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第七章 バンドスの船乗り

第70話 海風になびかせて

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 風はますます強くなり、西の空から黒い雲が近づいて来た。

「とりあえず、あの島陰に避難しよう」
 バルバドスの提案で、前方に見える無人の小島に船を停泊させることにした。
 
 島には小さな窪みがあり、船を寄せると波よけ風よけになってくれたので揺れが少なくなった。
 バルバドス達の船も一緒に寄り添って、そこで嵐が収まるのを待つことにする。

「ジオ……」
 飛翔は掛ける言葉が思いつかず、そのままジオを見つめながら、肩に手を置いた。
「飛翔……驚いただろ。でも、今は毎日楽しいし、命も狙われてないから大丈夫だぜ」

 それでも赤い髪を隠さなければならないジオの心を思うと、飛翔は胸が痛くなる。
 赤い髪を隠すこと……それは故郷を、自分の出自を堂々と名乗れないのと同じだった。その気持ちは飛翔も痛いほどわかる。

 そして、大切な人を殺された悲しみ。
 弔う事すらできずに置いてきた苦しみ。
 きっと、どんなに月日がたっても癒されるものではないだろう。

「ジオ、頑張ったんだな」
 飛翔はやっぱりかける言葉が思いつかず、それだけ伝えるのが精いっぱいだった。
 だがジオはその言葉に、素直に嬉しそうに頷いたのだった。

 

 ジオの話を聞いた飛翔は、改めてジオの生い立ちの壮絶さと、憎しみの連鎖が引き起こす悲劇を思った。

 戦いに勝利すれば、一時は穏やかな生活に戻れるような気になる。
 でも、その戦いで失われた命、その家族にとっては耐えがたい悲しみと憎しみを残す。そして、新たな復讐の戦が始まってしまうのだ。

 憎しみの連鎖が生み出す戦いの連鎖。

 どうしたらそれを食止められるのだろうか?
 『知恵の泉』は、その知恵を教えてくれていたのだろうか?
 
 分からない……どうすれば良いのか、全然わからない!

 こんな時、飛王だったら、どう答えるだろう?
 
 聖杜国エストレアの民が生き残っていた事実。
 これは、それに対する答えを意味しているのだろうか?

 飛王はどうやって、天空国チェンコンとの戦いを制したのだろうか?
 
 飛翔は千年後の今も続く戦いの連鎖を、どうやったら止められるのかわからず、そのヒントがイリス島にあれば良いのにと、心の中で願っていた。
  

 バルバドス達が護衛してくれるお陰で、飛翔達の乗った船は順調に航海を進めることができた。
 途中の小さな島々で、時々食料や飲み物を補給する。
 そこには、漁業をしながら細々と暮らしている人々と、海賊として島を守っている人々がいた。
 バルバドスの言っていた実態が見えてくる。
 ここにも、戦いの連鎖に飲み込まれている人々がいることが分かった。
 

 旅の途中で飛翔は、気になっていたことを尋ねてみた。
「バルバドス、イリス島の人々はバハル達のように黒い髪と金色の瞳の持ち主ですか?」
「うーん、まあイリス島はいろんな人がいるからな。黒髪に金色の目の人もたくさんいるよ。でも島をまとめている薬屋の娘は、金髪に金色の目だな」

 金髪と言うことは驚きであったが、金色の瞳の持ち主と言うことは、やはり聖杜国エストレアの民の末裔に違いない。飛翔はほっと安堵した。
 だが同時に、金髪はもしかしたらリフィアの末裔かも知れないと言う淡い期待と、一抹の寂しさも感じていたのだった。



 遠い水平線に島影が見え始めたのは、海に出て十八日目の事だった。
 
「イリス島が見えてきたぞ!」
 バハルがそう言って、みんなを振り返った。

 みんなで船上に出て見つめる。

 あれがイリス島!
 
 きっと色々な事がわかるに違いない。
 飛翔の心の中には確信があった。
 と同時に、島に着く前に、みんなに本当のことを話しておいた方が良いのではないかとも思っていた。

 島を見つめる人々の前で、飛翔は静かにターバンの布を巻き取った。
 青い髪が気持ちよさそうに、風と戯れる。
 
 青い海と青い髪。

 ようやく、本当の姿を現すことができたような気がした。

 ドルトムント達はその様子を静かに見つめていたが、バハルやアドラスはあっけにとられたような顔になった。

「青い髪?」
「初めてみるな」

「バハルさん、アドラスさん、それから、ドルトムント、みんな、話したいことがあるんだ。聞いてもらえないだろうか」

 飛翔はみんなの顔を一人一人見回してから、自分の事を話し始めた。

 自分は千年前の聖杜国エストレア・セイトと言う国からタイムトラベルしてきたこと。
 聖杜国エストレアと言うのは、あの砂に埋もれた遺跡のこと。
 聖杜国エストレアには『知恵の泉』と言うものがあって、自分はその泉を守る『ティアル・ナ・エストレア』と言う守り手であること。
 その『ティアル・ナ・エストレア』の継承の儀式の最中に泉の水に飲み込まれて、今ここにきていることなどを話した。

 話を聞いたみんなは、言葉を失っていた。
 だが、そんな話は嘘だなどと否定する人は一人もいなかった。

「飛翔君、よく話してくれたね。ありがとう。いやー、君があの遺跡と何か関係があるとは思っていたんだよ。元々君と出会ったのも、あの遺跡の真上の砂漠だったし、あんなところに生きて倒れているなんてこと事態が、あり得ないような事だったからね。普通なら干からびて死んでいるはずだよ。だから、不思議な子だなとは思っていたのだけれど、まさか、千年前の人だったとは、思ってもみなかったな。しかもタイムトラベルしてきたなんて、驚いたよ」

 いち早く言葉を発したのはドルトムントだった。

「ってことは、飛翔は本当なら、スゲーおじいさんってことか!」
 ちょっとおどけたようにジオが言って、みんなの顔がほころんだ。

「千年前の聖杜国エストレアの人は、みーんな青い髪の毛だったってことよね。綺麗な髪の毛の色よね」
 そう言ってくれるのは、フィオナ。
「だから飛翔は『ティアル・ナ・エストレア』と言う言葉を探していたんだな。それに、バルト語も天花チェンファ語もキルディア語も知っていたのは、どれも古くから使われていた言葉だからなんだな」
 ハダルが納得したように頷いた。

「あの船の模型を作った人は、お前さんの友人で、聖杜国エストレアの人ってことだったよな。ってことは、俺の祖先はその……コウケンって人ってことで、聖杜の民ってことになるんだな。俺は聖杜の民の子孫ってことか! 驚いたな」
 心の底から驚いたように唸ったのはバハル。
「それ言ったら、俺だって、聖杜の民の血を引いているってことだよな。バハル爺さんと親戚なんだから。それにラメルもな」
 そう言いながら、ラメルの頭をなでるアドラスも、驚いたような顔になっている。

「でも、バハルさんも、アドラスさんも、ラメル君も髪の毛は黒いわよ。瞳は飛翔と同じ金色だけど。なんでかしら?」 
 フィオナが不思議そうに言った。
「俺も、その理由が知りたいんだ」
 飛翔は率直に頷く。
「あれ? ハダルも黒髪に金色の瞳だよね」
 フィオナが今気づいたように呟くと、ハダルも頷く。
「もしかしたら、ハダルも聖杜の民の末裔かもしれないわね」
「なら、嬉しいな」
 ハダルが白い歯を見せた。

「飛翔、前に『ティアル・ナ・エストレア』は伝説であり希望でもあると言っていたよな。それについて記されている物は何か無いのか?」
 ハダルが改めて尋ねてきた。

 飛翔はみんなにも、『エストレアの碑文』と『聖杜の民の誓』を話した。
 
「なるほど。あの古い遺跡は、エストレア星の人類の『始まりの地』であり、『始まりの民』が居たと言うことなんだね。と言うことは、我々は宇宙の神がつくった青い髪、金色の瞳の民から生まれた兄弟みたいな存在と言うことになるね。こんなに見た目も考え方も違ってきているのに、元を辿れは同じ民族ってことを意味しているのか!」

 ドルトムントは、驚きと好奇心いっぱいの顔をして叫んだ。
 だが、次の瞬間表情が引き締まる。

「同じ民族同士で争っているってことか。なんてことだ!」

 その一言に、その場の空気が固まった。シーンと静まり返る。

「『青い髪の旅人』の言い伝えは、聖杜《エストレア》の民のことだったんだな。たくさんの知恵を伝えてくれたけれど、その知恵が人々の幸せな生活に使われた時は幸福をもたらすとして伝えられ、戦争などの道具に使われて人々を苦しみに突き落とした時は、災いととらえられた。同じ『知恵』でも、人々の扱い方一つで変わってしまうと言うことだな」

 ハダルが思い出したように言った。そして続ける。

「でも『知恵』は力を与えてくれるものだ。だから時の権力者達が求め、時には奪いに来るから聖杜の民は『誓』をたてて守っていたんだな。それを守り抜いたうえで、より多くの人の幸せのために使う……きっとそれが『ティアル・ナ・エストレア』の役目なんじゃないのかな。それは人々の『希望』にも繋がるし……」

「そうだな。ハダルの言う通りだと思う。でも……もう『知恵の泉』は無いかも知れない。実はあの遺跡の一部には、俺が落ちた『知恵の泉』があったんだ。でも、この間の発掘では見つからなかったし、俺はタイムトラベルで戻ることもできなかった。だから、もう『泉』は無くなってしまっているかもしれない」

「そんな……」
 フィオナが心配そうにつぶやいた。
「それじゃあ、もう聖杜国エストレアのみんなのところに、飛翔は帰れないってこと? 会いたい人に会えないじゃない。そんなの酷いよ」
「ありがとう。フィオナ。まだ俺にもわからないんだ。確定した訳じゃ無いよ。だから諦めずに探すよ。それから神親王シェンチンワンの手から聖杜国エストレアの民がどうやって逃げてきたのかも知りたいと思っている。だから孝健《コウケン》が遺してくれた『イリス島へ行け』と言う『道しるべ』はありがたかったんだ」

「あの紙にそんなこと書いてあったかな?」
 バハルが首をひねった。
「ええ、エストレア文字で書かれていたんですよ。『イリス』と」

「エストレア文字? もしかして、あの花の模様みたいな絵文字の事かい?」
 ドルトムントの顔が急にまた輝いた。

「ドルトムント、黙っていてすみません。あの石碑の文字はエストレア語のエストレア文字、俺達聖杜国エストレアの民が暗号でのみ使っていた文字なんです」
「そうだったのか!……その……今度、教えてくれないかな?」
「もちろんです! あの時直ぐに言わなくてすみませんでした」
「それは、飛翔君にも事情があったわけだし、まあ千年後からタイムトラベルーなんて話をあの時言われてたら、私だって信じられたかわからんよ」
 そう言ってドルトムントはいつもの陽気な笑顔を見せてくれた。

「兎に角、イリス島でもっと詳しいことがわかるといいな!」
 ジオがそう言って、みんなも頷いてくれたのだった。

 飛翔の告白の後、みんなはまたそれぞれの持ち場に戻って、船を守っている。
 穏やかな波が、少しずつ、イリスの島影を大きくしてくれていた。
 
 涼やかな風の中、飛翔とジオは島を眺めていた。

「ジオ、ジオもここにいる間はターバン外せよ。大丈夫。イリス島には危険はないと思う。それに、バルバドス達も」
 ジオは驚いたような顔になった。
 だが、納得したように頷くと、ターバンを外した。
 
 海風に、炎の赤が波打ち、太陽の光を受けて金色に光った。

 青と赤の美しい髪が並んだ。
 海風になびかせて。

 窮屈な布の鎖を解かれた髪は、嬉しそうに束の間の自由を謳歌していた。
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