ホワイトコード戦記1 シンカナウスより

星白 明

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一章 後ろ向きのアンドロイド

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「――戦闘型のアンドロイドは、戦略演算システムMOTHERの支援を受け、それぞれ独立して状況に対応するのが一人一人の役目だ。君たちが特に人体の構造を模して作られているのはなぜか。分かるかな」
 教習ルームに、教官のゼムの声が響いた。
「はい、教官。人間とバディを組んで幅広く作戦を行うためです。加えて、人間に親近感を抱かせ、円滑に兵器として運用してもらうことが副効用として挙げられます」
 あの声はTYPE:εイプシロンだな。相変わらずの優等生ぶりにそっと嫌気を抱えつつ、μはぼーっと講義を聞き流す。
「その通り。汎用型の作戦実行兵器として、人間が持ち合わせない膂力、頑丈さを重視して戦闘型アンドロイドは開発された。しかし、アンドロイドの開発は歴史的に困難を極めた。特に難航したのは独立思考型オペレーティングシステムの開発だ。例えば統計型の機械学習には大量の計算リソースを必要とするが、『限られて偏った』データハウスをベースとした再帰型思考系の確立には、応用や汎用性に問題があった。それに比べれば、冷却システム、またエネルギー供給の問題は、人間様の形態を保つこと、エネルギー源から独立して行動することの両立には厳しい壁となったが、まだ解決可能な問題だった」
 ゼムの説明は続き、ルーム前方のスクリーンの資料が切り替わる。
「そこで、人類は新しいアプローチをとった。生物機械工学の応用だ。人間が最高の素材だった。人類は深層学習、ニューラルネットワークの開発思想をさらに深め、人工的に人間の脳のような、外入力と内入力によって絶えず成長する思考モデルを再現しようとした。無駄があること、一見始めは論理的でなく網羅的であることこそが遊びとなり、柔軟性と最適解を生み出す。このニューラルネットワークの設計思想に、さらに常時多様な入力を受け付ける状態を付加した。――だが、あらゆる情報に受け身になり、流されていっては意味がない。いかに思考ルーチンに志向性、主体性、一貫性を持たせるかという問題が発生する。しかも入力できる情報体験は試行回数も時間も限られている。しかしこのデータで最大の結果を得たい。どうする、λ?」
「限られた範囲内でいくつかのパラメータを変更する。ABテストを繰り返すなど、複数のパターンを同時に比較検証します。――つまり、私たちのように、あえて多様性を持たせたTYPEを複数作り出して、最も効果量が高いモデルを探します」
「いい答えだ」
 ゼムは満足そうに頷いた。
「では、我々に与えられたパラメータとは何だろうか。行動決定要因を左右するのは論理的計算だけではない。確率論だけならばいかにそれが最高の成功率であり、最適解であったとしても、最もよいと評価される結果には合致しない時がある。なぜか。――人間とは感情の生き物でもあるからだ。生物とは根源的に生存のための欲求を植え付けられて存在する。その上で社会的生物として、人間はさらに複雑な判断ルーチンを構築していた。この判断基準、反応基準はカテゴライズでき、それぞれに平均値・中央値こそあれど、厳密に精査すればするほど実に千差万別であることが分かった。認知科学者エメレオ・ヴァーチンが、『あらゆるパターンを「何者か」が試そうとしている。組み合わせ爆発が起こった結果だとしか思えない』と評したほどだ。――さて、その判断基準を決定する要因の根本的なパラメータは、長年の研究調査の結果、物理的なところではなく、奇妙なことに、遺伝子の塩基配列が保持しているエネルギー価の微妙な波形にあることが発見された。――μ。これが何と名付けられたか分かるか?」
 面倒な。そこでこちらに振るのか。聞かれて、μは半眼でゼムを見やる。手元の教本の中にあった記述と思しき部分を適当に組み合わせ、言葉に出した。
「問題の波形は、エネルギー価的には複数の帯域幅にまたがって存在しています。言ってみれば音楽の多重奏のようなものであり、一連の波形は個人の思考判断基準にフレーバーを与えるものとして、ソウルコードと呼ばれています」
「よろしい。……面倒くさがりで雑なおまえにしてはちゃんと学習してきたな、μ」
「一言多いんですけど、教官」
 μの苦い顔に、どっとルームが笑いに沸いた。
「――このソウルコードが、君たちに与えられたパラメータだ。君たちはそれゆえに、誰かの魂のコピーをもらったようなものであるから、君たちの親とは元になった遺伝子情報を提供してくれた人間のことかもしれないな。ちなみに、ソウルコードは現時点で九割九分、解読が終わっている。だが、未だ分類・解読が進んでいない未知のコードが存在する。通常、ソウルコードは個人の精神的変化、思考系の成長、後退によって頻繁に書き換えが起こる。その条件や法則性もつかめてきている。それに対して、この未解読のソウルコードの持ち主は、十万人に一人程度の確率でしか存在していない上に、判明している発火条件や法則性のいずれにも当てはまらず、書き換えも一生に一度あるかないかの頻度でしか起こらない。分かっている共通点はひとつ。このコードが発火したと思われる人物は、多かれ少なかれ、社会や歴史に大きく影響を及ぼす成果を残している、ということだ。知名度、有能さはそこに多少比例すれど、高い相関関係ではない。しかしマイナスよりはプラスと確実に判断できるだろう。ゆえに学者たちは、ソウルコード研究でも特に未踏領域とされるこのコード群を、こう呼んでいる」

 μは、目を大きく開いた。何があったわけでもない。ただ、全身を巡るエネルギーが励起したような感覚を覚えた。

「――ホワイトコード、と」


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