ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第七章 バンドスの船乗り

第69話 憎しみの連鎖

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「ジオ!」

 ハダルが慌ててターバンの布を拾い上げて渡そうとしたが、ジオは微動だにしない。

 ジオの髪の毛の色は赤?

 飛翔は事態が飲み込めずにいたが、ハダルとドルトムントとフィオナは、分かっていたことに違いなかった。彼らの目に驚きは無く、悲し気に見つめているだけだった。
 

「何だ小僧! おまえフェルテ人か! 草原の民がこんなところにいるたぁ、珍しいな。良く今まで生き残ってこれたな」

 バルバドスはそう言うと、心底驚いたような声をあげた。

 焦りと困惑で見開かれていたジオの瞳が、諦めの色に変わった。

「まあな、ドルトムント達のお陰でな」

「フェルテ人?」

 飛翔が口の中で繰り返すと、ハダルが頷いた。

「ジオは、北の騎馬民族フェルテの生まれなんだ。製鉄士の父親と一緒に、壮国チャンゴに拉致されたのさ」

「ジオはフェルテ人で、製鉄士の息子……」

「そうさ、俺が十二の歳のことさ。高度な製鉄技術が欲しい壮国チャンゴの連中に、俺の父親は拉致された。そして、家族である俺たちは人質として一緒に壮国チャンゴに連れてこられたんだ。けれど……」

 ジオの目がいままで見た事も無いような憎しみの色に染まる。

「俺達人質は、壮国チャンゴに入った途端、殺された!」

 拳を固め、歯を食いしばった。


 フェルテと壮国チャンゴは、千年前のバンガルス国と天空国チェンコンの頃よりも昔から、常に交戦状態が続いていた。
 宝燐山ホウリンザンを最高峰としていただく天山チェンシァン山脈(フェルテでは天山アルロボス山脈と呼ばれている)の稜線が、辛うじて二つの国が全面戦争に突入するのを防いでいた。
 だが、だからこそ二つの国の間には、積み重なり絡みあった根深い恨みの感情が渦を巻いていたのだった。

 ジオの本当の名前は、ジオラルド・エシュルーファ。
 天山アルロボス山脈の風の谷ルアファタルで、製鉄炉を守ってきた村の長の息子だった。

 古より鉱物資源が豊富に発掘されていたフェルテでは、鉄鋼石メタリクトと呼ばれた鉄を多く含む石と、燃える黒い石フラムペトラを使った製鉄技術が発達していた。
 そして熱に強い焼きレンガを使った縦型の炉。
 山肌を抜ける強い風。
 
 高温の炎を維持できる上、純度の高い鉄を作り出す事ができたのであった。

  その技術は、フェルテ国内でも、山深くに隠されていたのだが、壮国《チャンゴ》の諜報部隊にいつの間にか突き止められてしまった。

 襲撃それは、働き手が仕事にでている間に起こった。
 村の年寄りはみなその場で殺された。足手まといになるからだ。
 女子どもは集められ、壮国チャンゴの兵に取り囲まれるように連れて行かれた。

 長い道のりの途中で聞かされたことによると、別の部隊が製鉄士たちを同じように連行しているとのこと。壮国に無事着いたら、家族と会わせてやる代わりに、壮国のために鉄を打て。大人しく壮国のために働くのであれば、害は加えないと言うものだった。

 害は加えないといわれても、すでに多くの村人は殺されている。
 父親たちの安否も分からず、女子どもでは兵士にかなわない。
 迫りくる恐怖に怯えながら、ひたすら前に進む毎日だった。

 そして、悪い考えは当たるものだ。

 壮国チャンゴに入って間もなくの夜、人質は殺された。

 その夜、連日の緊張と長い旅路のために、壮国の兵士でさえ疲労の色が出始めていた。
 交代で火の番をしていた兵士でさえも、暗闇に慣れたその殺人部隊の動きに気づくのが遅れた。

 音も無く忍び寄る影。
 
 人質たちは、声をあげる間も無く息を引き取っていく。

 ジオの一家は人質の集団の中で、比較的真ん中に居た。お陰で異常事態に気づくことが出来たのだった。
 
「やめろ!」
 一つ年上の兄のギルドラドがそう言ってジオの前に立ちふさがった。
 だが、その声はそのまま途絶えた。
 
 ギルの体を貫いた剣が、ジオの脇腹にも刺さる。

 痛みで一気に目が覚めたが、ジオは恐怖と痛みで動くことができなかった。

 剣は素早く抜かれると、今度はジオ目掛けて振り下ろされてきた。

 殺される!

 そう思った時、ジオと暗殺者の間に滑りこんできた兵士の姿があった。

 炎の光に、その男の茶色の髪色と、幅の広い筋肉質な背中だけが目に焼き付いた。

「小僧! 逃げろ!」

 男はそう大声で叫ぶと、暗殺者に向かって剣を繰り出した。

 ジオはハッと我に返って、無我夢中で走りだした。
 刺された脇腹からは血が流れ続けて、痛くて朦朧としてくる。
 だが、兎に角この場を離れなければ。
 暗闇の森へと必死で足を動かした。

 その時、目の端に妹を抱いたまま血まみれで倒れている母の姿が入った。
 駆け寄りたい。
 泣き叫んで縋りつきたい。
 
 だが、背中から迫る殺意に押されるように、ジオはそのまま暗い森の中へと走り込んだ。

 どこをどう走ったのかも覚えいない。
 流れ出る血をどうにかしなければ、足跡を辿られてしまう……そう思ったジオは、急いで上着を脱いで足元の血を拭い、きつく腹に巻いた。

 ぽつりぽつりと振り出した雨が、血の跡を洗い流し、においを消し、追跡を困難にしてくれた。
 だが、逃げるジオの足をも重くする。

 痛みと寒さで疲労しきったジオは、もう一歩も歩くことが出来なくなってしまった。
 岩の隙間を探し、夜が明けるまでそこで待つことにした。

 目を見開き、四方の音に耳を澄まし、長い長い夜を過ごしたのだった。

 いつの間にか雨が上がり、緑の葉に宿る雨粒が陽の光に煌めいていた。

 ジオは眩しそうに目を開けた。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 生きている!

 靄のかかったままの頭でそう思った。

 と同時に、もう自分は一人になってしまったと言う悲しみが、怒涛のように押し寄せてきた。

 自分を庇って死んだギル兄さん。母さん、妹のアシエ。
 他の人質のみんなはどうしただろうか?
 誰か生き残れた人はいたのだろうか?
 村のみんなの顔が次々と浮かんできて、ジオの頬を涙が伝い落ちた。

 泣きつかれたジオは、それでも前へ進まなければと思った。
 今自分がどこにいるのかも分からない。
 だが、兎に角人のいるところへ行けば、誰かに助けてもらえるかもしれない。

 森の中をひたすら歩き廻り、ふらふらになりながら辿り着いた先に、小さな村が見えた。

 誰かいるだろうか。

 水が飲みたい……
 ふらつきながら井戸へ向かって行くと、家から出てきたばかりの女性の声が叫んだ。
「赤い髪! なんでこんなところに!」

 その声はそのまま恐怖のこもった声になり、他の村人たちを呼びに走る。

 声を聞いて飛び出してきた村人たちは、ジオの髪を見て慄いた。

「フェルテの奴らが攻めてきたのか!」

 慌てて武器を持って外に集まって来た。

「違う!」

 ジオは必死で叫んだ。

 だが、恐怖に侵された人々にその声は届かない。

「みんな、襲撃だ! 武器を持て!」

 わらわらと集まってくる村人を見て、ジオは向きを変えてまた森の中へ逃げ込んだ。

 多くの足音が迫ってくる。

 必死に逃げる。
 転げながら、それでもジオは立ち上がり、走った。

 敵? お前らのほうが敵じゃねえか!

 静かに幸せに暮らしてきた俺たちの村を襲って、殺したのは壮国チャンゴの連中じゃないか!
 なのに、フェルテが敵だなんて!

 ふざけるな!

 俺の父さんを返せ! 母さんを返せ!
 ギルドラドを、アシエを、村のみんなを! 

 返せ!

 憎い! 憎い! 憎い!

 壮国チャンゴの奴らが憎い!

 
 村の人々が、もう少し落ち着いて辺りを見回すことが出来ていれば、年端もいかない少年が一人しかいないことに気づけたはずであった。
 だが、そんな冷静な判断ができないほど、村人たちも追い詰められた過去があったのだろう。
 かつてはフェルテの兵によって蹂躙された壮国チャンゴの国境の村々。
 彼らの記憶の中には、赤髪の残忍な侵略者の記憶しかない。
 
 傷ついた十二歳の少年へ助けの手を差し伸べることが出来ないほど、赤い髪は恐怖と憎しみを引き起こすものだった。

 村人たちは、かなり森の奥深くまでジオを追ってきたが、ジオは辛うじて逃げ切ることが出来た。奇跡としかいいようの無い逃走の果てに、ジオは道端に止まっていた馬車の荷台に身を隠した。
 荷物の間に細い体を滑りこませる。
 幸い、荷主は気づくことなく、そのまま馬を出発させた。

 こうして、壮国チャンゴを縦に逃げるジオの旅が始まったのであった。
 
 ジオは自分の赤い髪が、壮国チャンゴではとても危険な物だと言うことを学習した。
 布で髪を隠しながら、荷台から荷台へと移りながら旅を続ける。

 できる限り遠くへ。遠くへ。

 隊商の荷車に紛れるのは、その希望を叶える唯一の手段だった。
 見つかれば衛兵に付き出される覚悟で、ジオはそれでも、荷台に隠れるしか生きる術を思いつかなかった。

 ジオの旅は続き、やがてミザロの町へ辿り着いた。
 三年前のことだ。

 ゴミ置き場に食べ物を探しに行き、そのまま力尽きて倒れていたところを、ドルトムントとハダルに助け出された。
 ハダルの背に負ぶわれて歩いている間、ジオは夢の中で母の背中を思い出していた。

 ドルトムントの家に着いたばかりの時は、ジオはやせ細り、獣のように目だけをギラギラさせていた。
 何を聞いても答える事無く、常に周りに気を配って緊張し続けている様子に、ジオの過ごしてきた日々の厳しさが滲み出ていた。

 そんなジオを見て、フィオナが泣いた。

 ジオの目を見ながら、ヒックヒックとすすりあげながら泣き続ける。

 始めは疑わし気に見つめていたジオだったが、次第にそれが本当にジオを心配して泣いてくれているのだと言うことが伝わったようだった。

 ジオの瞳が揺れた。

 俺を心配してくれる人がいる。
 俺のために泣いてくれる人がいる。

 初めて、生きていられて良かった……そう思えた。
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