私の一番大切なもの

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14. 妙子の家でお泊まり

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(妙子の家でお泊まり)

 玄関のチャイムが鳴ったので、妙子が出て見ると、そこには花束を抱えた良一が立っていた。
 妙子の機嫌を取り成すには、もはやこれしかないと考えた末の決断だった。
「……、どうしたの?」
「ご無沙汰だったけど、遊びに来たんだ。お泊りで……」
「うそ、本当に来たの! まさか今日来るとは思っていなかったから何も準備していないけど……」
「いいよ、どこでも、ソファーでもいいし……。これ花束、庭に咲いていたのを摘んできたんだ。急だから気の利いたお土産はないけど、いつもの洋菓子やでケーキ買ってきたから後でお茶しよう……」
「……、ありがとう! じゃー、早くあがって」
 良一は花束とケーキを妙子に渡すと、昔と全然代わっていない湯川家を見回した。
 ここで、妙子と二人で一日中運動場のように駆け回った日々を懐かしく思い出していた。
 しかし玄関の左側、二十畳ほどのリビングの窓際にベッドがあった。
「お母さん、眠れる森の美女なの……」
 妙子は、ケーキと花束をキッチンに置くと戻って来て言った。
 良一は、静かにベッドに近づいてみた。
 日当たりのよい所で、見渡せばよく手入れされた庭の花々と緑の芝生が目に優しく映った。
「知らなかった……。退院したって、お父さんがちょっと言っていた記憶があるけど……」
「もうじき一年になるわ……。おかしいでしょう、医者の家で、本人も外科医で、この有様よ……」
「そんなことないよ……」
「でも、さすが医者だよね。家に帰ってくるなり、救急車呼んで早くって、自分で叫んだのよ。それで床にうずくまって、頭をやられたって言いながら、糸の切れた人形のようにぐったりして動かなくなったの。それっきり……。くも膜下出血だったわ。病院が近かったし、お父さんもいたし。大出血のわりに、すぐ手術で処置出来たから命に別状はなかったんだけど、意識だけが戻らないの……」
「大変だったね……。僕も倒れた日、すぐにお見舞いに行ったよ。君のお父さんが一命を取り留めたから、もう大丈夫といっていたし、すぐによくなると思っていた」
「そう、良一君も来てくれたのね」
「うん、一度しかいかなかったけど、この家にいた頃、勉強を見てくれたし、ピアノも教えてくれたし、いつも一緒だったから。僕にとってもお母さんだった……」
「そうね。私、保育園に行ってないのよ。お母さんがずーと見ていてくれたし、今考えると英才教育的に何でもやらされたけど楽しかった……」
「そうだったんだ。そういえば、ピアノ、そろばん、もう漢字なんかも勉強していたよね」
「小学校三年まで、一緒だったわ。それからまた医者に復帰したの……。それまで、いつもお母さんが家にいたのに、それから誰もいない家に帰るようになっちゃった。お母さんが帰ってくるのが待ち遠しかった。それで、帰ってくるなり、ピアノ練習したの? それが口癖になったわ……」
「でも、お父さんも、お姉さんも、君も、平日は誰もこの家にいないんじゃない? お母さん一人……?」
「お母さんずーと寝てるし、それにお姉ちゃんが空いた時間を見ては家に帰ってこられるし、病院から車で10分くらいだからね。それに、在宅医療の実験台にされているのよ。血圧や心拍、呼吸、体温が随時測定されて、インターネットで大学の研究室のパソコンやスマホでモニターできるの。それに、このカメラで映像もね。異常があればすぐにわかるわ……。病院の中でも無線の機械をよく見るでしょう。あれのインターネット版なのよ。未来の在宅医療の姿だって。大学病院だからしょうがないけど……、こういう実験も必要なのねー」
「でも、偉いじゃないか。倒れても現代医学の進歩に携っているんだから……。お母さんも嬉しいと思うよ」
「本当は、あたしも嬉しいのよ。いつもお母さんが家にいてくれて。学校から帰るでしょう。そうするとお母さんの顔を最初に見に来るの。生きているのか死んでいるのかなんてね……、それで安心するの!」
「……よかったね!」
 良一は、やさしく話しかけた。
「さあー、あなたの寝る場所を作らなければねー!」
「いいよ。今日一日だけだから……」
「でも、たまには泊まりで来て欲しいから。それに部屋はもう決めてあるのよ」
 妙子は、良一を二階に案内した。
「小さい頃、絶対に入ってはいけないと言われていたところ。でも、入っちゃったけどね」
 二階の北側、妙子の部屋の前に父親の書斎があった。
「でも、お父さん、困らないかなー?」
「大丈夫、今は全然使ってないから、お父さんの資料倉庫みたいなものね」
「でも、大事な物だろうー」
「取りあえずは、お姉ちゃんの部屋に運んでおいて、後で整理して納戸でも押し入れにでも、入れればいいんだから……」
 二人は、壁のようになったダンボール箱をいくつも紗恵子の部屋に運んだ。
 紗恵子の部屋は、思ったより殺風景だった。
 しかし、その部屋の棚にくまのぬいぐるみが一匹だけ寂しそうに飾られていた。
 始めは気づかなかったが、その前に小さな写真立てが三個伏せて置かれていた。
 良一はダンボール箱を運んでいるうちに、その振動で倒れたのだと思った。
 そして、倒れた写真立てを起こそうとして、良一が持った瞬間何気なく見えてしまった男の子の顔に良一の体は凍りついた。
 よく見るとその顔は良一と同じ顔をしていた。
 凍りついた体はいつの間にかぶるぶると震えだしていた。
 「でも、僕ではない…。でも、似ている…」
 妙子が、次のダンボール箱を持ってきたとき、良一の不自然な様子に気が付き、そばによって覗き込んだ。
「それは、お姉ちゃんの彼氏……」
「……、そう、なんか僕に似ているから」
「そうね。この写真は中学三年生のときの写真じゃないかな。今の私たちと同じ年だね」
 良一は手の震えを隠すように写真を一つ一つ起こしていった。
「でもその写真伏せて置いてあったんじゃないかな?」
「…え、何で? ダンボールを置いたときの振動で倒れたと思ったけど……」
「多分、伏せてあったんだと思うわよ。前も伏せてあったから……」
「……、どうして?」
「見るのが辛くなったんじゃないかな。もう、死んじゃっていないから……」
「えっ! 死んじゃったの?」
「お姉ちゃんの誕生日に、そのくまのぬいぐるみを持ってくる途中で、自転車に乗っていて交差点で車にはねられたの。テレビみたいな話だけど、あるのよそういうのって。二人で同じ高校行くんだって頑張っていたのに……。よくこの部屋で二人きりで勉強していたわ。本当は何をやっていたのか知らないけどね。お姉ちゃんも、かなり落ち込んでいたけど、彼の分まで生きるって言って立ち直ったみたいだけどね……」
 良一は、立てた写真をもう一度寝かせた。
「みんな、いろいろあるんだね……」
「そうよー、あなただけが不幸じゃないから……」
 それには、何も応えられない良一だった。
「もう、ダンボール箱はこれで終わり、後は掃除機かけて、布団入れましょう」
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