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(3)もう首輪も用意してあるんです
しおりを挟む一人暮らしのマンションの浴室の鏡で、月島君は自分の姿を観察する。
日に焼けていない痩せた身体、ゆるくウェーブのかかった黒髪、覇気のない目。けっして背は低くないけど、なぜか小柄だと思われがち。
地毛がうねっているだけなのに、よくパーマをかけていると誤解される。仕事は内勤なので髪型は比較的自由だ。男にしては少し前髪が重いショートヘアだが、おとなしそうな顔立ちに合わせようとすると、この長さを維持するしかない。
「……なんでゲイバレしたんだろ」
今まで一度も言い当てられたことはなかったのに。みんな思っていても口に出さなかっただけかもしれないが。
雑に髪を乾かしながら、数時間前のルカとの会話を思い出す。あの危なっかしい雰囲気を躱して一人でここへ戻ってきた月島君は、ずるい大人かもしれない。
終電間近のバーの店内で、月島君はルカの白い指の下からするりと手を抜き取った。そしてけだるそうに頬杖をつき、余裕の笑顔を作る。あんなに挑発的だったルカがどぎまぎと目をそらすのが可愛い。
「俺が女だったら落ちてたかもね」
男を愛していたこと、ルカに心を揺るがされそうになったこと、それらを同時に隠す発言だった。
「愛想を振りまくのもルカ君の仕事だってわかってるけどさ、お子様に色気出されても罪悪感が……」
「俺、もう大人です」
切なげにこちらを見つめるルカに、ますます笑ってしまう。だって本物の大人はそんなことを言わない。
月島君は少しおどけた態度で会計を頼む。
「マティーニおいしかったよ。飲んだくれの舌ではジンの銘柄はわかりませんでした。ちゃんと代金払うね」
「……次はいつ来てくれますか」
ルカは唇を尖らせながら伝票を手に取り、月島君に尋ねる。
「来週かなぁ、火曜日の九時すぎ」
「だめ。その日は俺、出勤してない。木曜日にしてください」
美貌の従業員がそんなお願いをしたら、ここは正統派のバーではなくなってしまうのではないだろうか。まるでホストクラブみたいだ。
「木曜は暇だから客集めろって店長に命令されてるの?いいよ、ルカ君を指名してナンバーワンにしてあげる」
月島君はホストクラブの客になりきってふざけた口調で頷いた。当然ながらこの店に指名制度なんてない。
「違います!俺が月島さんに会いたいだけ」
「あー……イケメンに釣られるの楽しいー」
「ほんっと意地悪」
「冗談だよ。おやすみ、ルカ君」
男二人でまるで恋愛みたいなやりとりをするジョーク、という形にずらして、月島君はルカの色めいた誘いを無効にした。
ルカもゲイなのだろうか。だけど彼女がいたという話を聞いたことがある。バイセクシャル?
月島君から同類の匂いを感じて、声をかけてきたのかもしれない。しかし月島君は、あの店でそこまで自分をさらけ出す気はなかった。ルカに明かしているのは、月島という苗字と、都内で会社員をしていることだけ。
きっとルカはその容姿を武器に男女問わず奔放に遊んでいるのだろう。月島君のことも、気まぐれでひっかけてみただけで。
彼の誘いを真に受けてはいけない。月島君はずっと無個性な客の立場でいたかった。
これ以上踏み込まれたくないなら、通う飲み屋を変えればいい。だけどあの店は居心地が良すぎる。
だらだらとウイスキーを舐めながら無言で本を読んでいてもまったく邪険にされず、むしろそれなりに飲むけど騒がない良客扱いしてくれるのだ。
それに、やはりルカは良い話相手だった。大学生活や覚えたばかりの酒の味、一人暮らしの公共料金の支払いや名称のないささやかな家事のやり方など、若く初々しい日常が垣間見える彼の話は、月島君の退屈でくたびれた心を癒してくれる。
「食器洗浄機はいらないと思うよ。毎日自炊するわけじゃないんでしょ」
約束通り、木曜日に店を訪れた月島君は、ルカが作ったアレキサンダーのグラスを片手に言った。
生クリームを使ったデザートのようなカクテルは、辛党の月島君には少し重い。
「店のグラスは何十個洗っても平気なのに。なんで家の皿洗いは面倒なんでしょうね」
ルカが自嘲気味にため息をついた。
「犬の世話はもっと面倒だよ、ルカ君」
犬を飼いたいと言い続けるルカに、月島君は少し意地悪なことを言ってみる。
ルカは犬という単語を聞いただけで目を輝かせた。
「それは完ッ全に別枠。そばにいてくれるだけで幸せですから、どんなお世話でもする自信あります」
「早くお迎えできるといいね」
「はい、でもなかなか難しくて……」
犬の飼育に必要なものを揃えたり、かかりつけの動物病院を探したり、いろいろ準備があるのだろう。何の心構えもなくペットショップからひょいと買ってしまうより、ずっと好感が持てた。
「もうお迎えする子決まってるんだっけ?どんな犬種?写真とかないの?」
「写真はないですけど、日本の子ですよ。黒くてつやつやの癖毛で細身の……サイズは小型っぽいけど中型くらいかな。もう首輪も用意してあるんです」
ルカは楽しげに月島君を見つめながら答える。
「その子、少し寂しそうな目をしてるのが気になるんです。早く連れて帰って、たくさん可愛がってあげたいな」
美しいけど軽薄な遊び人っぽい外見のルカが、とびきり甘く優しい声で犬の話をする。そのギャップはなかなか罪深い。彼にここまで愛されるその犬が、少しだけ羨ましかった。
「今日のBGMいつもと違うね。エリック・サティ?」
客もまばらな店内を見渡し、月島君が言った。普段、この店はジャズの定番曲が流れているのに。
グラスの中の氷がカランと揺れた。その華奢な音が、繊細なピアノの旋律に溶けていく。
「今日のBGMは俺が選んだんです。月島さん、サティ好きでしょう?」
「あ、うん……」
さすが接客業をしているだけのことはある。ルカは月島君が店で話したことをよく覚えていた。
しかし、ルカに話していなかったことがある。月島君がサティを好きなのは恋人の影響だった。
何の偶然かわからないけど、その翌日、音信不通だった恋人から正式に別れを告げる連絡が来た。
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