カタリーナのお店の人々

マッシ

文字の大きさ
41 / 50

41. 勉の離れられない心と道しるべ

しおりを挟む
(勉の離れられない心と道しるべ)

「……、二階は楽しそうね……」
「……、そうだね……」
 僕は、カタリーナのいつもの席に座って、読みかけの宮沢賢治全集を読んでいた。
 ハナちゃんは、僕の前に座った……
「……、あの子と寝たのね……?」
「……、うん、とても柔らかで、温かだった……」
「それで、もう、あの子から離れられなくなったのね……」
「……、離れる必要なんかないよ……、僕は彼女を抱きしめることができた……、これからも、抱きしめていられる……、それが、僕の望みだし、幸せなんだ……」
「たくさんの迷える幽霊たちは、みんなそう言っていたわ……、山で遭難した人は、疲れを知らずに山の中を動き回れるって言って喜んでいたわ、こんな幸せなことはないと言ってね、山の中で生きていくことが望みだったって言ってね、死んでいるのにね……」
「……僕と同じだね……、生きていても、その夢や希望を叶えられない人がいる……、それなのに死んでしまって、初めて夢が叶えられる人もいるんだ……、僕は彼女を手に入れた……」
「本当に、手に入れたのかな……? 街の中で死んだ人は、死んで初めて家族の気持ちが分かったって言って喜んでいたわ……、だから、僕が家族を一生守り続けるって言っていたわ……、見ていることしかできないのにね……」
「それでも、その人は幸せだと思うよ……、好きな家族と一緒にいられるんだから……、僕も最初はそうだった、彼女を見ているだけで良かったんだ……」
「……、でも、貴方は一線を越えてしまった……」
「越えるって、そんなに大事なの……、彼女だって喜んでいたよ……」
「……、でも、貴方、サザンクロスの入り口がどこにあるのか分からなくなったでしょう……?」
「サザンクロスの入り口……? 生まれ変わるための道しるべ……」
「そうよ、生きている人は、病気でも、年を取ってでも、命が尽きれば、また生まれ変わる……、でも、この世に未練を残して死んだ人は、幽霊になって、さまよって、生まれ変わるための入り口を探しているのよ……、でも、貴方も知っていたはず……、いつでも生まれ変われると思っていたはず……、サザンクロスの入り口はそこにあると……、知っていたはず……?」
「えー、分からない……、忘れてしまった……、思い出せない……」
「……、そうよ、貴方は、人と触れて、もう、生まれ変われない、彼女が死んでも、貴方は死ねない……、永遠に幽霊のまま過ごすのよ……」
「でも、それなら、ハナちゃんだって、生身のサリーちゃんを抱いたでしょう……?」
「バカね……、私を誰だと思っているのよ……?」
「……、死神……」
「何を言うのよ……、私と貴方では、幽霊の質が違うのよ……、能力と言ってもいいわ……、私はねー、十歳のときから、生死をさまよっていたのよ……、生も死も、知り尽くしているのよ……」
「……、そうなんだ……、春に死んだばかりの僕とは大違いなんだ……」
「当たり前でしょう……、でもね……、その私でさえ、この世に深入りしすぎないように、道しるべを見失わないように、我慢してここにいるのよ……、いつかまた、生まれ変わりたいから……、生身の人間として人生を送りたいのよ……、奈緒のお兄さんは、カナを助けてしまったことで、消えかけた道しるべをジャンダルムの絵を切り裂くことで道しるべにしたのよ。それだから、あの絵の傍から離れられなくなった。迷子になるのが怖かったから……、じっとして動かずに、アキラが来るのを待っていたのよ。そのお陰で、切り裂いた隙間から、迷っている幽霊たちを呼び寄せてしまったけど……、私も、カナの前には現れない……、余りにも私に近い存在だから……、でも、もう少しだけ、カナの傍にいたいと思っているけどね……」
「でも、僕はいいよ……、このままで……、彼女の傍にいるよ……」
「本当に、困った子ねー、まだ分からないの……?」
「……、僕は、今のままが幸せなんだ……、生きているときよりも、充実している……」
「でも、貴方は、コーヒーとミックスサンドは食べられるけれど、フルーツロールケーキは食べられない……、生きているときに食べられなかったから……」
「だから、何……?」
「もう、貴方も分かっているでしょう……、生きていたときに経験したことしか感じられない……、フルーツロールケーキを食べても、味が分からないのよ……、それと同じで、サリーの体を触っても、それはサリーの体ではないのよ。多分、貴方が昔、触ったことのあるお母さんのおっぱいなのよ……、それをサリーのおっぱいと思っているだけなのよ……、結局、私たちは、この世に存在しない、幽霊なのよ……」
「それでも、僕は彼女の声が聴けるよ……、彼女の気持ちもわかるよ……、僕は、彼女の気持ちに答えてあげられる……、例えそれが、テレビの中の彼女でも心は通い合う……」
「ウフフ……、それはまるで、スマホやパソコンの中のバーチャルな彼女ね……」
「でもね……、サリーは生身の人間、成長していくわ……、今はまだ子供よ……、でも、大人になったとき、大人の女性になったとき、まだ中学生の貴方を愛してくれるかしら……?」
「大丈夫、僕もその頃には、姿を変えられるようになる……」
「でも、それは幻よ……、姿形は変えられても、十六歳の心までは変えられない……、そんなあなたに満足してくれるかしら……、それに、何をやっても頑張っても赤ちゃんなんかできないから……」
「……、この世の中、子供のいない夫婦はたくさんいるよ……、でもみんな幸せだよ……」
「そうね……、でも、反対に結婚していても、別れる夫婦もたくさんいるのよ……、もし、サリーが他の男と結婚したら、貴方はその横で、二人の愛し合う姿を見ていられるの……?」
「……、そんなことには、ならない……」
「……、みんな最初は、そう言うのよ……、別れるつもりで、愛し合っている人なんていないから……」
「……、僕は、僕は、サリーを愛しているから……」
「その愛の力は、別れた時、憎しみに変わるわ……、その頃になると、貴方も幽霊としての力も強くなる。貴方は、その憎しみで鬼になるのよ……、それで彼女を殺してしまうわ……」
「そんなこと、絶対しない!」
「みんなそう言うのよ……、でも、サリーが死んでも、貴方は死ねない……、道しるべを失ったあなたは、更に永遠にこの世をさまようのよ……、そしてまた、別の彼女を追い求める……、何人も何人も……、そして、殺してしまうのよ……、貴方は、妖怪変化して怪獣になるのよ……」

「……、ハナさんは、そう言って、現世をさまよっている幽霊たちを説得して、サザンクロスに送り込んでいるんだね……」
「……、でも、私たちに出来るのは道しるべを持っている幽霊だけ……、道しるべを忘れてしまった幽霊は救えない……、今も、現世をさまよっているのよ……」
「……、だから、僕はもういいよ……、道しるべが分からない……、このままサリーの傍にいるよ……」
「でも、今なら私がサザンクロスに連れていける……、貴方が、心の底から生まれ変わりたいと願えば……、でも、少しでも現世に未練があると入り口で弾かれてしまう……」
「それなら無理だ……、僕はサリーから離れられない……」
「……、貴方の離れられない心は、サリーの裸でしょう……?」
 ハナさんは、僕の前まできて、服をすべて脱いだ……
 サリーよりも遥かに大きな胸が、僕の目の前で揺れていた……
 それは、まさに大人の体だ……
「おっぱいって、こんなに大きいんだ……?」
「触りたいでしょう、抱きしめたいでしょう……、貴方も服、脱ぎなさい……」
 僕は、言われるまま、服を脱いだ……

「……、そうよ、貴方は、サリーの裸しか知らない……、サリーの裸を愛しているだけなのよ……」
「……、そんなことはない……、サリーの全てを愛している……」
「はーん、笑わせないでよ! 幽霊に何ができるのよ……、貴方に出来ることは、裸のサリーを抱くことだけよ……」
「本当にサリーのことを愛しているのなら、貴方が言っていたように、サリーのお腹の中から生まれ変わって、サリーの子供として、サリーを支え、サリーの幸せになることをすることよ……、それが本当の愛よ……、家族の愛だけどね……」
「……、サリーの子供として生まれるのなら、もっともっと、先の話だから……」
「大丈夫……、サザンクロスには時間的観念がないのよ。言ってしまえば光の速さと同じなのよ。貴方が、生まれ変わりたいと思った瞬間、地球は太陽の周りを百回まわっているわ……」
「それも困るけど……、サリーはおばあちゃんになっちゃうじゃない……」
「大丈夫よ……、貴方が本当にサリーを愛していれば、願いは叶う……」
「でも、分からなくなってきた……、僕、ハナさんも好きだよ……」
「貴方、裸なら誰でも好きなんじゃない……」
「うん……、ハナさん、奇麗な裸……、こんなの凄い……」
「好きになってくれて嬉しいわ……、さー、触って……、抱いて……」
 僕は、ハナさんの胸を掴んだ……
「あー、見えた……、サザンクロスの入り口が……」
 僕は、そのままハナさんを抱きしめた……
「もう、放しちゃあ駄目よ……、それが道しるべよ……」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

氷結の夜明けの果て (R16)

ウルフィー-UG6
ファンタジー
Edge of the Frozen Dawn(エッジ・オブ・ザ・フローズン・ドーン) よくある異世界転生? 使い古されたテンプレート? ――そうかもしれない。 だが、これはダークファンタジーだ。 恐怖とは、姿を見せた瞬間よりも―― まだ見えぬまま、静かに忍び寄るもの。 穏やかな始まり。ほのかな優しさ。 だが、石の下には、眠る獣がいるかもしれない。 その時が来れば、闇は牙を剥く。 あらすじ 失われた魂――影に見つめられながら。 だが、英雄とは……本当に常に“光”のために戦う者なのか? 異国の大地で、記憶のないまま、見知らぬ身体で目を覚ます。 生き延びようとする本能だけが、彼を前へと突き動かす。 ――英雄か、災厄か。それを分けるのは、ただ一つの選択。 冷たく、謎めいた女戦士アリニアと共に、 彼は武器を鍛え、輝く都市を訪れ、古の森を抜け、忘れられた遺跡へと踏み込んでいく。 だが、栄光へと近づく一歩ごとに、 痛みが、迷いが、そして見えない傷が刻まれていく。 光の道を歩んでいるかのように見えて―― その背後で、影は静かに育ち続けていた。 ――これは、力と希望、そして自ら築き上げる運命の物語。 🔹 広大で容赦のない世界が、挑む者を待ち受ける。 🔹 試練と沈黙の中で絆を深めていく、二人の仲間。 🔹 「居場所」を探す旅路の果てに待つものとは――。 ヴェイルは進む。 その選択はやがて、一つの伝説を生み出すだろう。 それが光か、闇か。――決めるのは、あなた自身だ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...