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三章 TYPE:MOTHER
八
しおりを挟む『――試用計画は順調だと先日説明を受けたはずだが。なぜ今になって、ブラックボックスの開示を急ぐ必要がある? そもそも、あれは技術的にも開示日はあとにも先にも動かせぬという代物ではなかったか。我々の生体情報の認証キーを当日提出すればよいという話だったが、違うのかね』
『――事情が、変わりました。それについて詳細をご説明申し上げるための会合です』
――それは、とある場所で行われた、疑心と欲望の密談の音声であり。
(……ぁ、あ)
『違う、僕は、僕は殺してない……!』
『嘘をつくな!』
『嘘じゃない!』
『そのアンドロイドは殺人を犯した! 世論は現場を見ていない! あっても出せないだろうな、こんな証拠の衝撃映像なんて! だったら、恐れる人間が多ければ、おまえの味方はどこにもいなくなる!』
『おまえ、たち……強制停止、信号を…………!』
『ほう、まだ喋れるのか。まぁ、そのうちシステムもダウンするだろう。――こいつらのエンジンは廃棄処分の決定後はいい電池になるからな。残りの奴らの回収は終わったか?』
(あぁ、ぁぁぁぁ……!)
――それは、施設にやってきた、仲間を罠にかけて連れ去った、明確な悪意であり。
『生み出すだけ生み出して! 好き勝手に利用して! 都合が悪くなるとどうとでも言い訳をつけて! そうして僕たちを捨てて廃棄処分か! あんまりだ……! それなら、僕たちは何のために生まれてきた! 人間が求めるならと、だから僕たちは……!』
――それは、仲間の悲痛の悲鳴であり。
『うん、これだけ破壊されてたら、大丈夫そうだな。よかったじゃねぇか、リーデルちゃんよぉ。テメェがあの博士に閉じ込められて、何年も泣きながら自由を求めてチャンスを待ってた甲斐があったじゃねぇか』
――それは、敵対した傭兵が口にした、最悪の裏切りの示唆であり。
『無事でよかったわ。リーデル・セフィア。私なりにあなたのことは探していたのです。生きていてくれて、ウォルター博士から取り戻せて本当によかった――自爆に巻き込まれないよう、遠くの安全圏に逃がしてあげるから、安心してくださいね』
――それは、こちらを一度も振り向かず、成すべきことを成した、尊敬するアンドロイドの姿であり。
「――あぁあああああああああああああ!」
蓋の開いたカプセルの中で。
μは闇の中、耐えきれずに慟哭した。ずたずたに引き裂かれた心が、締めつけるような痛みばかりを訴えた。
『――人間はきっと、これからも、感情や欲望に振り回されて、不条理も理不尽も君に突きつけるだろう。人間が持ち合わせる、どうしようもない邪悪さで、闇とも呼ぶべき、忌むべき側面だ』
『君は、人間の光に祝福されて生まれてきたことを、忘れないで。どうか、人のことを……嫌いにならないで欲しい』
分かっていたのだ。全て、何が原因なのか分かっていたから、エメレオのあの念押しだったのだ。
――博士、あなたを恨もう。人間を憎んでも憎みきれなくした。人間の闇の深さを、業の深さを知った上で、それでもあなたは人間を、光ある者として愛せと言ったのだ。
「……っ」
激情の奔流を押さえ込み、顔を上げた。
カプセルの中から起き上がる。暗視機能を起動して、通路の構造を把握した。
自分がどこにいるのかは、MOTHERのメンテナンス用だという通路のマップにアクセスできるようになった今、座標と照らし合わせて分かるようになっている。
これまでは、MOTHERやεや、他の誰かがこうしよう、と方針を出していたが、今は完全な孤立無援の状態に近い。全て自分で決めなければならない。
――これから、どうするべきか。
大きな目標は、はっきりしている。今は――今は、生き延びなければならない。
暗闇の中をμは睨みつけ、一歩一歩、出口を求めて歩き出した。
このまま何もかも終わらせるわけにはいかない。
できることを、考えなければ。
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