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12. 帰って来た誠と雪女
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(帰ってきた誠と雪女)
「……、誠さん!」
鈴子は、背の高い男性に声をかけた。
「鈴子さんですか、……?」
今日も天気の良い午後……
明るい病室の窓際のベッドの横に誠は立っていた。
「はい、……」
鈴子は返事をしたが、そこから先の言葉が見つからなかった。
「……、入院することなんて、考えてもいませんでした……」
誠は、振り返り鈴子を見た。
「いつも、無茶なことばかりしていましたから、ちょっと季節の変わり目で、悪かったんでしょうね……」
どうして、入院することになったのか、鈴子自身、誰を責めていいのか分からなかった。
運命のいたずらに、よろずの神々を恨んだ。
「……、まだ若いのに、こんなことってあるんですね……」
病気などしたことのない兄将が、病院のベッドに寝ていることが、誠には信じられなかった。
「まだ、若いから頑張って生きているんだと思います……」
あれから半年になろうとしていた。
鈴子は、長いようで、短いようで、気持ちの複雑さを感じていた。
「……、そうですねー、まだ若いんだから、きっと元気になりますよ!」
「そう願っています……」
その言葉を言った鈴子は、誠を見ていなかった。
「小さいときから、僕よりも何でも上手にできた兄でした。スキーでもサッカーでも……、特にサッカーは、選手で良く試合に出ていました……」
誠は、寝ている将に話しかけるように言った。
「そうなんですね……、私たち、一人息子がいるんです。小さいころから将さんが教えて、今、サッカーに夢中です……」
鈴子は、前に進んで、誠の横に立って、一緒に将を見つめた。
将は、静かに二人の会話を聴くように寝ていた。
「そうですかー、それは楽しみですね……」
「小さい頃と言えば、隣の柏木さんの所の加代さん、今、実家に帰っていますよ。仲良しだったんでしょう……?」
鈴子は、お爺さんから聞いていた話を思い出した。
「……、……、そうなんです。よっ子とマサちゃん、それにマーちゃん、マーちゃんが僕で、よっ子が、加代さんなんです。毎日、遊んでました。それだからかもしれませんが、兄のことをお兄ちゃんって呼んだことないんですよ。家の中でも、マサちゃんで通していました。親もマサちゃん、マーちゃんって呼んでいましたので……」
「何か、微笑ましいですね……」
鈴子は、将を見ながら笑って見せた。
「いつも、長男らしく、先頭を切って、僕やよっ子と遊んでくれました……」
「そうなんですね……」
「夏は山に登ったり、川で遊んだり、秋は枯れ枝や落ち葉を拾ってきて、焚火して焼き芋作ったり、そうそう、リンゴ園では藁を使うんです。藁で家を作ったり、かまくらも良く作りました……、家の中で遊ぶよりも、外で遊んでいたことの方が多かった気がします……」
「……、そうなんですねー、私、将さんから、子供の頃の話、聞いたこと、なかったですよ……、誠さんが、いなくなったからかもしれませんが……」
鈴子は、それとなく、一瞬だけ誠に目線を移した。
「……多分、そうでしょうー、今も怒っていると思います!」
「……、帰ってこないものだから、忘れようとしていたのかもしれません……、十五年は長かったですねー」
「……、兄にも、ちゃんと謝りたかった……」
すまなそうに将を見る誠……、涙が出そうな顔をしていた。
鈴子は、それを感じて話題を変えた。
「やっぱり、世界の山にいたんですか?」
「世界の山というよりも、最初はホテルの仕事をしました、カナダ、アメリカ、スイスと転々として……。もちろん、山にも行きましたけど……」
誠は、窓の外を見ていた。
「そう言えば、お爺さんから、スイスの絵葉書、見せてもらいました……」
「里心が付いたわけではないですが、ちょうどお客さんに日本への絵葉書の出し方を教えていたときのことでした。見本に僕の日本の住所を使って書いて教えたんです……」
「でも、その葉書一枚が、お爺さんにとって生存の証ですから、嬉しかったと思います。私に見せてくれて、弟がスイスにいると教えてくれました……」
「今、思えば、ずいぶん酷いことをしていたんですね……、もっと連絡しなければいけなかったんですね……」
誠は、将に話しかけていた。
「それはもちろんですよ。親になって初めてわかります。子供がどこかに行ってしまうと、心配で心配で、気が休まらないんですよ。それで、帰って来て初めてほっとします。もー、大変なんですよ!」
鈴子は、親の気持ちをお爺さんに変わって語った。
「……、心が痛いです」
「でも、どうして、ここが分かったんですか?」
恐縮している誠が可哀そうになり、もう一度話題を変えた。
「直接、家に帰ればよかったんですが、ちょっと、あまりにも敷居が高くて、駐在所で色々聞いてきました……、親切な優しい、楽しいお巡りさんでした……」
「敷居が高いなんて……、そんなことないですよ。お父さんもお母さんも待っていますよ。帰ってきてあげてください!」
「リンゴも、お父さんとお母さんだけでは、大変ですから、私も手伝っていますが、午後はこうして病院に来ています……」
「……、すみません。こんなことになっているとは知りませんでしたので、明日から山小屋で働くことになっています」
「……、いつまでですか?」
「九月までですが、その後、ホテルでコンセルジュをやることになっています。風来坊のままでは帰れなかったので、先に仕事を決めてしまいました……」
「……、そうなんですか?」
残念そうに、鈴子も将に話しかけるように言った。
「でも、山から下りてきたら、家の方には必ず行きます。リンゴも手伝います。兄が良くなるまでは、僕が頑張ります。そのために呼ばれたと思いますから……」
誠は、鈴子を見て言った。
「え、呼ばれたんですか? どなたかに聞かれて……」
「そうなんです。山で吹雪にあって、もう駄目かと思ったとき、雪女にたすけられたんです。それで日本に帰るようにと、必要とされていると言われたんです」
「雪女ですか……、昔話ですね……」
「笑うかもしれませんが、本当に助けられたんですよ……」
「いえ、笑いませんよ……、私が頼んだことなので……」
鈴子は、笑わずにさらりと言った。
「頼んだのですか? 雪女に……」
誠は、反対に意外な鈴子の答えに驚いた。
「いえ、頼んだのは、雪ん子ですけど……」
「……、誠さん!」
鈴子は、背の高い男性に声をかけた。
「鈴子さんですか、……?」
今日も天気の良い午後……
明るい病室の窓際のベッドの横に誠は立っていた。
「はい、……」
鈴子は返事をしたが、そこから先の言葉が見つからなかった。
「……、入院することなんて、考えてもいませんでした……」
誠は、振り返り鈴子を見た。
「いつも、無茶なことばかりしていましたから、ちょっと季節の変わり目で、悪かったんでしょうね……」
どうして、入院することになったのか、鈴子自身、誰を責めていいのか分からなかった。
運命のいたずらに、よろずの神々を恨んだ。
「……、まだ若いのに、こんなことってあるんですね……」
病気などしたことのない兄将が、病院のベッドに寝ていることが、誠には信じられなかった。
「まだ、若いから頑張って生きているんだと思います……」
あれから半年になろうとしていた。
鈴子は、長いようで、短いようで、気持ちの複雑さを感じていた。
「……、そうですねー、まだ若いんだから、きっと元気になりますよ!」
「そう願っています……」
その言葉を言った鈴子は、誠を見ていなかった。
「小さいときから、僕よりも何でも上手にできた兄でした。スキーでもサッカーでも……、特にサッカーは、選手で良く試合に出ていました……」
誠は、寝ている将に話しかけるように言った。
「そうなんですね……、私たち、一人息子がいるんです。小さいころから将さんが教えて、今、サッカーに夢中です……」
鈴子は、前に進んで、誠の横に立って、一緒に将を見つめた。
将は、静かに二人の会話を聴くように寝ていた。
「そうですかー、それは楽しみですね……」
「小さい頃と言えば、隣の柏木さんの所の加代さん、今、実家に帰っていますよ。仲良しだったんでしょう……?」
鈴子は、お爺さんから聞いていた話を思い出した。
「……、……、そうなんです。よっ子とマサちゃん、それにマーちゃん、マーちゃんが僕で、よっ子が、加代さんなんです。毎日、遊んでました。それだからかもしれませんが、兄のことをお兄ちゃんって呼んだことないんですよ。家の中でも、マサちゃんで通していました。親もマサちゃん、マーちゃんって呼んでいましたので……」
「何か、微笑ましいですね……」
鈴子は、将を見ながら笑って見せた。
「いつも、長男らしく、先頭を切って、僕やよっ子と遊んでくれました……」
「そうなんですね……」
「夏は山に登ったり、川で遊んだり、秋は枯れ枝や落ち葉を拾ってきて、焚火して焼き芋作ったり、そうそう、リンゴ園では藁を使うんです。藁で家を作ったり、かまくらも良く作りました……、家の中で遊ぶよりも、外で遊んでいたことの方が多かった気がします……」
「……、そうなんですねー、私、将さんから、子供の頃の話、聞いたこと、なかったですよ……、誠さんが、いなくなったからかもしれませんが……」
鈴子は、それとなく、一瞬だけ誠に目線を移した。
「……多分、そうでしょうー、今も怒っていると思います!」
「……、帰ってこないものだから、忘れようとしていたのかもしれません……、十五年は長かったですねー」
「……、兄にも、ちゃんと謝りたかった……」
すまなそうに将を見る誠……、涙が出そうな顔をしていた。
鈴子は、それを感じて話題を変えた。
「やっぱり、世界の山にいたんですか?」
「世界の山というよりも、最初はホテルの仕事をしました、カナダ、アメリカ、スイスと転々として……。もちろん、山にも行きましたけど……」
誠は、窓の外を見ていた。
「そう言えば、お爺さんから、スイスの絵葉書、見せてもらいました……」
「里心が付いたわけではないですが、ちょうどお客さんに日本への絵葉書の出し方を教えていたときのことでした。見本に僕の日本の住所を使って書いて教えたんです……」
「でも、その葉書一枚が、お爺さんにとって生存の証ですから、嬉しかったと思います。私に見せてくれて、弟がスイスにいると教えてくれました……」
「今、思えば、ずいぶん酷いことをしていたんですね……、もっと連絡しなければいけなかったんですね……」
誠は、将に話しかけていた。
「それはもちろんですよ。親になって初めてわかります。子供がどこかに行ってしまうと、心配で心配で、気が休まらないんですよ。それで、帰って来て初めてほっとします。もー、大変なんですよ!」
鈴子は、親の気持ちをお爺さんに変わって語った。
「……、心が痛いです」
「でも、どうして、ここが分かったんですか?」
恐縮している誠が可哀そうになり、もう一度話題を変えた。
「直接、家に帰ればよかったんですが、ちょっと、あまりにも敷居が高くて、駐在所で色々聞いてきました……、親切な優しい、楽しいお巡りさんでした……」
「敷居が高いなんて……、そんなことないですよ。お父さんもお母さんも待っていますよ。帰ってきてあげてください!」
「リンゴも、お父さんとお母さんだけでは、大変ですから、私も手伝っていますが、午後はこうして病院に来ています……」
「……、すみません。こんなことになっているとは知りませんでしたので、明日から山小屋で働くことになっています」
「……、いつまでですか?」
「九月までですが、その後、ホテルでコンセルジュをやることになっています。風来坊のままでは帰れなかったので、先に仕事を決めてしまいました……」
「……、そうなんですか?」
残念そうに、鈴子も将に話しかけるように言った。
「でも、山から下りてきたら、家の方には必ず行きます。リンゴも手伝います。兄が良くなるまでは、僕が頑張ります。そのために呼ばれたと思いますから……」
誠は、鈴子を見て言った。
「え、呼ばれたんですか? どなたかに聞かれて……」
「そうなんです。山で吹雪にあって、もう駄目かと思ったとき、雪女にたすけられたんです。それで日本に帰るようにと、必要とされていると言われたんです」
「雪女ですか……、昔話ですね……」
「笑うかもしれませんが、本当に助けられたんですよ……」
「いえ、笑いませんよ……、私が頼んだことなので……」
鈴子は、笑わずにさらりと言った。
「頼んだのですか? 雪女に……」
誠は、反対に意外な鈴子の答えに驚いた。
「いえ、頼んだのは、雪ん子ですけど……」
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