私の一番大切なもの

マッシ

文字の大きさ
44 / 50

44. 恋する乙女

しおりを挟む
(恋する乙女)

 その数日後の夕食時のこと、湯川家の玄関のチャイムを鳴らす少女がいた。
「珍しいわね。お父さん帰ってきたんじゃない……?」
 紗恵子がつぶやいた。
 しかし、妙子は直感して、良一に目配りをした。
「お父さんならチャイム鳴らさないわよー!」
 妙子はインターホンを取って防犯カメラの映像を見た。
 幸恵だった……
 妙子はすぐさま良一に合図を送った。
 良一は、急いで、しかし足音は響かせないように二階に上がっていった。
 妙子は駆け足で玄関に向かい、良一の靴を下駄箱に押し込むと、息を整えて何気ない振りで玄関を開けた。
「……、いらっしゃい!どうしたの?」
 妙子の家に友達が来るのは珍しい。
 平日なら、なおさらのこと、翌日学校で会えるからわざわざ自宅まで出向くことはない。
 急ぎの要件なら電話で済ませてしまうからだ。
「……、家出してきたっ!」
「あらあら、大変ね……、とりあえず中に入る?」
 妙子はまったく相手にしない感じで、幸恵を家の中に招いた。
「お友達……? 何か飲み物いりますか?」
 紗恵子が畏まった言葉でテーブルの上に広がった夕食の後片付けをしながら訊いた。
「……、紅茶二つ」
 妙子は返事をしながら居間のソファーに幸恵を座らせた。
「あ、ごめん。食事中だった?」
 幸恵は顔の表情を変えず緊張した感じが痛いほど妙子にはわかった。
「いいのよ。ちょうど終わったところだったから、ここで食後の紅茶を飲んでから私の部屋に行きましょう」
「うん、……、でも、急にきて迷惑だったでしょう?」
「そんなことないわよ。でも、普通は友達、呼ばないようにしているから……。友達には悪いと思っているけど、お母さん寝ているから……、あまり抵抗力がなくって、やっぱり人の出入りが多いと、いろいろ悪い菌を拾ったりして……、でも、そんなに神経質になっているわけでもないけどね」
 妙子は居間の隅に置かれているベッドに目をやった。
「ごめん。私、帰るから……」
 幸恵は立ち上がって玄関に向かおうとした。
「だからそんなに気にしてないって……」
 妙子も立ち上がって幸恵の前に立った。
「違うの……、ここに来てはいけなかったの……」
「どうして……、何で家出してきたの?」
「ちょっとお母さんと喧嘩して……、だから、妙子の家はまずいの……」
「そんなことないわよ。幸恵ちゃん運がいいわ。家出娘がもう一人いるから……」
「それ、私のこと……」
 テーブルの下から朋子が出てきた。
「何でテーブルの下にいるの?」
「あはは、幸恵ちゃんを借金取りだと思って……、つい習慣で……」
 なぜか朋子に代わって妙子が説明した。
「朋子ちゃんも家出してきたの?」
「そういうわけでもないけど、親に文句がいっぱいあることに関しては同じね」
 朋子は妙子の横に座りながら……
「私も紅茶が欲しいー」と言ってから話し出した。
「どこの親も同じね。親なんて口うるさいだけだから、あれやっちゃいけない、これやっちゃいけないばっかりで、じゃー私のやることないじゃないのよ。って、いつも言ってるわけ。私なんか親がいなくなると、世の中がぱっと明るくなった気がするもの……、それで窓のそばに椅子を置いて、夕日が沈むのをボーっと眺めているの……」
「あ、彼女作家志望だから……、普通とちょっと変わっているの」
 妙子がまた説明した。
「私は朋子ちゃんと、ちょっと違うけどね。朋子ちゃんみたいに束縛されている感じはないけど、ただわかって欲しいのよ。私は一所懸命にやっているんだってこと。お母さんは、仕事しているから家の仕事までは大変だから、私も協力してあげたいと思っていたのよ。でも、それがだんだん当たり前になってきて、今日なんか、お母さん早く帰ってくるからって、朝出るとき言ってたから、塾もお休みだったから、ちょっと本屋に寄っていたのよ。それで帰ってみるとお母さんいないし、慌てて夕食の支度をしたわよ。でも弟は、テレビゲームばっかりやっていて手伝ってくれないし、私一人夕食を作っていたのよ。それで、お父さんまで帰ってきて、夕飯まだ出来んのかって何度も言ってくるし、言うだけ言って手伝ってくれないし、それでお母さん帰ってきて、まだやってなかったのって言うのよ。それで、全部投げ出して出てきちゃった……」
 幸恵は、また怒りがこみ上げてきたように一段と興奮して話した。
「幸恵ちゃんも長女なんだ」
 そこへ紅茶を持ってきた紗恵子が口を挟んだ。
「わかるわ、その気持ち……、特に出来の悪い妹や弟がいると最悪よね……」
「それ、私のこと……」
 妙子が睨んだ。
「でも、もしあなたが家族のために家事をしてあげると思っていたら、多分長続きしないと思うわよ。あなたが家事を好きにならなければだめよ……」
「え、家事が好きな人っているの?」
 妙子も幸恵も驚いた顔で紗恵子を見た。
「好きな人っていうよりも、遣り甲斐かな。私は料理が好きで、自分でも美味しく出来て、それで妙子やお父さんなんかが美味しいって言ってくれれば大満足よ。今度はもっと美味しく作ろうって思うわ。毎日が私の料理の試食会みたいなものね。それにお掃除や洗濯も綺麗なほうがいいし、その中で家族の笑顔が見られるのが嬉しいわ。私が家族を支えているっていうか、育てているって感じね。こんな妙子でも、元気で笑顔で育っていてくれれば、餌を与えた甲斐があるというものよ」
「何、その言い方。私はペットと同じ……?」
 妙子は、むくれた顔で紅茶を取った。
 幸恵には思い当たるところがあった。
 確かに最初の動機は母を助けることであった。
 でも家事仕事をしているうちに、紗恵子が言うように料理を作る楽しみもわかってきたし、最近家族を支えているような充実感があったのも確かだった。
「良一君なんか偉いものよ……」
 あまりにも自然に出た良一の名前に、妙子の体は氷ついていた。
「お姉さん良一君を知っているの?」
 幸恵自身、まさかこの家の二階に良一がいることなど微塵も疑っていない様子だった。
 しかし、妙子は凍りついた体を打ち砕きながら、顔を引きつりながら、ようやく声を出した。
「あああ、れれ、あれ、まえ、前にお父さんとこの家に来たことがあるのよ。私のお父さんと彼のお父さんは研究者の仲間だから……、でででで、でも、うんと小さいときの話よー!」
 紗恵子も妙子の引きつった泡手振りで、まずい話をしたと悟って口をつぐんだ。
「そっか、やっぱり妙子と良一君、全然知らない仲じゃないんだ……」
「ちょっと、ちょっと、誤解しないでよね。幸恵が考えているような仲じゃないから……」
「ほんとに……?」
「ほんとよ! でも、幸恵ちゃんの方は本気なんでしょう……」
 妙子は、幸恵に振ることで、その場をごまかそうとしたが、幸恵はそれを否定しないで恥ずかしそうに下を向いた。
 そのことが結局、幸恵の告白になってしまった。
「いいわね。若いって……」
 紗恵子が一言いってその場を立ち去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!

TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。 その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。 競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。 俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。 その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。 意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。 相変わらずの豪華客船の中だった。 しかし、そこは地球では無かった。 魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。 船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。 ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ…… 果たして、地球と東の運命はどうなるの?

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...