けて、飛王を助けてくれました。けれど、帰らぬ人になってしまったのです……アラル暦二百七年の夏のことです 』

 リフィアは飛王を庇って死んだ。

 アラル暦二百七年の夏……俺がいなくなって直ぐじゃないか!

 リフィアは直ぐに死んでしまったんだ。
 もう、帰ってもリフィアはいないんだ。
 
 覚悟していたはずだった。
 千年前の出来事を調べているんだから、みんな死んでいるのは当たり前のこと。
 分かり切っていたはずだった。

 だが、リフィアの『死』……その一文字だけは、どうしても心の奥が拒絶した。

 飛翔はそのまま、呆然と手紙を持ち続けていた。


 

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