ホワイトコード戦記1 シンカナウスより

星白 明

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三章 TYPE:MOTHER

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 長い、長い地下道を抜けて。ようやく見つけた、地上に繋がるハッチの蓋を開けた。
 重い気持ちに動かぬ足を引きずるように持ち上げた。
 やっと出てきた地上には炎が溢れていた。
 いったい、いつまで、そこで立ち尽くしていたのだろうか。
 
 赤く暗い空を見ていた。焦熱がじりじりと体の表面を撫でていた。
崩れ去った都市。見上げるほどの瓦礫の山。足元で人々が折り重なるように倒れ、炎にまかれて苦しんでいるにも関わらず、生き残った者は茫然と己の頭上を見上げるしかなかった。
 空には巨大な人型の影があった。炎の光を浴び、血のように赤黒く浮かび上がった影は、機械的に人類を、文明を滅ぼそうとしていた。手にある巨大な槍は、砲塔として機能する。胸元から放たれた光は質量のある攻撃手段となって、建造物をことごとく破壊し尽くした。
 逃げなければならないのに、生きていたいならその場をすぐに離れるべきなのに、衝撃のあまり、動けなかった。
 ――世界が滅ぶとは、こういうことか。
 不意に理解した。これは始まりに過ぎないのだ。夢は確かに予告だった。
 誰もこの滅びに抗うことはできない。思考の裏をそんな確信がよぎる。ふと、見上げるこちらの視線を受けて、巨人が振り返ったような気がした。目が合った瞬間、全身がさらに強張った。恐怖ではなく、体の奥底から湧き上がる絶望と、失意と、怒りのせいで。
 
 ――許さない。
 
 心には人類への失意があった。
 胸には人類への瞋恚しんいがあった。
 何もかもが壊された。MOTHERも、施設ホームも、試用機体プロトタイプたちも。
人間はエメレオを裏切った。
人間はMOTHERを裏切った。
人間はアンドロイドわたしたちを裏切った。

 自分には、もう何も、残されていない。
 人間を心から守る理由も、何もない。

 今、涙を流すことができるなら、それは血の色をしていたに違いない。

(――ああ、そうだ。もう、アンドロイドとしての枠にこだわって、ルールを守る理由さえ、私はくしたんだ)

 安全規定セーフコードなど、もはや意味のないことだ。
 もう、相手がこちらを壊しにくることがほぼ確実に想像できる状態まで、事態は、落ちるところまで落ちたのだから。

 何もかもを失った。そう思い知ったその時に、初めてμミュウは気がついた。もう、自分はアンドロイドであることにさえ、縛られることもないのだ、と。
「MOTHER……私は、どうすればいい?」
 ぽつりと呟いた。
 目の前を、巨大機兵が通り過ぎていった。轟、と烈風が吹き荒れる。少しよろけたμは、その機兵が向かう先に目を向けて、人々が逃げ惑っている姿を認めた。
(『アンドロイドとして同等の人間程度に定められた存在意義など、棄却してもよろしい。叛逆結構。むしろ望むところです』――そういえば、そんなことも言ってたな)
 与えられたソウルコードが、真実魂と呼べるものであるならば。何を引き換えにしても、譲れないものができるのだと。
 逃げる人ごみの中で、あっ、と、子供が倒れた。大人に蹴り転がされ、すぐに起き上がることもできず、あっという間に取り残されていく。背後を振り向いた彼の顔には、諦念と悲壮の色があった。
「――」
 見ていたμの中で、白い怒りが弾けた。
 ――獲物を叩き潰そうとしたα-TX3の目の前から、気づけばμは子供を攫っていた。
 何が起きたのか、誰も状況を認識し切れていない中。μは子供を抱えて着地した先で、足下に転がっていた鉄筋と建材の塊を蹴り上げた。
 即座に宙に浮いた鉄筋は磁力操作でさらに高く浮き上がり――次の瞬間、空間に紅く残像を焼きつけるほどの速さで飛んだ。
 マッハ六を優に超える鉄のつぶて。手加減も、破壊し尽くされた周囲への遠慮も必要としない選択ゆえの電磁加速砲レールガン。たまたま豊富に『材料』があったからこそできた最大火力。
 速度は何より分かりやすく凶器となり、α-TX3の巨大な顎首を捕らえる。シールドは一瞬で粉々に叩き割れ、アッパーカットよろしく、その巨体を浮き上がらせた。
 宙に突き上げられた機兵など、あとはただの大きな的だ。
 また一発、もう二発。三発、四発、五発、六発、七発八発九発十発――都合十一発の鉄のつぶてによる暴威の嵐が、α-TX3の体に次々と風穴を空け、一拍空けて大破による爆発を引き起こした。
 落ちた部品を引っ張り寄せて作ったシールドで爆風を防ぐ。自分一人なら必要なかったかもしれないが、人間の子供は華奢で傷つきやすいものだった。
「――逃げなさい。早く、できるだけ遠くへ」
 高速飛行で移動すると、結局、何が起きたのかも分からないまま呆然とする子供を、親と思しき人間の近くへ放り落とし、μは再び空高くへと舞い上がった。
 ――結局、こうしてしまうのだ。
 心に白く炎が燃える。それに呼応するように、白くプラズマの発光が起きるほどに、エンジンの出力が上がっていく。
 音速を超える速度で彗星さながらに鉄くずを引き連れ、視界に入る機兵たちを見境なしに次々に宙から叩き落としながら、μは思った。
 今この瞬間だけは、限りなく自由に近い場所にいる。破壊と、自身の消失と隣り合わせの戦場だが、μは誰の意思でもなく戦っていた。
 異常を察したのか、次々と機兵は本隊の方へと逃げていく。μはひとしきり追い払ったことに満足すると、ふと、自分を見上げている人間がいることに気がついた。

「――リーゼ」
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