オレンジ色の世界に閉じ込められたわたしの笑顔と恐怖

なかじまあゆこ

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帰れない

夏祭りとオレンジ色の提灯と浴衣

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  扉を開けると松木が立っていた。

「昼ご飯だってさ。ん?  なんか顔色が冴えないな。まだ、亜沙美はさっきの提灯キーホルダーのことを考えているのか?」

  松木が眉間に皺を寄せてわたしを見る。

「うん、オレンジ色の提灯キーホルダーもそうなんだけど……」

「他にも何かあるのか?」

「うん、わたしの小説のことなんだけどね」

「おっ、小説。やっと新作を書く気になったんだね」

  松木は嬉しそうに目を輝かせた。

「……ごめん。違うのよ」

「はぁ?  せっかく喜んだのに馬鹿みたいじゃないか。俺の笑顔を返してくれよ」と言って松木はふぅーと溜め息をつく。
「で、違うって何なんだよ」

「うん、『オレンジ色の夕日とわたしの青春』に食堂の軒先オレンジ色の提灯が吊るされている情景描写と盆踊りのやぐらにオレンジ色の提灯が吊るされている情景描写があったよね。松木覚えている?」

  とわたしが訊ねると松木は顎に手を当ててしばらく考え「そう言えばその場面あったね」と答えた。

「わたし、オレンジ色の提灯に怯えていたのにどうして今までそのことを思い出さなかったのかなって不思議に思ったんだよ」

「う~ん、オレンジ色の提灯はチラッと出てくるだけだからなんじゃないのかな。まあ、気にするなよ」

  松木はそう言ってわたしの肩をぽんと叩いた。

「うん、それもそうだね」

  わたしは返事をしながら松木のぱっちりとしたアーモンドアイの目を見た。

「亜沙美どうした?」

「ううん、高校時代も松木やみんなと夏祭りに行ったね」



  思い出した。わたしは高校時代松木、真由香、美奈、真夜とそれから久野君と夏祭りに出かけた。

  その夏祭りは沿道にたくさんの提灯が吊るされていて夜の街に明かりを灯していた。そこにはとても綺麗で幻想的な世界が広がっていた。

  あの夏の日は暑かった。

  わたしは、椿の花柄のちょっとレトロで可愛らしい浴衣を着て夏祭りに出かけた。

  お祭りや花火大会といえば浴衣だ。見かけは涼しげだけどやっぱり暑くて汗だくになってしまった。

  ハンドタオルで額の汗を拭いながら待ち合わせ場所に着くと紫陽花柄の浴衣を着込んだ美奈が立っていた。

「美奈ちゃ~ん!」とわたしは手を振った。

「あ、亜沙美ちゃん、わっ、浴衣可愛いね」

  美奈はこちらに振り向きツインテールを揺らしにっこりと笑った。

「美奈ちゃんの紫陽花柄の浴衣も可愛いよ」

  わたしもにっこり笑った。高めの位置で結んだポニーテールが夏の生暖かい風にゆらりと揺れた。

  美奈としばらく話をしているとみんながやって来て夏祭りへ向かった。夜になると沿道の提灯に一斉に明かりが灯る。

「わっ、提灯の明かり綺麗だね」と美奈が言った。

「うん、めちゃくちゃ綺麗だね。なんだか幻想的な雰囲気が漂っているね」

  わたしも提灯を見上げた。

「人の心もこの提灯みたいに明るく穏やかで優しくなれたらいいのにね」
  とポピー柄の可愛らしい浴衣を着ている真由香が呟いた。



  夏祭りは大勢の人が集まり賑わいをみせていた。屋台がたくさん出ている。夏の風物詩だ。

  かき氷、焼きそば、わたあめ、チョコバナナ、りんご飴、たこ焼き等々数えきれない屋台にわたしの心は躍る。

「わたしたこ焼き食べたいな~」と美奈は言ったかと思うとたこ焼きの屋台に向かって走り出した。

「美奈は子供みたいだよな」

  ツインテールを揺らし走る美奈を眺め紫色の浴衣姿の松木がクスクス笑った。

「美奈ちゃんらしいよね。わたし達も並ぼうよ」

「亜沙美も食いしん坊だよな」

「あはは、だって、夏祭りなんだよ。たくさん食べようよ」

「そうだよ、わたしもたこ焼き食べるぞ~」

  真由香がそう言って屋台に向かって走り出す。

「あ、先に行かれたよ~真由香、待ってよ~」

  わたしも慌てて真由香の背中を追いかけた。

  松木と真夜にそれから久野君もたこ焼きの屋台に並んだ。その時食べたたこ焼きはとろとろで美味しかったことを覚えている。

「わっ、あ、熱い」

「あはは、美奈ちゃんってば急いで食べるからだよ」と赤色のチューリップ柄の浴衣姿の真夜が口元に手を当てて笑った。

「だって、美味しそうだったんだもん」

「美奈ちゃん、口の周りに青のりがついてるよ」

「えっ!  わっ、青のり~もういやだ~」と言って美奈は手の甲で口の周りを拭う。

  あの頃から美奈は明るくて元気なムードメーカーだった。
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