愛妻弁当

月詠嗣苑

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悲劇

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 ここ最近、美月がまた情緒不安定になりつつあった。

 が···

「大丈夫よっ。ちゃんとお薬飲んでるし。桃子だっていい子だし」美月は、桃子を膝に乗せ、頭を撫でる。

「ももちゃん、もうお電話出来るよ! アレあるもん!」と壁に大きく貼られた俺らの短縮番号。

「そか。ならいいか」ボストンバッグに必要な物を詰めていく。

「ほんと、心配性なんだから」

「ねーっ!」桃子は、時計を見あげ、慌ててテレビの前に座る。

「あぁー、ポポロか」最近、アニメのポポロが女の子の間で人気なのか、桃子は美月にオモチャを強請るがことごとく断られる。

「工作、上手くなったな!」桃子が、チラッと俺を見てニタッと笑う。

 色画用紙や段ボールで作ったポポロのオモチャ。

 たまに俺にも強請るが、ギリギリ断っている。

「もも! ママを守ってやれよ。お前も、調子悪かったら連絡しろ」そう言い、出張先にと車を走らせる。


「行っちゃった···」とボォーッとテレビの前で正座をしてポポロを見てる桃子に目が行く。

「桃子、それ見終わったらごはん食べようね」そう言い、キッチンへいき、夕飯を作りながら桃子が危なくないように目を配る。

 トントントンと小刻みな音を立て、野菜を切り、鶏肉と一緒に煮込んでいき、隣のコンロで味噌汁を作る。

「マーマー、終わったー」と言いテレビを消して、そばに来る。

「危ないからね。あっち行ってて」手で追い払う事をしたつもりはないが、不意に私の手が桃子の頬に触れて···桃子は、無言でリビングへと戻った。

「あと少しだからね」そう言い、テーブルに食器を並べる。

 カチャカチャと音が聞こえたのか、桃子がまた近付いてきた。

「これ、運べるかな?」と桃子のお皿を手渡し、そっと見守る。

「出来たよ!」桃子がこちらを見て言った。

「さぁ! 食べようね」桃子用のお茶碗に白米をよそい、手渡す。

 ガタンッ···

「あーあ···」いつもなら、ママやってと言ってくるのに、今日はそれがなく溢れた白米で遊んでいた。

「桃子? ばっちいからやめなさい」手を掴み、米粒の付いた部分を拭おうとすると、ものすごい力で腕を引っ掻いてきた。

「きゃっ。桃子? どうしたの?」そう聞いても桃子は答えず、ひたすらグチャグチャと溢れた白米を潰したり、

 ガチャンッ···

「桃子! やめなさい!」おかずのお皿をわざと床にこぼし、お皿が割れた。

(どうして? あれ結構重いのよ?) 親戚の結婚式の引き出物で頂いた常磐塗りのお皿は、桃子の力じゃ持てない重さではある。それを···

 クチャッ···クチャッ···クチャッと気持ち悪い音を立てながら、テーブルの上に広まった鶏肉を手づかみで食べるも、

「美味しくないわねー」と言い放り投げる。

「桃子? ねぇ、どうしたの? わかるよね? こんなことしちゃいけないって」桃子の身体を掴み、問いただす。

「うるさいっ!」

「え?」桃子の口から予想もしない言葉が出て固まる。

「雌豚のクセに!」

「桃子っ!」信じられなかった。

 パチーンッ···

 口より先に手が出て、自分の手をジッと見詰める。

「ママ? どうかしたの?」

「え?」手から顔をあげると、不思議そうな顔をしながらも、真剣にご飯と格闘してる桃子がいた。

「あれ?」見れば、テーブルにはきれいに盛り付けられたおかずや味噌汁が並び、床にには何も落ちてはいなかった。

「嘘···だって···」手には微かに桃子の頬にを打った感触があるのに···

「おかわりー」の桃子の元気な声で我に返った。

「うん。はい」

「パパも今日お弁当?」

「うん。簡単なもんだけどね。桃子? ママさっきなんかした?」必死に鶏肉にかぶりつく桃子。

 クチャクチャとした音が耳に届く。

「ご飯作ってた! さっき」

「そ、そうだよね···」

(疲れてるのかも知れない。早く寝よ)

 二人での食事をなんとか終え、汚れた食器を洗っていても、妙に胸がドキドキした。

「ママ? おしっこ」股を押さえ、前に現れた桃子を連れ、急いでお手洗いへ向かう。

「桃子ー? これどっかぶつけた?」下着を履かせる時に右内股の部分に赤紫色のアザがあった。

「わかんない。でも痛くないよ?」

「ならいいけど···。じゃ、お風呂入ろうね」バスタブにお湯が溜まる間に明日の幼稚園準備をする。

「えー! またそれ履くの?」ポポロの絵が刺繍された靴下を明日着る洋服の上に置いた。

「いいの。これ好きだもん。お風呂鳴るよ」と桃子がセンサーを指差すと、ピーピーピーと鳴った。

「ねっ!」とニコニコ笑う桃子になんとなく違和感を覚えた私。


 お風呂に入る時も、

「あら? ここにも?」胸の部分に同じような赤紫色のアザが小さくあった。

「だめよ? 危ないことしちゃ」

「うん···」

 シャンプーハットを被せ、桃子の頭を洗っていく。

「まだぁ?」

「もう少し。はいっ、ジッとしてて」シャワーで頭を洗い流すと、ハットのひだから泡や水が流れ桃子はそれを見ると嬉しがる。

「まじゅ」

「まーた、舐めて。だめでしょ?舐めちゃ」

「まだぁ? もぉ、疲れたぁ」桃子が、騒ぎ出す。

「はいはい。もぉ、終わるから」シャンプーハットを外し、タオルで急いで桃子の髪を拭い、お湯に浸からせる。

「あったかい!」お湯をバシャバシャ叩く桃子をどかし、自分も入る。

 っ!?

(気のせいかな? いま一瞬あの女の顔に···)

「桃子?」なんとなく名前を呼んでみる。

(だって、いま見えてるのって、紛れもなく···)

「なーに? 美月さん? お湯ちょうどいい?」

 ゴクッ···

 そんな筈はない。だって、あの時私あなたを···

「······。」

「あら、どうしたの? でも、初めてよね? こうして女同士で浸かるのも···。いえ、違うわね? 確か、あの時も···」

「いや···やめて···」

 バチャッ···

 ブハッ···

「お願い! 私にあの人を返して!」

 バチャッ···

 力の続く限り目の前にいるこの女を湯に沈めていく。

 プクッ···プクッ···プクッ···

(まだよ。いま手を離したら、またこの女は私を苦しめる。あの人も桃子も私のものよ!)

 プクッ···プクッ···プクッ···

 浮いてくる泡が段々と少なくなり、とうとう何も浮かばなくなった。

「これでいい···これで···え?」私の真下に桃子が、うつ伏せになって浮いているのが見えた。

「桃子? 桃子ちゃん? ももちゃん!! お願い! 起きて! ねぇっ!! 起きてよ!! お願い! ママが悪かったから!!」桃子を湯から引き上げ、顔を叩き、身体を揺するも桃子は目を開ける事はなかった。

 ペタンッと洗い場に座り、身動きひとつとしない桃子を前に、死のうと思った。

「桃子? これからママと遊びにいきましょうね。」まだ温かみの残る桃子を抱いて、二階の寝室へといき、着替えを始めた。

 カシャッ···

 デパートの袋から真新しく放送されたポポロの絵が付いた長袖のシャツを取り出し、桃子に着せる。

「ごめんね。ママを許して···」

 一通りの着替えを済まし、夫や両親に当てた遺書を書いた。

「さぁ、桃···」私の後ろにいる筈の桃子が、忽然と姿を消した。

「桃子? 桃子? どこなの?」寝室にもベランダにも桃子の部屋にも姿はなく、リビングにやってきた。

「桃子···」生きている人間なら誘拐されてもわかるが、もはや桃子は···

「ママ?」

「ひっ!」肩を揺らし、顔をあげた。

「桃子?」桃子はいた。目の前に!

「どーして? 何がどーなってるの?」見ると桃子は、ボタンがチグハグになったパジャマを着て、ズボンは後ろ前逆に履いていた。

「ママ、おしっこ? ももちゃんね、ずっと待ってたんだよ? でも、ママ帰ってこなくて···。ひとりで歯着たの!」いつもどおりの我が子の笑顔···

「桃子···良かったぁ!!」思わず力のいっぱい抱き締めた。

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