ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

文字の大きさ
80 / 91
第九章 玉英王動く

第79話 復讐

しおりを挟む
 忘れられたらどんなに楽だろう……

 俺を庇って死んだ兄さん。 血まみれで倒れていた母さんと妹。

 みんな何にも悪いことしてないのに。
 毎日一生懸命笑いながら暮らしていたのに。

 それがある日見知らぬ人達に拉致されて、知らないところへ連れて来られて、殺された!

 自分だけが生き残った……罪悪感。

 フィオナたちに出会い、傷を癒されれば癒されるほど、幸せを感じれば感じるほど、膨れ上がる罪悪感と、復讐の炎。

 俺が復讐してやらなきゃ、誰が家族の無念をはらせるって言うんだ!
 俺しかいないじゃないか!
 
 復讐しなければ、俺は生き残った意味が無いんだ!


「お前、もしかしてあの時のガキか! 生きていたのか……良かった……」

 ランボルトの言葉には驚きと安堵の響きがあった。
 ジオの腹に突き付けられた剣から、力が抜ける。
 
「あの時?」
 ジオが驚いたようにランボルトを見た。

 茶色い髪、幅の広い筋肉質な背中……
『小僧! 逃げろ!』
 そう言って暗殺者との間に割って入ってくれた 壮国チャンゴの兵士。

「そうか、お前はあの時の子だったんだな。よく今まで生き残ってこれたな」

 ランボルトの目に光るものがあった。
 それを隠すようにジオに深く頭を下げた。

「あの時、お前たち家族を人質として連れてくるように命令を受けたのが、俺の配属された部隊だったんだ。だが、国境を越えて壮国へ入国した直後にいきなり暗殺部隊がやってきて、お前たちを惨殺していった。俺たちは、そんな事知らなかったんだ……すまない……」

 いきなりのランボルトの言葉に、ジオの目に戸惑いが浮かんだ。
 だが、そんな話に騙されないぞと言うように、 玉英王ユーインワンの首に押し当てた刃物に力が籠る。
 玉英王の首筋から、また細い血の筋が滲み出た。

 赤い流れが玉英王の襟元を染めていくが、当の本人は気にする様子も無く、淡々と言葉を発した。

「そうか、お前がガルドラド・エシュルーファの息子か」
 そう言って視線だけ向けると、ニヤリとして言った。

「人質暗殺の命令を出したのは余ではない。だがまあ、余の父親だからな。子の余が責任を取るのは筋が通っているな。まあ、余は別に死んでもかまわない。だがな、余を殺す前に、父親に会ってからでも遅くは無いだろう」

「今、何て言った!」

 玉英王の言葉にジオの瞳が揺れ動いた。
 見えすいた嘘をつくなと言う怒りと、本当であって欲しいと言う願望。

「お前の父親は生きているぞ」

 断言するように繰り返した玉英王の顔は真剣だった。

「それは本当か! 嘘ではないだろうな」

「そなたの父親は真面目だからな。六年前に拉致された時、フェルテを攻撃するための武器づくりを拒否した。本来ならそんないらない奴は殺されるが、お前の父親は優秀な技術者だ。さすがの父、 麗希王リィーシィーワンも、殺すには惜しかったらしい」

 ジオの顔が引きつる。

「連れて来て直ぐに牢に閉じ込めた。余は三年前に即位した直後に会いに行った。そして話をした。今は 華陀ファトゥオの東の 錦呉ヂィンウーの製鉄工房で中心的に働いてくれている」
「まさか、おやじが 壮国チャンゴのために武器づくりを?」
「違う。お前の父親とは約束した。武器では無くて、農具を作ってくれと」

 ジオの目から涙が零れ落ちた。

「でもおかしい。いくら農具の製作だとしても、なんで壮国のために作らせるんだよ。本当に悪いと思うなら、なんでおやじをフェルテへ帰してくれないんだよ!」

「すまない。そうしてやりたかったが時期が悪かった。壮国の兵がフェルテの村を襲ったばかりだったのでな。やたらにお前の父親を帰すと、却ってスパイ容疑で殺されかねなかった。だから壮国で農具を作ってもらった。襲った村の復興に役立ててもらうためにな」

 ジオが弾かれたように顔を上げた。

「フェルテに届けるための農具!」
「まあ、全部では無いがな。壮国はもともと資源が少ない。 鉄鋼石メタリクト燃える黒い石フラムペトラも無い。だから砂鉄シァーティエを使った製法を教えてもらったんだ」

  玉英王ユーインワンは微かに辛そうな表情になると、ジオに向かって静かに言った。

「そなたを長年苦しませてすまなかった。だが、余を殺して自殺するのはちょっと早いぞ。せめて父親に会ってからにしろ」

 ジオの手から刃物が滑り落ちた。
 そして一気に泣き崩れた。

「約束だぞ! お前、もう絶対フェルテを襲うなよ! 絶対フェルテと戦争するなよ! 俺が今我慢するのはお前のためにじゃない。お前を生かす事で、この先無意味な争いが減るなら、もう二度と俺のような気持ちを抱く奴を出さないために、俺は、歯を食いしばって耐えんだからな! 忘れるなよ!」

 全身からほとばしる悲しみと悔しさが、嗚咽となって響いた。
 ジオがどれほどの絶望を味わったのか、どれほどの決意で今諦めたのか。

 みんなの心に迫ってくる。

「ああ、約束する」

 玉英王はそう言うと、今まで見せたこともない静かな思慮深い瞳になった。

「ランボルトのことも許してやってくれ。こいつは命令に背ける立場じゃなかった。そして、お前の家族の暗殺の件も本当に知らなかったんだ。現にこいつは味方である壮国の暗殺部隊に刃を向けた罪で、牢に繋がれた後、死地に送られた。今こうやって生き残っているのは、奇跡なんだよ」

 そう言って立ち上がると、ジオの前に跪き、頭を下げた。

「すまない……」

 ランボルトも玉英王の隣に跪き、ジオに頭を下げた。

 それは稀有で尊い光景だった。
 
 確かに命を奪った行為に対して許しを乞うても、失った命は戻ってこない。
 だから、謝罪は何の慰めにもならない事は確かだ。
 だが、奪った国の王が、被害者の国の民に頭を下げるなどと言うことは、今まででは考えられないような状況であった。
 それを、こんなに自然に、しかも大国、 壮国チャンゴの王が行ったと言うことは、飛翔にとって希望を持てる瞬間に思えた。

 そして同時に、不思議に思う。

  玉英王ユーインワンとはどういう男なのか……


 フィオナたちがジオの傍へ行き、肩を抱くようにして寄り添った。
 
 その様子を見届けた玉英王は、ゆっくりと立ち上がるとまた椅子に腰かけた。
 今度は真正面を向いて普通に腰かける。



「玉英王、先ほどまでのあなたの態度と、今のあなたの態度を比べると、全然印象が違います。あなたは本当は争いを好まない王のような気がします。なのになぜ、人を試すような事を言ったり、恐怖に陥れるような発言をしたりするのですか?」

 玉英王はふっと笑うと、飛翔を珍しい者でも見るような眼差しになって言った。

「お前は本当に素直に育ってきたんだな。真っすぐに。理想に向かって真っすぐに。人を疑うこと無く。人に疑われることも無く。幸せに生きてきたことが駄々洩れだな。だが、だからこそ甘いな。そんなことを言っていたから、お前の故郷は滅びてしまったんじゃないのか」

「だからと言って、人を疑心暗鬼にさせるようなことをわざと言ったりやったりするのは、混乱を招くだけだ。王なら人々の心が穏やかになるように努力すべきだろう」

「別に私が疑心暗鬼にさせているわけじゃない。人々が勝手になっているだけさ。私の事を悪く言ったり、恐れている者がいることは分かっている。だが、それを簡単には覆せない。なぜなら、玉英王は弱腰だと思われたり、恐れが無くなったら、人々の不満が爆発して、戦乱の世に戻ってしまうかもしれないからな。この国は大きいが一枚岩では無い。異なる文化、民族、土地柄で生活している人々が、ぎりぎりの妥協の中で一つの国として生き残っているんだ。そこへ皇帝と言う重石が失われてみろ。きっとみんな反乱を起こすぞ。一か所でおきれば波のように、次から次へと次の反乱を呼び起こす。そうなったら、折角今平和に暮らしている人々も、また戦火に巻き込まれることになる。それだけは避けたい。だから、多少の恐怖も必要なのだ」

「でも、大きすぎる恐怖もまた、反乱を呼ぶことになる」

「その通りだ。だから加減が難しい」

 玉英王が初めて本心を語り出したようだった。

「私が王に即位したのは三年前だ。まだたった三年……国は未だ立ち直るどころか停滞している。腐り切った膿を出し切るのも遅々として進まない。不満や不安を抑えながら改革していくのは、言うほど簡単な事じゃない!」

 絞り出すような言葉に、疲労が滲んだ。

「父王、 麗希王リィーシィーワンは欲深い人々の間で翻弄され、毒を盛られ、疑心暗鬼になった。そして狂気に落ちた。周りの人々はこれ幸いと腐敗した政治を繰り広げ、その腐臭は国の隅々まで犯していったのだ。曾祖父、 延世王イェンシィーワンが戦の無い世を作ろうとして必死で統一した理想の国は、アッと言う間に崩れ去ったんだ」

 悔しそうな顔になる。

「統一するために、きっと多くの血が犠牲になったに違いない。それでも、理想の国はできあがらない。どうしたら、みんなが幸せに暮らせる世の中になるのか、いくら調べてもわからない。だから、『知恵の泉』が欲しい! 『剣と指輪』が欲しい!
宇宙の神に返すのなんて、まだ早い! 俺に知恵を与えてくれ!」

 飛翔は驚いて声をあげる。

玉英王ユーインワン! なぜあなたは『知恵の泉』をことを知っているんだ! からくり箱には一体何が入っていたんだ?」

 玉英王は顔を上げると、急に納得したように頷いた。

「そなたの知り人の手紙かもしれないな。一緒に見るか」

 手紙!
 
 飛翔も待ちきれない気持ちになって頷いた。

「だがその前に、余の昔話でも聞いてくれないか……」

 そう言って、玉英王は幼き頃の出来事を話し始めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...