私の一番大切なもの

マッシ

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29. 私の一番大切なもの、良一の母亜希子の場合

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(私の一番大切なもの、良一の母亜希子の場合)

 良ちゃんは大丈夫……
 あーちゃんは、もうじきいなくなるけど、あーちゃんはちっとも心配していません。
 ただ良ちゃんが大人になって、どんな彼女を連れてくるのか……
 それを見られないのが残念です。
 もちろん、コーちゃんも好きですけどね。
 でも、一番と訊かれたら、やっぱり良ちゃんです。
 そうね、コーちゃんにはとても申し訳なく心が痛みます。
 私と結婚しなければ、もっと幸せな人生が送れたと思うから……
 最初に会った時、なんで窓の外をボーと見ながら歩いていたのか、今でも思い出せません。
 きっと夏の日差しがまぶしかったのだと思います。
 それで突然弾き飛ばされて、気が付いてみると、慌てふためく貴方がいたのよ。
 白衣を着ていたので、ここのお医者さんだとすぐにわかったわ。
 でも、お客さんとぶつかるなんて、なんてドジな奴だと思ったわ。
 でも、そのあたふたした感じが、とても可愛く見えたの……
「この人、欲しいー!」
 心の中で呟いたわ。
 でも、どうしてなのか、力が入らなくて立てなかったのよ。
 思わず手を伸ばして言ってしまったの……
「手を貸して……」
 あなたが、私の手を握ったときの柔らかな手と温かい手。とても男の人の手とは思えなかったわ。
 でも、あなた、力任せに引っ張り過ぎるから、痛かったのよ。
 でも、あなたが私の目の前に来た時、抱かれたいと思ったのは、私の隠れた欲望だったのかな。
 それで自然に口から出てしまったの。
「抱いてって……」
 あなたは、体を合わせて、壊れ物でも触る感じで抱きかかえて起こしてくれた。
 ふわふわした気分で、とても安心して抱かれていたわ。
 その日は一日中、ふわふわした気持ちで、あなたの感触を忘れないように過ごしたのよ。
 二回目に逢った時、会計伝票よりも「一緒にお茶でも……」って言いたかったのよ。
 もっとあなたのことを知りたかった。
 名前も知らなかったから。
 でも、あなたはさっさと伝票を持って事務室に行ってしまったのね。
 この時、またこの病院で働きたいと思ったの。
 またあなたに逢えるかもしれないと思ったから。
 三回目に逢った時、本当に、あなたとわからなかったのよ。
 でも、ひげもじゃの顔の中から、きらきらした目が、あなただと訴えていたわ。
「やっと一緒にお食事ができる……」
 心の中で小躍りしていたのよ。
 男の人とお話したことは、もう何年もなかった。
 だから何から話していいのかわからなかったの。
 でも、あなたが私の乳首のことなんか言うから、もうその気になっちゃったのよ。
 また、最初に逢ったときみたいに、抱いて欲しかった。
 あなたに抱かれたら、どんなにか気持ちのいいことか、想像して興奮してしまったの。
 でも、あなたは笑っているだけ。
 私に興味がないのかと思ったくらいよ。
 だから、誘ったの。
「お部屋に連れて行ってって……」
 なぜか、あなたの前だと裸になることが恥ずかしくなかった。
 まるで女友達といるみたいだった。
 でも、あなたに触られている時、ふと気付いたの。
 そろそろ危ない時期ではないのかと……
 最近、母のことで忙しくて、自分のことなど気にしていなかったし、それに、こんなに突然、男の人とどうにかなるとは思ってなかったから、急に怖くなったの。
 だから、お昼寝でごまかしちゃった。
 もちろん避妊具も考えたのよ。
 でも、あなたが、まだどんな人なのか分からなかったしね。
 でも、本当に寝てしまうとは思わなかったわ。
 それだけ、あのお部屋とベットが気持ちよかったのね。
 それに、昨日の夜は面接のことが気になって眠れなかったの。
 ましてや、あなたまで寝ているとは思わなかったわ。
 疲れていたのね。可哀そうなくらい。
 面接が終わってから、もう一度戻って、一緒に寝てあげてもよかったけれど、きっと一緒に寝ているだけでは済まないと思って、やめたの。
 でも四回目に逢った時、まさか告白されるとは思わなかったわ。
 この人なんで、そんなに焦っているのかと思ったけれど。
 でも嬉しかった。私の欲しいものだったから。
 それで、良ちゃんが生まれたの。
 良ちゃんは、きっとコーちゃんに似ているのね。
 コーちゃんのように人の心が分かる人。
 だから私は、コーちゃんを好きになったの。

 そして、良ちゃんも人の心がわかる人……
 最初にそれを感じたのは、良ちゃんがまだ三っだった頃、私が誤って包丁で指を切ってしまったとき、私より先に大きな声を出して、わんわん泣いてくれたわね。
 良ちゃんの指が切れたわけじゃないのよと言っても、なかなか泣き止まなかった。
 私が転んですりむいた時も、私より先に泣いてくれた。
 良ちゃんはいつも私の心を思っていて、私の悔しさや悲しさを感じて一緒に泣いてくれたのね。
 そんなあなたは、私にとって一番大切な人……
 いつも私の側にいて、私と一緒のことをしたがった。
 お料理も、お掃除も、お花作りも。
 いつも一緒でないと駄目だったわね。
 でも、あなたはただ側にいただけじゃなかったわね。
 ちゃんと私のやることを見ていて、ちゃんと覚えていたのね。
 私が病気になって、あなたが始めてご飯を炊いてくれたときには、本当に驚いたわ。
 子供って、本当に親の背中を見て育つんだって思った。
 それからも、私が少し教えれば、良ちゃんはお料理も、お裁縫も何でもできてしまったわね。
 私が病気になってからは、もちろん一秒たりとも離れずに、私の体のことばかり気遣ってくれた。
 まるで私の分身がいるようだった。
 良ちゃんが側にいてくれたから、私、頑張れたのよ。
 良ちゃんのために頑張ったのよ。
 最後の最後まで取り乱さずに頑張れたのは、やはり良ちゃんのおかげね。
 私は幸せよ。
 あなたと過ごせた一日は、百万年の時間と同じくらい充実していたわ。
 良一という名前は、私が付けたのよ。
 平凡で簡単だけど、良いことを進んで出来る人間になって欲しかったの。
 良いことをするのに遠慮したり、恥ずかしがったり、しちゃあ駄目よ。
 良いことを一番に、勇気を持ってみんなにしてあげてください。
 私は、そのとき、あなたの中で生きています。

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