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幸せの運び屋の従業員になりました
しおりを挟むわたし達は事務所に戻った。外は日差しが強くて汗をたくさんかいた。
ドアを開け室内に入ると美川さんがエアコンをつけた。冷房の風が心地よくてたくさんかいていた汗も一気にひいた。
「愛可さん、お疲れ様でした。グアバ茶でも飲んでゆっくりしてくださいね」
美川さんがわたしの目の前にグアバ茶が注がれたグラスを置いた。
「はい、美川さんもお疲れ様でした。ありがとうございます」
炎天下の中を歩き戻ってきたので喉が渇いていた。なのでわたしはグアバ茶をゴクゴクと勢いよく飲んだ。
「うわぁ~生き返る~」
冷たいグアバ茶は喉を潤しスッキリとして思わず声に出してしまった。
「沖縄そばやちんすこうなどたくさん食べて喉が渇きましたもんね」
美川さんもグアバ茶を一気に飲み満足したようだ。
「はい、今日はたくさん食べましたもんね。というか美川さんがたくさん食べさせたんですよ」
「まあ、それもそうですね。あ、グアバ茶は美容にも良くて食後に飲むと血糖値の上昇を抑制するらしいですよ」
「へぇ~そうなんですね」
わたしは残りのグアバ茶を飲み干した。
うん、スッキリする。
「これからのお仕事なんですけど当分の間は毎日『元気になれる食堂』さんに通ってくださいね」
美川さんは真面目な顔になり言った。
「え? 毎日通うんですか……」
「はい、毎日ですよ」
「毎日沖縄そばを食べるんですか?」
「いいえ沖縄そば以外でも構わないですよ。笑顔で食事をして斉川さんに喜んでもらいそれからメインのきらりちゃんを笑顔にしてあげてくださいね」
「え? 今……きらりちゃんがメインだと言いましたか?」
わたしは聞き間違いであるといいなと思ったのだけど……。
「はい、きらりちゃんがメインですよ。愛可さんならきっときらりちゃんを笑顔にできますよ」
美川さんは自分の話した言葉にうんうんと納得したように頷いている。
わたしとしてはきらりちゃんを笑顔にさせることはハイレベルなお仕事だなと思いプレッシャーを感じた。
「あの……美川さんも『元気になれる食堂』さんに通うんですか?」
わたしが気になっていたことを質問すると美川さんは、
「いいえ、俺は他の仕事もあるので明日は行きませんよ。愛可さん頑張ってくださいね」と言った。
やっぱりそうなるんだよねと思いわたしは深い溜め息をついた。
「愛可さん。溜め息なんてついてどうしたんですか?」
「いえ、ちょっと気が重いというか……わたしなんかがきらりちゃんを笑顔にすることなんて出来るのかなと思って」
だって、きらりちゃんのことだから話しかけたらきっとお姉さん話しかけないでくれるかなとか言ってきそうなんだもん。
「大丈夫ですよ。さっき、きらりちゃんからスマイル一つもらいましたよね」
「あ、はい。見ていたんですね。でもあれは笑顔というかクスッて笑っただけですよね」
それにあれは美川さんの食べっぷりにきらりちゃんは笑ったのだから。
「クスッでも笑顔一つゲットしたということにしておきましょう」
美川さんはにっこりと笑っているつもりなんだろうけれど顔が強ばっている。
「……はい、分かりました」
わたしは答えながら美川さんの顔をじっと見てしまった。
何か笑顔にトラウマでもあるのだろうか? きらりちゃんの笑顔も大切だと思うけれど、幸せの運び屋である美川さんあなたこそ本物の笑顔が必要なのではと思ってしまった。
美川さんはグアバ茶をもう一杯飲みますかと言ってわたしのグラスにグアバ茶を注いでくれた。
美味しいグアバ茶を飲みながら好きな食べ物の話などをした。けれど、美川さんはつかみどころがない人でご飯を食べている時のゆるゆると緩んだ笑顔と本当は心の奥に何かを隠しているのではないかなと思わせる何かがやっぱりある。
人は誰でも人に言えないことや悩みがあると思う。わたしも色々悩んできた。
幸せの運び屋なんて仕事をしている美川さんがこの仕事を始めた理由が何なのか気になる。もちろん無理に聞こうとは思わないけれど。
「愛可さん。どうかしましたか?」
わたしがグアバ茶に映る自分の顔を眺めながら色々考えていると美川さんが声をかけてきた。
「あ、いえ……明日も頑張ります」
わたしは顔を上げて答えた。
「頑張ってくださいよ」
美川さんは白い歯を見せた。どうやら笑顔のようだ。
わたしは幸せの運び屋の従業員として新しいスタートを切った。
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