ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第八章 イリス島

第75話 古の碑文

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 イリス島の人々は人懐っこいけれど控えめで、ドルトムント一行と交流しながらも、立ち入った事に踏み込むような事はしない。
 とても居心地の良い、優しい島だった。

 お陰でドルトムント達は、飛翔が手紙を読み終えてからもしばらくの間、イリス島でのんびり過ごすことができた。
 毎日朝早くに起きて、シエル達の草花の手入れを手伝ったり、浜辺で遊んだり。
  
 手紙の内容については、誰も尋ねてはこなかったが、みんなが飛翔を心配してくれているのはヒシヒシと伝わってきたので、飛翔の方からぽつりぽつりとみんなに話していった。

 歴史学者としては、聖杜国エストレアの事やエストレア文字についてなど、聞きたいことが山ほどあると思うけれど、ドルトムントは黙ったまま、飛翔の肩を励ますように叩いてくれたのだった。

 香草集めの手が止まっている飛翔の隣にやって来たのはハダル。
 優しく声を掛けてくれた。
「飛翔、この間のシエルさんとの話によれば、瞳の色が金色の人は、聖杜国の民と繋がりがあるかもしれないんだよな」
「ハダル、そうだな! ハダルと俺は繋がっているんだ」
 飛翔は改めてその事実を噛み締めると、瞳の色を明るくした。

「俺、ハダルと初めて会った時、初めてとは思えなかったんだ。懐かしくて、昔から知っているみたいだった……それに……飛王にもちょっと似ていたし」
 その言葉に、今度はハダルが驚いたような顔になる。
「え! お兄さんに似ているって! それは光栄な話だな」
 朗らかに笑うと、自分の心の内を明かすように、しみじみと語り始めた。
「俺は親の顔を見たことが無い、根なし草だった。ドルトムント達に会うまでは、ずっと寂しくて、不安定で……でも、飛翔の故郷、聖杜国エストレアの民と繋がっているんだと思ったら、スゲー嬉しくて。俺にも故郷ができたような気がして、こう……胸の奥が温かい気持ちになれたんだ。ありがとう」
「ハダル……俺のほうこそ嬉しいよ」
 二人の金色の瞳が弾むように重なり合った。
 

 浜辺でみんなで遊んでいる時の事。
 白い砂浜に腰を下ろした飛翔の横に、先ほどまで海で泳いでいたジオが濡れたままやってきた。赤い髪を伝って、海水がポタポタとこぼれ落ちる。
 気持ち良さそうにブルっと頭を振ると、隣に腰を下ろして話し始めた。
「俺、思い出したんだ。俺の父さんが言っていた。燃える石フラムペトラのことや焼きレンガを使って炉をつくる方法を教えてくれたのは、『青い髪の民』だったって。そのお陰で、フェルテの製鉄技術が飛躍的に向上したんだって。お前の仲間たちのお陰で、フェルテは豊かになったんだな。ありがとう」
「ジオ! 俺のほうこそ、その言葉が聞けて嬉しいよ。聖杜のみんなは、自分達の知識で人々の生活が豊かになるようにって思いながら過ごしていたんだ。そんな思いが受け入れられて、感謝までしてもらっていたなんて……みんなが聞いたらどんなに喜ぶだろうな。ありがとう」
 飛翔の言葉に、ジオは照れ臭そうにニヤッと笑うと、また勢いよく海へ向かって駆けだしていったのだった。


 シエルから渡されたリフィアの遺品は、数枚の日記らしき紙の束とアマルの花が織り込まれた布、作りかけの絨毯用の図案の三点。
 日記には、聖杜での色々な出来事が綴られていたが、時折、飛翔への想いが込められた優しい言葉が織り込まれていた。
 飛翔は胸の奥がきゅんとくすぐったくなった。
 
 絨毯の図案は、編み込む色と場所を決めるための重要な物。
 リフィアが気合を入れて作っていたことが伝わってくる。
 破かないようにそーっと開いた。
 そこには、あの日二人で眺めた『夜光虫の渡り』が描かれていた。
 
 リフィアは覚えていてくれたんだ! あの日の約束を……

 夜光虫の光の中で互いを見つめ合う飛翔とリフィアの姿。

 飛翔は嬉しさと気恥しさで赤くなった。
 思わず、周りに誰もいないことを確かめる。

 リフィアの声が聞こえてくるようだった。

 飛翔! 愛してる……

 今なら、素直に言える。

 リフィア! 俺も愛している……

 飛翔はそのまま、リフィアの心を抱きしめていた。


 数日後、フィオナが飛翔の様子をチラチラ見ながら、話しかけるタイミングを伺っていた。飛翔は思わず吹き出して、フィオナに声をかける。

「フィオナ、どうしたんだい? さっきから挙動不審だよ」
「あー、いや、そのね。リフィアさんのこと、残念だったわね。と言うか、悲しいよね」
「ありがとう、フィオナ。気にしてくれて」
 飛翔はフィオナの心遣いが嬉しくて、素直にお礼を言う。

「分かっていたことではあったんだけどな。今は千年後の世界。リフィアが死んでいるのなんて当たり前のことさ。でも、その死の様子を聞くと、やっぱりつらい。俺がもし聖杜に帰れたとしても、もういないんだなと思うと余計にな」
「あら、それはわからないじゃない! リフィアさんが死ぬ前の時間に戻って、それを阻止すればいいのよ! 折角タイムトラベルして、真相がわかったんだから、そうすればいいのよ」

 帰って阻止すればよい……フィオナの言葉は、とても魅力的だった。
 
 帰る時間が選べるのだろうか?
 もし、そんなことが出来るのなら……一欠片の期待を抱く。

 でも、俺は『ティアル・ナ・エストレア』の片割れだ。
 だから俺は自分の使命を果たさなくてはならない。

 リフィアが命がけで飛王を守ってくれたのも、『ティアル・ナ・エストレア』の役目を二人で果たせるようにと思ってくれたからだ。
 その気持ちを無にしたくない。

 そんなことを考えていると、フィオナが更なる提案をしてくれた。

「ねえ、飛翔、ミザロでは特に特定の神様はいないんだけどね。隣のルシア国には、死んだら唯一神の元へ行って、そこからまた新しい命を与えられて生まれ変わる『輪廻イドゥミニハウル』って考え方があるのよ。その考え方でいったら、リフィアさん、もしかしたら、この千年後の世界に生まれ変わっているかもしれないわよ。探してみるのもいいんじゃない?」

 フィオナの言葉に、飛翔は驚いた顔をした。
「そんな考え方があったのか。実は聖杜でも同じような『輪廻レカルナシオン』の考え方はあったんだよ。生まれ変わって、次はもっと幸せになれるっていうな」

「そうだったんだ! じゃあ、どこかにいるわよ。リフィアさんの生まれ変わり。きっと、その人に出会ったら、とっても懐かしい気分になって、大好きな気持ちが沸き上がってくるんじゃないかしら? で、その人からきっと、飛翔、告白されるわよ。好きです~って」

 フィオナは明るく、冗談のような口調でそう言って慰める。

「そうだな。フィオナの言う通りかもしれないな」
 飛翔は一瞬複雑な顔になったが、すぐに笑顔に変えて感謝を伝えた。
「フィオナ、慰めてくれてありがとう」

「どういたしまして! 私が生まれ変わりだったら、いくらでも言ってあげるんだけど、でも、リフィアさんって私と違っておしとやかな人だったみたいだわね~。私じゃあなさそうでごめんね」

「いや、ありがとう。元気でたよ」
「良かった」

 フィオナはそう言いながらも、心の中がキュッとした。
 
 あれ? もしかして、私飛翔のこと、本気で好きなのかしら?
 でも、飛翔の心はリフィアさんのもの。
 そして、この世界にいるかもしれないリフィアさんの生まれ変わりの人のものなんだから……
 

 流花の手紙に記された、古の碑文。
 飛王と瑠月が見つけた、古き都の苔むした石碑。
 
 その言葉は、飛翔が知っているものとは全然違っていた。

第一章
 宇宙の神はこの星に、宇宙と同じ青い色の髪と
 星の光を宿した金色の目を持つ人を作った
 そして、始まりの地のティアルに扉を一つ作った
 宇宙の知恵を惜しみなく授けるために
 そして人々は、宇宙の民となった

第二章
 宇宙の神は、人々が宇宙の民である証として扉の鍵を授けた
 その鍵がある限り、人々は宇宙の知恵をいつでも享受することができる
 だが、鍵を身に付けし者は、何れ時の輪の先で鍵の無い扉を開く日が来るだろう
 それは青く輝く宇宙色の石、星光石の指輪ルス・エストレアと呼ばれた

第三章 
 宇宙の神は、やがて人々が成長し、宇宙の民であることよりも
 自分が神となることを望むようになると分かっていた
 宇宙の神の存在がいらなくなった時、扉もその役割を終える
 だから、扉を閉じる方法も授けた
 それは鍵を壊すための剣、星砕剣ロアル・エスパーダと呼ばれた


 星光石の指輪ルス・エストレアは扉の
 そして、星砕剣ロアル・エスパーダはそれを剣!

 二つの神器は、知恵の泉を守るでは無かったんだ!

 これを知った飛王が、どれほど悩み、苦しんだのかを思うと、なぜ隣にいてあげられなかったのかと悔やんでも悔やみきれない気持ちになった。
 それでも、飛王は耐え、そして結論を出した。

 きっと、それは今俺が思っていることと一緒の答えだと思う……
 
 だから、『 飛翔! 俺は泉で待つ! 』

 そう言い残したんだ。

 星光石の指輪ルス・エストレアを持って来てくれ
 一緒に神に『知恵の泉』を返そう!
 
 そう言っているんだ!
  
 じゃあ、この千年後の世界で、飛王が待っているはずの『知恵の泉』は一体どこにあるのか?
 
 古の泉は、聖杜の神殿に場所を移したと書かれている。
 と言うことは知恵の泉は移動する可能性があると言うことだ。

 次の泉はどこになったのか……きっとあそこのはず!

 千年前の洪水。
 
 ミザロの湧き水スルスだ!
 ミザロに帰らなければ! 

 俺が次に向かうべき先は、きっとミザロのスルスだ!

 でも、俺はなぜ千年後に来たんだろう?
 
 千年後の世界から、千年前の聖杜国エストレアの民を見届けるために来たのか?
 確かに、彼らの足跡は、辛くても負けない強さと、変化を恐れないしなやかさを伴っていた。
 そして、そんな彼らの姿は、飛王が望んだ未来を描き、俺はそれを確認できた。
 飛王の決断は間違って無かったと思うし、少なくとも『聖杜国エストレアの民』は生き残って、ちゃんと笑いながら生きている。

 だが、そのためだけに千年後に来たのではないらしい……

 古の碑文にある言葉、『何れ時の輪の先で鍵の無い扉を開く日が来るだろう』とはどういう意味だろうか?
 
 と言うことは、この星光石の指輪ルス・エストレアが無くても開かれている扉と言うことに違いない。

 それはいったい、どんな扉なのか?

 第三章の言葉の意図も図りかねる。
『宇宙の民であることよりも自分が神となることを望むようになる』
 人が自分で神になるとは、人が人の上に立つと言うことなのだろうか?
 
 何故か『天空始成紀チェンコンシチンジ』を思い出した。
『施政者が神になりたがる時がある』と言うドルトムントの言葉も。

 そんな者のために扉を開くと言うのは、おかしい気がする。
 宇宙の神がそんな不平等なことを望んでいるとは思えない。

 では、何を望んでいるのか?

 宇宙の神の言葉を思い出した。
『知恵の泉』の中で、語り掛けてきた宇宙の声。

『 私は人を作った。そして、知恵を与えた。
  だが、その知恵を使ってどう生きていくのか。
  それは、そなたたち人の自由だ。
  私がどうこうする話ではない。  』

 その時、飛翔の表情がふわっと柔らかくなった。

 そうか! そう言うことだったんだ……

 流花の手紙を丁寧にたたんで、からくり箱へ戻す。
 心の中で、飛王に語り掛けた。

 もう少し待っていてくれ、 飛王!

 俺のやるべきことを果たしたら、『スルス』へ行くからな!

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