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日常
電話
しおりを挟むわたしはおもいっきり振ったバッドにたまたまボールが当たりカッコーンとホームランを打ち小説家デビューしてしまったそんな感じなのだ。
電話口で大きな溜め息つく松木はそんなわたしの担当編集者であり中学、高校時代からの同級生でもある。
嫌みな男だけどわたしがたまたま振ったバッドにボールが当たりデビューできただけだよと言うと、
「でも、振ったから当たったんだよな。何もしなかったんじゃないだろう。二冊目も頑張れよ。ぽんこつ」と言いながらもわたしを嫌味とともに応援してくれるそんな奴なのだ。
『おい、頭のネジが一本いや二本外れてるぽんこつ俺の話を聞いているのか?』
「あ、うん……聞いているよ。ってぽんこつじゃないもん」
『何も思い浮かばないんだからぽんこつだよ。で、行くんだよね?』
「へ? 行くって何処に?」
『俺の話を聞いていたんじゃないのかよ。高校の同窓会だよ』
「はい? 高校の同窓会? 小説の話をしていたんじゃないの?」
松木はふーっと大きな溜め息をつき『小説のことも兼ねてだ』と言った。
「……そうなんだね」
わたしは耳に当てたスマホを強く握りながら同窓会はあまり気が進まないなと思った。
その時、わたの腕を真由香が「ねえ、亜沙美ちゃん」と言いながらグイグイと引っ張ってきた。
わたしは振り返り、
「あ、真由香まだ居たんだ」と言うと真由香はわたしの顔をキッと睨み付けてきた。
「居たのって、何も言わないで電話しているから待っていたんだよ」
「真由香、ごめんね。先に行ってて言うの忘れていたよ」
「あのね……忘れないでよね。お腹がぺこぺこだよ~」
そう言って真由香はぷくぷく頬を膨らませる。
『おい、亜沙美聞いているのか?』
電話口からは松木の声が聞こえてきた。
「あ、うん同窓会の話でしょ」
「ねえ、亜沙美ちゃんってば早く行こうよ」
真由香がわたしの腕をぐいぐーいと引っ張る。
『同窓会と小説のことだよ。あ、なんか真由香の声が聞こえてくるな。また、後で連絡するよ。じゃあな、亜沙美先生』と言って松木は一方的に電話を切った。
わたしは、カバンにスマホを仕舞い、「真由香ごめんね」と言って笑顔を作った。
「電話の相手は松木なの?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり~小説のことだよね」
「うん、全然書けていないからね」
「そっか、大変だね頑張るんだよ。それはそうとお腹が空いたよ。あ、チラシの定食屋に行く時間がないよ」
真由香はスマホの画面をグイッとわたしに見せてくる。見るとお昼休憩が終わるまで三十分しかない。真由香には悪いけれど、わたしはホッとした。
家に帰り机に向かったけれど、小説のアイデアなんて一つも浮かんでこないのでペンを投げ捨てた。
「ああ、もう嫌になる。わたしって才能ないのかな」
わたしは、両手で頭をかきむしった。思い浮かんでくるのはオレンジ色の提灯と『ご飯屋』と書かれた暖簾にそれから真っ赤に染まった血溜まりばかりだ。
もう一層のことこれを小説にしようかななんて考えてみたけれど、ダメダメ絶対にダメだ。考えただけでゾクッと寒気がしてきた。
その時、机の上に置いてあったスマホがぷるぷると振動した。
画面を見ると松木からの電話だった。うげー出たくないなと思いながら電話に出た。
『亜沙美先生こんばんは』と嫌みな声が聞こえてきた。
「……何かご用でしょうか?」
『何かご用でしょうかじゃないんだよ。ぽんこつ』
「あ、また、ぽんこつって言った」
『おっ! ぽんこつじゃないと言うことは亜沙美先生素晴らしいアイデアが浮かんだのでしょうか?』
「……それは」
『それは? どんなアイデアでしょうか?』
松木はわざとらしくわくわくした声を出す。
「アイデアはありません」
『はぁ? アイデアはないだとぽんこつーーーー!』
松木の大きな叫び声で耳が痛くなる。
「あ~もううるさいよ。オレンジ色の提灯だよ」
わたしは、思わずオレンジ色の提灯と口走ってしまった。
『えっ? オレンジ色の提灯ってまさかのアイデアかよ。亜沙美』
電話口の松木は興奮した声で聞いてくる。
「あ、ううん、違うよ。なんでもないよ」
『いや、オレンジ色提灯良いかもしれないぞ。よし、それにしろ。亜沙美先生』
松木の声は弾んでいるけれど、オレンジ色の提灯なんてとんでもない。絶対に嫌だ。
『おい、亜沙美聞いているのか?』
「オレンジ色の提灯は却下だよ。言葉に出てしまっただけだから……」
『はぁ? でもさ、オレンジ色の提灯から始まるストーリーでも考えたらいいんじゃないか?』
なんて松木は乗り気になっているのだから信じられない。
「オレンジ色の提灯は考えるだけで嫌な気持ちになるから止めておくよ」
『どうしてだよ。オレンジ色の提灯良さげなんだけどな。あ、そうだ、明日打ち合わせをしようぜ。じゃあいつもの喫茶店でね』
「あ、松木」とわたしが言った時にはすでに電話は切れていた。
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