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40. もう一度、二人で夢の中へ
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(もう一度、二人で夢の中へ)
良一が学校から帰ると、今日は妙子が先に帰っていて、母親を見まわっていた。
「お母さん、どう……?」
良一が訊いた。
「元気そうよ……」
「それで、昨日の続きなんだけど、どうしたらいいと思う?」
良一は率直に尋ねた。
「何が……?」
妙子は、話の先が見えていないようだ。
「昨日のことだよっ!」
良一はもう一度、思い出させるように訊いた。
「昨日のことって……?」
妙子も相変わらず、不審な顔。
「覚えてないの?」
「何を……?」
「昨日一緒にお母さんの牧場に行っただろう……?」
「牧場……?」
「二人で、牧場に行って、猫の女の子に会っただろう……」
「え、なんで私の昨日見た夢を知ってるの……。私、話したかな?」
妙子は、良一が昨日見た夢の話をしていることに驚いた。
「話しちゃいないけど、僕も一緒に行ったから……」
良一も、どう説明していいのか分からなくなっていた。
「そうよね。良一もいたわ。でも、あれは夢よ……」
「夢だけど、夢じゃないんだ。僕が、妙ちゃんをお母さんの夢の中に連れて行ったんだよー!」
「またまた、うけようと思って……。そうか私、朝、話したんだ。寝ぼけていたから……」
妙子は、今朝の出来事を思い出していた。
「でも何で私、床で寝ていたのかしら……、どうせお姉ちゃんと一緒になって笑っていたんでしょう」
「そうじゃないよ。僕がここまで連れてきたから……」
「連れてきた。どうやって……?」
「……、夢だよ。なんでもない……。さて、着替えてこようかな……」
それだけ言うと良一は逃げるようにして二階に上がっていった。
間違っても深夜、妙子の部屋に、こっそり入って寝ている妙子をゆすり起こして、
下まで引っ張っていったなどと言えるはずがなかった。
その夜の深夜、良一はまた妙子の部屋の前にいた。
よくよく考えれば、もうこの方法しかないと思った。
自分の娘なら、きっと現実の世界で生きていたことを思い出してくれる。
そう信じるしかなかった。
そのためには、妙子になんて思われても母親の夢の世界に連れて行くしかない。
良一はゆっくりと音を立てないようにフックを押した。
カチャッと音がしてドアが開いた。
今日も鍵はかかっていない。
良一はそっと妙子のベッドの横にひざまずき肩をゆすって呼びかけた。
「妙ちゃん……」
「……、なに?」
今日の妙子の眠りは浅かった。
浅かったというよりも、昨日の夢のことと、床に寝ていたことが気になって、何度も考え直していた。
そして、少し眠りに入ったところで、良一に起こされたところだった。
「……、昨日の夢の続きを見たいとは思わないかい?」
「やっぱり、昨日もここに来たのね。……、どうして、一緒に寝たいの?」
妙子は、寝返りを打って良一の顔を見た。
豆電球の薄明かりの中、良一の顔がいつもよりハンサムに見えた。
「一緒に寝たいけど、時間がないんだ。早くしないと朝になってしまうから。昨日の夢の続きを見たくないの?」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」
「それが出来るんだ。僕には……」
周りを気にして、小声で話す良一は、いつの間にか妙子の顔の近くで話していることに気がついた。
幼児期とは違う妙子の大きな目と形の良い唇が、良一の目と鼻の先にあった。
あと少し前に出れば唇に届く……
「また、そんなことをいって、何をたくらんでいるの?」
良一は、心を見透かされた気持ちになって、妙子から顔を大きく離した。
「たくらんでいないよー! ただ僕は妙ちゃんのお母さんが目を覚まして欲しいと思っているだけだよ」
良一は改めて妙子の顔を遠くから眺めて、今まで意識しなかったけれども、妙子はもの凄くかわいい存在ではないのかと、気持ちがよりいっそう高ぶった。
「それと、夢とどういう関係があるのよ?」
「僕にもよくわからないけど、猫の少女はお母さんの小さい頃だと思うんだ。少女の頃の夢を、倒れてから今まで、ずうっと見ているんだ。そうして、どうしてかわからないけど、倒れたときのショックなのか脳の損傷の結果かもしれないけど。でも、お母さんは生きているし、夢も見ている。だから、夢の中で現実の世界を自覚すれば目が覚めると思うんだ。そのためには妙ちゃんの力が必要なんだ」
熱い思いが反動となって良一は力説した。
「そんなこと信じられるわけないでしょう……」
「僕も、信じられないよ。でも、昨日のことを思い出してよ。あれはお母さんの夢の中だよ。少なくとも今は、夢の中だけでも、お母さんに会えるよ。それだけでも凄いことだと思うよ。こんなことがいつまで続くかわからないし、とにかく出来なくなるまでは、妙ちゃんとお母さんを逢わせてあげられる。それで、うまくいけば目を覚ましてくれるかもしれない……」
「……、でも、やっぱり信じられない!」
妙子は、寝ながら良一の顔を見ていた。
「信じなくてもいいから、一緒にお母さんの所に行こうよ」
「行って、どうするのよ。変なことでもしようと思っているんでしょう」
「変なことをしたければ、下に行かなくてもここでやるよー!」
「……、まあー、よくわからないけど、いいわー!」
妙子は、そばにあったカーデガンをとると起き上がって羽織った。
そして、部屋の中から廊下を覗いて誰もいないことを確かめた。
「ちょっと、早く来なさいよー」
妙子は小声で良一を呼んだ。
「誰にも見られないように先に行って……」
良一は言われるまま忍び足で階段を下りていった。
しばらくして妙子があたりに気を遣いながらやってきた。
「なんだか夜の忍び逢いね……」
妙子はおどおどしているようにも見えたが、顔のどこかに笑顔と高揚感があった。
「じゃ、離れないように手を握って……」
良一は左手を出した。
妙子はそれを握った。
しかし、まだ不安に感じたのか、もう一方の手でさらに腕を取った。
そして、体で抱きつくように良一に張り付いた。
良一は妙子をこんな近くで見たことがなく、しがみつく妙子の胸が腕に当たって、そのやわらかさが伝わってきた。
ほのかにシャンプーのいい匂いが良一をよけいに興奮させた。
「じゃ、じゃ、行くよー!」
でも、今はこうなってしまった状態を楽しんではいられない。
良一は右の手を母親のお腹の上にかざした。
「目は開けているの。閉じているの?」
「閉じていたほうが良いと思うよ」
妙子は目をぎゅっと閉じて、体をこわばらせた。
良一は反対に目を開けて手が母親のお腹の中に消えるのを見届けようと睨みつけた。
もし夢の中に入れなければ手ははじかれる。
せいのと心の中で弾みをつけて手を押し込んだ。
その瞬間、昨日とまったく同じで、体が軽くなった。
次の瞬間、目の前が真っ暗になり、地面にたたきつけられた。
良一はしっかりと目を開けて、妙子がついてきているかどうか確認した。
妙子は腕にしがみついたまま同じように地面に倒れていた。
「もう大丈夫だよ。目を明けていいよ」
妙子は、おそるおそる目を開いた。
「昨日と同じだわ……」
「昨日の夢の続きさ……。これで信じただろう。ここがお母さんの夢の中……」
妙子は、昨日のことを思い出しながら丘の上の大きな木に目をやった。
あの少女がこちらを見て立っていた。
良一もそれに気がついた。
「そして、多分あれがお母さん……」
「……、お母さん」
妙子は、昨日とは別の目で少女を見つめた。
そして、二人は少女の待つ丘の上に向って歩き始めた。
「あれ、服を着ているわ……」
夢の中に入る前はパジャマだった、しかし今は妙子のお気に入りのTシャツとフレアーなミニのスカートを着ていた。
それにいつもの靴も履いていた。
「多分、彼女のイメージだと思うよ。この世界は彼女の夢なんだから、でもその中にいて、僕らの意思は僕らの夢の中で生きているんだと思うよ」
「なに言っているのか全然わからない……」
「深く考えなくても良いよ。普段と変わりなくやればいいんだから……、それしかないよー!」
妙子も、それしかないと思った。
ようやく丘を登り終わると、少女がにこやかに迎えてくれた。
「もう、帰ってこないかと思っちゃった……」
妙子も笑いながら少女の手を握って木の下に向かって歩き出した。
「たまには家に帰らないとね。家族が心配するから……、朋子ちゃんのお父さんとお母さんは?」
「いない……、……」
「えー、じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「今、出かけているの……」
「本当、じゃ朋子ちゃん一人でお留守番なんだ」
「一人じゃないよ。さっちゃんとミーちゃんがいるから……」
「そうねー、今度うちに遊びにいらっしゃいよ。うちにはねー、お姉ちゃんがいるわよ。それとちょっと病気で寝ているけどお母さんと、たまにしか帰ってこないお父さん……、それと居候の良一、あそうそう、うちのさっちゃんもいるわ……」
「でも、でも、……」
そこで、戸惑う朋子の代わりに良一が口を開いた。
「前に、僕たちの町に来たことがあるだろ。その時に何かいやなことがあったみたいなんだ……。それに、ごみごみした町だから……、車もたくさんだしね……」
「そうねー、こことは大違いよね。朋子ちゃんはここが好きなのね」
「うん、大好き! さっちゃんもミーちゃんもいるし、ピアノ弾かなくていいし、寂しくないし……」
「そうなんだー! 朋子ちゃんもピアノ弾くんだ。私もピアノ弾けるのよ」
「私、ピアノ嫌い。お母さんが無理矢理やらせるの……」
「え、お母さんいるの?」
「へへ、遠くにいるわよ。でも、ここまではこられないよー!」
「お母さん嫌いなの?」
「そんなことないけど、あまり家にいないから。そのくせ、ピアノのことばっかり言うのよー!」
「どこの親も同じね。私のお母さんも同じだから……」
「頭にこない? 私なんか、もっとやりたいことあるのに……」
「え、何がやりたいの?」
「例えば絵を描いたり、お話作ったり、お芝居したり……」
「うそ、もしかして女優志望?」
「へへー、女優も良いけど、お話作りたいなって思っているの……。心の中に浮かんだことや、思ったこと、感じたことを書くの……」
「じゃー、作家ね。私は歌手になりたいの。自分で歌を作って歌うの。それでレコード出して、コンサートして……、別にテレビに出なくてもいいから、みんなの心に響く歌を作って歌いたいな」
「お姉ちゃん、すごいー! 今度聴かせてね」
「お姉ちゃんでなくていいわよ。妙子でいいわ」
「妙子、妙ちゃん……」
「うん、妙ちゃんでいいよ。朋子ちゃんこそ作家じゃない。私たち二人ともクリエーターね」
「良ちゃんは何がしたいの?」
「僕、僕は主婦……。家族の食事を作ったり洗濯したり、お世話するんだ」
「えー、そんなのやだな……」
「でも、二人がクリエーターの仕事をしていたら、家のことや家族の世話なんかできないだろ。だから僕が代わりにやってあげるよ」
「それって、家でぐうたらしている出来損ないの男じゃないの?」
妙子が良一を睨みつけて言った。
「その言い方は引っかかるけど、結婚すれば主夫じゃないのかな。二人は稼ぎもよさそうだから、専業主夫にしてほしいな。今も同じようなものだから……」
「良一、それいやみでいっているんでしょう。朋子ちゃん、聞いてよ。良一が家にころがりこんだ、その日によ、その日にお姉ちゃんの部屋に夜這いして胸触ったのよ。それも二回もよ、それからこの前なんか私の胸まで触ったんだから……」
「えーえ、胸さわるといいの?」
「いいのじゃないわよ。だから、罰として家事労働刑にしたのよー! それで当てつけにいやみを言っているのよー」
「へー、妙ちゃん強い……、でも、胸を触らせて、家事がサボれればいいわねー」
「朋子ちゃん、そういう問題じゃないのよ。かよわいお年頃の乙女の胸を触ったのよ。重大な罪なんだから」
「だから、あれは事故なんだから……」
「良ちゃん、山羊のおっぱいなら、いつでも触らせてあげるわよ。おっぱいはちょと硬いけど乳首はふにゃふにゃで気持ちいいわよ」
「いや、山羊の胸ならという、そういう問題でもないのだけど……、でも、気持ちよさそうだから今度、触らせてもらおうかな……」
「ヘンタイ……」
妙子がもう一度、睨みつけて言った。
「そうだ、近くに海があるの。みんなで泳ぎに行きましょう。気持ちいいわよー」
「泳ぐって、朋子ちゃん、水着持ってないし、良一がいやらしい目で見るから駄目よー」
「いいから、いいから……」
朋子は、立ち上がり白い家の方に走り出した。
妙子も良一も急いで後を追った。
「きゃっ!なにこれ……」
急に妙子は、かんだかい声を出して立ち止まり、良一に背を向けた。
「あれ、いつの間に……」
良一は、振り返りながら、いつの間にか三人が水着姿になっているのに気がついた。
あたりは牧場から一変して青い海と青い空。
それと、どこまでもつながっている白い砂浜の上に立っていた。
「早く、早く、泳ぎましょうよー!」
先に走っていた朋子が二人を呼んだ。
「これは彼女の夢なんだから、そんな意識しないで、裸でないだけましだよ」
妙子は、くるりと向きを変えて良一を睨みつけた。
「何、考えているのよ。夢だか罪はないと思って襲い掛かろうと思っているんでしょう」
「……、そうか、夢なんだ。襲ってもいいんだっ!」
「きゃー、助けてっ!」
妙子は、急に走り出して良一を突き飛ばすと朋子の手をとって、海に飛び込んだ。
「どうしたの……?」
「良一がエッチしようと襲ってくるのよー!」
「……、こらー、まてー!」
二人は、波打ち際で海水を両手で救い上げ、いきよいよく良一に向かって浴びせかけた。
良一は止め処もない水しぶきに、いったんはたじろいだが、良一も両手を使って二人に水しぶきを浴びかけた。
そして、妙子が一瞬ひるんだ隙に、良一は妙子に向かって飛びつき抱きつこうとした。
妙子は、良一のタックルを寸前のところで交わして、急いで沖のほうに泳いで逃げた。
「まてー!」
良一は叫んだ。
ふと気付くとそこは家の中だった。
おまけに、毛布を着ていた。
「しまった……」
良一は飛び上がって台所を見た。
そこには、紗恵子が一人で朝食の支度をしていた。
時計を見ると、すでに六時四十分だった。
「すみません……」
良一は急いで紗恵子のもとに駆け寄り、平謝りに頭を下げた後、朝食を手伝いだした。
「そんな、気にしなくてもいいって言ったでしょう。毎日毎日大変だから、たまには妙子と一緒に寝ていなさい……」
「あの、違うんです……、そんな、いやらしいことをしていたわけではないですから、昨日の話の続きがあったから、でもやっぱり寝ちゃって、誤解しないでくださいねー」
「わかっているわよ。今度は私と添い寝でもいいから一緒に寝てね……」
「だから、違うんです。これには深い事情がありまして……」
「やっぱり、若いこの方がいいのかな……」
「だから、誤解ですってばー!」
二人が言い合っていると、妙子がむくむく起き出して来た。
「あれ、良一が襲ってきたんだけど……、良一は……」
良一の頭から血の気が引いた。
「ああああはははは、きっと夢を見たんですよ……」
そう言うと、妙子のもとに急いで駆け寄り……
「僕は何もしてないよねー! 夢を見たんだよね……」
妙子は、何も言わずに半分寝たままの感じで、毛布に包まって二階に上がっていた。
「楽しい夜だったようね……」
紗恵子の視線のない視線が良一の胸を刺した。
良一が学校から帰ると、今日は妙子が先に帰っていて、母親を見まわっていた。
「お母さん、どう……?」
良一が訊いた。
「元気そうよ……」
「それで、昨日の続きなんだけど、どうしたらいいと思う?」
良一は率直に尋ねた。
「何が……?」
妙子は、話の先が見えていないようだ。
「昨日のことだよっ!」
良一はもう一度、思い出させるように訊いた。
「昨日のことって……?」
妙子も相変わらず、不審な顔。
「覚えてないの?」
「何を……?」
「昨日一緒にお母さんの牧場に行っただろう……?」
「牧場……?」
「二人で、牧場に行って、猫の女の子に会っただろう……」
「え、なんで私の昨日見た夢を知ってるの……。私、話したかな?」
妙子は、良一が昨日見た夢の話をしていることに驚いた。
「話しちゃいないけど、僕も一緒に行ったから……」
良一も、どう説明していいのか分からなくなっていた。
「そうよね。良一もいたわ。でも、あれは夢よ……」
「夢だけど、夢じゃないんだ。僕が、妙ちゃんをお母さんの夢の中に連れて行ったんだよー!」
「またまた、うけようと思って……。そうか私、朝、話したんだ。寝ぼけていたから……」
妙子は、今朝の出来事を思い出していた。
「でも何で私、床で寝ていたのかしら……、どうせお姉ちゃんと一緒になって笑っていたんでしょう」
「そうじゃないよ。僕がここまで連れてきたから……」
「連れてきた。どうやって……?」
「……、夢だよ。なんでもない……。さて、着替えてこようかな……」
それだけ言うと良一は逃げるようにして二階に上がっていった。
間違っても深夜、妙子の部屋に、こっそり入って寝ている妙子をゆすり起こして、
下まで引っ張っていったなどと言えるはずがなかった。
その夜の深夜、良一はまた妙子の部屋の前にいた。
よくよく考えれば、もうこの方法しかないと思った。
自分の娘なら、きっと現実の世界で生きていたことを思い出してくれる。
そう信じるしかなかった。
そのためには、妙子になんて思われても母親の夢の世界に連れて行くしかない。
良一はゆっくりと音を立てないようにフックを押した。
カチャッと音がしてドアが開いた。
今日も鍵はかかっていない。
良一はそっと妙子のベッドの横にひざまずき肩をゆすって呼びかけた。
「妙ちゃん……」
「……、なに?」
今日の妙子の眠りは浅かった。
浅かったというよりも、昨日の夢のことと、床に寝ていたことが気になって、何度も考え直していた。
そして、少し眠りに入ったところで、良一に起こされたところだった。
「……、昨日の夢の続きを見たいとは思わないかい?」
「やっぱり、昨日もここに来たのね。……、どうして、一緒に寝たいの?」
妙子は、寝返りを打って良一の顔を見た。
豆電球の薄明かりの中、良一の顔がいつもよりハンサムに見えた。
「一緒に寝たいけど、時間がないんだ。早くしないと朝になってしまうから。昨日の夢の続きを見たくないの?」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」
「それが出来るんだ。僕には……」
周りを気にして、小声で話す良一は、いつの間にか妙子の顔の近くで話していることに気がついた。
幼児期とは違う妙子の大きな目と形の良い唇が、良一の目と鼻の先にあった。
あと少し前に出れば唇に届く……
「また、そんなことをいって、何をたくらんでいるの?」
良一は、心を見透かされた気持ちになって、妙子から顔を大きく離した。
「たくらんでいないよー! ただ僕は妙ちゃんのお母さんが目を覚まして欲しいと思っているだけだよ」
良一は改めて妙子の顔を遠くから眺めて、今まで意識しなかったけれども、妙子はもの凄くかわいい存在ではないのかと、気持ちがよりいっそう高ぶった。
「それと、夢とどういう関係があるのよ?」
「僕にもよくわからないけど、猫の少女はお母さんの小さい頃だと思うんだ。少女の頃の夢を、倒れてから今まで、ずうっと見ているんだ。そうして、どうしてかわからないけど、倒れたときのショックなのか脳の損傷の結果かもしれないけど。でも、お母さんは生きているし、夢も見ている。だから、夢の中で現実の世界を自覚すれば目が覚めると思うんだ。そのためには妙ちゃんの力が必要なんだ」
熱い思いが反動となって良一は力説した。
「そんなこと信じられるわけないでしょう……」
「僕も、信じられないよ。でも、昨日のことを思い出してよ。あれはお母さんの夢の中だよ。少なくとも今は、夢の中だけでも、お母さんに会えるよ。それだけでも凄いことだと思うよ。こんなことがいつまで続くかわからないし、とにかく出来なくなるまでは、妙ちゃんとお母さんを逢わせてあげられる。それで、うまくいけば目を覚ましてくれるかもしれない……」
「……、でも、やっぱり信じられない!」
妙子は、寝ながら良一の顔を見ていた。
「信じなくてもいいから、一緒にお母さんの所に行こうよ」
「行って、どうするのよ。変なことでもしようと思っているんでしょう」
「変なことをしたければ、下に行かなくてもここでやるよー!」
「……、まあー、よくわからないけど、いいわー!」
妙子は、そばにあったカーデガンをとると起き上がって羽織った。
そして、部屋の中から廊下を覗いて誰もいないことを確かめた。
「ちょっと、早く来なさいよー」
妙子は小声で良一を呼んだ。
「誰にも見られないように先に行って……」
良一は言われるまま忍び足で階段を下りていった。
しばらくして妙子があたりに気を遣いながらやってきた。
「なんだか夜の忍び逢いね……」
妙子はおどおどしているようにも見えたが、顔のどこかに笑顔と高揚感があった。
「じゃ、離れないように手を握って……」
良一は左手を出した。
妙子はそれを握った。
しかし、まだ不安に感じたのか、もう一方の手でさらに腕を取った。
そして、体で抱きつくように良一に張り付いた。
良一は妙子をこんな近くで見たことがなく、しがみつく妙子の胸が腕に当たって、そのやわらかさが伝わってきた。
ほのかにシャンプーのいい匂いが良一をよけいに興奮させた。
「じゃ、じゃ、行くよー!」
でも、今はこうなってしまった状態を楽しんではいられない。
良一は右の手を母親のお腹の上にかざした。
「目は開けているの。閉じているの?」
「閉じていたほうが良いと思うよ」
妙子は目をぎゅっと閉じて、体をこわばらせた。
良一は反対に目を開けて手が母親のお腹の中に消えるのを見届けようと睨みつけた。
もし夢の中に入れなければ手ははじかれる。
せいのと心の中で弾みをつけて手を押し込んだ。
その瞬間、昨日とまったく同じで、体が軽くなった。
次の瞬間、目の前が真っ暗になり、地面にたたきつけられた。
良一はしっかりと目を開けて、妙子がついてきているかどうか確認した。
妙子は腕にしがみついたまま同じように地面に倒れていた。
「もう大丈夫だよ。目を明けていいよ」
妙子は、おそるおそる目を開いた。
「昨日と同じだわ……」
「昨日の夢の続きさ……。これで信じただろう。ここがお母さんの夢の中……」
妙子は、昨日のことを思い出しながら丘の上の大きな木に目をやった。
あの少女がこちらを見て立っていた。
良一もそれに気がついた。
「そして、多分あれがお母さん……」
「……、お母さん」
妙子は、昨日とは別の目で少女を見つめた。
そして、二人は少女の待つ丘の上に向って歩き始めた。
「あれ、服を着ているわ……」
夢の中に入る前はパジャマだった、しかし今は妙子のお気に入りのTシャツとフレアーなミニのスカートを着ていた。
それにいつもの靴も履いていた。
「多分、彼女のイメージだと思うよ。この世界は彼女の夢なんだから、でもその中にいて、僕らの意思は僕らの夢の中で生きているんだと思うよ」
「なに言っているのか全然わからない……」
「深く考えなくても良いよ。普段と変わりなくやればいいんだから……、それしかないよー!」
妙子も、それしかないと思った。
ようやく丘を登り終わると、少女がにこやかに迎えてくれた。
「もう、帰ってこないかと思っちゃった……」
妙子も笑いながら少女の手を握って木の下に向かって歩き出した。
「たまには家に帰らないとね。家族が心配するから……、朋子ちゃんのお父さんとお母さんは?」
「いない……、……」
「えー、じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「今、出かけているの……」
「本当、じゃ朋子ちゃん一人でお留守番なんだ」
「一人じゃないよ。さっちゃんとミーちゃんがいるから……」
「そうねー、今度うちに遊びにいらっしゃいよ。うちにはねー、お姉ちゃんがいるわよ。それとちょっと病気で寝ているけどお母さんと、たまにしか帰ってこないお父さん……、それと居候の良一、あそうそう、うちのさっちゃんもいるわ……」
「でも、でも、……」
そこで、戸惑う朋子の代わりに良一が口を開いた。
「前に、僕たちの町に来たことがあるだろ。その時に何かいやなことがあったみたいなんだ……。それに、ごみごみした町だから……、車もたくさんだしね……」
「そうねー、こことは大違いよね。朋子ちゃんはここが好きなのね」
「うん、大好き! さっちゃんもミーちゃんもいるし、ピアノ弾かなくていいし、寂しくないし……」
「そうなんだー! 朋子ちゃんもピアノ弾くんだ。私もピアノ弾けるのよ」
「私、ピアノ嫌い。お母さんが無理矢理やらせるの……」
「え、お母さんいるの?」
「へへ、遠くにいるわよ。でも、ここまではこられないよー!」
「お母さん嫌いなの?」
「そんなことないけど、あまり家にいないから。そのくせ、ピアノのことばっかり言うのよー!」
「どこの親も同じね。私のお母さんも同じだから……」
「頭にこない? 私なんか、もっとやりたいことあるのに……」
「え、何がやりたいの?」
「例えば絵を描いたり、お話作ったり、お芝居したり……」
「うそ、もしかして女優志望?」
「へへー、女優も良いけど、お話作りたいなって思っているの……。心の中に浮かんだことや、思ったこと、感じたことを書くの……」
「じゃー、作家ね。私は歌手になりたいの。自分で歌を作って歌うの。それでレコード出して、コンサートして……、別にテレビに出なくてもいいから、みんなの心に響く歌を作って歌いたいな」
「お姉ちゃん、すごいー! 今度聴かせてね」
「お姉ちゃんでなくていいわよ。妙子でいいわ」
「妙子、妙ちゃん……」
「うん、妙ちゃんでいいよ。朋子ちゃんこそ作家じゃない。私たち二人ともクリエーターね」
「良ちゃんは何がしたいの?」
「僕、僕は主婦……。家族の食事を作ったり洗濯したり、お世話するんだ」
「えー、そんなのやだな……」
「でも、二人がクリエーターの仕事をしていたら、家のことや家族の世話なんかできないだろ。だから僕が代わりにやってあげるよ」
「それって、家でぐうたらしている出来損ないの男じゃないの?」
妙子が良一を睨みつけて言った。
「その言い方は引っかかるけど、結婚すれば主夫じゃないのかな。二人は稼ぎもよさそうだから、専業主夫にしてほしいな。今も同じようなものだから……」
「良一、それいやみでいっているんでしょう。朋子ちゃん、聞いてよ。良一が家にころがりこんだ、その日によ、その日にお姉ちゃんの部屋に夜這いして胸触ったのよ。それも二回もよ、それからこの前なんか私の胸まで触ったんだから……」
「えーえ、胸さわるといいの?」
「いいのじゃないわよ。だから、罰として家事労働刑にしたのよー! それで当てつけにいやみを言っているのよー」
「へー、妙ちゃん強い……、でも、胸を触らせて、家事がサボれればいいわねー」
「朋子ちゃん、そういう問題じゃないのよ。かよわいお年頃の乙女の胸を触ったのよ。重大な罪なんだから」
「だから、あれは事故なんだから……」
「良ちゃん、山羊のおっぱいなら、いつでも触らせてあげるわよ。おっぱいはちょと硬いけど乳首はふにゃふにゃで気持ちいいわよ」
「いや、山羊の胸ならという、そういう問題でもないのだけど……、でも、気持ちよさそうだから今度、触らせてもらおうかな……」
「ヘンタイ……」
妙子がもう一度、睨みつけて言った。
「そうだ、近くに海があるの。みんなで泳ぎに行きましょう。気持ちいいわよー」
「泳ぐって、朋子ちゃん、水着持ってないし、良一がいやらしい目で見るから駄目よー」
「いいから、いいから……」
朋子は、立ち上がり白い家の方に走り出した。
妙子も良一も急いで後を追った。
「きゃっ!なにこれ……」
急に妙子は、かんだかい声を出して立ち止まり、良一に背を向けた。
「あれ、いつの間に……」
良一は、振り返りながら、いつの間にか三人が水着姿になっているのに気がついた。
あたりは牧場から一変して青い海と青い空。
それと、どこまでもつながっている白い砂浜の上に立っていた。
「早く、早く、泳ぎましょうよー!」
先に走っていた朋子が二人を呼んだ。
「これは彼女の夢なんだから、そんな意識しないで、裸でないだけましだよ」
妙子は、くるりと向きを変えて良一を睨みつけた。
「何、考えているのよ。夢だか罪はないと思って襲い掛かろうと思っているんでしょう」
「……、そうか、夢なんだ。襲ってもいいんだっ!」
「きゃー、助けてっ!」
妙子は、急に走り出して良一を突き飛ばすと朋子の手をとって、海に飛び込んだ。
「どうしたの……?」
「良一がエッチしようと襲ってくるのよー!」
「……、こらー、まてー!」
二人は、波打ち際で海水を両手で救い上げ、いきよいよく良一に向かって浴びせかけた。
良一は止め処もない水しぶきに、いったんはたじろいだが、良一も両手を使って二人に水しぶきを浴びかけた。
そして、妙子が一瞬ひるんだ隙に、良一は妙子に向かって飛びつき抱きつこうとした。
妙子は、良一のタックルを寸前のところで交わして、急いで沖のほうに泳いで逃げた。
「まてー!」
良一は叫んだ。
ふと気付くとそこは家の中だった。
おまけに、毛布を着ていた。
「しまった……」
良一は飛び上がって台所を見た。
そこには、紗恵子が一人で朝食の支度をしていた。
時計を見ると、すでに六時四十分だった。
「すみません……」
良一は急いで紗恵子のもとに駆け寄り、平謝りに頭を下げた後、朝食を手伝いだした。
「そんな、気にしなくてもいいって言ったでしょう。毎日毎日大変だから、たまには妙子と一緒に寝ていなさい……」
「あの、違うんです……、そんな、いやらしいことをしていたわけではないですから、昨日の話の続きがあったから、でもやっぱり寝ちゃって、誤解しないでくださいねー」
「わかっているわよ。今度は私と添い寝でもいいから一緒に寝てね……」
「だから、違うんです。これには深い事情がありまして……」
「やっぱり、若いこの方がいいのかな……」
「だから、誤解ですってばー!」
二人が言い合っていると、妙子がむくむく起き出して来た。
「あれ、良一が襲ってきたんだけど……、良一は……」
良一の頭から血の気が引いた。
「ああああはははは、きっと夢を見たんですよ……」
そう言うと、妙子のもとに急いで駆け寄り……
「僕は何もしてないよねー! 夢を見たんだよね……」
妙子は、何も言わずに半分寝たままの感じで、毛布に包まって二階に上がっていた。
「楽しい夜だったようね……」
紗恵子の視線のない視線が良一の胸を刺した。
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