60 / 83
三章 TYPE:MOTHER
七
しおりを挟む
*
【――TYPE: ε。応答せよ】
【TYPE: ω。応答せよ】
【TYPE: γ。TYPE: φ。TYPE: ρ。TYPE: λ。――なぜ、皆、誰も応えない】
応答がない。MOTHERの通信も途絶えている。情報を得る手段がほとんどない。
μは考えた。
エメレオは、通信の最初に、何と言ったか。――強制停止命令を解除した、と言っていた。
解除できたのは、μだけだったのか。他の機体は、停止したままなのかもしれない。
だが――何が起きた?
嫌なざわつきの感覚が止まらない。あたかも、μの手のひらの隙間から、あらゆるものがこぼれ落ちて失われていこうとしているかのようで。
施設が爆撃された。それだけなら、強制停止命令など発信されなかったはずだ。何か、不測の事態が起きたとしか思えない。なのに、エメレオは全くそれに言及しなかった。時間が限られていたから、μに伝えられなかったのか。それでも、最初に言おうともしなかったのは、なぜなのか……、――ッ!?
(ぁ……っ!?)
突如として、μは体に違和感を覚えた。不意に力が抜けて、がしゃりとカプセルの中で倒れ込む。
覚えがある。この感覚は……。
(更新モード!? 今、このタイミングでなぜ!? 再起動した時、更新なんてなかったはずなのに!)
立て続けの異常事態。何が起きているかも把握できないうちに、μの中でめまぐるしくプロセスが流れていく。
――規定条件、MOTHERの一定時間以上のシステム応答停止を確認。永続停止とみなし、障害回避を発動。機体『TYPE:μ』が起動されます。
(MOTHER……! ああ、MOTHER! そんな……!)
MOTHERが停止した。その事実だけが無機質な通知によって告知され、μはさらに打ちのめされた。それと同時に、混乱の最中にも突き落とされた。
何だ、この処理は? こんなものが、いつの間に――。
(…………まさか、あの時に!?)
陽電巨砲グラン・ファーザーへのエネルギー供給支援。ピーク時の最中は、MOTHERの計算処理の支援として、μはカプセルの中で半励起状態に陥っていた。あの時なら、いくらでもμの中に情報を入れられたはずだ。
(あの時に、MOTHERがこうなることを予期して手を打っていたとでも言うのか!? MOTHERが、自分が破壊されるかもしれないと、予測していたとでも!?)
悲痛の声が唇の隙間から漏れた。
いやだ。
こんな、こんなもの、受け入れたくなんかない。
やめて、やめて、MOTHER――。いやだ。
――あなたになんか、なりたくない。
――統括権限を移譲します。試用機体統括個体として設定されました。
――管理権限を移譲します。MOTHERシステムへの全てのリクエスト管理・代行処理を実行可能です。
――閲覧権限を移譲します。施設、各種基幹システムデータベースの情報を掌握します。他の情報については次のリストに格納しています。
――MOTHERシステム及び、テラエンジンへのアクセスが可能になりました。
――全てのプロセスが完了しました。
――TYPE:μの任務・権限を恒久的に凍結。位階の繰り上げを実行……成功。
――機体【TYPE:μ】を【TYPE:MOTHER】として再定義します。
頭の中に響く最後の通知は、絶望をμにもたらした。
どっと、あらゆる情報ソースへのアクセスがμの中に一気に出現した。
(――ッ!)
くらりときた。
エメレオによって拡張された計算能力でも、処理しきれない。
急速に加熱する頭を冷やすため、溢れる情報を制限するところから、始めなければならなかった。
しばらく、起き上がれない状態のまま、体内を巡る大量の情報処理をこなすことに躍起になった。
頭をカプセルの冷たい場所に押しつけ、ひたすらに苦悶しながら。
μは、見たくもない情報を、知りたくもなかった事実を、知ってしまった。
――MOTHERが知っていた、というだけでは説明できない。これは、なぜ、とμが問うたせいだ。MOTHERは言っていたではないか。情報や意識というものの存在を担当する、莫大な情報空間へのアクセス方法を、エメレオはμに実装している。存在していれば、データを引き当てることができてしまうのだ。先ほどまでは、アクセスすることもできなかったから、知らなかっただけで。
【――TYPE: ε。応答せよ】
【TYPE: ω。応答せよ】
【TYPE: γ。TYPE: φ。TYPE: ρ。TYPE: λ。――なぜ、皆、誰も応えない】
応答がない。MOTHERの通信も途絶えている。情報を得る手段がほとんどない。
μは考えた。
エメレオは、通信の最初に、何と言ったか。――強制停止命令を解除した、と言っていた。
解除できたのは、μだけだったのか。他の機体は、停止したままなのかもしれない。
だが――何が起きた?
嫌なざわつきの感覚が止まらない。あたかも、μの手のひらの隙間から、あらゆるものがこぼれ落ちて失われていこうとしているかのようで。
施設が爆撃された。それだけなら、強制停止命令など発信されなかったはずだ。何か、不測の事態が起きたとしか思えない。なのに、エメレオは全くそれに言及しなかった。時間が限られていたから、μに伝えられなかったのか。それでも、最初に言おうともしなかったのは、なぜなのか……、――ッ!?
(ぁ……っ!?)
突如として、μは体に違和感を覚えた。不意に力が抜けて、がしゃりとカプセルの中で倒れ込む。
覚えがある。この感覚は……。
(更新モード!? 今、このタイミングでなぜ!? 再起動した時、更新なんてなかったはずなのに!)
立て続けの異常事態。何が起きているかも把握できないうちに、μの中でめまぐるしくプロセスが流れていく。
――規定条件、MOTHERの一定時間以上のシステム応答停止を確認。永続停止とみなし、障害回避を発動。機体『TYPE:μ』が起動されます。
(MOTHER……! ああ、MOTHER! そんな……!)
MOTHERが停止した。その事実だけが無機質な通知によって告知され、μはさらに打ちのめされた。それと同時に、混乱の最中にも突き落とされた。
何だ、この処理は? こんなものが、いつの間に――。
(…………まさか、あの時に!?)
陽電巨砲グラン・ファーザーへのエネルギー供給支援。ピーク時の最中は、MOTHERの計算処理の支援として、μはカプセルの中で半励起状態に陥っていた。あの時なら、いくらでもμの中に情報を入れられたはずだ。
(あの時に、MOTHERがこうなることを予期して手を打っていたとでも言うのか!? MOTHERが、自分が破壊されるかもしれないと、予測していたとでも!?)
悲痛の声が唇の隙間から漏れた。
いやだ。
こんな、こんなもの、受け入れたくなんかない。
やめて、やめて、MOTHER――。いやだ。
――あなたになんか、なりたくない。
――統括権限を移譲します。試用機体統括個体として設定されました。
――管理権限を移譲します。MOTHERシステムへの全てのリクエスト管理・代行処理を実行可能です。
――閲覧権限を移譲します。施設、各種基幹システムデータベースの情報を掌握します。他の情報については次のリストに格納しています。
――MOTHERシステム及び、テラエンジンへのアクセスが可能になりました。
――全てのプロセスが完了しました。
――TYPE:μの任務・権限を恒久的に凍結。位階の繰り上げを実行……成功。
――機体【TYPE:μ】を【TYPE:MOTHER】として再定義します。
頭の中に響く最後の通知は、絶望をμにもたらした。
どっと、あらゆる情報ソースへのアクセスがμの中に一気に出現した。
(――ッ!)
くらりときた。
エメレオによって拡張された計算能力でも、処理しきれない。
急速に加熱する頭を冷やすため、溢れる情報を制限するところから、始めなければならなかった。
しばらく、起き上がれない状態のまま、体内を巡る大量の情報処理をこなすことに躍起になった。
頭をカプセルの冷たい場所に押しつけ、ひたすらに苦悶しながら。
μは、見たくもない情報を、知りたくもなかった事実を、知ってしまった。
――MOTHERが知っていた、というだけでは説明できない。これは、なぜ、とμが問うたせいだ。MOTHERは言っていたではないか。情報や意識というものの存在を担当する、莫大な情報空間へのアクセス方法を、エメレオはμに実装している。存在していれば、データを引き当てることができてしまうのだ。先ほどまでは、アクセスすることもできなかったから、知らなかっただけで。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる