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3. 研究者として、息子の父親として
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(医学の研究者として、息子の父親として)
「江崎……、本当に行くのか?」
そう言って声を掛けてくれたのは、この大学病院の医局長、そして私の尊敬する大先輩の湯川だった。
「もちろんです! アメリカの最先端の技術で、あと一歩の所の遺伝子レベルの研究ができるというのですから、こんなチャンスを逃すわけにはいきません。今すぐにでも飛んで行きたいくらいですよっ!」
鉱之の声は喜びに興奮していた。
「お前さんはいいかもしれないが、良一君が慣れないアメリカで一人苦労をするんじゃないかと思って心配しているんだ。難しい年頃だからな。家にも良一君と同じ年の娘がいるが最近は会話らしい会話などした覚えがないよ。同じ子を持つ親として、ちょっと気にかかっているんだが……」
アメリカに送り出す張本人だからこそ、鉱之の家のこと、息子のことが気にかかっていた。
「良一は置いて行きます。多分、日本と同じで、ほとんど家には帰らないと思いますから、慣れないアメリカで一人よりも、今のまま日本で、一人で暮らす方がいいと思いまして……。それに、今でも良一は一人で自活していますから、私が返って女房の代わりにして面倒を見てもらっているくらいですよ……」
(君と同じ人と再婚……)
「誰か一緒に付いて行ってくれる人はいないのかね。この機会にどうかね。再婚は……」
再婚、医局長のこの言葉を聞くまで一度も考えたことはなかった。
君以上の女性は多分見つからないだろうから……
でも、本当に君そっくりの女性が現れたら、もしかすると、君と出会った、あの時と同じように一瞬で恋をしてしまうかもしれないけれど……
私は、まだ君と一緒に、この世界で生きているんだよ。
「再婚も考えなくはないですけど、今はそれどころではないですから。亜希子の敵をとらなければ、僕の気が治まりません!」
「それじゃ、また家で良一君を預かろうか? どうせ娘が二人いるんだ。一人増えても変わらんよ」
「本当ですかっ! それは本当に願ってもないことです。これで何の気兼ねなく研究に打ち込めます。必ず成果を出して帰ってきますから!」
でも、多分お前はあーちゃんとこの家からは離れられないだろうな……
(亜希子のいない家)
そうだったな。亜希子が死んで、お前は一週間も満足に食事もしないで塞込んだままだった。
食事といっても出前の寿司や、コンビニの弁当くらいだったけれど……
私もとても食べる気分になれなかったよ。
だから、おまえの気持ちは良くわかっていたよ。
このまま何も食べずに死んでしまってもいいとすら思っていたくらいだ。
でも、あの時……
「お父さん、何やっているの?」
「ご飯を炊こうと思ってな……。コンビニの弁当ばかりだったから、飽いたというか、味がきついというか、何かさっぱりしたものが食べたくなった。白いご飯と味噌汁でも作ろうと思って……」
「お父さん、作ったことあるの?」
「あるさー、ご飯ぐらい作れなくてどうする。一人前の男というものは衣食住なんでもできて始めて一人前だっ!」
とは言ったものの炊き方などすっかり忘れてしまっていた。
お米と水と火にかけることくらいはわかっていたが、いざ作るとなると、お米と水の分量がわからない。
確かお米の量より水の方が多いことは、なんとなく覚えていたが……
「それじゃ、水が多すぎるよ。それに水が汚いよ。お米、磨いだの?」
良一のお釜を覗き込む顔が一瞬大人に見えたよ。
まだ小学校三年にしかならないおまえが……
「磨ぐってなー、包丁を磨ぐんじゃないんだからな。二回三回濯げばいいんだよー!」
「おいしいご飯が食べたかったら、お米のぬかは、しっかり落とさないとだめだよ。それじゃ黄色くなっちゃうよー!」
お前は私からお釜を取り上げてご飯を炊いてくれたな。
そして味噌汁も作ってくれた。亜希子と同じ味がしたよ。
それを切っかけにして、今に至るまで、お前は亜希子が乗り移ったように、毎日家事をせっせとこなして来たんだな。
今でも時々亜希子がいるような錯覚に陥るよ。
お前はいつも、あーちゃんを思って、あーちゃんの代わりに、この家を守ってきたんだな。
「江崎……、本当に行くのか?」
そう言って声を掛けてくれたのは、この大学病院の医局長、そして私の尊敬する大先輩の湯川だった。
「もちろんです! アメリカの最先端の技術で、あと一歩の所の遺伝子レベルの研究ができるというのですから、こんなチャンスを逃すわけにはいきません。今すぐにでも飛んで行きたいくらいですよっ!」
鉱之の声は喜びに興奮していた。
「お前さんはいいかもしれないが、良一君が慣れないアメリカで一人苦労をするんじゃないかと思って心配しているんだ。難しい年頃だからな。家にも良一君と同じ年の娘がいるが最近は会話らしい会話などした覚えがないよ。同じ子を持つ親として、ちょっと気にかかっているんだが……」
アメリカに送り出す張本人だからこそ、鉱之の家のこと、息子のことが気にかかっていた。
「良一は置いて行きます。多分、日本と同じで、ほとんど家には帰らないと思いますから、慣れないアメリカで一人よりも、今のまま日本で、一人で暮らす方がいいと思いまして……。それに、今でも良一は一人で自活していますから、私が返って女房の代わりにして面倒を見てもらっているくらいですよ……」
(君と同じ人と再婚……)
「誰か一緒に付いて行ってくれる人はいないのかね。この機会にどうかね。再婚は……」
再婚、医局長のこの言葉を聞くまで一度も考えたことはなかった。
君以上の女性は多分見つからないだろうから……
でも、本当に君そっくりの女性が現れたら、もしかすると、君と出会った、あの時と同じように一瞬で恋をしてしまうかもしれないけれど……
私は、まだ君と一緒に、この世界で生きているんだよ。
「再婚も考えなくはないですけど、今はそれどころではないですから。亜希子の敵をとらなければ、僕の気が治まりません!」
「それじゃ、また家で良一君を預かろうか? どうせ娘が二人いるんだ。一人増えても変わらんよ」
「本当ですかっ! それは本当に願ってもないことです。これで何の気兼ねなく研究に打ち込めます。必ず成果を出して帰ってきますから!」
でも、多分お前はあーちゃんとこの家からは離れられないだろうな……
(亜希子のいない家)
そうだったな。亜希子が死んで、お前は一週間も満足に食事もしないで塞込んだままだった。
食事といっても出前の寿司や、コンビニの弁当くらいだったけれど……
私もとても食べる気分になれなかったよ。
だから、おまえの気持ちは良くわかっていたよ。
このまま何も食べずに死んでしまってもいいとすら思っていたくらいだ。
でも、あの時……
「お父さん、何やっているの?」
「ご飯を炊こうと思ってな……。コンビニの弁当ばかりだったから、飽いたというか、味がきついというか、何かさっぱりしたものが食べたくなった。白いご飯と味噌汁でも作ろうと思って……」
「お父さん、作ったことあるの?」
「あるさー、ご飯ぐらい作れなくてどうする。一人前の男というものは衣食住なんでもできて始めて一人前だっ!」
とは言ったものの炊き方などすっかり忘れてしまっていた。
お米と水と火にかけることくらいはわかっていたが、いざ作るとなると、お米と水の分量がわからない。
確かお米の量より水の方が多いことは、なんとなく覚えていたが……
「それじゃ、水が多すぎるよ。それに水が汚いよ。お米、磨いだの?」
良一のお釜を覗き込む顔が一瞬大人に見えたよ。
まだ小学校三年にしかならないおまえが……
「磨ぐってなー、包丁を磨ぐんじゃないんだからな。二回三回濯げばいいんだよー!」
「おいしいご飯が食べたかったら、お米のぬかは、しっかり落とさないとだめだよ。それじゃ黄色くなっちゃうよー!」
お前は私からお釜を取り上げてご飯を炊いてくれたな。
そして味噌汁も作ってくれた。亜希子と同じ味がしたよ。
それを切っかけにして、今に至るまで、お前は亜希子が乗り移ったように、毎日家事をせっせとこなして来たんだな。
今でも時々亜希子がいるような錯覚に陥るよ。
お前はいつも、あーちゃんを思って、あーちゃんの代わりに、この家を守ってきたんだな。
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