カタリーナのお店の人々

マッシ

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22. 勉の新しいお話

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(勉の新しいお話)

 土曜日の朝早く、いつものように勉がやって来た。
 私は、心なしか、今か今かと彼を待っていたような気がする。
 それで、ウキウキしながら、オーダーを取りに行った。
「今日の絵は、どんなふうに見える……?」
 オーダーとは関係のない話だ。
「どちらの裸婦も嬉しそうに見えるよ……」
「……、それは、あなたの心……、それとも私の心……」
「さー、どっちかな……? でも、君は楽しそうだねー」
「分かる……、私、貴方を待っていたのよ……、だから、来てくれて嬉しいの……」
「そうー、何か用でもあった……?」
「先週―、新しいお話があるって言ってたじゃない……、ちょっと興味があって、早く訊きたいなって思っていたのよ。少しでいいから聞かせてくれない?」
「いいけど、長くなるよ……」
「先に、いつものオーダー持ってくるね。食べながら話してよ」
「いいけど……」
 私は、オーダーをいつものと決めつけてカウンターに戻った。
「お母さん、ちょっとデートしてもいい。私の好きな人……」
「……、彼なの……? いつも来ている人じゃないのよー」
「彼……、中学のときの同級生よー、可愛い娘の幸せのためよー」
「そんなこと言って、さぼるつもりねー」
「いいから、いいから、いつものコーヒーとサンドイッチ二人分ねー」
 私は、二人分のオーダーを持って、彼の席に置いた。
「私も、座ってもいい……? 一緒に食べましょう、長いお話なんでしょう?」
「……、まだ結末は、分からないけどね……」
「出来ているところだけでいいわ……」
 私は、彼の前に座って、サンドイッチを一つ取った。
 勉は、笑って迎えてくれた。
 彼の笑顔、久々に見たような気がする。いつもは無表情で俯いて、分厚い本を読んでいるだけだからだ。

「……、新しいお話というのは、この店が舞台なんだ……」
「えー、この店で考えたの……?」
「そう言うことかな……」
「それで、どんな話なの……? 私が出てくるの……?」
「あの、破けているジャンダルムの絵、不思議なんだ。どうして、破けているのに店に飾ってあるのか……?」
「……、それは、お姉さんの大切な思い出のある絵でね。作者不明だったのよ。でも、最近、その人が現れて、一件落着したんだけどね。お姉さん、山に行っちゃってて、まだ、逢えていないのよ……」
「そうなんだ……、でも、もうその人死んでいるんだ。あの絵の破けたところから現れて、生きているときに出来なかった思いを果たすために出てくるんだ…」
「あの破けたところが、死後の世界と現実の世界を繋いでいるのねー」
「そうなんだ……、あの元刑事のお爺さんも、生きているうちに捕まられなかった犯人を追って、あの裂け目から出てくるんだ……」
「じゃー、この店のお客さん、みんな幽霊なの……?」
「そんなことはないよ、普通のお客さんだっているよ。あの威勢のいいあんちゃんのカップルもその一組さ……」
「でも幽霊なら、実体がないじゃん、透き通ってて、影みたいなものじゃないの?」
「それは、生きている人の思い込と想像だよ。実際、誰も本物の幽霊を見たことがないんだ。だから、本当は、どんな物で、どんな姿をしているか誰も知らない。本当は、生きていたころと変わらない実態のある幽霊かもしれないんだ……」
「面白い発想ね……、私たちは、幽霊と知らずに付き合っていたり、街の雑踏の中で、すれ違っていたりするのね」
「そうなんだ、西洋では、吸血鬼や狼男、髪の毛が蛇で、その醜さを見ると石になってしまうメデューサ、みんな実態がある様に書かれているよ」
「でも、それって妖怪っていうんじゃないの? 日本でもカッパとかのっぺらぼうとか、赤鬼とか、化け猫とか……」
「みんな、現世に思いを残した者たちが姿を変えて現れたと言ってもいいと思うんだ……」
「妖怪も幽霊も同じなのねー、現世に思いを残した者たちなのね」
「僕たちが、知らない間に店を出て、街を歩いて、また戻ってくるんだ。そして、たまには、ここでコーヒーを飲んだり、ケーキを食べたりしてね……」
「でも、あの元刑事のお爺さんも、ジャンダルムを描いた人も、ちゃんとお金を払って行ったわよ」
「そうなんだ……、それも不思議なことで、あの裂け目から、現実の世界に戻るとき、お金も死んだときに持っていたお金がそのまま身に付くんだ。だって、服も、死んだときの服をそのまま着ているしね……」
「じゃー、死んだときにお金を持っていなかった人は、どうするの……?」
「……、働くんじゃないのかな……、バイトするとか……、現実問題、見た目も普通の人と変わりないから、でも日払いの所でないと駄目なんだ……、僕たちは、六時間くらいしか、現実の世界にはいられない。時間がたつと、また、あの裂け目に戻っていくんだ……」
「どうして六時間なの……?」
「さー、それは分からないけどね。そういうリズムがあるみたいなんだ。
でも、個人差はあるけどね。死んだときの現実への執着が時間を決めているのかもしれないけどね。でも、可笑しなことで、当たり前かもしれないけど、もう一度、あの裂け目から、出てくるとき、使ってしまったお金も、また死んだときに持っていたお金に戻っているんだ……」
「……、それって、いいわねー」
「でも、もしバイトして、稼いだお金を持って、あの裂け目に戻っても、彼の世には持っていけないんだ……」
「……、消えちゃうの……?」
「そう、……」
「でも、そんな人は少ないけどね……」
「どうして……?」
「もともと、ジャンダルムの絵から出てくる人たちは、山で死んだ人たちだから、お金を身に着けているんだ。山ではカードは使えないからねー」
「他で死んだ人は、出てこられないの……?」
「多分、駄目だと思うよ。絵の心と一致した人しか出てこられないんだ。もし、出てこられても困るんじゃないかな……、いたるところ幽霊だらけだ……」
「でも、店としては嬉しいわー、儲かりそうじゃない。お金持っているし……」
「……、そうだね。でも、あのジャンダルムの絵が掛けられて三年……、三年の間、幽霊が行き来したおかげで、この店は、ある種の霊的パワースポットになったみたいだ。あの絵に関係しなくても、この店に関係した人たちが集まりだしているようだ……、僕もその一人だよ」

「じゃー、勉君は幽霊なの……?」
「そう……、僕は、この店の前で死んだんだ……」
「えー、店の前で一度も事故なんて起きてないわよー」
「そうー、事故なんかじゃない。僕は、小さいときから心臓が悪かったんだ。中学を卒業した春休み、これからっていうときに、朝、心臓の発作が起きて、救急車で運ばれたんだ。そして、この店の前を通りかかったとき、心臓が止まった。僕はカタリーナの前で死んだんだ……」
「なかなか、面白いわー」
「じゃー私は、幽霊とお話して、一緒にコーヒーとサンドイッチを食べているのね……」
「……、そうだね……」
「でも、店の前で息を引き取っても、何で勉君は毎週土曜日の朝に出てくるの……」
「土曜日というのは、君が朝から店にいるから……」
「えー、勉君、私に逢いに来てくれていたの……?」
「そう言うことかな……」
「そんな、今さらコクっても駄目よー、幽霊なんでしょうー」
「そうだね……」
「……、でも、お話は面白かったわー、これからどうなるの……?」
「……、さー、どうなるのかな……? もうじきお姉さんが帰ってくるから、この絵を描いた人と対面するんだ……」
「でも、その人も幽霊なんでしょう……」
「そうー、でも、まだ、分からない……、死んだ先でも、まだ人生は続くから……」
「じゃー、新しいお話はカタリーナの怪談物語ねー、幽霊と分からずに付き合っているなんて、面白いわー、お客さんがみんな幽霊というのも……、続きはお姉さんが帰って来てから、あの絵がどうなるかよねー」

 私は、勉が私のことを好きでいることが分かって、ちょっといい気分だ。
 これって、やっぱり恋かしら……
 勉と話している間に、お店は混んできて、忙しく右往左往している母が、私を睨んで通り過ぎる。
「来週も、来てくれる……? お話の続き、聞きたいから……」
「……、お安い御用さ……」
 私は、カウンターに戻った。
「お母さん、私、告白されたのよー」
「……、良かったわねー、それで返事はしたの? お嬢様……」
「もー、そんなこと言って、保留中よー、だって、相手は幽霊だもの……」
「もう、いいから、オーダー持って行ってちょうだい!」
「はーいー、……」
 それでも私は、母が何を言おうと、今日は嬉しさで、何も聞えなかった。
 ホールに出ると、勉が分厚い本を俯いて読んでいる。
 彼が、そこにいるだけで、私は幸せよ……
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