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(4)得意ですよ、一晩だけの関係
しおりを挟むメールが届いたのは深夜で、月島君はベッドの中で眠りをつかみ損ね、寝返りを繰り返しているときだった。月島君の恋人はもう、互いが住む国の時差を考慮することも忘れている。
すべて月島君が予想していたとおりだった。女と結婚する。もう日本には帰らない。
謝罪の言葉が書き連ねられていたけど、その冗長な文章はむしろ何日も頭を悩ませ絞り出したかのような、義務の気配を感じさせた。
長々と続く黒い文字。青春の葬列のようだった。限られた時間でいくら話しても足りなかったあの頃の記憶が色褪せていく。
この数年、月島君が何よりも恐れていた瞬間が来たのに、涙すら出なかった。
ふらふらとベッドから抜け出す。気づけば月島君は、寝間着の上にロングコートを羽織り、家を飛び出していた。間に合ってくれ、と祈りながら。
この街では星どころか、煤けた夜空すらもビル群に塞がれほとんど見えない。路上で手を上げタクシーをつかまえる月島君の吐息が白く染まっていた。
自分が何に縋ろうとしているのかわかっている。大人はそんなことをしてはいけないと知っている。
だけど、止められなかった。あのグレイッシュブルーの瞳が見たい。
月島君が花の名前を冠するバーにたどり着いたとき、ちょうどルカが扉にCLOSEDの札をかけるところだった。
「あ……」
「月島さん?」
ルカは月島君のコートの隙間から見えるよれた寝間着にすぐ気づいた。はっと目を見開き、何も言わずにこちらを見つめる。
ルカの穏やかな冬空の視線。泣けないと思っていたのに、彼の前に立った途端に涙がこぼれた。
CLOSEDの札がかかった扉の前でルカに抱きしめられる。やはりルカは背が高い。分厚いコートを着た月島君の身体を、片手であっさりと抱き寄せた。
「月島さん、約束守りに来てくれたの?」
フラれたら慰めてあげる、という約束。
良い年をした大人がこんな夜更けに、遊び人のガキの軽口を真に受け、ここまで来てしまった。自分の行いの非常識ぶりに目眩がする。これ以上醜態をさらしたら、もう店に行けない。
月島君は適当に履いてきたサンダルでよたよたと地面を踏んだ。数歩後ずさったつもりだったのに、ルカが腕の力を強めたせいでその場から少しも移動できない。
「俺は大人だって言ってるでしょ」
「ルカ君……ごめん」
「こういうの慣れてる。遊びまわってますから。得意ですよ、一晩だけの関係」
首筋に当たるルカの吐息の熱さに身体が震えた。ルカの指が明確な意図を持って背中を這う。欲情だった。月島君が何年も忘れようとしていた身体の渇きを、無理やり引きずり出そうとするかのような。……もうずいぶん長いあいだ、誰にも抱かれていない。
月島君はルカの腕の中で怯えた声を出す。
「ごめん、やっぱり今度店が開いてるときに出直すから。そのときに話聞いてくれるだけでいい……」
一夜の過ちでささやかな居場所すら失うのはいやだった。
月島君はルカとの身体の間に両腕を入れ、距離をとろうとする。その手を掴まれ、ルカに唇を奪われた。侵入を拒む唇を柔らかく押し開かれる。
「ッは、ん……んんっ……」
キスの仕方を思い出せない。ルカの熱い舌に翻弄されるしかなかった。月島君のぎこちない息継ぎに気づいたルカが、かすかに笑った気がする。大人ぶっていたのが馬鹿みたいだ。
すぐに息を切らしてくたりと脱力する月島君を抱きとめながら、ルカがささやく。
「今夜はもう悲しいこと考えなくていいよ。貴方を捨てた男の顔なんて忘れさせてあげる。一晩だけ俺にください」
本物の恋なんて二度としたくなかった。この痛みを紛らわすためだけの一夜が欲しい。月島君はルカの胸に顔を埋め、見逃しそうなほど小さな仕草で頷いた。
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